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本編
プティフールに集まって
しおりを挟むトラムは、布が大好きだ。
家は布屋さんで、父さんのモティフも、古い布が大好きだ。
集めているのは、もう使えないような歴史のある布から、反物として存在する、少し黄ばみのある時代ものまで、沢山。
お店には、あまり新しい布はなくて、「昔カーテンや小物に使ったこんな蔓柄の•••。」なんていう、布の切れ端を持って訪れる年配のご婦人に大人気、いや。小人気くらいか、そんなお店は、根強いお店のファンの買い支えのお陰で、今まで保ってきた。
古い反物を、手垢で汚してしまいたくはないけれど。
そこかしこに垂れた布の端に隠れん坊して、くふくふ笑うのがトラムだった。
手触り、色合い、布の織り織り。
美しく、古さに馴染んだ、鮮明すぎない優しい色合いの布たち。
母のフィルルに、もう、どこいったの?ダメよトラム?なんて笑いながらに嗜められて、くふくふ、もっと隠れて。
頬を撫でる大きな手、布に引っかからないように、特別に少しお高い、軟膏を塗っていた母と、父の、微かなおんなじ匂いが、トラムは大好きだったのだ。
モティフ父さんは、半額処分、という紙を小さく書いて、その下に、閉店大特価、と益々小さく入れた。
トラムと母フィルルに、別れても暫く、叔父さんの家でも肩身が狭くないようにと。あの、大事な布たちを売ってまでお金を作ってやりたい。
でも、この大切な布たちを、こんな値段で売りたくない。
葛藤が字を小さくする。
それでも、今日売らなければ。
この店も、売ってお金にして。その為に空にしなくては。
トラムは支度をしなさい、と言われていた。叔父さんの家に、明日行くのだから、大事な物を集めて、持って行きなさい、と。何を持っていっても、良いからと。
そんな時も、モティフ父さんも、フィルル母さんも、優しく、トラムに当たったりしない。
そんな大好きな。
トラムが持って行きたいものは、どうやっても持っていけない。
父と母と、布たちとこのお店、プティフールと。
だから、モティフ父さんを見ていた。裁断台に、頬杖をついて。木の丸椅子に座って。
お店を片付けようと、あっちを引っ張り、こっちをたたみ、結局いつまでも片付かない、焦ってしょんぼりした様子の、これが最後に見るかもしれない、モティフ父さんを。
「トラム!!はあ、はっ、モティフ親父さん!」
ギイガタン!!バタバタ!
ドアが勢いよく開く。ビクン!とトラムは肩が踊った。
新聞寮に行ってから、会ってないジェム達が、はあはあ息を切らして、汗を垂らして、肩を上下、胸をふーこーさせて。
来てくれたんだ。
会いたかった。
「ああ•••ジェム、プラン、ロシェ、アガット。それから、初めましての君。ようこそ、いらっしゃい。」
モティフ親父さんは、こんな時でも丁寧に、いつものようにジェム達を迎えた。
「•••ふ、プティフール、潰れちゃうのか?」
ジェムが、はあふうしながら問いかける。
プランも、ロシェも、アガットも、そして片足が悪いネフレは、走り通して大丈夫な方の足をガクガクと震わせて。真剣に、モティフ親父さんの言葉を待ち、涙の滲んだトラムにも目を配る。
「うん。ジェム。元々このお店、細々と続いているようなお店だったろう?それでも借金はなかったのに、ここをお貴族様が、新しいお店を開くのに良いと、立ち退きしてくれと言って。•••頼まれてね。断ったら、いつの間にか、借金がある事になったんだよ。」
おかしいね。何も、高い物を仕入れてもないのにね。そりゃ、古い布を高く買う事もあったよ。でも、大半は、古くて、安くなって、お店の奥にあるような布たちなのに。
ふふふ、と諦め笑うモティフ親父に。
「何それ!騙しじゃん!!どうにかならないの!?」
ジェムは腹が立つ。馴染みの場所、街の、ジェム達にも、ささやかに良い思い出があった場所。
フィルル奥さんが、素朴なパンとスープを良くくれた。ノリが付いている布を洗って、裏庭に丁寧に干す仕事をくれた。
トラムも笑って、一緒にやった。
「正式な契約書類なんだって。私、サインしていないのに•••ね。」
商人の契約書類は、商人組合で真偽を確認される。訴えるのもそこだ。何故か、サインしていない契約書類が、通ってしまう。
「不思議な事も、あるものだねぇ。」
「のんきかよ!ラフィネ母さんもそうだし、大人たち騙され過ぎじゃない?!•••俺たち、何かできる事ある?」
はふー、と肩を落とす、チームジェムである。トラムは、息も足も辛そうなネフレに、自分が座っていた木の丸椅子を持っていき、座らせると背中を摩った。
「ジェム、来てくれて、ありがと。」
ぽろん。
涙はお別れのなみだ。
「会いたかった。さみしかった。ジェム達、幸せになったって、知ってたから、新聞販売所には、行かなかったけど。」
「バカだな!いつだって会えるよ!諦めるな!」
ううん、とトラムは顔を振る。
「借金とりって、本当に恐ろしいんだね。お客様も、怖がってもう来ないんだ。売れなければ捨てるって、布たち。ジェム、誰かこの布、買ってくれないかな。安くするよ、ね、モティフ父さん。」
「ああ、大事にしてくれる人に、まとめて譲れたら、半額なんて言わない、もっと安くしても。」
ジェムは顔が広いから、心当たりある?なんて言う親子に、もう、もう、ジェムは。
すちゃ。電話を取り出し。
「今、竜樹とーさに連絡してみる。いいか、俺は諦めないからな!!」
ムン!と仁王立ち。
咳き込む、走る事など今までほとんどなかったネフレに集まって、背中を摩るロシェ達にも、うん、うんと頷き合って、ポチり。
とるるるるる。ほち。
「もしもし!!竜樹とーさ!!」
『はいはいもしもし。ジェム、見てたよ。』
その一言だけで、ふーっ、と肩の荷が降りるジェムなのだ。
「竜樹とーさ、布屋プティフールを、どうか助けてやって!俺たち、何でもお手伝いするからさ!古い貴重な布が、お客さんに細々と好かれてた、良い店なんだ。大人達、してもない借金で騙され過ぎだろ!?こういうの、どうにかならないの!?」
『あー。もし、契約書を偽造してたんだったら、それを見破らないとだよね。商人組合で承認されちゃった契約書を、改めて鑑定とか、揉めると思うから、そのゴタゴタの間にお店を取られちゃわないように、手を打たなきゃな。•••そうだよね、ラフィネさんも、借金被せられたんだった。こういう私文書偽造の鑑定専門の仕事を、作っても良いかもしれないな。』
タカラが、サラサラとメモをとる。
ちょっと代わって、親父さんに。ジェムは促され、電話をモティフ親父に渡す。
あわあわ受け取ったモティフ親父だけれど、どうやって話すかジェムに聞いて、何とか、「はいはい、私がモティフです。」と出た。
『モティフ親父さん。ギフトの竜樹と申します。その店の売りの、古い布は、歴史的価値がある、美術品に近いようなものですか?それとも、古くて安い、大量にある、投げ売りのもの?お店、プティフールの、良いところ、ウリを教えて下さい。あ、待って、行きます、俺そこに行きます!だから半額処分は待って。売るにしても、もっと高く売れるように、何とか考えましょう。』
ゆらら、と。今一番欲しかった言葉を言われて、瞳を揺らしたモティフに。
『モティフ親父さん、助かりたくはないですか?諦めないで。』
竜樹は、ジェムに、街にいて、竜樹に石を投げた、あの頃のジェム達に言ったみたいに。
『助かりたかったら、助かりたいって、言わなきゃダメ!息子さん、奥さんも、貴方が諦めたら路頭に迷う。大事なお店でしょう?ちょっと考えがあるから、今まで通りお店をやれるかは保証しないけど、それでも良いって覚悟を決めたら。俺に、助けて!って言いなさい!』
弱っている時に、強い言葉は、何と心を震わせる。染みるものか。
竜樹は意識して、普段は言わない強い言葉を吐いた。時間はそれほど猶予がない。モティフ親父さんに、その気になってもらわなけりゃ、いけないのだ。
ジェムは、漏れ聞こえる竜樹の声に、いつかの再来に、ニカっと笑った。
モティフは震える。震えた声で、必死に叫ぶ。
「たす•••助けて下さい!竜樹様!助けて•••フィルルと、トラムと、別れたくない!大事な、大好きな家族なんだ!俺たちは、好きな古い布を、大切に扱って、欲しい人の所に届けて、そんな、そんな、儲かりはそんなにしないけど、毎日が楽しい、やり甲斐あるお店で•••一緒にやってきたのに!」
竜樹も電話口で、ニンと笑った。酷い奴らがいるものだ。幸せな日常が、突然壊される。きっと、勝手な、利己的な理由で。
武者震いが、するぜ。
『分かりました!待ってて。すぐ行きます。お店の今後に必要な人物を、連れてね。一旦電話切ります。ジェムに電話を渡して下さい。』
「は、はい!」
トラムも、お目々をクリッと見張って、この展開に驚いて。
「はーい、竜樹とーさ。じゃあ俺たちもここで、待ってるね。はーい、はーい!」
ふち。
「竜樹とーさ、助けてくれる、って言っただろ?安心してよ。俺たちだって、新聞販売しながら、面倒見てもらって、食ってけるようになったんだ。きっと、竜樹とーさは、この店のみらいを、変えてくれるよ!」
えっへん!
何故か得意げなジェムに、ロシェ、アガット、プラン、そして落ち着いた、ああ、竜樹とーさってこういう人なんだな、って何だか笑えるネフレは、うんうん、と。
「隣の菓子屋で、お茶菓子買ってこようか。きっと、竜樹とーさたち、話し合いするだろ。」
プランが言い出す。
「だなだな!俺たち、今日はお金持ってるんだ。トラム、大丈夫だから、お菓子見に行こうぜ。フィルルおばさんいる?お茶、用意できる?お湯だけ沸かしとくといいよ!」
ロシェも、ウキウキと。
今日稼いだお金を、使ってしまう気で。
フィルルは、お店が騒がしいな、と疲れた顔をして、覗いてみて。
「ジェム君達。来てくれたの?」
「フィルルおばさん!お店どうにかなるよ。お湯を沸かしておいて!トラムとお菓子買ってくるね!」
?????
はてな、だけれども、フィルルは、心根の優しいジェム達の言葉だから、子供の言葉だ、とバカにしないで、お湯を沸かした。大分疲れてそうな、だけど満足そうな笑顔の、ネフレと名乗った子に、お茶を淹れてやり、駆け出した息子達を見送る。
お湯はたっぷり、魔道具ケトルで保温しておいて。目を、ゆらゆらさせて、半額処分の紙をくしゃり、握って座り込んだ夫、モティフに、その肩に、手をかけた時。
しゅいん!
転移で、目がショボショボした、テレビで見た事ある、そう、ギフトの竜樹様が、エルフの美しい少年と一緒に現れた。
フィルルは、突然の事に、むぐ、と言葉が出ない。
「モティフ親父さん?それから、フィルル奥さん、でしたっけ。初めまして、ギフトの竜樹です。あの、ちょっと待ってね。まだ人が揃ってなくて。ロテュス殿下、まだ転移何回かできる?」
「何回でも出来ますよ。魔法は得意なんです。それに、竜樹様の為とあれば、その、何でもできます!」
すり、と竜樹に擦り寄って猫めいたロテュス殿下は、今、お仕事検証中ではなかったのか。
電話を取り出し、わわわと話し始める竜樹に、お茶を出した方が良いのだろうか?
「あ、クレール爺ちゃん?竜樹ですけど、面白い商売の話、聞きに来ない?」
とまずはニリヤの爺ちゃま、商人のクレール・サテリット氏を転移で、あっという間に呼んできて。
「あ、スフェール王太后様?これから、プティフールって布屋に来ません?そうそう、街を買い物する下町の娘みたいに気軽に。ええ、あはは、気軽に王族を呼びつける、話の分かってないギフトの竜樹を、どうぞ叱りにいらっしゃって。古い布に、興味はおあり?」
スフェール王太后様がおっしゃってた、古いドレスを解いて再生して生かす方法に、捻りを加えませんか。
シュン、と、驚く事に、口が大きく美しくて目がアーモンド型の美おばあさま、スフェール王太后様まで、護衛と共に軽装で現れて。
「あ、ヴェール侯爵家のアトモス君?分離のテストはしてる?いよいよ働いてもらう事になるかもね、ちょっと転移で呼ぶよ。観念して、お祖父様に逆らって、というか、言う必要ないじゃんね?真正面から戦うのは、相手が力を無くしてからで、全然良いんだよ。シレッと分離の仕事を自由にやったんさい。これは再生だよ。やればできる、はず、なんて燻ってた君も、生き直す事が、きっとできるよ。やればできるなら、やってみたら良いんだよ。実際に苦労したら、ピティエの気持ちも、もっと分かるから。」
そうしたら、きっと、もやもやしないで、今よりずっとスッキリして生きられるから。
アトモス君?って、誰?いや、ヴェール侯爵家の方なんでしょうけれど。
呼ばれた青年は、おどおどと、竜樹に、けれど、期待もこもった目をして、スフェール王太后様を見てギョッとした。慌てて胸に手を当て、頭を下げて。そんなこんなで。
「ロテュス殿下、ありがとう!そして、何故、殿下は涙ぐんでるの?」
転移で人々を運んでくれたロテュス殿下に、竜樹がお礼を言う。
赤くなり湿った目尻を撫でれば、ロテュスは。
「わ、私、性格悪いから。って気づいたから。ラフィネさんが、死ぬのを、待ってるって、そんなのーーー酷いんだって。」
ショボ、と手をもじもじさせて俯く。
あはは、と竜樹は笑った。
「そんなの俺も性格悪いじゃんね。ラフィネさんと仲良くしながら、ロテュス殿下もキープしてるんだもんね。性格悪い同志、仲良くしようよ。」
撫で撫で、と頭を撫でる竜樹に、弾かれたように頭を上げるロテュス王子。
それに、ラフィネさんも、案外私も性格悪いのよ、って言うかもよ?
「子供達の未来を見てもらうのを、押し付けてるんです!なんて、言いそうじゃない?」
笑顔で竜樹に抱きついて、そして満足して転移で帰っていくロテュス殿下に、残った面々に。
モティフも、フィルルも、えーと、と口が開かなく。
「あ!竜樹とーさ!お茶菓子買ってきたよ!」
ジェム達が帰ってきて、そして。
「ありがとう、ジェム、ロシェ、プラン、アガット。それから、トラム?」
それでは、このお店の未来の話を致しましょう。
裁断台は、臨時の会議机に変わった。
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