王子様を放送します

竹 美津

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本編

そんなに傷つかないで

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「お父様•••。」
コクリコが話を始めようとした時、タカラが新しくお茶を淹れて出してくれた。涙を、ポロリ、溢した父ヴィオロ子爵ブレは、ハンカチを出して、目尻をたふたふと拭き、お見苦しい所を、と鼻を啜った。
皆、黙ってブレを待ってくれて。

リオン夫人が立って側に行き、父ブレの背中を、そーっと撫でる。
「無理もないわ。可愛い娘さんが、思いもよらない事で、困っているのですものね。それに、取り返しがつかない。ブレ様も、コクリコ様に何とか女性としての武器を持たせたかったのでしょうに、ご縁がなかなか無かったのですね。」
「わ、私の、ど、努力も足りず•••。流れるがままに、時が過ぎてしまって。良い娘だからと、親の欲目もあって、見目も良い子ですから、どこか良い所がと•••。でも•••。」
「中々良い嫁ぎ先が、見つかりません。」
兄プルミエールが、しょんぼりした顔で大きな肩を落とす。

良い子なのに。良い子なのに。
父ブレは、繰り返し、震えている。

思えば屈辱を得ながらも下手に出て、お願いをしたりもした。
それでも良き相手のいる所は、結局、瑕疵のない娘を求めている。
遊びにしたい相手や、すぐに離婚しそうな面白半分の相手、子沢山の後添い、経済的に厳しい所。あまりにも条件を下げては、結局は幸せにはなれない。コクリコはまだ、初婚なのだし。

「お父様•••。今の私の気持ち、それに夢を、聞いていただけませんか?そうして、私を、助けてくれませんか?」
コクリコは、宥めるような口調になりながらも、また涙をハンカチで抑える父に、語りかけた。

「•••今の、夢?なんだい?私に、出来る事ならば。」
愛しい娘に、助けを求められて、奮い立たない父があろうか。

「お兄様も、助けて欲しいのです。お話を聞いてもらっても?」
コクリコは、今なら父と兄に、話せる、と思った。

「あ、ああ。何でも言ってごらん。私は元々、何かお前に出来る事があればと、ずっと思っていたんだ。」
伏せた目も鋭い。兄は、生まれつき睨み加減になりがちな目だっただけだ、と、もっと早く知りたかった。

すう、コクリ。
少し甘く、蜂蜜を入れたお茶を飲んで喉を湿らせると、落ち着いて、落ち着いて、と話し出した。

「私、お父様とお兄様が、せっかく寮に会いに来て下さっているのに、ずっとイライラしていたでしょう。ごめんなさい。でもね。」
うん。
パチ、パチ。目を瞬かせて、父と兄は、そして最強の布陣の婦人達は、静かに聞いている。竜樹は微笑みを浮かべている。

「私、可哀想な娘、って目で見られたら、余計に惨めになるじゃない?無理に散らされて妊娠させられた、そして相手を好いてもいないし犯罪者だった、でも子供は堕ろせない。っていう現実が、可哀想だ可哀想だって扱われるたびに、突きつけられる気がして。」

はっ、と息を飲む父と兄である。
そんなつもりはなかった。でも、自分の感情を突きつけるのは、相手がどう思うかを慮れずに、それは、確かに、嫌なものだろう。

「でもね。お父様とお兄様にしたら、自然な感情ですものね。私の事を思って下さる事でもある。それは、仕方ないと思うのです。ですが!」
パチン!と目を見開いて、コクリコは、言ったるのだ。

「可哀想な娘は、これから可哀想じゃなくなる予定です。現実は、そうよ。望まない妊娠に、愛せるか分からない赤ちゃんを、片親だけで産まなければならない。うん、しっかり、分かったわ。これから大変な事があると思う。でも、私、もっと大人になって、強いお母さんになりたいの。」
キョトン、としている男2人を置いて、話は続く。

「私は、産まれてくる赤ちゃんを、愛したい。可哀想な子供になんか、させたくないわ。ちゃんと愛された、幸せな、可愛い子供として、私が育てるわ。勿論、他の人に沢山手伝ってもらう。1人で育てるなんて、無理よ。竜樹様に、半分育てるのを手伝って、とお願いしてあります。」

何も言えない2人に、どんどん話を。
「お父様とお兄様には、赤ちゃん抱っこさせてあげない!•••とムカムカ思っていたけど、考えを変えたわ。私の子よ。血が繋がっているの。なかなか愛せないかもしれない、無理にとは言わないわ。でも、出来たら可愛がって欲しいの。落とし屋の子なんかじゃない、私の子なのよ!」

ああ、うう、と唸るばかりの。

「そして、私、お嫁には行かないわ。ちょっと男性に対して怖い気持ちが出来てしまったし、上手くいく気がしない。」
「お、お嫁にいかないで、どうするというのかい?」
他の事など考えもしていなかった、狼狽える父と兄に、ビシッと。

「コリエ様は、結婚プランナーとして起業しようとなさっているの。新しい結婚式を、提案して、手配して、花嫁花婿さんと作り上げる職業よ。私も、そのお仕事、とても興味があって、お手伝いがしてみたいの。働きたい。夢よ。叶えたい。子供も愛して、仕事もしたい!結婚はしたくないけど、そのお手伝いは、凄くしたいの。お願いです、私の我儘を、どうか2人とも、応援して欲しいの!」



返事もない。
そのうち。

うう?うぅん、うーん。

父ブレが、急には受け止めかねる、といった感じの声で、でも願いは叶えてあげたいし、みたいに。

ブフ。コクリコは、いきなりの事に吹き出しそうだった。
ルージュの実を採って帰る時の、ニリヤ王子。
コクリコの赤ちゃんを、自分の赤ちゃんだと思い決め込んで、お母さんが半分育てるとなったら、ぼくのあかちゃんなのに、とられちゃう?と。
お母さんが育てるのが良いのは分かってるのに、急には気持ちが追いつかなかった時の唸り声に、それはとても良く似ていた。

いや、ダメ。真面目な場面なんだから。

•••ううぅ~?

「ブハッ!クク、クスクスくすっ!」

そんなに傷ついた顔しないで欲しい。



「ごめんなさい、お父様。私の事を、真剣に考えて下さってるのは、分かっているのよ?ちょっと、真面目な場面に耐えられなくなっちゃっただけなの。お父様を笑ったんじゃないわ。」
「う、うん。それは良いよ。」
ちょっと傷つきながらも、ホワッと緩んだ雰囲気になって、話しやすくもなっただろうか。

「けれど、でも、本気かい?本気でお嫁には行かないのかい?絶対に?それに、働くって、なかなか大変な事だし、貴族の娘としては、珍しい事だよ。女性が侍女など以外で働く事を、はしたないと思っている方達には、下に見られてしまう事もあるかもしれない。」
世の中に出ている分だけ、父ブレは、心配もあるのだろう。

「その事なんですけれど、ブレ様。」
リオン夫人が、自分の席に戻ってお茶を飲みながら、ゆったりと話を始めた。
「コリエ様のやりたい結婚関連の事業は、王妃様も後援してらっしゃる、ちゃんとした事業ですのよ。そこで働くのは、女性としては、しっかりした後ろ盾のある職場だと、皆様に思ってもらえるのでは?」

うん、ふむ。
少し唸り声の色を変え始める。

次にコリエが。
「勿論、大事な娘さんを、私が責任持ってお引き受け致します。それに、先程、リオン様が、コクリコ様に女性の武器を持たせてあげたかったのね、と仰ったでしょう。今、コクリコ様は、無手の状態ですわ。お茶会なども、あまり開いてこなかったと伺っています。同性同士の、情報をやり取りする、そして間を、円滑に保つ社交術という武器を、コクリコ様は持っていません。そこで、男性がどんなものか、聞いていたら、また結果も違ったかもしれませんし、遅いと感じるかもしれない。でも、これからでも、何もないより、育てた方がいいですわよ。お手本の、リオン夫人も、せっかくいらっしゃるの。まだまだ若いですわ!コクリコ様は。挽回できますとも。」
ニコニコッと頼り甲斐のある笑顔。
「お任せ下さいな。」
リオン夫人も、朗らかに。

「育児は、宜しければ、私が見ましょうか。貴族として、は無理なのですが、元々そうはお育てにならないご予定でしたでしょう?将来的にも、私生児として貴族に拘るより、手に職をつけて、生き抜いていける力をつけてやったら、幸せに近いのではないかしら?愛情持って育てる、それだけは、やれてきた、そう思っていますから、どうか私、ラフィネにお任せ下さい。コクリコ様は、寮で出産、育児したいそうですわ。竜樹様は、神様ともお話される方。そこで産まれた子供は、どんなにか安心で、祝福されましょう?」

「結婚をしないなんて、認められない!!確かにコクリコの子供だが、私は、か、可愛がれなど•••!」
兄プルミエールが、はっと気づいてブワッと反論したが。

「ではお兄様には、赤ちゃんを抱っこさせて、あげませんよ?」
「コクリコ様にそっくりな女の子かもしれないですのに。」
「きっと可愛いですわ!」
「ブレ様にそっくりかもですし、プルミエール様に似ているかも?それに、赤ちゃんには罪はありません•••。」

むぐぐぐ。
兄プルミエール1人で、最強の布陣に敵う訳ないのだ。そして嫁のソヴェが、半目で夫を見、腕を組んで、指をとんとん、見定めしている。
「あなた?」
ピッ、と背中に板が入ったようなプルミエールである。

「まあ、まぁ。赤ちゃんが可愛がれるかどうかは、感情の問題だから、無理には、ね。ただ、どんな赤ちゃんが産まれてくるかは、神様次第ですから。ちょっとだけ期待しておきましょう。私には、初めて出会う可愛い赤ちゃんなので、可愛がれると思います。お任せ下さい。」
竜樹がフォローをして、兄プルミエールも、すん、と肩を落として大人しくなった。

「すぐにとは言わないよ。だが、結婚•••。」
「お嫁さん•••。」
じと。

父も兄も、すぐには軌道修正出来ないのだ。
ニリヤを思い出し、コクリコはため息をついた。5歳の子供の方が、思い切りが良いではないか。

「ええ、ええ。すぐに結婚なんて、難しいですわね。コクリコ様の、傷が癒えて、本当に思い合える相手と出会わないとも限りません。仕事をしている方が、出会いがありましてよ?忙しく決めようとしたら、気も合わない、幸せでない結婚になるかも。何もかも時間ですわよ。今決めなくても良いですわ!」
コリエが言えば。

「コリエ様も、今度初めて結婚されるのです。時間が経って、熟す愛もありますわ。焦らず、いきましょう?コクリコ様も、今の気持ちは、よく分かりますわ。結婚する気になんか、なりませんわよね。でも、未来はまだ、分からない。それではダメ?」
リオン夫人も、フォローする。

「ダメでは、ないです。」
そうだ、未来は、分からない。
コクリコだって、昔は憧れていたのだから。
それくらいなら、まあ良いか。

「はい•••はい。」
ブレは、目を瞑り、そして開くと、コクンと頷いた。そして、女性達に目を遣り、軽く礼をして。

「ご婦人方。どうかコクリコを、娘を、よろしくお願いします。私も、産まれてくる赤児を、大事に出来るよう、祖父として接してみようと、思います。」
コクリコ、お前の良いようにおし。

そうだ。父はいつも、最後には、コクリコの事を、無理にああしなさい、こうしなさいとは、言わない人だった。応援してくれた。
知っていた。

「•••あなた。」
ソヴェが一声。
しゅん、としたプルミエールも。
「•••私も、兄として、甥っ子か姪っ子の事を、目をかけてやりましょう。竜樹様、よろしくお願いします。」
ペコリ。頭を下げた。

「良かった。皆さん、コクリコ様が良いように、という気持ちは一緒だったから、今のより良い道筋が見つけられましたね。有意義なお話が出来て、嬉しく思います。さあ、美味しいお菓子でも食べて、コリエ様のお仕事のお話や、寮でのコクリコ様の様子、赤ちゃんの名前とか、赤ちゃん服はどう用意しよう?とか、もっと緩く、そして楽しい未来の事をお話しましょう?ルージュの実というのがありまして、加熱した実なんですが、ある効果もあって美味しくてですね、そのタルトを•••。」

ニコニコとお菓子を薦める竜樹が、後でコクリコに。

「あの時のブレお父さん、ニリヤが赤ちゃんぼくの!って言った時みたいだったね!」
って、ニヤッとしたので。

ブハッ!ククク、くるしい。

笑い過ぎてコクリコがお腹を抑え、心配する羽目になったのは、しょうもない話である。


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