王子様を放送します

竹 美津

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本編

父と娘と

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「こ、これは、これは。」

コクリコの父、ヴィオロ子爵と、兄プルミエール、兄嫁のソヴェは、寮を恐る恐ると訪ねてきた。
いや、恐れていたのは父と兄だけだ。改まって娘コクリコと、ギフトの竜樹様から話があるから、父と兄とで一緒に来て欲しい、と言われて。

娘が落とし屋に妊娠させられて、今は嫁ぎ先を探し中である。事情を話してそれでも良いと言ってくれた相手を、と思ってはいたのだが、誰彼構わず詳しい経緯を話してしまっては、コクリコの悪評が広まってしまう。何だか病で今すぐには会えないとか、話を誤魔化し曖昧にして進めているので、誰も色良い返事をくれない。
父と兄としては、心情として仕方ないのだが、相手としては情報が確かでなく誠実でもないのだから、それは成立しないが正解であろう。むしろ、これで良いという花婿は、どれだけヤバいのか、という話だ。

「こんにちは、ヴィオロ子爵様、プルミエール様、ソヴェ様。コクリコ様のご相談に乗っていました、パンセ伯爵家のリオンと申しますわ。ここには息子のエフォールが、良く遊びに来ていますの。その縁で、お話するようになりましたのよ。」
ニコニコ!と女性にしては大きく、すっと背筋が伸びた彼女は、今日も2人子供を産んだ年齢を感じさせず、金髪と金の瞳が麗しい。

「初めまして、私、セードゥル侯爵家の養女となりました、コリエと申します。私もコクリコ様に相談を受けた1人。同じ女性として、また突然の妊娠の経験をしたお母さん仲間として、今日はお話しさせていただけたら。」
ほっそり可憐な、けれど花街帰りのどこか迫力ある、堂々としたコリエ。今日はきっちり後ろで纏めた、できる女風の白金混じりのベージュ髪に、小さな花飾り。ぱっちりスミレ色の瞳が、コクリコの父と兄を見て、ふんわり微笑んで。

「私、子供達のお母さん、ラフィネも、僭越ながらご一緒させていただきますね。普段、一緒に、コクリコ様のご様子を見ておりますから。」
ラフィネはいつも通り、動きやすいように長いベージュの、毛先がカールした髪を結っている。辛子色のスモックも似合って、ゆらゆらと揺れる緑色の瞳が、今日はキリッと、でも温かくしっかりと、コクリコの父と兄を見つめる。

「そして、俺もご一緒します。何とか今日は、コクリコ様の将来について、柔らかくより良い未来を描けるお話ができたらな、と思っています。」
こちらは竜樹、相変わらずのショボショボ目に、地味な黒髪がもっさりしている。散髪はちょくちょくしてもらっているが、何故かもっさりした印象なのだ。ショボショボ目は、穏やかに迎えて、敵意を感じさせない。

ズラリと揃った女性達と竜樹、そして愛しい、けれども現在父と兄にとっては爆ぜる前の豆のように何かを堪えている(それくらい父や兄にだって分かる)娘。
何を言われるんだろう。

「ヴィオロ子爵当主、ブレと申します。我が娘、コクリコがこちらでお世話になっています。皆様、良くして下さって、娘のお話を聞いて下さった?ですかね、有り難く思います。」
「コクリコの兄、プルミエールです。そ、その、コクリコはあまり、自分の気持ちを言わない妹でしたから、皆さんがお話を聞いて下さって助かります。」

コクリコは、お父様はお忙しそうだったし、お兄様は睨むし、何も言えない雰囲気だったじゃないの!とちょっと怒りが湧いたが。
うん、うん。それでよろしい、と大きく頷く兄嫁の。
「ソヴェと申します。コクリコ様の義理の姉ですわ。なかなか私もお話を聞いてあげる事が出来なくて、もっとお話を聞いて、本邸にも顔を出していればと、悔やんでおります。せっかく姉妹になったんですのに。これを機に、如何様にも力になりたいと思っていますの。皆様、どうぞ妹を、よろしくお願い致します。」
味方のソヴェは、話しやすいように道筋をつけてくれる。
そして、今日はプルミエールとソヴェの娘、よちよちリンダちゃんは、お家でお留守番である。

「ええ、コクリコ様は、とても素直で、正直で、愛情深い娘さんでいらっしゃいますね。子供達にも、困っているのに邪険にする事なく、微笑んでくれたり、纏わりついても可愛がってくれたりするので、助かっているんですよ。」
竜樹に褒められて、ちょっと口の端が上がるコクリコである。

「お母様が早く亡くなられたのですよね。お父様の育て方が、良かったのかな。元々の性格もあるでしょうねえ。子供の頃は、どんな娘さんだったのですか?」

あれ、私の気持ちを話すのでは?
何だかゆったりと、世間話をするように、コクリコの子供時代の話を聞き出す竜樹である。

戸惑っていた父ヴィオロ子爵ブレは、困惑したまま、それでも大人の会話を長く味わった事があるからか、その話は関係ない、などと言わずに、ポツポツと、応えて話し出した。

「コクリコは、小さい頃から元気で、弾けるようにお転婆で、でも、優しい娘でした。飼っていたお婆さん猫が子供の頃に死んだのですけど、娘の母と、庭にお墓を作って。気がつけば長い事、大分大きくなるまで、良くその前でお祈りをしていました。母が亡くなって、泣いて泣いて、私が、寂しいだろうと、また猫を飼おうか?と言うと、それはもう、あのお婆さん猫ではないから、と。愛情の深い娘です。それなのに•••。」
それなのに、あんな落とし屋に、と言いたいのであろう。

「そうですか、そうですか。優しい、娘さんなのですね。お父様にも、あまり厳しい事は言ったりされない?年頃の娘さんは、男性を意識し始めると、父親を少し鬱陶しく思ったりする事が、あるでしょう?」
最近そうです。と、コクリコは言いたかったが、堪えた。父は本当に苦労してきているので、あまり虐めるような事がしたくないのだ。

「いいえ。コクリコは、いつも優しいです。何か、言いたい事があった事もあったのでしょうに、私が忙しいのを思い遣ってくれて。本当に、良い娘なんです。」
うるり、と目が潤んでくる父ブレに、女性陣が、まあ、と口を開く。

「本当に優しい娘さんですわ。私など、このくらいの年齢の頃は、父に文句ばかり言って、甘えていましたもの。」
眉をちょっと下げて、ふふふ、とリオン夫人が言えば。

「私もそうでしたわ。何かあれば、お父様のせいよ!なんて。今思えば、少女時代の、父になら許されるだろうっていう、驕りもありましたわよね。」
コリエが、懐かしい表情で、優しく。

「私の父は早く亡くなりましたが、小さい私をお姫様みたいに扱ってくれましたっけ。お互いに優しいと、なかなか気持ちを言えなくて、無口になりがちかもですわ。ブレ様も、お父様の男性の立場では、優しさゆえに踏み込めない所がお有りになったのでは?」
ラフィネが、気遣いを見せてまたブレを促す。

竜樹は、柔らかい光の小さい目を、パチパチさせて、ただ見守る。

「はい•••はい。娘の、女性の気持ちを、分かりかねる所がある、とは思っているのですけれど、そして、小さい頃に、補佐する女性を付けようと、親身になってくれる、親戚や家庭教師の女性の先生を見つけようとした事もあったのですが•••。親戚は丁度良い年齢の女性が居なくて、子育て中でバタバタしているから、とか、体調が悪いから、とか断られてしまったり、或いは厳しく躾けようとし過ぎる、支配的な女性だったり•••。なかなか•••。家庭教師の先生にも恵まれませんで、私の後添い狙いでコクリコを良いように使おうとする者が3回あって、次々と変える事になったり•••。相性が良ければそれでも良かったのかな、とも思いますが、野心がありすぎたり、お金遣いにちょっと問題があると思える先生などで。」

あ、考えてくれてたんだ。家に、まともな女性の振る舞いを教えてくれる人が、長く居なかった事を。
コクリコが、初めて聞く話である。
それで家庭教師の先生は次々変わったのか。慣れたと思ったら変わり、寂しさを感じていたが、確かに今思えば、あれっ?というような事を言う先生もいた。

「小さい頃、何になりたいの?と聞いたら、すてきなだんなさまの、およめさんになりたい!なんて言ってね。私としては、お嫁に行くのに、過不足ないようにして、やりたかったのだけど•••。」

そ れ で か。

そして、不器用な男手では、なかなか良い人材を探り当てられなかったようである。

「お父様•••。私はもう、小さなコクリコでは、ありませんのよ?子供の頃の夢と、今の夢は、違いますわ。」
憤然としたコクリコに。
「あ、ああ、あ。そうなのかい?だが、中々そういう話もした事がなかったから•••私が思い出すのは、あの頃の、笑顔の、お嫁さんになりたいコクリコばかりで。」

なのに。
なのに。

いい歳をした男性が、涙を流すのは、どうしてこうもいたたまれないのだろう。
それが父ならば、余計にだ。

コクリコは、すう、はあ。
と息を吸って吐き、そして素直な気持ちになった。
ただただ、こうしたいのだ、だから助けて欲しいと、父に言おう、と。


ーーーーー⭐︎

名前を間違えていたので、修正しました!
コクリコをコリエって書いていた、3カ所。
あれ?と思った方、申し訳なく。

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