王子様を放送します

竹 美津

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本編

大人のやり方、最強の布陣再び

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アルジャン、グラースと和やかに話して、ケートゥ邸を辞する事になった夕方、お日様も遠くの山間に近づいて、オレンジ色に染まってくる空が帰り頃だよ、と皆を急かしている。

結局ルージュの実は12袋も採った。アルジャンに、そんなにもいでしまって、良いのですか?と聞いたのだが。
「どうぞどうぞ、まだ熟してない実もいっぱいあるし、何なら追加で、もいで後から持って行きます。私が食べる分くらいは充分あるし、落ちて腐っちゃうばっかりだから、食べてくれると嬉しいです。」
とアルジャンもグラースも、ルージュの実にあまり執着は無いようだ。
有り難く追加も貰う事にして、美味しく煮えたら味見のお返しもし、うんちの本の事も後で話し合う事にもして。

「はーい、じゃあ皆、ご挨拶。アルジャンさん、グラースさん、シェール君、ありがとうございました!」
「「「「ありがとう、ございました~!!」」」」

今日はアルジャンとグラースの人柄が分かったのも収穫だったかな、子供達も楽しそうだったし、良かった良かった、と。
アルジャン、グラース、袋を追加で持ってきたり、袋の口を広げて支えてくれたり、小ちゃい子達の面倒を見てくれたりした下働きのシェールに見送られ、手を振って、皆で一角馬車、ガタゴト寮に帰る。

コクリコは、静かに馬車に揺られていた。
奇妙な満足感と、期待と、ちょっとの不安と戦闘意欲で、胸の中はふるふるにいっぱいだ。後はこれを、今日話して決めた思いを、竜樹に伝えるだけだ。少し緊張している。

「コクリコさん、今日は無理なく楽しめたかい?疲れていない?」
ピッ!

竜樹にタイミング良く話しかけられて、背筋がピッと伸びるコクリコである。
「はい•••はい、あの、楽しかったです。奥様のグラースさんにも、お話聞いていただいたりして、凄く参考になったし。それで、その、あの。」
「ウンウン。何だい?」
穏やかな包容力ある笑顔で、竜樹に促されて、さあ、腹は決まった!
すう。と息を吸う。

「わた、私、お父様やお兄様が、産まれてくる赤ちゃんを、邪魔に思っていて。メイドか下働きにして、ウチで育てて、使って。そして、私には赤ちゃんを置いて、こんな事があってももらってくれる所へ、多分後添いとか条件がつくような所だと思います、お嫁に行け、って言うんです!私、私の赤ちゃんと離れたくない!お嫁にも、行きたくない!」
「ウンウン。落ち着いて。」
隣に座って、背中をさすさす、摩ってくれる。
その、女性とは違う、けれど竜樹のあまり大きくない手に励まされ、コクリコは息を大きく吸って吐いた。

「私は、私の赤ちゃんを愛したい。寮で、出産させてもらっても、良いでしょうか。赤ちゃんを、育てるのを、手伝ってもらっても?私、コリエさんみたいなお仕事がしたいんです。後で頼んでみるつもりだけど、出産して赤ちゃんも私も大丈夫になったら、コリエさんの所で、下働きから働かせてもらえないかな、って。お父様とお兄様と一緒にいたくないです、悲しい顔するばっかりで、憐れむばっかりで。私が大人になって、力をつけて、赤ちゃんと頑張るのを、考えにも入れてないから!」
寮で赤ちゃんを愛して育ててもらって、私も寮に、泊まったり通ったりして、半分一緒にいたい。

「そんな事、出来ますか?わがままなお願いだと、思っています!でも、働いたら、お金を入れたり、しますから、どうか私の赤ちゃんを、冷たい目のお父様やお兄様の元で、育てさせないで下さい!」
どうか、どうか!
願いを込めて、コクリコは頭を下げた。お金の事は、ラフィネがお母さんシェルターの片親お母さん達の事を話していて、あ、少しずつでも、お母さん達もお金払ってるんだ、と気づいた。そうだ、子供を育てるにはお金がかかる。コクリコは、そんな事すら、後から気づいたのだ。
まだ未熟な事は分かっている。だからこそ、どうしても、助けて欲しい。
竜樹は、背中をゆっくりと撫でる手を、そ、と外して、しっかりとコクリコと目を合わせた。

「•••子供のために、頭を下げてお願いをできる。君はもう、立派なお母さんなんだね。」

ショボショボした目が、きゅ、と細まって、益々小さくなったけれど、その目は温かくて。お父様が小さな私に、こんな目をしていたな、と、コクリコの胸にズキリと刺さった。
けれど、怯んではいられないのだ。

「出産して働き始めるまで、まだまだ時間があるからね。ゆっくり身体の調子もとって、赤ちゃんとも馴染んで、生活を組み立てていこう。もちろん寮で、赤ちゃんを育てるお手伝いをするよ。半分一緒、良いじゃない!泊まったり、通ったり、是非そうしよう。ただ、コクリコさんが将来的にどこに住むかとか、本当にコリエさんの所で、働けるのかとか、段々とね。そうして。」

そうして。
竜樹は、ただ優しいだけじゃない。大人の、世慣れた、1人の立派な男の人なのだ。

「お父様とお兄様に、コクリコさんの考えを伝えなければならないよ。受け入れられなくても、何でも、こちらで何とか説得も手伝う。でも、ただの無視で勝手に決めてはダメ。これは、分かる?」
「はい•••話をしないと、勝手にお嫁に行かされそうでも、ありますしね。」
とほ、と息を吐く。

うん。それもあるけれどね。
「お父様やお兄様を、敵じゃなく、味方にできたら、こんな良い事はないでしょう?大人のやり方、見ておきたくない?多分時間はかかるけど•••ね?最強の布陣、再びだね!」

ムフ。
ほくそ笑む竜樹に任せておけば、きっと大丈夫なのだ。

「ぼくが、そだてるんだよ!あかちゃん!」
ニリヤが、眉を寄せて、ガタゴト揺れる一角馬車の中をヨタヨタと歩いて竜樹とコクリコの所へ。おっとと、と受け止める。危ないよ。
「あかちゃんはんぶんこ?ぼくのあかちゃん!」

タハッ、とコクリコは緊張が解けて吹いた。ニリヤ王子は、ぼくがそだてる!と最初に言ったように、コクリコの赤ちゃんを自分のだと思っていたのだ。それであの撫で撫で。そして、笑顔。

「ニリヤ?お母さんから、赤ちゃん取っちゃったら、可哀想じゃないか?」
うぅん?う~ん。うん。
竜樹の言葉に、俯いて頷く。
分かっているのだ。お母さんと赤ちゃんを、離して育てない方が良い、なんて事は。でも、コクリコが、産むか産まないか、分からない赤ちゃんだったから、ニリヤはもう、自分の赤ちゃんだと強く思っていたのだ。
ししょうと、そだてるって。
ししょうみたいに、あかちゃんをそだてるって。
おちちを、ほにゅうびんであげて。だっこして、いいこよ~、よいよいする。オムツだって、かえる。
急には気持ちが割り切れない。

竜樹は、ぽんぽん、ニリヤの小さな背中を叩いた。そして、コクリコと竜樹の間に座らせる。
「赤ちゃんも、お母さんがいないと、寂しいよ。大丈夫、半分こでも、赤ちゃんを育てるのは、とってもとっても大変!皆が手伝って、赤ちゃんは育つんだ。ツバメだって、そうだろ?ニリヤの事、お兄ちゃんとして、すごく期待してるから!力を、半分こ、貸して欲しいな?どうかな、ニリヤ。」

しゅん、とした顔を、ちょっとだけ、期待された嬉しさに変えて、ニリヤは竜樹を見上げて、コクリコの笑顔を見上げて。
おにいちゃんは、いつまでも、おちこんではいられない!

「•••うん!ぼく、はんぶんこのおにいちゃん!おかあさんと、ししょうと、いっしょにそだてるね!」
「頼むぞ、ニリヤ!」
「お願いしますね、ニリヤ殿下!」

うんうん。その調子。
ニリヤも、そして、コクリコさんもね。
竜樹はニコと笑って、えへへと笑うニリヤの小さな頭を撫でた。


3日後の朝。

「今日のお夕飯には、ルージュの実が出まーす!」
「「「わーい!!!」」」

クラージュ商会の葉っぱ鑑定師、リールにじっくり鑑定してもらって、便秘に良く、身体の調子を整える栄養が、沢山入っている事が分かって。
煮て飴がけのようにねっとりしっとり歯応えも甘ずっぱさも美味しく、加熱しても栄養がそれほど減らないのも判明した。

ニリヤのクレール爺ちゃんに、種ぬき機を作ってもらって、パチンパチンと昨日は、子供達にも大人気の種ぬきをやった。貸して貸して、やりたいやりたい!と順番こ。
クレール爺ちゃんは、むふふとまた、種ぬき機を作る権利を、大枚はたいて買って行った。

現在アレルギーがある子は、やっぱり鑑定とパッチテストをやって、無事大丈夫で。煮たルージュの実と、生の実を、今日の夜、地方と王都の孤児院にも配って食べてもらう事にした。皆、朝の発表に、夕飯を楽しみにしている。

ちなみに鑑定師のリールは、ルージュの実、見たい見たい写真撮りたい!とアルジャンに紹介してもらって、庭に撮影に行っていた。着々と彼の作るであろう図鑑は、写真が集まっている。


「コクリコさん、心の準備は良い?」
「はい•••ドキドキしてますけど、でも、ちゃんと考えた事、お父様とお兄様に、話してみます。」
うん、うん。心意気よし。
ならば。
「最強の助っ人、ラフィネ母さん、コリエさん、エフォールのお母さんパンセ伯爵家リオン夫人を召喚するよ!」

女の戦いには、同性の話の分かるお母さん達を。

「兄嫁のソヴェお姉様も来て下さいます。ソヴェお姉様には、話をしていて、応援してくれています!」
意気込むコクリコ。
そうよねえ、今はお嫁になんて行きたくないでしょう、行くにしても、相性を見たり、相手も選びたいし、もう少し時間が経って、傷ついた気持ちと生活に整理がついてからよねぇ、と深く頷いてくれた。

不器用な男達、コクリコの父ヴィオロ子爵、兄プルミエールは、この布陣に何思う。きっと、ズラリ揃った、嫋やかで強かな女性達に、何事かと驚かずには、いられないだろう。

不器用にも程がある。
という事を、今日は分かって欲しい。
コクリコの願いが届くのか、今日の午後、この寮で、話し合いは始まる。
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