王子様を放送します

竹 美津

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本編

ケートゥ出版社

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それからも竜樹の田舎仕込みの社交性は発揮され。
朝食べる販売所のパンについて、誰もが譲れない自分の好みを有していたり、胃弱の人はここのサラサラとした野菜のコンソメスープを、朝の大切なルーティンにしていたり、ジェム達と一言二言話すのを楽しみにしていたりと、新聞販売所が街の大切な場所として受け入れられている事を嬉しく思い。
また何か新しい味を、と、一定数いる、新しい味を渡り歩く派のお客さんに期待されている旨、承ったりもした。新作パン、何作ろうかな。

竜樹が朝、大学生時代、登校する時に楽しみにしていたのは、近所のパン屋の揚げたて温かいカレーパンだったが、こちらではどうなんだろう、とか、甘いパンが案外朝からウケが良い、など季節のジャムを使った何か、ジャムとチーズの組み合わせなど、世間話しながらモヤモヤ考えていると。

ルージュの実のおじさんが現れたのは、いつも通り、忙しい朝の時間帯を過ぎて、朝より少し昼に近いような時間だった。

「あ!おじさん!」
プランが目敏く、まだ道の遠くにいるおじさんを見つけて、手をブンブンと振る。おじさんーーアルジャンが、応えて、ふりふり、と中折れ帽を振り、皺のある口元で笑って返す。

「竜樹とーさ、ルージュの実のおじさん来たよ!おじさーん、こないだはルージュの実ありがとう。皆で、おいしいってたべたよ!でも、うんちが赤くなるって、知らなかったから、おどろいた!」
ああ、うん。うん?
竜樹を見て、そのマントのエメラルドの留め具に、アルジャンはギョッとする。

「あ、貴方様は、もしや、ギフトの御方様で!?」
「あ、はい。初めまして、ギフトの人、畠中竜樹と申します。先日は、子供達が美味しいものを頂いて、ありがとうございます。」
「いえいえいえ。私はアルジャンと申します。あ、そうか!赤くなるんだった、全く意識してなかった!まさか、えーと、驚かれたり?」
ああ、とアルジャンがまずいと思った通りに。

あー。
「実は、子供達の1人、忘れ物を届けたプランが、血便が出た、って大騒ぎになりかけましてーーいえ、子育て経験のある侍女さんが、ルージュの実だよって知っててくれていたので、なーんだ、って事になったのですけどもね。」
ええっ!?
「いやいや、それは申し訳なかった!ルージュの実の事、一言教えておくんでした!言葉が足りず、申し訳ないです!」
恐縮して、アルジャンは脱いだ中折れ帽を胸に、竜樹に頭を下げる。プランにも丁寧に。
「坊や、さぞかし驚いただろう。悪かったね。」
「ううん。おいしかったし、すぐわかったから、ぜんぜんいいよ。ただ、次にもらった時は、一回寮に持って帰って、見てもらってからたべるね。帰りの一角馬車で、みんなでたべちゃったから、さいしょだれもわかんなかったんだ。」
プランが上手い事言ってくれたから、竜樹は、うんうんと頷いて補足した。
「アレルギー体質って言って、子供によっては、特定の食べ物でかゆかゆ、ボツボツになったりする子や、苦しくなって命が危うくなったりするような子もいるのですよー。街の人に可愛がってもらうのは凄くありがたいから、ダメなんじゃなくて、一度持ち帰りさせてもらいたいんです。見てやれば、安心して食べさせてやれますからね。」
ニコニコ!と必殺の笑顔で。

ああ!そんな事が!と、自分の息子しか育てた事はないアルジャンには初耳の話で、なるほどね、と竜樹が今日来た事に納得した。
「いやいや、そんな事があるなら、余計に申し訳なかった!ルージュの実、あげるんじゃなかったかなぁ。食べ飽きているような、家の庭で余ってるような実ですしねえ。」
坊や•••プラン君?がせっかく中折れ帽を持ってきてくれたから、何かしたくって、あげちゃったんだよねえ。

うんうん、好意なのは充分、分かっている。
「それなんですけれどもね。アルジャンさん。お家では、ルージュの実が余ってらっしゃるんですよね。それって、いただく事ってできたりしませんか?売っているような実でもなさそうだし、他の寮の子にも食べさせて、こんな風になるよ、って教えたりしたいんですよね。そうすれば、どこかで口にしても、驚かなくて済むし、良い機会だったと思ってるんですよ。将来結婚して、子供を持つかもしれない子達だし、その時にだって知ってて無駄じゃないと思います。機会を下さって、有り難いくらいです!あとね。」
はい、はい。
アルジャンは、目を白黒させながら聞いていた。
怒らないんだ、ギフトの御方様。子供達に何て事を!って、偉い人なんだから言ったって良いのに。
頭が柔らかい、子供の事を本当に考えている、優しい人なんだなあ、と、アルジャンは、話をゆっくり生き生きとする竜樹を、好ましく感じた。

「今回の事で、うんちについて、本を出したらどうかなあ、ってヒントにもなったんですよ。色や太さ細さの差なんかで、健康が分かったりしますよね。また、今回みたいに食べ物で変わる事もある。赤ちゃんのうんちの色も合わせて、ほんわかしたイラストでイメージしやすく、でも見た目汚くなく載せて、どんな時は健康で、こんな時は注意、って。病気の早期発見にもなるし、日々自分の状態を知って、調整するのにも、良いと思うんですよね。下痢や便秘についても対処法を書いたり、体験談を読み物として短く載せて、読み物としても面白く、学術的じゃなく、誰もが、ヘェ~って楽しく読めるように。」

ビビビッ とアルジャンは緊張した。
それって、それって。
腹に力が溜まる。
それって絶対、面白い!

「ギフトの竜樹様。その本、作るのに、私、お手伝いさせていただけませんか?」
へ?とお口を開ける竜樹に。

「私アルジャン、今まで学術的な研究誌を出しております出版社、ケートゥ社の社長兼編集長をしております、改めましてアルジャン•ケートゥと申します。長年本は出版してきたのですが、竜樹様が新しい印刷の方法を伝えて下さり、こちらも学術誌で細々とながら、印刷部数も増えて、購買者も増え、恩恵に預かっております。ありがとうございます。柔らかい本は出した事がないのですが•••。」

パチ、パチ。瞬きする竜樹は、はい、はい、と驚き。
「ケートゥ社は老舗ですよ。私も学園に通っている時は、文学雑誌のお世話になりました。」
「俺も、割と読んだ。学術誌にしては、読み物として、楽しく読めるように、絵とかも入れて工夫してくれてるんだよな。俺は筋肉の雑誌。」
タカラとマルサも言うので、怪しい出版社ではない、確かな所であるようだ。
「ケートゥ様。竜樹様とお仕事を、ということであれば、多少こちらで身元なり出版社なりを調査させていただく事になるかと思いますが、それはよろしいですか?万が一にも、竜樹様が騙されたりなどしたら、お守りする我々には、耐え難い事ですから。お気を悪くされないで欲しいのです。」
タカラが、ここは譲れない!と真顔で申し出る。すまないなぁ、守られてるなぁ、と竜樹は思うが、頼ってナンボであろう。

「ええ、ええ!それはもう、このような出会いですから、当然の事でしょう!あの、その上で、よろしければ、私、便について研究されている、市井にいる診療師を知っておりまして。多分、竜樹様が調査されても名前が出てくる、診療師の中でも有名な方です。長く研究誌を出すように言ってあるのですけど、どう纏めたら良いか、考えあぐねておりまして。皆に広めたい考えは、充分持っているんです。」

ルージュの実が齎す縁である。

「そのお話、診療師の方も交えて、ゆっくりしませんか?それから、今、アルジャンさんのお庭では、ルージュの実が、沢山生っているのですよね?それって、子供達でも、収穫できたりします?」
図々しい事を竜樹は言おうとしているが、アルジャンはニコニコ!と笑って、意図を察した。

「ええ!低木なので、子供達が収穫するのにピッタリです。息子が好きで、沢山庭に植えたんです。今、丁度鈴なりですよ!良かったら、午後にでも、子供達とウチにいらして下さい、沢山収穫して、持って行って貰えば嬉しいです!ここのところ、寂しくお客様もみえませんでしたから、妻も喜びます!」

「ルージュの実のおじさんの所に、実を採りに行けるの!?」
プランが、嬉しそうにキャスケット帽をぎゅむ、と被り直しながら聞いてくる。
「そうだねプラン!今、聞いてみてね。お昼ご飯食べて、お昼寝が終わった頃、皆で伺っても宜しいでしょうか?えーと、子供達15人位、中には貴族の子もいるかもですが、良い子達なので、威張ったり何かを命令したりはしませんよ。それに、王子達も一緒ですが、それも宜しい?」
一応聞いておかねば、平民のアルジャンには、重い事もあるかもしれない。だが、アルジャンは、仕事で貴族の研究者とも関わる事が多いらしく、何て事ないようにニッコリ受け入れてくれた。

「よろしゅうございます。王子様もいらしてくださるなんて、光栄に存じます。採れるのは、あの、ルージュの実くらいで、そんなおもてなしは出来ないですが•••。芋の研究誌で一発当てた祖父が手に入れた庭は、分不相応な程に広いのです。30~40人位は、余裕ですよ。大人の方も、護衛の方いらっしゃるでしょうし、収穫を楽しみたい方も、連れていらして下さい。本当、馬鹿みたいに、息子が喜ぶからと祖父がルージュの木を植えてしまってねぇ。私も当時喜んだんですが、今は持て余していまして。」
タハハ、と笑うアルジャンは、ピカリと光った先程の仕事をする目を、穏やかな光に変えて。お父さんの温かい顔で笑って。
「そんなおもてなしなんて、気になさらないでくださいね。収穫させてもらうだけでも、有り難いんですから。奥様に、気にされないよう、重々お伝えくださいね。」

一度出版社に言伝してきます。待ち合わせは、この販売所で大丈夫です。
そう言って去って行った、新聞を買ったアルジャンを見送り(ジェムとプランとアミューズは大喜びでブンブンに手を振って見送った)、残りの新聞とパンとミルク、スープを余さず売り終えると、掃除に片付け、経理担当の新聞社から売り上げ金の回収に応えて、詰め所の兵に鍵締めしてもらい、ホッと一息。

「ジェム達は、ちゃんとしっかり働いてるねえ。知ってたけど、直接見られて、改めて、頑張ってるな、って感じたよ。今日もお仕事、ご苦労様でした。」
「はーい!えへへ。」
「えへへへ。」
「今日も、がんばったよ~!」
子供達は嬉しそう。
「皆にも、新聞販売所が、大切な場所として大事にされてるね。それも嬉しい。すごいすごい!やったね!」
「やったね~!」
「おれたち、すごい!」
「新聞、やくにたってるんだ!」
パチン!パチン!と、ジェム、プラン、アミューズと手を打ち合わせて、ふふふと竜樹は笑った。
仕事を終えたアガットやサージュ、娘めんどりも合流して、なになに~?と聞いてくる。
皆はすごい、って事!と竜樹が言えば、話が分からないアガットとサージュは、キョトンとする。説明してやると、えへへ、とやっぱり嬉しそうに、照れた。

一角馬車に乗って寮に帰ると、エフォールとプレイヤードとピティエ、そしてアルディ王子も来ていて、3王子も腹ペコでお昼ご飯を待っていた。

「ええ!?るーじゅのみ、とりにいけるの!?」
「そうだよ。アルジャンさんが、来ても良いよ、って言ってくれたんだ。」
「行きたい行きたい!早く行きたいよ~!」
「小ちゃい子達がお昼寝してからだよ。まずは、お昼ご飯食べてね。」

なんてやっている時、アルジャンは妻のグラースに。

「王子様もルージュの実を採りに、いらっしゃるですって!?子供達も、ギフトの御方様も!?そう言って下さったからって、何のおもてなしも要らないわけ、ないじゃない!ああ!時間が欲しいわ!こんな急に、貴方って人は、もう!!もう!!」

めっちゃ怒られていた。
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