王子様を放送します

竹 美津

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本編

冷たくて温かくて

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「父がもし、仕事を続けたいと言えば、ゆっくりと自由にさせてやる事はできますか?」
コリエが微笑んで、マルグリット妃に聞けば。マルグリット妃も微笑み、うんうん、と頷いて応えた。

「勿論よ。少しこちらからの案を説明するわね。コリエ嬢は平民ですから、ここならと候補の貴族、セードゥル侯爵家アルグに、養子に入って、貴族籍を得てもらってはどうかと思っているの。バヴァールについて調査している時に、アルグはこちらの意図を知らない内から、彼はきっとやってない、って言っていたわ。人柄を知っていたのね。バヴァールに借りがあるのですって。納税の申告の時に、後を継いだばかりの入婿のアルグが、ちょっとした書類の失敗をしたらしいのね。時間の締め切りは正午まで。バヴァールは突然お弁当を食べだして、ゆっくり食べているから、その間に直しなさい、次回は余裕をもってやってくるんだよ、と言ってくれたと。養子の件、打診したら、是非とも、と身を乗り出したわ。プリムヴェール夫人も、娘が欲しかったらしくて、とっても乗り気よ。」
マルグリット妃は、色々と話し合う前に段取りを組んでいたのだろう。準備がとても良い。

「養子に行くのは良いのですが、父は、具体的に、どうなりましょうか。」
コリエの心配は、そこである。

「そうね、ちゃんと考えているわよ。バヴァールの地位については、元の子爵より下がってしまうのだけど、一代男爵として、復活させてはどうか、と思うのよ。コリエ嬢がバヴァールの元に戻らない案なのは、きっと、結婚のあれこれを今の彼にやらせるのは負担だと思うし、ぐうの音も出ないような後ろ盾があった方が、これからの結婚と事業に良いと思うからよ。」
貴族社会も、何かと名前で見られますからね。
自らも小国出身として、軽く見られてきたマルグリット妃ならではの、重い発言である。

「そしてバヴァールには、重い事業などを背負わせずに、気楽にコリエ嬢やジャンドル、エフォール達と仲良く出来るように、計らいたいの。本人の意向次第•••ですけれど、きっと事業に出ていけば、また新たな戦いになると思う。物見高い貴族達に、見せ物のようにされながらも、事業をやる、そして認めさせる。そんな力があるのは、これからを担う若者ではないかしら。コリエ嬢、ジャンドル。」
2人を見渡して、期待をかけるマルグリット妃である。

「聞いてみないと分かりませんが、多分、父は、責任感がとても強いので、領地運営や事業では、神経をすり減らすだろうな、と思います。出来れば私も、ゆっくりと、気の張らない仕事で、安心した人生を過ごさせてあげたい気がします。」

コリエは想像して眉を下げる。
いつも、父は、大変だ大変だ、と、やり甲斐もあったろうが、責任感に心配に、領地の民達の事で、胸を痛める事が多かったから。柔らかな人は、それも美点で良いが、強かさもなければ、上に立ち続ける毎に消耗する。

「本人がやり甲斐があるなら、そちらの道もアリなのよ。でも、人柄を判断するに、相手が悪かったとはいえ、ナル公爵に陥れられて反撃できなかった、その力で、これから頑張るのは、厳しいかなと思ったの。ナル公爵は、犠牲者を選ぶのが、とても上手かったみたいだから。」
ヴァーチュが項垂れるが、話は続けなければならない。

「領地はないけれど月々給与がある。美文字男爵として、こちら王宮の筆耕の仕事を、今の民間の代筆店に出向という形で仕事場を構えてもらって、お金を得てもらう事でどうでしょう。」
ふん、ふん、と皆、まずは案を聞き、噛み砕いている。

「もし仕事をあまりしたくないようなら、それでも名目だけ仕事に就いてもらって、後進の指導でものんびりしてもらい、私達王宮から慰謝料として幾らかと、ヴァーチュ、サパン公爵家から、幾らかを、毎月払う形にしたい。勿論仕事をしたらした分だけ、ちゃんと払うわよ。それは上乗せね。」
ホッとして、コリエは頷く。
ヴァーチュも、勿論お支払い致します、と頭を低くして頷いた。

「ナルの罪だけれど•••税務長官として、部下の罪を厳しくしようとしすぎて、実際にはバヴァールの部下の、陥れる為の騙し書類を勘違いした。誤りを見抜けず、罪のないバヴァールを罪人にした。という形で名誉を汚してもらうわ。それによって、バヴァールにサパン公爵家がお金を払う理由も出来るでしょう。まさか、全く泥をつけない、なんて事はできないわ。」
それはそうである。そして、それくらいなら、ナルならあるだろう、と暗黙の了解で納得されそうなのだそうだ。

バヴァールの部下だった、下級税務官クリムは、重大な改竄の罪を軽くしてもらうのと引き換えに、名誉を多く汚す事を了承している。バヴァールのように、罪人の腕輪をして、労働刑になるそうである。

「コリエさんへの償いは、どうなりますか?」
竜樹が突っ込む。コリエはもしかして、父バヴァールが良ければ良いのかも知れないが、こういうことはちゃんとしておいた方が良い。

「そうね。サパン公爵家のワイン事業や、お米に食肉事業から、割合はこれから話し合ってだけれど、コリエ嬢が結婚プランナーとなって起こす、ブライダル事業へ、幾らか優遇した契約で食材を納品する。継続して、赤字にならない、ちゃんと儲かるけれど、割合をね、考えて。そうすれば長く、コリエ嬢への償いが続くでしょう。これでどうかしら。そして、セードゥル侯爵家アルグが、ベルジェ伯爵家と、ジャンドルのお家と、一緒に、ブライダルを共同事業としたいそうよ。そうすれば、太いパイプが、あちこちに出来る事にもなる。ジャンドル、ベルジェ伯爵家は、それで構わない?」

「はい。父にそうさせます。王妃様からも、お口添えを願っても?」
「勿論よ。お話しましょうね。」
ニコニコのニッコリな2人である。
ふ、と王様が息を吐き。

「さて、この件はこれで、手打ちにして欲しい。申し訳ないけれど、これでどうだろう。」
「待って下さい!それでは、日記にある、父ナルの他の罪は!!」
ヴァーチュが焦る。

それは。
う~ん。
とても難しい問題で、ここで解決など出来まい。
正直、コリエ達には関係ないが、ヴァーチュも、何も聞かずには帰れない。ピシャリと言うことはできる。
出来るが、誰もそれを、哀れなヴァーチュに、したくなかった。

「それはコリエさん達には、関係ないですよね。」
いや、竜樹が言った。

「•••はい。余計な口をききました。申し訳ありません。」
打たれて、項垂れる。

「ヴァーチュ様。」
「•••はい。」

竜樹が、イタズラっぽく笑って。
「貴方、本当に、日記にある全ての罪を、償いたいと思いますか?」
ニッコリする竜樹に、ヴァーチュは、躊躇い。

「•••正直、途方に暮れています。けれど、出来るだけの事はしたいです。妻と離婚も考えています。子供を連れて実家に帰ってもらい、私は一生を償いに捧げて、領地は国に•••。」「いけません!」

言葉を、遮る、ピシッとした言葉で竜樹が。けれど、ショボショボした目は、優しい色で。
ヴァーチュは混乱した。
「ですが、そうでもしないと。」
「いけません。いけませんよ。ここにいる皆が、貴方を助けようとしているのに、気づかないですか。それを捨てる権利は、貴方には、ありません。」

え。

「償いたいなら、幸せになりなさい。奥様と力を合わせて、お子さんを慈しんで、2度とナル公爵のようにさせない。そして、その幸せを続けるんです。そうしながら。」

長く、償いをするんです。

竜樹はニコニコ笑っている。

「俺、冷たいんです。父親のやった事だから、貴方には関係ないよ、と言う事はできる。できるけど、被害を被った人の事を思うと、そうしたくないんです。やりきれないでしょ。」
「ええ。•••それは、勿論。」
話がどう繋がるのか。混乱して、ヴァーチュは、ヴァーチュは。

「だから貴方に、重荷を乗せます。幸せで、事業でも力をつけて、人に助けて、助けられて。それで細く長く、償いをしていけるように、って。幸せじゃないと、長生きできないでしょう、心配事を気にしてばかりでは、消耗してしまう。家族に愛されて、心を預けられなければ、安心して暮らせない。それも貴方を苛みます。貴方が償いの責任者なんです。責任者、ってことは、お父さんみたいなものです。領民のお父さんでもあり、家庭のお父さんでもあり、被害を被った人に、家族のように慮って償う。お父さんは、死んだらダメなんです。」

生きていながら、死んだような償いの仕方は、俺、許せないです。
だってやっぱり、貴方はナル公爵ではないからね。

ヴァーチュは、何も言えなくなった。

本気で償えということだ。
だけど、その為に、沢山の手を、諦めなくても良い、って事なのだ。寧ろ手を取れと。

「人の不幸を、不幸で贖う、って不毛で嫌です。何なの、それ。絶対に嫌だ。不幸の連鎖になるだけじゃん。俺は、圧倒的な幸せの力で、経済的にも大いに栄えてもらって、償いは地道に、確実に、何とかして欲しいと思います。」
「うむ。それが良い。」

ハルサ王が、間髪入れずに、深く頷いた。
「ヴァーチュ。私たちも、其方を、何とも言えず可哀想な立場だと思っている。だが、逃す訳にはいかない。脱税の金も、割り増しで払って貰わなければならないし、健康で長生きしてもらわなければ、分割返納が出来ないであろう?何も、破滅するほど、一気に払う事はない。そして、日記の罪は、秘密で人を付けて、順々に、私たちで始末をつけて行こうよ。話し合ってな。」

それが、ナル公爵を野放しにしてきた、私の罪の償いでもあるし。一緒にやっていこう。

ハルサ王は、だから好きだ。
竜樹はニコニコして、ヴァーチュの肩に手を乗せた。
途端にほろほろと、彼の頬に涙が溢れる。

「勿論、私も手助け致しますわ。貴方一人で背負う事はないのよ、ヴァーチュ。そしてね、ナル公爵は、このままでは、ダメね。」
優しい顔と、怖い顔を両方。
「そうだな。」
ハルサ王は、肝心な事は自分で言うのだろう。

「ナル公爵からは、日々嬉し気に言っているという、罪の証言をある程度集めたら、神の元へ行ってもらうしかない。長生きしてもらっても扱いに困る。表向きには病死だと発表する。命をもって贖う、それでも足りない、けれどそうするくらいしか、出来ない。それは、良いだろうな?ヴァーチュ。」
「•••はい。当然だろうと思います。」

ナル公爵に、直接間接で、命を奪われた人もいたのだから。

「では毒杯だ。然るべき時に人をやる。立ち会うから、しっかりとするのだぞ。毒は、苦しまぬでもなく、しかし苦しみ過ぎるのでもないものを選ぼう。私たちが断ずるのは、きっと陥れられた者たちには不本意であろう。そして増して怒りをぶつける立場にはない。だが、安楽に逝くのは、違うだろうな。」
こういう塩梅は難しい。王は人の生き死にまでを決める事が出来る。だから慎重でなければならないし、だからと言って何もしないでいてはいけない。時に大胆でなくてはならない。

「ヴァーチュ。血の繋がった父を断じて、そして幸せになれ。これからも、この国の重要な貴族として、諸々頼むぞ。頼りにしている。•••早く帰って、夫人を安心させてやれ。コリエ嬢も、それで良いな?」

「よろしゅうございます。」
コリエは、成り行きにホッとしながら胸に手を当て、王様に礼をした。

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