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本編
覚悟を決めて、格好いい母に
しおりを挟むラフィネは辛子色のスモックをふわりハタハタ、はためかせて、寮から出て王宮の庭をズンズンと歩いた。護衛についたルディが、後ろを守っている。
先ほど竜樹が。
「きっと花街に行くんでしょう、くれぐれも気をつけて。ちゃんと帰ってきてね。お母さんがいなくなったら、子供達も俺も!イヤだからね。俺一緒に行こうか?馬車用意する?」とめちゃくちゃ心配そうだったのに苦笑して。
「普通の馬車だけ貸して下さい、花街の前に寄るところがあるし、ちゃんと無事で、エフォール様の悩みも何とかして、帰ってきますから!」と頼もしく竜樹を宥めた。
王宮の中の、使用人などが用向きに使う馬車乗り場まで来る。雨が降れば幌を張る馬車は、晴れの日は天井がオープンだ。
「お願いします、新聞寮のラフィネです。」と告げて、馬車にスラリと乗り込むと、2列前向き座席なのでルディが斜め後ろに座り、ふ、と落ち着いた。
行き先を馭者に。
「パンセ伯爵家へ、まずはお願いします。」
「は~い!ラフィネさん、子供達のための、何かお使いかい?」
気のいい丸っこい髭おじさんの馭者が呑気に聞き。
「ええ!そんなとこね!重大任務なのよ?」
フフッと良い笑顔のラフィネである。
それに護衛のルディは、うんうん、静かに頷き、心してお助けする!子供達のラフィネ母さんの安全は、自分が任された!と気合いが入っている。
パンセ伯爵家へ着くと、入り口の門へ。ラフィネはスモックの便利ポケットから、淡い青緑の流麗な飾りフチどりがされたカードを出し、取り次ぎを頼んだ。エフォールのお家、パンセ伯爵家リオン夫人が、エフォールの従者を通してラフィネと情報を共有し。然るべき時がきたら我が家へいらして!と近々の空き予定と来訪を許可する直筆カードを送ってきていたのだ。
エフォールが悲しんでいるなら、母リオンは何としても願いを叶えてやりたい。
やっぱりちょっとだけ、パンセ家でエフォールを独占できない寂しさはあるけれど、それが何だというのだ。パンセの父と母は、エフォールの気持ちの、いつだって味方である。
「こちらにリオン様がいらっしゃいます。当家の馬車でお話を聞きます、との事ですので、乗ってきた馬車は、こちら奥の馬車留め所で待っていて下さい。使用人休憩所で、そちらの馭者もお茶など飲んでお休みできますよ。」
にこやかな執事が伝えに来て、ラフィネとルディは、はい、と静かに待った。天井オープンの素朴な馬車が裏庭に案内されていく。リオン夫人に許されたとみて、先ほどまで緊張して、ラフィネ達を入り口で阻んでいた門兵達が、少し、和やかな表情になった。
「お待たせしたわね、ラフィネさん!こんな所で申し訳なかったけれど、早く出発したかったものだから!ごめんなさいね!」
普段着の動きやすそうなドレスにショールを羽織って、リオン夫人がトトトッと貴族女性の精一杯の速足で現れた。
「いえいえ!謝罪などなさらないでください!私も、早く済ませたいですから、かえって有難いです!」
身分は違えど、初対面の母達は、節度をもった親しみをもって会話する。
「初めてお会いするわね!優しそうなお母さんだわ、ラフィネさん!私がエフォールの母、リオンよ。」
「ありがとうございます、ラフィネと申します。失礼ながら私などの連絡に、お応え下さってありがたく思っています!」
リオンは、とんでもない!と、ふるふる首を振って。
「こちらこそありがとう、エフォールの事、子供達と仲良くと、優しく思ってくれて、今度の事も、とっても助かるわ!」
ニココ!笑顔の母達は、じゃあ行きましょうか、と先ほどより豪華な馬車に。乗ろう、と。
「リオン、リオン!待ちなさい!」
夫でパンセ伯爵家の当主、エスポワールが焦って後を追ってきて、はあはあ息きらせ、心配そうにリオンに話しかける。
「リオン、君を花街へ、交渉に行くだけとはいえ出掛けさせるなんて、私は気が進まないよ!やはり私も一緒に行こうか?ね?そうしよう?」
うん、コチラのお父さんも心配か。
「大丈夫ですわ!これは、母たちの、覚悟の話し合いなの!それに、ニリヤ王子殿下のお祖父様、クレール・サテリット氏にも、ご一緒願っていますから、生き馬の目を抜く花街の借金交渉でも、きっと何とかなりましょう!護衛もたっぷり連れて行くし、安心なさって!」
あっという間に護衛達が騎乗して、4人も馬車の後に付いた。一角馬が、ぶるるるん!と鼻を鳴らす。ラフィネは促され、サッと馬車に乗り、ルディは馭者の隣に座らせてもらう。
「リオン•••ああ、心配だよ。でも君は、こうと決めたら聞くまいね。皆、リオンを頼んだよ!借金交渉が上手くいかなくても、きっと無事にリオンもラフィネさんも連れて帰りなさい!」
はっ!お任せ下さい!
護衛達は勇ましく、エスポワールの命令を受けた。
「では、行って参ります。朗報を期待して待っていてね。」
ウフフ。笑ったリオン夫人は、心配そうなエスポワールと、その後ろに朗報しか考えていない、よっぽどエスポワールより分かっている黙って控えた執事に、馬車の中から手を振って。
「コリエ。何とかしてくれ!」
「え?どういう事?」
花街のコリエの働く店、アイリス。その小さな私室に、店の支配人がダダダ!と駆けてきた。
小さなクローゼットの横には、少しだけ細々したコリエの私物が入った白いチェストがあって。その上にはエフォールがフリーマーケットで売っていた、分身シリーズの藁色クマちゃん、編んだ縫いぐるみが座っている。
部屋に帰れば一番に目を向けるところで、いつもコリエを待っていてくれる。
(ジャンドルでも何か言ってきたのかしら?こんなに長い事、会いも便りもしない私の事など、忘れてくれて良いのに•••。)
いまだに借金を、コツコツと返してくれているのである。勿論コリエも返しているが、借金を払い終えたら、何とかしてジャンドルにも、これまでのお金を払って、自由にしてあげたい。
コリエはそんな風に思っていた。
しかし、そうは問屋がおろさないのだ。
「ジャンドルなら、会わないわ。追い返してよ。」
コリエがサラリと言うが。
「バカッ!ジャンドルなんかじゃねえよ!花街の中では大店とはいえ、こんな店に、伯爵夫人がいらっしゃったんだよ!!しかも、あのやり手のサテリットのじい様が一緒ときた!俺じゃ相手ができねぇよ!」
情けない顔の、割と若造な支配人は、前任の支配人が仕事を譲って隠居したので、まだ2年ほどしか実績がない。店の花達にも、お客様にも、そしてオーナーにも、まだまだだな、と甘くみられている所がある。
そしてジャンドルも伯爵家の長男、お貴族様なのだが、毎月借金を返しに来て馴染みなので、それはスルーである。
「まさか•••!」
パンセ伯爵家のリオン夫人、が!?
れっきとした貴族の、伯爵夫人が、花街にだなんて、そんな!
確かにそれは、若造支配人では対処しきれまい。
コリエは気もそぞろに素早く支度をして、とにかく頼む、と支配人に背中を押されながら、店のエントランスに急いだ。伯爵夫人を、いかにあちらからやって来たとはいえ、店の部屋の中には入れられない。彼女の醜聞になる。
入り口の扉を開けたまま、椅子とテーブルを急遽用意して、待たせているのだ。
「コリエさん!お久しぶりね、お元気かしら?」
ニコニコと、花街の店なんかが用意したお茶を、さっくりと飲みながら。何が入れられているか分からないのに!リオン夫人はコリエに話しかける。
それに、花街の花だったとは、もう思えない、辛子色のスモックが柔らかく温かく、いかにも優しい雰囲気な、ラフィネ。随分変わった。
ズラリと並ぶ護衛達の中、安全よ、と言いたげに、寛いでいる面々である。
いかにもやり手にはまさか見えない、人の良さそうなサテリットのクレールじいちゃんも、ほのぼのとお茶菓子など食べつつ、緊張してお茶のお代わりを注ぐ若い花に、ありがとうね、なんて言っている。
ささっと全員に目をやって、コリエは焦る。
「げ、元気です!いえ、リオン様、早くお帰りください!このような下賤な店に、貴方様のような方がいらしては、なりません!」
「下賤とは思わないけれど、花街ですものね。無断で貴方のお部屋近くに、来てしまって、失礼を許して下さいな。でもね。」
「帰るなら、貴女も一緒よ。」
ニコニコ。
え、ええ!?
「そ、それは•••。」
コリエが、グッと息を飲む。
サテリットの爺ちゃんに、リオン夫人は目を向けると。
「先ほど、ここのオーナーの所へ行って、コリエさんの借金の残金を一括で払ってきたの。サテリット氏に仲介頂いたわ。すっごく上手くいったの!流石の商人よ、一括にする事で、かなり安くなったわ!そんな方法があるのね。」
パクリ。花を模した、焼き菓子を口に、嬉しそうなリオンである。じいちゃんは、ふふふ、とまたコチラも、頼りにされて嬉しそう。
「リオン様、いけません!すぐにでも取り消してーーー。」
「母としての、覚悟が足りないわ、コリエ姉さん。」
カチャリ、お茶を受け皿に戻したラフィネが、遮ってサラッと言う。
「私にサンの元へ行け、と言ったのですから、機会がやってきたのに、コリエ姉さんがエフォール様に会わないなんて、許されないわよ。」
ぶるぶる、首を振って、立ったままコリエは。
「そんな!そんなの、サン君の時とは違う、こんな、こんな!」
ラフィネは優しげな顔、表情のまま、頬に指をあてて、ピシッと言う。
「私がいたら、ジャンドル様にもエフォール様にも、邪魔になって良くない。花街にいた妻、母だなんてーーーってね。安い悲話は、もう必要なしだわ!コリエ姉さん!」
「そう、そうよ。」
リオン夫人も続けて。
「エフォールに幸せになってもらいたいなら、私たち母も、格好良く幸せにならなければね!だって、いつまでもエフォールにもジャンドル様にも、気がかりが残るじゃない?後悔しちゃうわ。コリエさんの事。」
それと、これと、借金とはーーー。
コリエがどんどん青ざめる。
両手を顎の下に組んで、茶目っ気のある表情で金髪をサラリと揺らし、リオンはフクフクと笑う。
「借金は、パンセ家が肩代わりした形になるわ。きっちり払ってもらいます。そのお金にはね、エフォールが将来、編み物のお店を開きたくて貯めていた、フリーマーケットで稼いだお金や、ジャンドル様、じゃない、高級縫いぐるみ作家のエルドラドの息子、エフォール君が、《初めての縫いぐるみ!》とかって番組に一緒に出演する予定の、その出演料なんかも、入ってるのよね。エフォールが、どうしても払いたいんですって。早く、コリエお母さんを花街から解放してあげたい、そして仲良くしたい!んですってよ。」
そんな大事な、お金ーーー。
ぱく、ぱく。コリエの唇が、言葉に、ならない。
「私たち、コリエさんに、頼みたい事があるの。」
キリッと表情を引き締めて、背筋をピンと伸ばして、リオンが雰囲気を変える。
ラフィネも、真剣な顔になる。
「私たち女性が、頼りにしていた父母や、夫を失って、1人で生きていかなきゃ、借金を背負ったり、子供を養わなければならなくなった時。」
「あまりにも、選択肢が無いと思わない?花街に行くくらいしか、稼げない、働けない、子供の面倒みられない、なんて、おかしくない?」
2人、交互に、熱が入る。
「もっと違う働き方があっても、良いわよね?それに、貴族の女性は家の仕事でしか働かない、って、ハッキリしたお金にならない事も多いわよ。」
「竜樹様が、ラジオやテレビ、教科書や教会の学校の教師に、って、色々選択肢をくれたけれど。」
「そうして、お母さんシェルターって作ってくれて、支援もしてくれたけれど。」
「竜樹様に頼るばかりで、自分たち女性が、何もしないで受け取るばかりで、良いのかしら?」
え? は?
コリエは話の展開についてゆくのが、やっとである。立ち上がったクレールじいちゃんに背を促され、椅子に座ったのも呆然と、気づいていないよう。
トン、とリオン夫人が、自分の胸を叩く。
「私が、貴族の女性や母達を、担当するわ。手仕事でも商売のやり方の修行でも、できるように、彼女達自身に協力してもらって、活動をする。」
トン、とラフィネが、自分の胸を叩く。
「私が、教会孤児院のお母さんとなって、お母さんシェルターの母達や、庶民の母達女性達の、道を開く活動を、まとめるわ!」
さあ、とコリエに2人は、手を差し出して。
「コリエさんは、花街出身の人たちをまとめて。ここを出てから、またはここに、望まず入れられそうな女性達を、まとめて頂戴!」
「コリエ姉さん自身が、他にも生きて行くやり方を、自分が探すついでに、みんなと共有して!」
「そしてジャンドル様を、いつまでも待て!させておいちゃダメよ。」
「エフォール様の、大事なお店の資金も、一緒に仲良くしながら、花街以外で働いて返してあげて下さい!ジャンドル様には返さなくて良いわよ。そういうお金よ、夫婦は協力だもの。」
「私たち、格好いいお母さんに。」
「幸せなお母さんに、なりましょうよ!」
物語はハッピーエンド、いつまでも幸せに暮らしました、が、良いに決まってるわ!
クレールじいちゃんはニコニコしている。
それから、ラフィネとリオンは、ジャンドルの家の貴族らしい父母、舅姑をどうするか、とか、幸せに暮らしました、に関わってくる雑事などを話し合った。
コリエは、ポロポロと涙を流すばかり。
覚悟を決めたか?と聞かれて、コクン、と頷くと、ニッコリ笑い。
「私、思っていたのに。絶対に幸せな老後にしてやる、って。ちょっと老後には早すぎるわ。働くしかないじゃない。自分のためですもの、当たり前ね。」
エフォール様に、会うわ•••。
会うわ、会うわ、と顔を覆って再び泣き出したコリエを、2人のお母さんは、笑って笑って、背中を撫でて、宥めるのだった。
若造の支配人は、わ、わからねえ、って顔をして。
とにかくコリエは花街から出て行くんだな、という事だけは、わかって、ため息をついた。それならそれで、もっと静かに出て行って欲しい。
護衛達が、ふふふと笑っている。
母達は、何とも痛快な事をやってのけようとしている。
男として、守るものとして、手助けできて、誇らしい。
ルディも、ニッコリ笑顔で。帰ったら妻のメルラ、チームニリヤのテレビ編集をやっている、子供のいない夫婦2人で手助けできた事の一つとして、話をする事が増えたな、と嬉しく。
そのメルラーーーマルグリット王妃の元侍女から、王妃に話がいき、花丸に王妃公認になってゆく3人の母達の活動は、まだまだこれから、広がってゆくのである。
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