王子様を放送します

竹 美津

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本編

14日 グリーズの誘いと竜樹の考え

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「アロンジェ様!」

グリーズが、真っ白なテーブルクロスに生花、口当たりも滑らかな優美なカップに、お茶、彩りの良いお菓子とをいただきながら、上目遣い、パチ、パチと瞬いて見せて。

「グリーズお嬢様。私は仕える者、お嬢様の執事なのですから、どうか、アロンジェ、と。」
呼び捨てにして下さい。
ニコリ。ピカ!
どこかピティエに似たアロンジェは、ピティエにはない、大人の色気をもって、ゆったりと微笑み礼をする。

「ええ、分かったわ、アロンジェ。」
ムーフ、と満足の息を漏らすグリーズ。

このやりとり、グリーズがこの執事カフェに来るたびに繰り返している。呼び捨ての許可をもらって、恭しく下に仕えてもらう、その瞬間の快感が癖になり、やめられないのだ。
その事を良く分かっているアロンジェは、毎回嫌な顔もせず、付き合っている。
そういうお仕事だから。

ピティエもこんな風に、私に頭を下げて許しを請うてくれば良いのに。
きっとギフトの御方様とやらにも幻滅して、今頃は、やっぱりグリーズの言う通りだった、彼女がいないと、何も出来ない!などと言っていたりして。
ピティエ!と心の中と同じように、本人に呼び捨てできたら、どんなにか気持ちの良い事だろう!

くす。
ピティエが半泣きでグリーズに縋る、都合の良い妄想は甘く。お茶も砂糖を入れ過ぎて甘く、そしてお菓子も甘かった。そのまま食べれば、ちゃんと上品に程よく甘い、バランスのとれたお茶のもてなしを、ドバドバ入れた砂糖で台無しにする。甘さに顔を少し顰めるが、気を取り直して。

「アロンジェ。私、今夜7時からの、広場のファッションショーの招待券を持っているの。父に来たものなのだけれど、用事が出来てしまって、託されたのよ。こういう催しって、空席が出るのを嫌うもの。同席してくれる者が必要なの。私のアロンジェ、今夜、一緒にファッションショーに行ってくれるでしょう?」
有無は言わさない、と圧をかけるグリーズに、にこやかなアロンジェは、表情を崩さずに。

「グリーズお嬢様。貴女様ならば、その身分につり合った方が、ご一緒するのがよろしいでしょう?このアロンジェは、あくまで執事。お嬢様に見合わないのではないですか?」
うーん、外でのデートは仕事外なんだよね、他をあたってね。を丁寧に真綿に包んで言うと、こうなる。

「そんな事ないわ!貴方なら、見劣りしないわ。大丈夫よ。ファッションショーに行くだけよ、そうしたら大人しく帰るわ。会場は広場だし、貴方と出かけるのに、後ろめたい事は何もないわ!席を埋めなければならない、私を助けると思って!」

おねがーい。
と言われても、お店の外でお客様と会う事は、基本禁止の、この執事カフェである。お店でのやりとりの特別感が薄れるし、従業員とお客様で懇ろになって問題を起こしても困るし、思い詰めた女性に、お金で叩かれて男娼扱いをされても不味いし。あくまで健全に、執事とお嬢様ごっこを楽しむ、夢の空間が執事カフェなのだ。

身を慎むのは、自分達の身を守る為。
何と言って断ろう、とアロンジェがニッコリしながら言葉を探していると。

「ごめんなさいね、隣のテーブルから。ちょっと良いかしら。ファッションショーなら、もし機会があるなら、行っておいた方が、よろしくてよ!」
上品で落ち着いた、着慣れているワンピースドレスを着た少女が、隣のテーブルから口を出す。
私がアロンジェと話しているんですけど。グリーズはムッとしたが、これでファッションショーにアロンジェが行ってくれるなら、と黙っていた。

「私も招待されているの。注目のショーを、見ておけば話題にも良いし、空席を嫌うのも、確かにそうよ。良い席なら、見ようと思って見られるものじゃないし、あと、招待客には、カタログを1人一冊下さるという話よ。新しい夏の服、素敵な服の、素敵な写真が、これでもか!と載っているんですって。お客様の為に、この執事カフェに一冊置いておいても、宜しいのじゃない?」

混雑している時に、ついてくれる指名の執事が空くまで、待ち時間を過ごす部屋が執事カフェにはあり。そこには時間を潰すための、素敵な雑誌や、なかなか手に入らない上等な本が置かれているのだ。中には、読み放題のそれを、楽しみに来る乙女もいるほど。そこは図書室と呼ばれている。
この執事カフェは、チープさを廃した、本格的な雰囲気づくりをモットーとしているのだ。

アロンジェは、チラッと、支配人を兼任している執事に視線をやった。シルバーの髪、柔らかな物腰の、年配執事。お年寄りの執事に嗜められたい、という需要も、根強くある。

ふむふむ。まあ、よろしいでしょう。

支配人から、頷きを得られたので。

「ご助言、ありがとうございます、クロワールお嬢様。グリーズお嬢様、お誘い有り難く思います。このアロンジェが、ご一緒しても構いませんか?」

グリーズはこの時、最近のつまらなさの中、一番の喜びをもって、鷹揚に頷いた。





夕方、広場では設営が済み、スタッフが忙しく配置に付き、招待したお客様を案内している。

モデル達の控え室は、戦場だった。
時間は限られていて、その中で最高の効果を出さなければならなくて。
3王子達が、キャッと目を閉じて、おててで顔を覆った。うん、男女で控え室が分かれていて良かったのだけど、子供はまとめて女性室だから。
「みんな、おきがえ、はだかよ。」
そう言うニリヤも、パンツ一丁に肌着である。

「さあさぁ、始まりの時間は決まっているわ!とびきりの美しさ、輝きを、この一時に集中して!」
デザイナーのクロースが、皆を鼓舞する。
化粧をする者、浴衣を着付ける者、髪を整える者。皆真剣に。

控え室の男性室では。

「ピティエ•••見違えるね。いつもおしゃれだけど、今日は一段と。」
パチ、パチ、と瞬きをする。薄く化粧をされながらーーー肌を整える程度だけれどーーーピティエの、サラリとした髪、肌の瑞々しさ、ピッと正した姿勢の美しさ、その輝きを、竜樹はため息をついて眺める。
ふふ、と笑って、ありがとうございます。控えめなのが、またしみじみ。
「今日は、皆が、ピティエに惚れちゃうんじゃない?」
と竜樹は、その時、半分、冗談で言ったのだ。



本格的に詰めの作業をしている控え室を、邪魔するまいと退出して。竜樹は客席の方へ回った。
ミランは控え室でオフしていたカメラを、ここでオンして記録。タカラもマルサ達護衛も、いつものように側にいる。
だから、招待券を持つ者達の席と、立ち見の者達のエリアの境目で、声をかけられたけれど、竜樹も皆も落ち着いていた。

「ギフトの、ギフトの御方様!どうか、どうかお話を聞いていただきたく思います!」

小さな花束を持って差し出し、境目の柵の外側から必死に話しかける、一人の女性に、竜樹は近づいて花を受け取った。

そしてこの様子も、ファッションショーの準備中、という事で、ミラン以外のカメラも追っているのを、動き出してから竜樹は気付いたが、そのままにした。

「お話、何でしょう?」
ニコリと笑う竜樹に、跪き、女性は。

「私、私の両親は、リエーヴルで宿屋をやっています!あの、あの、今朝のニュースの、転移魔法陣が出来たら、宿屋に泊まらなくても、皆、移動できてしまうのじゃないですか?ちっぽけな宿屋ですけど、両親はそこで働くのを生きがいに、頑張っているんです!」

うん、ニュースでも、ちゃんと、道を無くさないようにすると言ったけれど、中途半端に聞いてたり、噂でちょっと聞いただけの人だったり、聞いてもそれでも不安を持つ人は、いるよね。
テレビでしつこく言おう、と竜樹は決心する。

「転移魔法陣を作らないでもらえませんか、とは言えません!お国の、偉い方が決められた事に、ましてやギフトの御方様の発案に、反抗しようなんて、思いません!変わった事で、良い事も沢山あるって、知っています!でも、でも、ギフトの御方様なら、小さな宿屋の事、無くならなくても良いように、何かお考え下さるのではないですか?」

うん。うん。
必死な様子の女性に。周りに集まり始めていた、招待券を持つ商人や貴族達も、注目している。
この状況が流れる大画面にも、視線が集まっている。

「ご両親の宿屋さん、大事ですよね。嘘はつけないから、転移魔法陣で、変化が起こった事で、小さな宿屋さんが今後も絶対にやっていけるか、と約束はできません。ーーーごめんなさい。」

女性は涙を堪えて、1つ、頷く。

「けれど、皆が便利になって、お国の端まで物や人が行き渡る事で、不幸になる人が出るのは、何だか嫌ですよね。ハルサ王様も約束してくれました。変化が起こって、これまでと違う生き方をしなければならなくなった人達に、アドバイスや援助をする窓口を作ると。娘さん、時代の変化に、全ての人を着いていかせられるか、と聞かれたら、多分無理です。それに、俺の案だけじゃなくて、変化を受ける側の、貴女のご両親のような方達が、これからどうしたいか、聞いてみないといけません。人をテーブルの上のお皿のように、あっちにやってこっちにやって、って上から目線で全部扱えるはずもないです。」

女性は、うんうん、と真剣な様子で二つ頷く。

「だから、俺が約束できるのは、変化があって困った事が起こった人達に、俺は色々考える。考えるけれども、一緒にどうしていったらいいか、考えてくれませんか?という事です。テレビで、ラジオで、新聞で。細かく、情報を出していきます。それからーーー変化を冷静に見極めて、それをできれば、強かに生き抜く、ご自分達も新しい事をする、チャンスにして欲しい、とも。」

聞いていた貴族、そして特に商人達が、ギラリ、ピカリと瞳を輝かせた。

「私達も、ギフトの御方様と、ご一緒に、ですね。」
女性は、胸の前で手を握り、祈るように口元に寄せた。

「ええ。一緒に。俺が発案した事で、申し訳ないけれど。時代の波に、うまく乗っけて、皆がそれぞれの考え、思うやり方で。人の意見も聞きながら、皆で考えながらーーー。どうしていきたいのか?って、その人の人生を、どう作っていくか、という事だから。そこに苦しみだけじゃなく、乗り越える楽しみさえも、あったらいいなーーー理想ですけど。現実は違うかも、失敗もあるかもしれない、でも、考えていきたい。娘さん、貴女も一緒に、考えていってくれませんか?」

「ーーーはい!••••••考えて、いきたいです!」

ありがとう、一緒に頑張っていきましょうね、と竜樹は手を出した。
おずおず、と女性は、竜樹の手を握って、そして2人で、ぎゅっ、ふりふり、と固く握手を交わした。

ふわっ、と皆の雰囲気が緩んだので、竜樹はニカッと笑って手を振り、腹の底にまた新たに気持ちを入れて、その場を去った。

その放送を見たパシフィストの国民は、皆、情報に注視して、冷静に、これからを考えて、と心に一つ、石が投げ込まれた。
だって、一緒に考えよう、と竜樹が、ギフトの御方様が、言ってくれたのだから。

マルサが思うに。
「情報は確かに大事だが、アナウンサーだけが言うのと、竜樹が自分で直接言うのとで、きっと違うんだ。誰が言うか、誰の言葉か。心に響くものが違う。だから、それを皆に届けられるテレビっていうのは、やっぱりすげえな。」
との事である。


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