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本編
14日 グリーズの無心と金貨
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「お金、ちょうだいよ。ウチのお金なんだから、私が使っても良いでしょう。」
そんな訳があるか。
グリーズが、住宅街の自宅から、表通りの商会にやってきて、まず言ったのが金の無心だ。
布や魔道具、小物など、扱っている多数のラインナップ、その中で売れ筋を見せたり、その場で少量なら見本に買ったりできる建物にやってきて、若い店員の青年、シアンスに、無理難題を言っている。
商会長直属の部下である、長年働いているリキッドもいるが、そちらには目もくれない。リキッドでは、金など渡さないと分かっていて、若いシアンスを甘くみているのだ。
マージ商会の、商会長であるグリーズの父は、払うべき所は払い、そうでない所は払わない、金の始末にキチンとしている男だ。
リキッドもシアンスも、その商会長から信頼されている。お金を扱う、その責任を知っているし、馬鹿な事をすれば自分の身の進退にもかかってくる。当たり前にそれが分かるから、幾らグリーズが商会長の娘でも、ピシッと断った。働いている者が甘くては、お店など出来ないのだ。
「どなたであろうと、商会長の許しもなく、お金をお渡しする事は出来ません。これは私の裁量で自由にできるお金ではなく、商会のお金です。」
ウンウン。それでよし。
リキッドは、安心してシアンスに任せられるな、とは思ったが。
「お嬢さん、貴女が小さな頃、お店の奥で遊んでいた頃からのよしみで、このリキッドが言いますが。商会のお店から金を抜こうだなんて、やめておきなさい。何に使うのか知りませんが、一度それをやったら、きっと、商会長ーーー貴女のお父さんは、貴女を許さないでしょう。」
グリーズは、ムッとして。
「何よ!少しくらい大丈夫よ!それに、お父さんには黙っていてくれたら良いじゃない!」
「そんな事できる訳ないでしょう。」
このお嬢さんは、何でこんな風になっちまったんだろうなぁ。
小さい頃は、りちっと、りちっと、あしょんでぇ、なんて言って、可愛かったのに。
現在のグリーズは、何だか精一杯めかし込んで、洒落たリボンのついた紺の靴でダンダンと地団駄を踏んで、歪んだ表情。どこからどう見ても、面倒くさい女性に成り果てた。
「とにかくお金が無いと、アロンジェ様をファッションショーに誘えないの!一度、誘いにお店に、執事カフェに行かなきゃなんだから!」
あー。あの、若い女性が殺到しているという。
入れ込んでるんだね、グリーズお嬢さん。
男が花街に入れ込むのと、どう違うんだろう、男も女も変わらないな。リキッドは、自分の下で働いていた、狂っていったり、ハッと気づいて自分を取り戻したり、その両方のパターンの従業員を見てきたので、はふ、と息を吐いた。
どこかで、自分で気付かないと、ダメなんだ。
「お嬢さん。店からは出せませんが、私の懐から、金貨1枚なら出しましょうか。でもこれっきりです。そしてこの事は、商会長に報告しますよ。」
ピカリと光る金貨を、1枚、差し出すと同時にパシ!とひったくられた。
ニヤリと黒く笑う。
「金貨1枚っきりなんて、貧乏染みてるわねぇ!でもいいわ、これでアロンジェ様と会えるんだから!お父さんに言っても良いわよ。どうせどこか遠くに嫁にやられちゃうんだから、私。」
最後に楽しんだって、良いでしょ!
ああ、もう商会長は手を打っていたのかな。
リキッドは、可愛かったお嬢さんとの思い出を、自分も、商会長夫婦も若かった頃の、過ぎ去れば美しい色の一幕を、金貨1枚で汚した気がした。
でも、手放しはしない。きっと時々思い出す。狂ってしまった、過ぎ去った従業員の思い出達と同じように。
「さようなら、私たちの、可愛いお嬢さん。」
リキッドは、グリーズの去り行く後ろ姿に呟いた。
そして、その後で、少し焦り気味に現れた商会長に、起こった出来事と、ファッションショーへ行く、執事カフェでアロンジェに会う、と言ったのを、報告した。
商会長は、フーッと息を吐き、リキッドの肩に手を置いて。
「••••••色々な従業員もいたが、自分の娘が、こんな風に悪く男に入れ込むとは思ってなかったな。」
「ええ、商会長。なにしろ病なんだから、仕方ありません。」
「病か。」
ガクリと力ない父親の背中を、さすりと擦れば、うん、と一つ頷き。
「本当に、執事カフェのアロンジェとやらに入れ込んでるなら、まだ、良い。あちらも商売だから、割り切っているからな。」
「違う相手がいると?」
リキッドが眉を寄せる。
「私の見立てでは、本当に手の届かない、身分も心根も、そんな方に惚れ込んでるような気がするね。」
目を細めて、ぎゅっと瞑った商会長は、言葉を落とした。
「そうして、自分が上がる事を努力もせず、同じ所に、いや、自分の下に、引き摺り落としたかったんだ。」
その方を、自分の思い通りにするために。
「••••••その方も、商会も、大丈夫ですか。」
お嬢さんが大丈夫か、とは聞かなかった。
「大丈夫にするさ。その為に私と家内も、これから招待券も無しにファッションショーへ出かけるのさ。」
金貨をありがとう、リキッド。
そっと金貨をリキッドに差し出し、去って行った商会長の気持ちを汲んで、その金貨は貰っておいた。
「シアンス、今日は店が終わったら、この金貨1枚を使うのに、付き合わないか?」
「お供しましょう。美味しいものを食べましょうよ。」
今日はこの、年配のリキッドを面倒くさがりもせず、気を使ってくれるシアンスという部下がいるのを、喜ぶべきなのだ。
そんな訳があるか。
グリーズが、住宅街の自宅から、表通りの商会にやってきて、まず言ったのが金の無心だ。
布や魔道具、小物など、扱っている多数のラインナップ、その中で売れ筋を見せたり、その場で少量なら見本に買ったりできる建物にやってきて、若い店員の青年、シアンスに、無理難題を言っている。
商会長直属の部下である、長年働いているリキッドもいるが、そちらには目もくれない。リキッドでは、金など渡さないと分かっていて、若いシアンスを甘くみているのだ。
マージ商会の、商会長であるグリーズの父は、払うべき所は払い、そうでない所は払わない、金の始末にキチンとしている男だ。
リキッドもシアンスも、その商会長から信頼されている。お金を扱う、その責任を知っているし、馬鹿な事をすれば自分の身の進退にもかかってくる。当たり前にそれが分かるから、幾らグリーズが商会長の娘でも、ピシッと断った。働いている者が甘くては、お店など出来ないのだ。
「どなたであろうと、商会長の許しもなく、お金をお渡しする事は出来ません。これは私の裁量で自由にできるお金ではなく、商会のお金です。」
ウンウン。それでよし。
リキッドは、安心してシアンスに任せられるな、とは思ったが。
「お嬢さん、貴女が小さな頃、お店の奥で遊んでいた頃からのよしみで、このリキッドが言いますが。商会のお店から金を抜こうだなんて、やめておきなさい。何に使うのか知りませんが、一度それをやったら、きっと、商会長ーーー貴女のお父さんは、貴女を許さないでしょう。」
グリーズは、ムッとして。
「何よ!少しくらい大丈夫よ!それに、お父さんには黙っていてくれたら良いじゃない!」
「そんな事できる訳ないでしょう。」
このお嬢さんは、何でこんな風になっちまったんだろうなぁ。
小さい頃は、りちっと、りちっと、あしょんでぇ、なんて言って、可愛かったのに。
現在のグリーズは、何だか精一杯めかし込んで、洒落たリボンのついた紺の靴でダンダンと地団駄を踏んで、歪んだ表情。どこからどう見ても、面倒くさい女性に成り果てた。
「とにかくお金が無いと、アロンジェ様をファッションショーに誘えないの!一度、誘いにお店に、執事カフェに行かなきゃなんだから!」
あー。あの、若い女性が殺到しているという。
入れ込んでるんだね、グリーズお嬢さん。
男が花街に入れ込むのと、どう違うんだろう、男も女も変わらないな。リキッドは、自分の下で働いていた、狂っていったり、ハッと気づいて自分を取り戻したり、その両方のパターンの従業員を見てきたので、はふ、と息を吐いた。
どこかで、自分で気付かないと、ダメなんだ。
「お嬢さん。店からは出せませんが、私の懐から、金貨1枚なら出しましょうか。でもこれっきりです。そしてこの事は、商会長に報告しますよ。」
ピカリと光る金貨を、1枚、差し出すと同時にパシ!とひったくられた。
ニヤリと黒く笑う。
「金貨1枚っきりなんて、貧乏染みてるわねぇ!でもいいわ、これでアロンジェ様と会えるんだから!お父さんに言っても良いわよ。どうせどこか遠くに嫁にやられちゃうんだから、私。」
最後に楽しんだって、良いでしょ!
ああ、もう商会長は手を打っていたのかな。
リキッドは、可愛かったお嬢さんとの思い出を、自分も、商会長夫婦も若かった頃の、過ぎ去れば美しい色の一幕を、金貨1枚で汚した気がした。
でも、手放しはしない。きっと時々思い出す。狂ってしまった、過ぎ去った従業員の思い出達と同じように。
「さようなら、私たちの、可愛いお嬢さん。」
リキッドは、グリーズの去り行く後ろ姿に呟いた。
そして、その後で、少し焦り気味に現れた商会長に、起こった出来事と、ファッションショーへ行く、執事カフェでアロンジェに会う、と言ったのを、報告した。
商会長は、フーッと息を吐き、リキッドの肩に手を置いて。
「••••••色々な従業員もいたが、自分の娘が、こんな風に悪く男に入れ込むとは思ってなかったな。」
「ええ、商会長。なにしろ病なんだから、仕方ありません。」
「病か。」
ガクリと力ない父親の背中を、さすりと擦れば、うん、と一つ頷き。
「本当に、執事カフェのアロンジェとやらに入れ込んでるなら、まだ、良い。あちらも商売だから、割り切っているからな。」
「違う相手がいると?」
リキッドが眉を寄せる。
「私の見立てでは、本当に手の届かない、身分も心根も、そんな方に惚れ込んでるような気がするね。」
目を細めて、ぎゅっと瞑った商会長は、言葉を落とした。
「そうして、自分が上がる事を努力もせず、同じ所に、いや、自分の下に、引き摺り落としたかったんだ。」
その方を、自分の思い通りにするために。
「••••••その方も、商会も、大丈夫ですか。」
お嬢さんが大丈夫か、とは聞かなかった。
「大丈夫にするさ。その為に私と家内も、これから招待券も無しにファッションショーへ出かけるのさ。」
金貨をありがとう、リキッド。
そっと金貨をリキッドに差し出し、去って行った商会長の気持ちを汲んで、その金貨は貰っておいた。
「シアンス、今日は店が終わったら、この金貨1枚を使うのに、付き合わないか?」
「お供しましょう。美味しいものを食べましょうよ。」
今日はこの、年配のリキッドを面倒くさがりもせず、気を使ってくれるシアンスという部下がいるのを、喜ぶべきなのだ。
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