王子様を放送します

竹 美津

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本編

12日夕刻、3王子と竜樹、エフォール

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夕闇迫る王宮の、お披露目広場には、木を組んだ迎え火用の薪が積まれている。

王都でおぼんを迎える貴族が、魔道具ランプを手に、まず薪の周りを遠まきに取り囲み、その外側には庶民達が集まる。行きと帰りの誘導をする為に、警備兵が案内をして、人の波をロープで区切って、密集しすぎないよう、事故の起きないように、入り口と出口を確保している。

ニリヤ、ネクター、オランネージュの3王子は、ハルサ王マルグリット王妃と、薪の前で待っている。お気に入りの魔道具ランプは、ニリヤ王子のものは月の柄、ネクター王子のものは星の柄。オランネージュ王子のものは、月と星の柄である。太陽の柄は、夜に灯すランプに合わないとして、そのようになった。
竜樹のランプは、柄なしで赤から黄色にグラデーションの、温かい色味の、シンプルなものだ。

後ろにはオール先王と3人の妻、スフェール王太后、リベリュール先王妃、ダフネ先王妃が控える。
竜樹はニリヤ達と一緒に、いつものマントより、ちょっといいものを羽織らされて、ギフトの印のエメラルドの留め具を胸に、立って3王子とお喋りしていた。

「かあさまと、あかちゃんのたましい、はやくこないかな~。」
「今頃こっちに向かってるかもな~。」
「空飛んでくるの?」
「どうかな~。俺も、こっちのおぼんは初めてだからね~。」
「クラージュもくるよね。」
「う~ん、クラージュは、ここにいるかな~。」
自分の胸を、トントンする竜樹である。

ざわざわ、と、集う皆が、思い思いに話し、魔道具ランプを手に。吊り下げられた鬼灯が淡く光り出し、一番星が煌めき出し。
スーリール達、撮影隊も、静かに時を待っている。喋りまくり途切れる音のない撮影ではなく、ありのままの音で撮り続ける。
撮るべきもの、見るべきものを信じた、腹に力のかかる撮影である。

ハルサ王に、一本の銀のトーチが渡される。その先にほんのり、めらりと燃える、赤い火が踊っている。

ホロウ宰相が、手をスッと上げて、貴族達を静かにさせる。すると静けさは段々と後ろに伝播してゆき、次第に皆、口を噤んだ。

神殿と教会からは、聖職者が派遣され、お披露目広場の所々で、祈りを捧げている。歌うようなそれは、鬼灯の隙間を縫って、夕闇空を響いて天に消えていく。

スウッ とハルサ王がトーチを薪に近づければ、すらすらすらっ、と炎が走った。油で浸された薪は、一息に燃え上がり、熱と光をこの世に齎す。
ごうごうとした火は、目印には、程よいだろう。
何が起こるのだろう、と固唾を飲む人々に、小さく、次第に大きく、鐘の音が聞こえてきた。
聞き慣れた、街中の時を告げる鐘の音ではない。荘厳な、地の底から響いてくる、空から落ちてくるような、低く、同時に高い、複雑な響き。

『リンゴーン・リンゴーン・リンゴーン♪』

『現世に生きる者達よ、昔馴染みの魂を迎える準備は出来たか。』

空から降る降る、神聖で静かな声。
はっ、と見守る人々に緊張が走る。

『私はモール。死を司る神。ありとあらゆる魂が、この世の未練を清める為に、幾日かお邪魔する。私の可愛い魂達に、いつもの調子で暮らしながら、きっと良く迎えて、付き合ってやってくれ。私からの願いである。頼んだぞ。では。』


『今こそ開け、冥界の門。』


空が切り裂かれる。
く、く、くくくーっ、と、両開きの扉の形に四角く切り取られた空間が、スウッと開いて。

ポロ、ポロ、コロリン。小さく光るもの、魂達が転がり出した。
わぁ!と人々の口から感嘆が。
冥界の門から、こぼれ出す魂は、次第に数を増して、ふわふわと渡ってくる。

ざらざら、ざわわわ。

光の渦、流れに空が晒されて満ち、ざあっと一筋、お披露目広場の迎え火を目指して。どわっ、と火の周りに、魂達が溜まって、ふわふわしている。

「皆、ランプをつけ、魂を呼ぼう。」
魔道具で拡散されたハルサ王の声は、お披露目広場の端まで、ちゃんと届いた。

王族のご先祖の魂、それから、無縁の魂達、人ならぬ生命あったものの魂達を迎えるため、ハルサ王が一際大きい魔道具ランプを持ち、スイッチを捻って火を灯し、掲げ、両手を開いて呼び寄せた。
ざあっとまた一筋、王の周りに淡く光る魂達。それから、慌ててランプに火をつける3王子にマルグリット王妃、先王様達に、チョロチョロ、と幾つかの魂がまとわりついてきた。

「すごいねー、ししょう。」
「いっぱい魂だね。」
「好かれてるみたい?」

3王子が目を見張る。
竜樹の周りには、色々とりどりな、カラフルな魂達が、ザワッと寄っている。
この国を代表する、ハルサ王程ではないが、かなりの量である。

「好かれてるのかな?まあ、おぼんの間、魂さん達、よろしくね~。」
魔道具ランプを振って、魂さん達に挨拶をすると、嬉しそうに魂達も震えた。

祈りの声は途切れない。
魂達が全て門から訪れ、門が閉まるまでの間、祈りは続く。その中には、本日昼間、固まっていたファヴール教皇もいる。聖職者達は、神秘の訪れに、神経が興奮し、感激して、一心に祈った。

体感的には一刻の半分もかからなかったであろうか、やがて、門から転がり落ちる魂が、ほろ、ほろ、と少なくなり、最後の一つが落ちて。
音もなく、門がピッタリと閉じた。
天には満天の星である。

皆、思い思いに空を見上げて、ランプをつけて魂を迎え。

さて、家に皆で帰る時間だ。
ハルサ王様が、王宮の広間に設えた、大きな祭壇まで、魂達を誘ってゆくのだ。おぼんの間、王族達はそこで寝る。魂達に寄り添う為に、ハルサ王が、そう決めた。
川の流れか、王宮の広間まで魂達の光の帯が次々と。
王族達も、王様の後を追う。
3王子に手を振って、竜樹はそのまま、寮へ帰る事にした。マルグリット王妃や、先王様達まで、竜樹に手を振ってくれた。




エフォールは、流石に人混みの中、歩行車は使えないので、車椅子だったが。家族全員と、お披露目広場で、魂を迎えられた。
自分は養子だけれど、エフォールの持つ魔道具ランプに、ふわ、ふわ、と2つ、3つほど魂が寄ってきてくれたので、ご先祖様も家族だって、認めてくれてるのかな、と嬉しくなった。
姉や兄、父に母を見上げると、家族全員でエフォールに微笑んでいた。

「さあ、家に帰ろう。」
「うん、帰ろう!」
「エフォールの準備した祭壇を、ご先祖様に、見てもらわなきゃね!」
「居心地良いね、って思ってもらえると良いんだけど。」
「絶対、大丈夫よ!気にいるわ!」
兄アクシオンに車椅子を押され、馬車に戻るまで、胸の辺りをふわふわ飛ぶ魂たちを見つめて。
あの人は、今日、魂を迎えられたかしら?
エフォールの分身のぬいぐるみを持つ、花街のコリエ。血の繋がった、母に、思いが飛んだ。
エフォールは、とても今、幸せだから。
今の家族に不足など全くないけれど、そして今の家族以外に何を望むでもないのだけれど、コリエの事が、やけに気に掛かった。

育ての母、リオンに相談すると。
気持ちに余裕が出来たから、思うこともできるようになったのだろう、と微笑んで受け止めてくれた。

お手紙書いたらどう?
リオンが言ってくれて、父エスポワールも、ニコニコして頭を撫でてくれた。
おぼんの様子や、姉のマルムラードの、花嫁衣装のベール布、縁飾りを編む事になったり、兄アクシオンがいつも面白い事なんかを、書いて送りたい。
そうして、幸せだよ、って、コリエさんも幸せになってね、って。

コリエさんと文通している、ギフトの竜樹様に聞いたら。花街を引退したら、絶対幸せな老後を暮らしてやる!と言っているらしいので、どんな老後にするの?とか、どんなお家に住みたい?とか、聞いてみたい。
そして、エフォールの事を、ギフトの竜樹様に、最初に言ってくれたのは、コリエさんだった、って、知ったよ、って。
ありがとう、って言いたい。

パンセ伯爵家の皆が、エフォールを囲んで楽しそうにお披露目広場から帰る、その途中で。
何の気持ちも表さない、すん、とした無表情で帰りの流れに乗っていた、ある貴族の青年が。
エフォールを何の気なしに見て、ギョッとして、もう一度見て。
追いかけようとして、いや、と立ち止まり、後ろから人の流れにぶつかられそうになり、慌てて歩きだし。
ふらふらと、パンセ伯爵家の後ろについて、魂達と魔道具ランプを手に、家に帰った。

エフォールにそっくりな顔の、その青年の名は。
ベルジェ伯爵家の、ジャンドルという。





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