王子様を放送します

竹 美津

文字の大きさ
上 下
230 / 512
本編

あなたに自由を、幸福を

しおりを挟む
今回、悲しい事が起こるお話です。
苦手な方は、1話飛ばしても。

ーーーーーーーーーーーー

ジェム達はザザッと4つに散開して、それぞれがクラージュを助けるという使命感を持って行動した。

それもクラージュが前もって決めていた方法だ。遅かれ早かれ、こんな事が起こるのではないか、とクラージュは予想していた。

殴られたり蹴られたりした後だから、片足引いたり、お腹を抑えたりしながら、それでも焦る気持ちを脚力に変えて。街中の警備見回り兵達を呼び。ビッシュ親父を呼び。そして若い商店街の戦力になりそうな若者達ーーージェム達にも優しくしてくれる、店の長男や次男などの顔見知り達を呼んだ。
そして残り1つ、サージュとロシェ2人が、クラージュの連れ去りを見張る為に、遠巻きにその場に残った。

「ビッシュ親父!クラージュが、連れていかれちまう!ろくでなし達が、頭のいいクラージュに目をつけた!俺たち殴られたんだ!連れていかれたら、奴隷みたいに酷い目に遭うのに決まってる!」
ジェムの訴えに、ビッシュ親父は目を吊り上げて、酒屋を女房に任せ、助けに来てくれた。駆け込んだジェム達に案内され、壊れた廃屋へ。

戻るとそこには、酷く殴られて倒れたクラージュと、その手首を掴んで引き摺った、狡い大人達が、去りかけていたが、まだ、いた。
間に合った、とジェムは思った。

「クラージュ、凄くあばれて、いっぱい殴られて蹴られた!」
「噛みついて頭ボカッとされた!」
サージュとロシェが、じだじだと足踏みしながら皆に叫ぶ。

ビッシュ親父や街の若い衆、警備兵達は、底辺の狡い大人をとっ捕まえて、吠えた。
「お前ら、ウチの街の子供らに、何しやがる!」
「悪さをしない子供らを痛めつけるとは、とんでもねえ奴だ!」

お縄を頂戴しながら、激しく抵抗し、狡い大人達は、言った。
「何だよ!俺たちが子供の時には、コイツらみたいに誰も優しくなんてしてくれなかったじゃねぇか!狡いだろ!」
「そうだ!少しくらい俺らが使ってやったくらいで、コイツらの味方をしやがって!何でコイツらなんだよ!俺たちだって助けて貰いたかったのに!」
こちらも叫びは必死で、ジェムは、ハッとした。

「うるせえ!お前らは、俺が何度も悪い事はやめろと言ったのに、盗みや恐喝なんかの、悪さばっかりしてただろ!ジェムやクラージュ達はそんな事しねえんだ!」
ボコ、とビッシュ親父が拳を落とす。

嫉妬だ。嫉妬だったのだ。
あれほど執拗に、ジェム達の商売を追い回して潰していったのは、自分らが街中で、親のない子供としてでも与えられなかった優しさを、妬んだからなのだ。
大人だ、と子供のジェム達は思っていたけれど、ビッシュ親父達と比べると、碌でなし達は、まだまだ若い。大人になったかならないか、という所だった。
自分達で、悪い道へ進んだ事は、どうにも言い訳できないけれどーーー悪い事をしないで今まできたジェム達は、まだ運が良い方なんだ、そして運が良いって事を、人が上手くいく事を、妬む者がいる。
しっかりしていなければ、引き摺り下ろされるーーー。

「クラージュ!大丈夫か!」

クラージュは酷い有様だった。
顔をボコボコに殴られて鼻血を出し、抱え上げると手足がブランとしている。
ビッシュ親父が、治療師を呼ぼう、と言ってくれて、若い衆の1人が走って行った。警備兵達が、頭を打っていたら危ないから、動かさない方が良い、と教えてくれたから、道の端、廃屋の扉だった板にクラージュを寝かせて。

「クラージュ、今、治療師が来るって。大丈夫だからな!」
ジェムが、寝ているクラージュの耳元で声をかける。アガットやロシェ達も、その周りで心配そうに見守っている。
クラージュは、ピク、と瞼を少しだけ開けると、首元へ震える手をやり、服の中から、小さな飴色の石を嵌め込んだ、プレートがキラキラしているペンダントを引っ張り出した。そこには何か、文字が刻まれている。
首から取りたいようだったけれど、震える手では上手くいかず、ペンダントごとジェムは押さえて、握った。

「こ、これ•••ちりょうだい、に。」
「そんな事は大人に任せろ!心配すんな!」
ビッシュ親父は言ってくれたけれど、清掃代だって、大分、親父の懐を痛めての事だと、ジェムもクラージュも知っていた。

「よかた•••よかっ、た。私、まだ、じゆう、だ。」
誰かに、押さえつけられて、捕まって、蔑まれたり、利用されたり、しない•••。

「そうだクラージュ!まだ俺たちはお前とやってける!大丈夫だ!」
だから、目を閉じるな!
「クラージュ!!」
「「がんばれ、クラージュ!!」」

しかし、身体全体がぶるぶると震えているクラージュは、到底普通の状態ではなかった。

「ジェム。みんなと、いっしょ、かぞく、みたいで、うれしかった•••。」
すうっ と力が抜けていく手、身体に、ジェムは焦って、ぎゅうぎゅうと手を握り。

「元気になったら家族になってやる!だから、だから、まだ、ダメだ!」
目を瞑っては!

うっすら、開けた瞳は、少し、可笑しそうに笑んで。
すーっ と。
閉じた瞼。


「ビッシュ親父さん、怪我人は!?」

はあはあ、息を切らせて、街の、痩せぎすのおじさん治療師が駆けてくる。呼びに行った若い衆が、先にジェム達が取り囲むクラージュの所へ来て、子供達を分けて、治療師を通そうと。
ジェム達は、黙って少し、治療師の場所を開けて。
荒れる息のまま、治療師は、手に魔力を纏わせて、クラージュの胸をさすり。

ハッとして、グッと唇を噛むと、クラージュの胸から、治療魔法をこれでもか、とかけるが。
「何で、まだ子供だろ、逝くのは早すぎる!戻れ、戻れ!!」

身じろぎもせず、見つめていたジェム達の前で、クラージュはどんどん、冷たくなっていった。









「ビッシュ親父、お墓に埋める代金、ありがとう。ちゃんと、少しずつ、返すから。」
「ああ。ある時に、少しずつで良いからな。だからお前らは、長生きしろよ。」

無縁墓地に、丸っこくて所々歪な、クラージュみたいな石、ジェムの一抱えほどの、それを土まんじゅうに乗せて。
空は青空。

クラージュは再び目を開ける事なく、逝ってしまった。

ジェムに寄越したペンダントは、治療師が石の所だけ、ペキ、と抜いて、プレートは返してくれた。そもそも、石を何かの時にお金の代わりにするように、と、赤ん坊が生まれた時に親が子供に作るものらしい。石も最初から抜けるように出来ている。
今でも細々と作られているが、一昔前に、流行ったのだとか。

残ったプレートには、クラージュの名前と、幸運を祈る言葉が書かれている、と治療師が教えてくれた。
そして、死人には何も出来なかったから、治療代をもらったからには。と、ジェム達、残った浮浪児の、殴られたり蹴られたりしてできた怪我を、全部治してくれた。

優しい人が、いない訳じゃない。
でも、悪い奴らは、やっぱりいる。
その悪い奴らも、全部が全部、最初から悪かった訳じゃない。
それでも、やっぱり、悪い。
その悪いのに、ジェム達だって、なる可能性がある。

クラージュが死んだので、捕まっていた連中は、3年ほどの労働刑になった。クラージュが暴れて、碌でもない連中も噛まれたり少し怪我をしたので、浮浪児達の喧嘩がいきすぎた為の事故、という判断だった。

クラージュが死んだと聞いて、連中は、すっ、と顔色を青くしたが、「あいつがあんなに暴れるから、こっちだって加減が出来なかったんだ!」とわあわあ喚いた。

墓石を前にしたジェムは、石の抜けたペンダントを、首にする。
服の中に、大事に隠す。

クラージュ。俺たちは、全然間に合ってなかった。
バカだな。そんなに暴れて、本当に嫌だったんだろう。少しいうことを聞いたフリをして、自分を守ったって良かった。
俺たちは家族だ、って言えば良かった。
たくさん商売考えてくれて、ありがとう、って、いつもいつも、思った時に伝えたら良かった。

もう何も、クラージュには届かない。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます

ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。 何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。 生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える そして気がつけば、広大な牧場を経営していた ※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。 7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。 5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます! 8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!

異世界で家族と新たな生活?!〜ドラゴンの無敵執事も加わり、ニューライフを楽しみます〜

藤*鳳
ファンタジー
 楽しく親子4人で生活していたある日、交通事故にあい命を落とした...はずなんだけど...?? 神様の御好意により新たな世界で新たな人生を歩むことに!!! 冒険あり、魔法あり、魔物や獣人、エルフ、ドワーフなどの多種多様な人達がいる世界で親子4人とその親子を護り生活する世界最強のドラゴン達とのお話です。

かわいい孫と冒険の旅に出るはずたったのに、どうやらここは乙女ゲーの世界らしいですよ

あさいゆめ
ファンタジー
勇者に選ばれた孫の転生に巻き込まれたばーちゃん。孫がばーちゃんも一緒じゃなきゃ嫌だとごねてくれたおかげで一緒に異世界へ。孫が勇者ならあたしはすっごい魔法使いにして下さいと神様にお願い。だけど生まれ変わったばーちゃんは天使のようなかわいい娘。孫にはなかなか会えない。やっと会えた孫は魔王の呪いで瀕死。どうやらこの状態から助ける事がばーちゃんの役割だったようだ。だけど、どうやらここは本当は乙女ゲーの世界らしい。

こちらの世界でも図太く生きていきます

柚子ライム
ファンタジー
銀座を歩いていたら異世界に!? 若返って異世界デビュー。 がんばって生きていこうと思います。 のんびり更新になる予定。 気長にお付き合いいただけると幸いです。 ★加筆修正中★ なろう様にも掲載しています。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

異世界で勇者をすることとなったが、僕だけ何も与えられなかった

晴樹
ファンタジー
南結城は高校の入学初日に、クラスメイトと共に突然異世界に召喚される。 異世界では自分たちの事を勇者と呼んだ。 勇者としてクラスの仲間たちと共にチームを組んで生活することになるのだが、クラスの連中は元の世界ではあり得なかった、魔法や超能力を使用できる特殊な力を持っていた。 しかし、結城の体は何の変化もなく…一人なにも与えられていなかった。 結城は普通の人間のまま、元の界帰るために奮起し、生きていく。

異世界で双子の勇者の保護者になりました

ななくさ ゆう
ファンタジー
【ちびっ子育成冒険ファンタジー! 未来の勇者兄妹はとってもかわいい!】 就活生の朱鳥翔斗(ショート)は、幼子をかばってトラックにひかれ半死半生の状態になる。 ショートが蘇生する条件は、異世界で未来の勇者を育てあげること。 異世界に転移し、奴隷商人から未来の勇者兄妹を助け出すショート。 だが、未来の勇者アレルとフロルはまだ5歳の幼児だった!! とってもかわいい双子のちびっ子兄妹を育成しながら、異世界で冒険者として活動を始めるショート。 はたして、彼は無事双子を勇者に育て上げることができるのか!? ちびっ子育成冒険ファンタジー小説開幕!!  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 1話2000~3000文字前後になるように意識して執筆しています(例外あり)  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ カクヨムとノベリズムにも投稿しています

処理中です...