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本編
そして雫は、あるべき所へ溢れ落ちた
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「今もいじめられてる訳じゃないなら、良かったよ。俺と仲良いのが意地悪の抑止力になるなら、いくらでも使って。」
「あ、ありがとうございます。あの、アビュ様のご実家や、アビュ様が結局嫁がれたそのお家とも、竜樹様のおかげで、今は仲良くできて。あの時にやるはずだった事業も、時を経て、話し合いでもっと良く、今に合った形に共同で出来てるので、親戚達も納得したみたいで。今は本当に、大丈夫なんです。」
俺のおかげ?
竜樹がはてな?を示す。
「はい。あの•••アビュ様、嫁がれたお家で、子供を3人産んだのですが、その子、長男がーーー。」
ピティエは、言い難い気持ちで俯いて。
「私と同じく、目が悪く生まれついて。」
ジェネルーが言葉を引き取る。
「生まれてしばらくして、目が悪いんだと分かった時、アビュ嬢がウチに、アシュランス公爵家に乗り込んできて。これは呪いだ、呪いを解け!と私やピティエに怒りを投げつけた事もあったのです。狂ったかと思うほどの荒れようでしたが、夫に宥められ、深く謝罪を受けて、こちらも問題にはしませんでした。」
勿論、呪いなどではない事は、神殿にも入ってもらって、立証済みです。
「ああ、それはお気の毒だったね。子を思うあまりに、って事か。」
ピティエが、当時を思い出し、苦く頷く。
「はい。それで、竜樹様が、貴族を集めて、沢山、そういう子達がいるよ、補助の道具を使って、普通に仕事したり、趣味の好きな事をして、生きていけるよ、未来はちゃんとあるよ、って教えて下さったでしょう。私にも、サングラスを下さって。」
うんうん。
「そうしたら、アビュ様の旦那様が、ウチに改めて謝りに来てくれて、サングラスも、長男に掛けさせてやりたいと。恥を忍んで、お願いに来たのです。アビュ様が、長男の灰色の瞳を見るたび嘆いて、家の中がずっと、落ち着かなかったらしいのです。」
ピティエは、昔、無体な事を言われたアビュに、その息子に、サングラスを作ってやるのを、嫌だとは言わなかった。むしろ、困っているなら、早く作ってあげて、私はこれで、救われたのだから、と兄ジェネルーにお願いをしたくらいだ。
「長男の子は、やっぱり幾らか眩しいと感じる事があったようで、サングラスを気に入ってくれて。私とも、仲良くできたら、ってお話してくれました。アビュ様も落ち着かれて、あの時は悪かった、貴方達家族の気持ちが、今、やっと分かった。と。」
私が悪かった、と言ってくれました。
うんうん。
竜樹は深く頷き。雫のように積み重なる事は、悪い事ばかりじゃなくて。今に至るまでに、皆が経験や気持ちを重ねて、あるべき所に溢れて落ち着いたんだね、と頬を綻ばせた。
「所で、所でなんだけど!」
こほん、と竜樹が咳払いをして。
「ピティエのルテじいちゃんの畑のお茶は、どうなってるの?」
と、ちょっと期待に胸を弾ませた声で聞いてきたので、ピティエとジェネルーは、あれ、竜樹様は、お茶に興味があるのかしら?と気づいた。
「今も領地で、お茶を作ってくれて、毎年送ってくれます。もう大分おじいちゃんなんだけれど、そう、なかなか、ルテじいに、これで私が畑を引き継ぐよ、って、言えないで。」
あの後、いじめられて、私、引きこもってしまったからーーー。
それでも、何かあれば、あの茶畑に逃げて良いんだ、と場所をくれたルテじいに、そして神々しいあの領地の畑達に。
ファッションショーでモデルをやる事になったピティエは、自分が目立つ訳じゃない、あくまで浴衣を見せる為の自分にならなきゃ、モデルってそういうことだと、気持ちを奮い立たせた時。何故かあの畑達が、そう、ピティエには、はっきり見える訳じゃなかったけれど、それでも、目に浮かんだのだ。
望まれて、それを、目の前の事から。
竜樹が言ったその言葉が、ピティエの中を巡る。
ルテじい。まだ待っててくれてるのかな。ラジオもやりたいけど、畑もちゃんと、やりたい。
恥ずかしそうに、今日、そんな事を思ったんです、と告白するピティエ。
うんうんうん、と竜樹は深く頷く。ちょっと嬉しそうに。
ジェネルーが、「竜樹様、ルテじいのお茶に興味ありますか?」と聞くと、待ってました!と。
「興味あります!そのお茶は、葉っぱを摘む前に、布で畑を覆って、日光を適度に遮断していたのだよね?」
「はい、そうです。」
「淹れ方も、熱々の湯じゃなくて、カップにお湯を入れて温めて、そのカップのちょっと冷めた湯を使って淹れて。綺麗な緑色のお茶で。」
「はい、そうなんです。熱々だと、苦味が出ちゃうんですって。」
「玉露、きたー!!!」
「「ぎょくろ?」」
「ししょうの、せかいに、ぎょくろおちゃ、あった?」
深刻な話に、黙って良い子してたニリヤが、やっとお話できる、と竜樹に聞いた。コクンと果実水を飲みつつ。竜樹は興奮している。
「あったあった!すごく美味しい、高級なお茶なんだぞ。紅茶があるって事は、緑茶もあっておかしくない。抹茶だって作れる!元の木は一緒だからね。ああ~緑茶、飲みたいいい!」
「あの、でしたら。」
今日、水筒に、淹れてきましたけど。
お飲みになりますか?
「飲みます!!」
速攻で返事をした竜樹に、思わず、ふふふ、とピティエは笑った。
「いつも素敵なものを作られて、使わせて下さる竜樹様に、何かあげられるなんて、ちょっと嬉しいです。」
「いやいや、ちょっとどころの話じゃないです、俺、今、すっごく嬉しいです!」
ジェネルーが喫茶店の店長に、持ち込みのお茶を飲んでもいいか、断りを入れて。何なら店長も玉露?を飲んでみるかと提案して、恐れ入りながらも興味をもって店長も味見する事になり。それには、絶対飲んだ方がいい、すごく美味しいお茶だから!と断言した竜樹の興奮っぷりが後を押して、喫茶店でカップを人数分貸し出し、そうして。
目の前に、カップのほんの半分ずつくらい、竜樹と王子達とピティエとジェネルー、そして店長に、水筒のお茶が分けられて。
いざ。
すうっ、と吸い込み、舌の上で、ほろほろと空気を一緒に、味わう。
あ、これ、凄くいいお茶だ。
ほうっ、と、ついつい、ため息が出ちゃう。
「•••すごく、おいしいね。このおちゃ。あじが、する?」
「うん、飲んだ事ない、このお茶!すごくおいしい!」
「爽やかな後味が、するね!」
ニリヤもネクターも、オランネージュも、ふむふむとイッパシの食通かのように、ペロ、と舌を出したり、ふはー、と息を吐いたりして、味わう。
店長は、目を閉じて、ふーっと深く味わっている。
竜樹は、すす、と懐かしい喜びに、そして、このお茶の出来に、ホワホワと笑顔の花が咲く。
「ルテじいのお茶は、本当に美味しいでしょう?私、引きこもってた時も、毎年このお茶が楽しみで、家族に淹れてあげてたんです。」
「うんうん、いいね。素敵だね!とっても美味しい!です!」
ピティエが、引きこもっても、誰かにやつ当たって暴力を振るったり、家族との関係を切ったりしなかったのは、ピティエの気持ちの、とっても良い所だ、と竜樹は思った。
そんなピティエの優しさに応える、ルテじいのとっておきの味が、この玉露なのだろう。
「ジェネルー様、ピティエ。この味、途絶えさせたら、この世界の宝物が一つ、減ってしまいます!ルテじいは、もう大分高齢なんだよね?それでも、畑仕事は、まだ出来るくらい、元気?」
「ええ、大分、喋らなくなってはきたみたいなんだけど、茶畑だけは、息子にも手伝ってもらって、ルテじいが面倒みてるって。」
「明日行こう。ルテじいの所へ。」
え。
「あの、竜樹様がですか?」
「俺もだけど、ピティエが来なきゃ、話にならないよ。だって、ルテじいちゃんは、ピティエを待ってるんだから。こういうのは、話が出た時に、が鉄則だよ!高齢なら、いつ何が起きてもおかしくない。間に合わなかった、ていうの、一生残るよ。それに。」
もし、ルテじいちゃんが、こちらに来られるようなら。
「ピティエの晴れ姿、ファッションショーのモデル姿を、見せてやろうよ!」
「ぼくもいく!」
「私も!」
「私だって、新しいお茶の開拓なら、お仕事になるもんね!」
「え、は、は、はい!はい!」
ルテじいの所へ。
溜めた雫が、耐えきれず、ポロポロころん、とこぼれ落ちるように。竜樹にかかれば、溜めに溜めた、止まったピティエとルテじいの時間を、ハッと動き出させるのは、造作もない事のようだ。
驚くばかりに、物事がスルスルと動いてゆくーーー。
次の日、強行軍の飛びトカゲで、サクッと一刻でアシュランス公爵家の領地に着いた、ピティエとジェネルーと竜樹と王子達、そして護衛は、サクサクッとルテじいに会った。
ルテじいの息子夫婦は恐縮していたが、誉れあるギフトの御方、そして、王子達の訪れに、目を丸くして一行を迎えた。
ルテじいは、小さく丸くなった身体で、ちんまりとしていたが、だがニコニコと嬉しそうにピティエを、その背中を、とんとん、さすさす、と昔みたいに撫でた。黙ったままで。
ルテじいの手は、こんなに、小さかったか。背中を撫でてくれる手をピティエは、とても大きく感じていたのに。
何だか、胸がいっぱいになった。
「ルテじい、ルテじいの茶畑を、ギフトの御方、竜樹様が、ご興味あるって見に来てくれたよ。私も、随分、ルテじいを待たせて、悪かったね。お茶、段々に、学んでいきたいよ。」
うんうん、と頷くルテじいは、あたふたと家の中に戻り、何冊ものノートの入った箱を引きずってきて、ピティエに、どうだ!と見せつけた。
中は辿々しい文字。
ちゃんと文字を習った訳ではないのだろう、ルテじいの、誤字や脱字のある、少し読みにくい、だが真面目に正直に綴られた、心のこもった。毎年、毎日、つけられた、茶畑の記録。
「これは物凄い宝物だよ。」
竜樹が、ルテじいちゃん、すごいお宝を隠していたねえ、と、ルテじいの背中を摩りながら言えば、ふぉふぉふぉ、と嬉しそうに笑った。
ピティエは、涙が溢れ落ちそうだった。
ずっと、ずっと。
待っててくれた。
いつになるか、分からない、ピティエのおとないを。ノートに、秘密を、記しながら。
茶畑で、淹れたての玉露を味わって、話をして。これから、このお茶をどうする、量はとれないから、ピティエ、王都で、カウンターで3席くらいだけの、喫茶販売店をやったら?と竜樹が言えば。限られた、本当にお茶が好きなお客様に、細々と販売する、ピティエの隠れ家のようなお店に、一同胸を馳せ。ピティエは勿論、そんな素晴らしい事ができたら、とワクワクし。
そして。
「ルテじいちゃん、ピティエは、今度、ファッションショーに出て、モデル、っていうのをやるんだ。ピティエの晴れ舞台だよ!王都の、玉露の喫茶販売店を見にくるついでに、それも見に来ない?」
と軽くあっさり竜樹が誘った。
「ルテじい、どうかな。私の、頑張っているところ、見に来てくれる?」
ピティエは、ドキドキと誘う。
ルテじいは、コクコク、と顔をくしゃくしゃにさせて笑いながら、頷いて。
「ピティエさまの、はれぶたい、みにいきます。」と、掠れた声で言った。
それからが大変だった。
まさかルテじいだけを招く訳にはいかず、高齢な事もあって、心配したルテじいの孫夫婦が、お世話をしに着いてくる事になった。畑仕事などの調整は、息子夫婦がしてくれる、と。
大事のノートは、一緒に持って行く事にして、毎日ルテじいに、ピティエが聞きながら、文字を読み上げる魔道具、本読みトーカで読み取り、勉強する事になった。
ルテじいは、ずっとニコニコして、嬉しそうだった。
翌る日、ルテじいと孫夫婦を増やした一行は、王都へと帰る。
領地の執事、ラーブルは、竜樹の、「突然のお邪魔で申し訳なかったね、とても快適に過ごせました。」との、手を取って握ってのお礼に、急な事で、てんやわんやだった何もかもを喜びに変え。
「ピティエ様を引き立ててくださる、ギフトの御方様と、王子様方をお泊めでき、お世話できた事は、私の一生の誉れです。」と涙の滲んだ瞳で、深く礼をした。
喜びの帰り道は、ワクワクと逸る。
これから楽しい事がいっぱいの夏に、ピティエもジェネルーも、王子達も、王都が初めてのルテじいも孫夫婦も、そして勿論、竜樹も、みんな。
飛びトカゲに翻弄されつつ、花を撒き散らすが如く、ご機嫌に。
「あ、ありがとうございます。あの、アビュ様のご実家や、アビュ様が結局嫁がれたそのお家とも、竜樹様のおかげで、今は仲良くできて。あの時にやるはずだった事業も、時を経て、話し合いでもっと良く、今に合った形に共同で出来てるので、親戚達も納得したみたいで。今は本当に、大丈夫なんです。」
俺のおかげ?
竜樹がはてな?を示す。
「はい。あの•••アビュ様、嫁がれたお家で、子供を3人産んだのですが、その子、長男がーーー。」
ピティエは、言い難い気持ちで俯いて。
「私と同じく、目が悪く生まれついて。」
ジェネルーが言葉を引き取る。
「生まれてしばらくして、目が悪いんだと分かった時、アビュ嬢がウチに、アシュランス公爵家に乗り込んできて。これは呪いだ、呪いを解け!と私やピティエに怒りを投げつけた事もあったのです。狂ったかと思うほどの荒れようでしたが、夫に宥められ、深く謝罪を受けて、こちらも問題にはしませんでした。」
勿論、呪いなどではない事は、神殿にも入ってもらって、立証済みです。
「ああ、それはお気の毒だったね。子を思うあまりに、って事か。」
ピティエが、当時を思い出し、苦く頷く。
「はい。それで、竜樹様が、貴族を集めて、沢山、そういう子達がいるよ、補助の道具を使って、普通に仕事したり、趣味の好きな事をして、生きていけるよ、未来はちゃんとあるよ、って教えて下さったでしょう。私にも、サングラスを下さって。」
うんうん。
「そうしたら、アビュ様の旦那様が、ウチに改めて謝りに来てくれて、サングラスも、長男に掛けさせてやりたいと。恥を忍んで、お願いに来たのです。アビュ様が、長男の灰色の瞳を見るたび嘆いて、家の中がずっと、落ち着かなかったらしいのです。」
ピティエは、昔、無体な事を言われたアビュに、その息子に、サングラスを作ってやるのを、嫌だとは言わなかった。むしろ、困っているなら、早く作ってあげて、私はこれで、救われたのだから、と兄ジェネルーにお願いをしたくらいだ。
「長男の子は、やっぱり幾らか眩しいと感じる事があったようで、サングラスを気に入ってくれて。私とも、仲良くできたら、ってお話してくれました。アビュ様も落ち着かれて、あの時は悪かった、貴方達家族の気持ちが、今、やっと分かった。と。」
私が悪かった、と言ってくれました。
うんうん。
竜樹は深く頷き。雫のように積み重なる事は、悪い事ばかりじゃなくて。今に至るまでに、皆が経験や気持ちを重ねて、あるべき所に溢れて落ち着いたんだね、と頬を綻ばせた。
「所で、所でなんだけど!」
こほん、と竜樹が咳払いをして。
「ピティエのルテじいちゃんの畑のお茶は、どうなってるの?」
と、ちょっと期待に胸を弾ませた声で聞いてきたので、ピティエとジェネルーは、あれ、竜樹様は、お茶に興味があるのかしら?と気づいた。
「今も領地で、お茶を作ってくれて、毎年送ってくれます。もう大分おじいちゃんなんだけれど、そう、なかなか、ルテじいに、これで私が畑を引き継ぐよ、って、言えないで。」
あの後、いじめられて、私、引きこもってしまったからーーー。
それでも、何かあれば、あの茶畑に逃げて良いんだ、と場所をくれたルテじいに、そして神々しいあの領地の畑達に。
ファッションショーでモデルをやる事になったピティエは、自分が目立つ訳じゃない、あくまで浴衣を見せる為の自分にならなきゃ、モデルってそういうことだと、気持ちを奮い立たせた時。何故かあの畑達が、そう、ピティエには、はっきり見える訳じゃなかったけれど、それでも、目に浮かんだのだ。
望まれて、それを、目の前の事から。
竜樹が言ったその言葉が、ピティエの中を巡る。
ルテじい。まだ待っててくれてるのかな。ラジオもやりたいけど、畑もちゃんと、やりたい。
恥ずかしそうに、今日、そんな事を思ったんです、と告白するピティエ。
うんうんうん、と竜樹は深く頷く。ちょっと嬉しそうに。
ジェネルーが、「竜樹様、ルテじいのお茶に興味ありますか?」と聞くと、待ってました!と。
「興味あります!そのお茶は、葉っぱを摘む前に、布で畑を覆って、日光を適度に遮断していたのだよね?」
「はい、そうです。」
「淹れ方も、熱々の湯じゃなくて、カップにお湯を入れて温めて、そのカップのちょっと冷めた湯を使って淹れて。綺麗な緑色のお茶で。」
「はい、そうなんです。熱々だと、苦味が出ちゃうんですって。」
「玉露、きたー!!!」
「「ぎょくろ?」」
「ししょうの、せかいに、ぎょくろおちゃ、あった?」
深刻な話に、黙って良い子してたニリヤが、やっとお話できる、と竜樹に聞いた。コクンと果実水を飲みつつ。竜樹は興奮している。
「あったあった!すごく美味しい、高級なお茶なんだぞ。紅茶があるって事は、緑茶もあっておかしくない。抹茶だって作れる!元の木は一緒だからね。ああ~緑茶、飲みたいいい!」
「あの、でしたら。」
今日、水筒に、淹れてきましたけど。
お飲みになりますか?
「飲みます!!」
速攻で返事をした竜樹に、思わず、ふふふ、とピティエは笑った。
「いつも素敵なものを作られて、使わせて下さる竜樹様に、何かあげられるなんて、ちょっと嬉しいです。」
「いやいや、ちょっとどころの話じゃないです、俺、今、すっごく嬉しいです!」
ジェネルーが喫茶店の店長に、持ち込みのお茶を飲んでもいいか、断りを入れて。何なら店長も玉露?を飲んでみるかと提案して、恐れ入りながらも興味をもって店長も味見する事になり。それには、絶対飲んだ方がいい、すごく美味しいお茶だから!と断言した竜樹の興奮っぷりが後を押して、喫茶店でカップを人数分貸し出し、そうして。
目の前に、カップのほんの半分ずつくらい、竜樹と王子達とピティエとジェネルー、そして店長に、水筒のお茶が分けられて。
いざ。
すうっ、と吸い込み、舌の上で、ほろほろと空気を一緒に、味わう。
あ、これ、凄くいいお茶だ。
ほうっ、と、ついつい、ため息が出ちゃう。
「•••すごく、おいしいね。このおちゃ。あじが、する?」
「うん、飲んだ事ない、このお茶!すごくおいしい!」
「爽やかな後味が、するね!」
ニリヤもネクターも、オランネージュも、ふむふむとイッパシの食通かのように、ペロ、と舌を出したり、ふはー、と息を吐いたりして、味わう。
店長は、目を閉じて、ふーっと深く味わっている。
竜樹は、すす、と懐かしい喜びに、そして、このお茶の出来に、ホワホワと笑顔の花が咲く。
「ルテじいのお茶は、本当に美味しいでしょう?私、引きこもってた時も、毎年このお茶が楽しみで、家族に淹れてあげてたんです。」
「うんうん、いいね。素敵だね!とっても美味しい!です!」
ピティエが、引きこもっても、誰かにやつ当たって暴力を振るったり、家族との関係を切ったりしなかったのは、ピティエの気持ちの、とっても良い所だ、と竜樹は思った。
そんなピティエの優しさに応える、ルテじいのとっておきの味が、この玉露なのだろう。
「ジェネルー様、ピティエ。この味、途絶えさせたら、この世界の宝物が一つ、減ってしまいます!ルテじいは、もう大分高齢なんだよね?それでも、畑仕事は、まだ出来るくらい、元気?」
「ええ、大分、喋らなくなってはきたみたいなんだけど、茶畑だけは、息子にも手伝ってもらって、ルテじいが面倒みてるって。」
「明日行こう。ルテじいの所へ。」
え。
「あの、竜樹様がですか?」
「俺もだけど、ピティエが来なきゃ、話にならないよ。だって、ルテじいちゃんは、ピティエを待ってるんだから。こういうのは、話が出た時に、が鉄則だよ!高齢なら、いつ何が起きてもおかしくない。間に合わなかった、ていうの、一生残るよ。それに。」
もし、ルテじいちゃんが、こちらに来られるようなら。
「ピティエの晴れ姿、ファッションショーのモデル姿を、見せてやろうよ!」
「ぼくもいく!」
「私も!」
「私だって、新しいお茶の開拓なら、お仕事になるもんね!」
「え、は、は、はい!はい!」
ルテじいの所へ。
溜めた雫が、耐えきれず、ポロポロころん、とこぼれ落ちるように。竜樹にかかれば、溜めに溜めた、止まったピティエとルテじいの時間を、ハッと動き出させるのは、造作もない事のようだ。
驚くばかりに、物事がスルスルと動いてゆくーーー。
次の日、強行軍の飛びトカゲで、サクッと一刻でアシュランス公爵家の領地に着いた、ピティエとジェネルーと竜樹と王子達、そして護衛は、サクサクッとルテじいに会った。
ルテじいの息子夫婦は恐縮していたが、誉れあるギフトの御方、そして、王子達の訪れに、目を丸くして一行を迎えた。
ルテじいは、小さく丸くなった身体で、ちんまりとしていたが、だがニコニコと嬉しそうにピティエを、その背中を、とんとん、さすさす、と昔みたいに撫でた。黙ったままで。
ルテじいの手は、こんなに、小さかったか。背中を撫でてくれる手をピティエは、とても大きく感じていたのに。
何だか、胸がいっぱいになった。
「ルテじい、ルテじいの茶畑を、ギフトの御方、竜樹様が、ご興味あるって見に来てくれたよ。私も、随分、ルテじいを待たせて、悪かったね。お茶、段々に、学んでいきたいよ。」
うんうん、と頷くルテじいは、あたふたと家の中に戻り、何冊ものノートの入った箱を引きずってきて、ピティエに、どうだ!と見せつけた。
中は辿々しい文字。
ちゃんと文字を習った訳ではないのだろう、ルテじいの、誤字や脱字のある、少し読みにくい、だが真面目に正直に綴られた、心のこもった。毎年、毎日、つけられた、茶畑の記録。
「これは物凄い宝物だよ。」
竜樹が、ルテじいちゃん、すごいお宝を隠していたねえ、と、ルテじいの背中を摩りながら言えば、ふぉふぉふぉ、と嬉しそうに笑った。
ピティエは、涙が溢れ落ちそうだった。
ずっと、ずっと。
待っててくれた。
いつになるか、分からない、ピティエのおとないを。ノートに、秘密を、記しながら。
茶畑で、淹れたての玉露を味わって、話をして。これから、このお茶をどうする、量はとれないから、ピティエ、王都で、カウンターで3席くらいだけの、喫茶販売店をやったら?と竜樹が言えば。限られた、本当にお茶が好きなお客様に、細々と販売する、ピティエの隠れ家のようなお店に、一同胸を馳せ。ピティエは勿論、そんな素晴らしい事ができたら、とワクワクし。
そして。
「ルテじいちゃん、ピティエは、今度、ファッションショーに出て、モデル、っていうのをやるんだ。ピティエの晴れ舞台だよ!王都の、玉露の喫茶販売店を見にくるついでに、それも見に来ない?」
と軽くあっさり竜樹が誘った。
「ルテじい、どうかな。私の、頑張っているところ、見に来てくれる?」
ピティエは、ドキドキと誘う。
ルテじいは、コクコク、と顔をくしゃくしゃにさせて笑いながら、頷いて。
「ピティエさまの、はれぶたい、みにいきます。」と、掠れた声で言った。
それからが大変だった。
まさかルテじいだけを招く訳にはいかず、高齢な事もあって、心配したルテじいの孫夫婦が、お世話をしに着いてくる事になった。畑仕事などの調整は、息子夫婦がしてくれる、と。
大事のノートは、一緒に持って行く事にして、毎日ルテじいに、ピティエが聞きながら、文字を読み上げる魔道具、本読みトーカで読み取り、勉強する事になった。
ルテじいは、ずっとニコニコして、嬉しそうだった。
翌る日、ルテじいと孫夫婦を増やした一行は、王都へと帰る。
領地の執事、ラーブルは、竜樹の、「突然のお邪魔で申し訳なかったね、とても快適に過ごせました。」との、手を取って握ってのお礼に、急な事で、てんやわんやだった何もかもを喜びに変え。
「ピティエ様を引き立ててくださる、ギフトの御方様と、王子様方をお泊めでき、お世話できた事は、私の一生の誉れです。」と涙の滲んだ瞳で、深く礼をした。
喜びの帰り道は、ワクワクと逸る。
これから楽しい事がいっぱいの夏に、ピティエもジェネルーも、王子達も、王都が初めてのルテじいも孫夫婦も、そして勿論、竜樹も、みんな。
飛びトカゲに翻弄されつつ、花を撒き散らすが如く、ご機嫌に。
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社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。
そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!!
こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!!
感想やご意見楽しみにしております!
尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。
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異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
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アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
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