王子様を放送します

竹 美津

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本編

閑話 アルトの幸せな時代は続く

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アルトが青年になると、その美しさに、働いている青果店には女性が群がってやってきた。

恋の鞘当て、が起こりかけると、アルトが嬉々として勝負の見届け人を請けおい、「今は好きな人いないから、勝った人とデートする。」として、決着をその都度つけ、サッパリとそれに従った。なので、女性達も大きくは揉めなかった。
そして女性達も、繊細そうな見かけと中身の違うアルトに、何か思ってたのと違う。と、いつまでもアルトを恋人の好きではいない事も多かったし(無論、観賞用としては、大いに好かれたが)、アルトの興味は異性に重きを置いてなかった。
何故なら。

野良バトルと出会ってしまったからである。

「おーっと!ここで得意の、肘固めか!抵抗するが•••外れない!外れない~~~、ここでー!参った!参ったです!勝負あった!グレイン、今日も勝ち抜きました!彼を地につけさせる者はいないのか!勝利の雄叫びです!」

頼まれてもいないのに、休みの日には野良バトルに出掛け、そこでいつもやってるみたいに、実況と司会を自然とやり出したら。
アルトがいる時の方が、お客さんが反応良くて、投げ銭沢山くれる、と重宝された。お前、専属で司会やらねぇか、と。

アルトは青果店の仕事も一家も好きだったので、完全には辞める事なく。休みを今までより少し増やして、その日だけやるよ、と契約した。自分の楽しみでお金を貰える、という幸福に預かった。
アルトがいると、いついつどんな技で誰と戦って勝った、負けた、などの情報も交えて盛り上げてくれるので、観客も楽しい。

充実した毎日を過ごしていると。
ある日、ラシーヌが、まるで昔のように、オドオドと、アルトと父デフィに聞いて来た。

「わた、私、あるお貴族様に愛人にならないか、って•••言われてるの。」

えええ!?
びっくりして声も出ない父子である。

ラシーヌが言うには、こうだ。

ある日、ゆっくり走っていた、お貴族様の馬車が止まって、おじいちゃんの貴族が降りて来た。人の良さそうなおじいちゃん貴族は、当主を息子に譲った隠居で、流行りの歌声喫茶に行く途中で、買い物に行くラシーヌと、何度もすれ違っていたのだ、と。

亡くした妻と、良く似ているのだ、と。

悪いが、調べさせてもらったよ、とおじいちゃん貴族は言い、ラシーヌが心臓が弱い事も、アルトの父デフィとは結婚の書類を出していないし寝所も別な事も、そしてアルトが賢い事も、知っていた。

「心臓が弱ければ、それに見合った薬を日々飲んで大事にすれば良い。長生きも見込める。何も心臓の弱いラシーヌを、散らそうなどとは思わぬ。もう私も歳なのだしね。結婚をしていないのなら、老い先短い私と、一緒に静かに暮らしてはくれないか?元の家族とは、連絡を取り合ってもいいから。」

ラシーヌは、一度申し出を保留にして、自分の心臓について、医者に行き調べた。

確かに薬を毎日飲んで、適度な運動ーーー散歩などーーーをして、ゆったりと過ごせば、長生きもできるだろう、と言われた。今の生活のままよりも。

「アルトに、もっといい職場を用意してもあげられる、って•••。」

アルトは一瞬も考えずに返事をした。

「いや、俺は今の生活で満足だから。勉強も自分でできるし。それより、騙されてなくて、本当に長生きできるなら、ラシーヌは、その申し出、受けてみても良いんじゃないか?」

ラシーヌは、口をむぐっと曲げた。

「騙されてなければだなぁ。薬代って高いのか?そんなに高くなければ、ウチで出してもやれるんだが。ラシーヌはどうしたいんだ?」
父デフィの声にも、むぐぐ、と更に口を引き締め、ラシーヌは俯く。

「•••私、私は•••死ぬのが、怖い。」

生きていたい。
そして、薬代は、お貴族様には出せても、アルトと父デフィには、とてもじゃないが出せない値段だ。一度ならいい。それを継続して、というのが、無理なのだ。

「そうか。じゃあ、俺達、ラシーヌがじいちゃん貴族んちに行く時に、騙されてないか、仕事休んで着いて行ってやるよ。」
「ああ、そうしてやると良い。連絡は、これからも取り合って良い、ってんだろ?アルトは手紙が書けるだろ。読めるしな。ラシーヌも、少し書けるんだったか。何もふっつり切れてしまう訳でもなし、嫌だったらやめて帰ってくればいいし。」

「•••そうね。そうよね。あなたたちは、そうなのね。」

ん?
あれ?

何故かラシーヌが、俯いたまま。バン!とテーブルを叩いた。びくりとするアルトと父デフィ。

「分かった。私行くわ。もう寝る。」


ラシーヌは何故か怒り、それからおじいちゃん貴族の所に行くまで、アルトと父デフィとは、一言も話さなかった。

それでも時は流れ、ラシーヌが出ていく日になった。
「手紙書くから、返事くれよな。」
アルトが言っても、ラシーヌは無言だ。父デフィは、穏やかな顔で、ラシーヌの出立を見守った。

おじいちゃん貴族の家の、離れに馬車で。アルトも着いて行って、ラシーヌに用意された部屋に落ち着くまで、一緒にいたし、おじいちゃん貴族と挨拶もした。穏やかで、人の良さそうなおじいちゃんで、アルトは畏まりながらも、ラシーヌをよろしくお願いします、と頭を下げて、歩いて帰ってきた。
ラシーヌは、ずっと、怖い顔で怒っていた。悲しそうでも、あったかもしれない。


「で、これ、何でラシーヌが怒ったか、俺も親父もいまだにわからねぇんだよ。ギフトの御方様。」

ある日、相変わらず楽しく、野良バトルの司会をやっていたら、何とギフトの御方様から話しかけられた。

あれだろ。片親の援助とか、孤児を助けたりしてくれてる人だ。うんうん、いい人だ、とアルトは思っていたから、話したいと言われて、良いよと答えた。
今は、野良バトルの試合が終わってはけた、道端にしゃがんで、何故か生い立ちからアルトの今までの話を、聞いて貰っている。地味な話だが、飽きもせず頷いて。付き合いがいいのか、ギフトの御方様、竜樹様も、隣にしゃがんでいる。
護衛達が、周りに警戒して立っているから、何だ何だ、と通行人が、じっと見ていく。

「それはねぇ。止めて欲しかったんじゃない?」

ショボショボした目をパチ、パチさせて、竜樹が。

「え!?でも、長生きした方がいいじゃん!?」
「そうだねぇ。でも、理屈じゃないんだろうね。アルトだって、もっと良い職場や、もっと勉強ができる場所を、って皆に言われても、ここが良い、って自分で選んできただろ。ラシーヌさんは、揺れていたんだろうけど、きっとアルトやお父さんのデフィさんも好きで、一緒にいて幸せで、それで2人にもラシーヌさんと一緒で幸せだって思ってて欲しくて、行かないで、って言って欲しかった、悲しんで欲しかったのかな。一緒にいる時間を、大事に思ってて欲しかった。」

「何だよ、思ってたよ!俺だって。親父だって!」
アルトは口をとんがらせて。

「そうだね。なら、分かるように言ってあげないとね。」

竜樹様は、話をしたいと言ったけど、ほとんどアルトの話を聞くだけで帰って行った。また来るね。と言っていたが、もう来ないだろう。偉い人は忙しい。

何だ何だ。本当に女の人って難しい。
「アルトには、分からないのね。」と、何度言われた事か!わからねぇよ!言ってくれよ!言えば聞くからさぁ!
アルトは父デフィに似て、威勢も気風もいいが、女ゴコロには鈍感である。

早速ラシーヌに、父デフィの伝言もつけて、俺達はラシーヌが大事だ。一緒にいた時間も、大事で幸せだ。そうは見えないかもしれないが、ちゃんと悲しんでいる。淋しい。と書いて送った。
返事はすぐ来て、開けば。

「言うのが遅い!ばか!」

一言だけだった。


「それからは、文通続けてるんだけどさぁ。ラシーヌは、本当にゆったりと暮らしてるらしくて、刺激が少ないんだと。俺達を許してやるから、ちゃんとまめに、最近あった事なんかを、手紙で送ってこい、って言って。」

「ふうん。良かったね。そしたら、俺がアルトを、テレビの司会にスカウトしたら、これもビッグニュースになるんじゃない?」
「ん?テレビの司会?」

ニコッ、としたギフトの御方様に、アルトはスマホで動画を見せられた。
プロレスーーー異世界での、野良バトルみたいなものーーーも、テレビで放送したりしてたのだと。こちらでも、運動、競技を、わかりやすく解説しながら、盛り上げる人を、募集していると。

「な、何だこれ!めちゃくちゃカッコいい!!!」
アルトはスマホに釘付けだ。

サッカー、バレーに卓球、バスケ。特にプロレス。
「プロレスは、魅せるやり方がちょっと違うし鍛えてないとリングに立てないし、怪我もするしね。球技じゃないから、球技大会ではやらないんだけど。野良バトルをテレビで放送してもいいかもね。もっと、ショーアップして。」

子供が真似するかなぁ。
困り眉をして、でも、鍛えて、受け身とか習わないとできない、って番組の最後に言ってもらったり、とか。禁止したってやる子はやるから、正しい鍛え方を、なんて、ブツブツ言っている。

ああ、真似するだろうな。
子供だけじゃなく、大人も。
そこには、やり過ぎないような、取り持つやつが必要だ。
アルトのような。

ギフトの御方様は、また来るねと言って、本当にまた来た。今日も、また来るね、と言って帰って行った。

アルトの周りは、ギフトの御方様に誘われた、と言ったら、絶対逃すな!引き受けろ!と忙しく言う。
青果店の旦那さんなんか、ウチを辞めてもいいから、絶対引き受けろ!と。

「でも、青果店も野良バトルも、気に入ってるんだよね。」
「毎日テレビで何らかの試合がある訳じゃないから、まだ掛け持ちでも充分、大丈夫だよ。そのうち、どっちかを主にやりたい、ってなったら、アルトの考えで選べばいい。でも、俺はアルトの能力を買ってるから、テレビに来て欲しい。だから、口説くよ。」
ギフトの御方様は、また来てアルトと話していく。

アルトはいつだって自分で選んできた。
選ばせてくれる人が好きだ。

ラシーヌは、俺達におじいちゃんの所へ行けってさっくり言われて、こんな気持ちだったのかな。
絶対申し出を受けろ、俺達を置いていけ、と言う、長年一緒だった、青果店の旦那さん一家や、野良バトルのやつら。

「俺も、やってみようかな。テレビの司会と解説。」
「うんうん。まずは一回、やってみないと。」
ギフトの御方様は、相変わらず道端で、アルトの話を聞いてくれて、待ってくれた。
そうだ。ラシーヌも、ちゃんと考えが纏まるまで、待ってやりゃ良かった。

と、ラシーヌに手紙で書くと、「やっと分かったか、おほほ。」と返事が来た。



「アルト!煽れ!腕の見せ所だぞ!」


球技大会で、竜樹に言われて。
急に現れて乱暴にマイクを奪うフードゥルの騎士達に。
司会も放り出し、驚いていただけのアルトに、咄嗟にフオッと血湧き肉躍る感覚がやってきた!

ギフトの御方様!
この人も、勝負する人だ!
勝負をする、と言うことは、関わりたい、ということだ。
無視なんて辛い。勝負して、勝っただの、負けただの、喜んで悔しがって、そうして一緒に行けばいい。

「俺の選択は、間違ってなかったぜ!」
ヌフ、と笑うアルトなのだ。

球技大会の翌日、青果店の一家から、お客さんからも、背中をバンバン叩かれて、テレビは見られなかったけど、ラジオ聞いてたよ!ちゃんと出てたね、アルト!
と。
特に跡取り息子のレグ坊まで、ブラインドサッカーの真似~、カッコいい!なんて、アルトの周りを走り回っていた。


アルトは幸せな子供時代を過ごした。
そして、青年期の今も、周りを愛し、愛され、好きな事もでき、ちゃんと幸せである。

これからも、幸せでいる予定である。


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