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本編
人にした事は返ってくる
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「あー、さいっていよ!この鳥の足跡、10日経っても全然消えないじゃないの!!」
貴賓室にて、蜂蜜色のシエル王女が、手鏡で自分の眉間を見ながら、うわっと怒り嘆いている。
「王族の肌に、こんな跡をつけたのだから、ひねって肉にしてやるべきよ!」
ダン、ダン!と足踏みする。お世話をする為についてきた、フードゥルの侍女達が、化粧粉で何とかなりますよ、とハラハラと宥めようとするが、全く効果はなかった。
「あの鳥をひねるのは、難しいわ。何しろ、神から賜った鳥だそうだから。」
姉の緑の黒髪エクレ王女が、ふー、とため息つきつつ、妹のシエル王女に応える。
「えーそれって本当なの?言ってるだけじゃないの?」
「それが、本当らしいわよ。卵を沢山産むんですって。フードゥルに欲しいわ。」
その折衝もしたい所だが、この姉妹への竜樹からの評価は、多分かなり底を這っている。寮への突撃で失敗した事もあるし、その後、街の子供を使ってやった印象上げ作戦も、失敗したのだ。
親にお金を払って買い取り、寮に紛れ込ませて、竜樹に可愛くとりいって、自分達に有益な情報をこちらに流したり竜樹に吹き込んだり。•••と、したかったのだが。
「子供って、使えないわ•••!!何で言う通りにしないのよ!?」
「ほんと、子供、全然私たちの言う事、聞いてないわね•••。それに子供の扱いは、悔しいけど、あのギフトに勝てないわ•••。」
4日前の事である。
「本当に、ギフトの御方様に可愛がっていただけるんですか•••?」
父親のイルは、自分に似ている色白で8歳の、痩せがちな、ピンクベージュの髪、琥珀の目のくりくりした娘。見るからに幼気な、可愛いリーヴを放しがたく抱きしめて、高貴な出らしいご婦人達に、恐る恐る問うた。
ここはエクレ王女とシエル王女の、パシフィストでの隠れ家、御付きの者に用意させた街中の借家である。
ゆったりとソファに座り、寛ぐシエル王女が、微笑んで。
「本当よ。ちょっとツテがあるので、特別にお前の娘を召してやるわ。縁を融通してやるのだから、分かっているわね?」
エクレ王女も、ソファに隣合って座り、指をさして。
「ちゃんと可愛がられて、気に入られるのよ。そして私達に、ギフトの、いえギフトの方の事を、何でも良いから教えてちょうだい。」
私達、ギフトの方について、沢山知りたいの。
「それに、私達の事も、優しくて素敵だ、助けてくれた、って正直にギフトに、ギフトの方に言うのよ。そうすれば、お前の些細な借金は、私達が払ってやるわ。」
イルは、新聞の印刷工だ。亡くなった妻の闘病にかかった費用を、少しだけ借金していた。借金は返せる額だが、父子家庭で、働きに出ている間の、娘のリーヴが心配だった。印刷は夜間に行われるので、寝ているリーヴが、一人きりなのが心配で。
そして昼間は、自分が寝ていて、リーヴの相手をしてやれない。無理に起きると、印刷機で事故を起こしそうで、しかも沢山眠るタチのイルは、中々リーヴに合わせて起きられなかった。
ご近所付き合いは妻に任せていたので、無口で朴訥なイルは、誰にリーヴを頼んだらいいかも分からない。
2人きりで、頼れる人もいない。
夕方、酒場で2人で食事を摂ると、父娘は別れ別れ。2人とも1日一食だし、家でほとんどの時間、リーヴは、大人しくしている。
生活が、どんどん荒れていく。
リーヴも片付けなど、家の事をしようと、頑張っているが、まだ上手くできない。
ギフトの御方様ならば、と、イルが同僚からの心配で教えてもらった、教会のお母さんシェルターに行こうとした時に、教会で話しかけられた係?の人に、半ば無理やり連れられて来たのが、ここである。
何かやばいんじゃないの。
イルもそれは分かっている。
ギフトの御方様のする助けなら、教会で事たりそうだし、こんな高貴そうな方に会わなくても良さそうだし、今からでも帰って良いですか、と言いたい。
が、ドアの前には、厳つい騎士が陣取り、帰してくれなさそうである。
「•••やっぱり、良く考えたいので、一旦帰りま」
「そうはいくか。話を聞いてしまったのだから、お前に選択肢はない。」
す、とエクレ王女が手を上げれば、騎士がスラリと刃を抜いて、リーヴとイルに突きつけた。
「卑しい者の命など、大した価値はないが、なくなるとなれば本人は惜しかろう?なに、本当にギフトには頼んでやる。とにかく娘、お前はギフトにとり入れ。女は可愛がられてこそだ。哀れなその姿で、惨めっぽくお願いすれば、あの地味な男はイチコロだろう。」
ふふ、ふふふ。
「そうですわね、エクレ姉様。娘、私達に、優しく連れてきてもらった、と言うのよ。最初は上手くできなくても、寮にさえ潜り込めば、お前を心配しているから、と言って私達も訪れやすいわ。それだけでも、まあ、ヨシとするわよ。」
騎士がリーヴの腕を取って、ぐい、と姉妹王女の方へ連れて。イルから離させる。
「お父さん!」
「リーヴ!!」
「お願いです、娘を返して下さい!」
「くどい!こやつを外に捨ててこい!この事を人に言えば、娘の命はないと思え!」
「厄介な子を連れて行ってやると言うのだから、有り難く任せなさい!」
そう言って結局、借金も補填せずに、イルは隠れ家から放り出された。
縛られて馬車に乗せられ口を抑えられ、犯罪者のように街外れまで連れていかれ、捨てられた。
イルは、自分はどうなっても、娘、リーヴに何かあっては、と、不審な人物に見入られた自分が、心悔しく燃え上がるようだった。見窄らしく萎れていたから、つけいられたんだ。
どうしたら。
どうしたら良い?
教会に行ったら、またあの連中に捕まるかも。諦めるなんて出来ない。
イルは仕事場の同僚と上司に頼る事に決めた。
「リーヴ。お前は賢い子ね。昨日1日で、勉強した事、ちゃんと分かっているわね?」
エクレ王女が、優しげな声でリーヴの顔を覗き込む。
その脇から、シエル王女も。
「言ってご覧なさい。あなたはどうしてここに来たのだっけ?」
「•••エクレ殿下と、シエル殿下が、街にお忍びで、いらしたときに、わたしを拾ってくださいました。」
ニコリと笑う王女達。
「ええ、ええ、それで?」
「わたしは、お父さんとお母さんが死んだから、行くところがないのです。どうかギフトの御方様、何でもいたしますから、ここにおいてください。」
「良くできました。」
「ええ、お勉強の甲斐があったわ。」
磨き上げて食事も摂らせて(あまり食べなかったが)、見た目に何とも可愛らしい服を着させて、出来上がりを見る。哀れさを誘うボロい服と、いかにも養いたくなる可愛い服と、どっちにしようか悩んで、少女とはいえ、相手は男だしと、可愛い服にした。リーヴは、うるりとした瞳も小さな唇も、その筋の者が見れば欲しくなるような、ちょっと危なげな魅力のある子供だったのだ。
もしかしたら醜聞を起こさせて強請るのも良いわね、と姉妹王女は皮算用。
じゃあ、寮に連れて行きましょう。
「上手くやれば、父親の借金は返してやるわよ。」
「上手く出来なかったら、父親の命はないわよ。」
分かったわね?
沈んだ諦めた瞳のリーヴは、コクン、と頷いて、消えかけた声で、はい、と言った。
「竜樹様•••!私達、可哀想な子供を見つけてしまって!!」
「貴方様ならこの子を頼めると、連れて参りました!どうかこの寮に置いてやっていただけませんか?」
寮で王子達や子供達と、ぴっしり四列に並べたトランプで神経衰弱をしていた竜樹は、内心(やっと来たか•••)と思った。
オーブにはお話して、姉妹王女をとりあえず通すようにしたので、シエル王女はその辺をうろついてジロリと睨んで?いるオーブに、ひええ、とヒキながらも寮に入ってきた。靴は、怒られるから脱いだ。
「はいはい。まずは、お話聞いてみましょうねー。お嬢ちゃん、お名前は?」
「リーヴです。エクレ殿下と、シエル殿下が、街にお忍びで、いらしたときに、わたしを拾ってくださいました。お父さんとお母さんが死んだから、行くところがないのです。どうかギフトの御方様、何でもいたしますから、ここにおいてください。」
覚えた事を一気に言って、ふー、とリーヴは息を吐く。
竜樹は目線を合わせてやり、なでなで、背中を撫でてやる。
「そーなんだー。お父さんのお名前は?」
「イルです。」
「お仕事、何やってるの?」
「しんぶんの、いんさつしてます。」
ん?
姉妹王女達は、あれ?と話の流れがおかしくなってきたのに気づいた。が、口も挟めず、笑顔が固まった。
「新聞の印刷、夜なんじゃない?リーヴはお母さんと寝て、お家で待ってるの?」
「お母さんは、病気でしんだの。リーヴは一人で、お父さんをまってる。」
そうなの。えらいねー。さびしいねー。辛かったねー。
竜樹が、ゆっくり背中を撫で続けてやると。
うる、うる、リーヴの瞳は潤んでくる。
「おと、お父さん、リーヴに、ごめんねって言うの。昼間も、起きたいけど、おしごと大変で、起きれなくてごめん、って。おなかすくけど、よるごはんは、好きなもの、おみせで食べられるの。お父さんが、お仕事してるからよ。リーヴは、良い子だから、待てるのよ。」
「うん、うん、良い子だ。そんな良い子は、大丈夫にしてやらなくちゃね。ギフトの人に任せなさい。お父さんはお家にいるのかな?」
「たぶん•••あっ!」
どうしたの?
「お父さん、しんだって言わないと、ここに住まわせてもらわないと、お父さん、ころされちゃう!!!」
サーッと顔を青くさせるリーヴに。
キロリ、としょぼしょぼ目が、姉妹王女を見て、すぐにリーヴに目線を戻した。
姉妹王女の顔は、笑顔で固まったままだ。
リーヴに、ギュッとハグしてやり。
(お父さん、今日ここにいるよ。リーヴを待ってる。もうちょっと待っててね。殺されないからね。)
ヒソヒソと言ってやると。
瞳ゆらゆら、ポロリ。リーヴの頬を、涙がコロコロ溢れ落ちた。震える小さい身体を抱きあげて、とんとんしてやる。
顔が竜樹のシャツの胸に埋れて、じわり、じわりと、熱く涙が染みていく。
「エクレ殿下。シエル殿下。」
「「ひゃ、ひゃい!!」」
竜樹が、ニコニコしたまま、リーヴを抱き抱えて立ち上がる。
「お父さんを探していたリーヴちゃんを、連れて来ていただいて、ありがとうございました。こちらでお父さんは探してみますね。」
「え?ええ、そうですか•••。」
「ホホホ、•••良かったわね、リーヴ。」
「ええ。ですので、今日はこれでお帰り下さい。俺も、もっと良くリーヴちゃんに話を聞いてみるので。」
「「•••ホホ、ホホホ。」」
引き攣った顔で笑う姉妹王女に、竜樹は、ふー、と、ため息をついた。
「それとね。•••何で普通に、お願いして来れないんですかね?この事で困ってるから助けて下さい、とか、こういう事が知りたいです、とか、色々あるんでしょ、国の事って。」
「「え?」」
何を言い出した!?と、姉妹王女は口を、揃って、え、の形に開いた。
「仲良くしたいです、でも良いけど、何か普通に真正面からやって来れないのって、後ろ暗いまずい事でもあるんですか?そんなに自信がないんですか?人付き合いに。」
「「え•••。」」
プレイヤードが、自信ない、の言葉に、ぴくり、と身じろぐ。
「ワイルドウルフのお国の王様は、遠慮しながらだけど、親として真摯にアルディ殿下の身体の事を相談して下さいましたよ。忙しいけど、できる事はできるって言うし、できない事もいっぱいあるから、普通に聞いて欲しいんですけど。」
竜樹は、よいしょ、とリーヴを抱え直して。
「まあ、これから思い直して普通に接してこられても、ふーん、って思いますけど、フードゥルの国に何か思う所がある訳じゃないから、普通に国を通して、要望があったれば言ってみたら良いんじゃないですかね?王様と王妃様が、対応して下さるでしょう。」
今後は、何か裏の手を使って、俺を使って、いい目みよう、とか、やめて下さいね。もしやったら俺、金輪際、フードゥルには協力しない。
ビシリ。言われて、姉妹王女は、立ちすくむ。
「では、お帰り下さい。」
お帰りは、あちらです。
手で促されて、姉妹王女は、動けなかった。
代わりに、フードゥルの護衛騎士達が、しょんぼりと目線を下げて、竜樹に礼をした。
竜樹は構いもせず、リーヴを、タカラに、連れて行ってあげて、と渡した。リーヴは、タカラに渡されて、イヤイヤ、と竜樹の首っ玉に齧り付き、身を捩ったが、(お父さんがいる部屋に、タカラが連れて行ってくれるからね、大丈夫だよ。)と竜樹が言えば、目をこれでもかと見開き、コクリ、頷いた。
竜樹の所に、新聞の印刷所から王宮、王宮から寮へと連絡が来たのは、リーヴが攫われた日の夜、さあ寝ようか、といった時間だった。
新聞の印刷所の所長に伴われて、リーヴの父、イルが、やつれた姿に瞳を燃え上がらせて、やってきた。
2人の話を、マルサもふむふむと聞いて。
「あの姉妹なら、すぐに子供を竜樹の所へ連れてやって来るだろ。雑な計画だなぁ。どこにいるか、捜査もちゃんとするが、竜樹はここで待っていて、子供を傷つけないように確保して、対応してくれよ。」
イルはソワソワと指を握り、握り開いて握り。
「今頃どんな辛い思いをしているか•••ギフトの御方様、どうか、どうかリーヴを助けて下さい!」
頭をこれでもかと下げた。
「もちろんです!イルさん、それに、これからの生活の事も、ちゃんとしましょうね。まずはリーヴちゃんを助けましょう。」
話し合い、イルは寮に泊まって、姉妹王女を待つ事にして。
結果、まんまと姉妹は竜樹に縁を切られたのだった。
「本当に、本当に、ありがとうございます!お母さんシェルターにも、入れて下さって•••。これで安心してリーヴと暮らせます!」
イルが仕事の間、寝ているリーヴは教会で、大人が見ていてくれる。そうして、昼間イルが寝ている時も、教会が勉強やお手伝い、他の子供達のやっている仕事などさせつつ、リーヴの面倒をみる。夕方、父娘で食事をとって、今日一日の報告や、連絡、ふれあいをする。酒場に頼んで、イルは弁当を作ってもらう事にし、イルもリーヴも、1日一食からは脱する事ができ。酒場の夜の弁当は、印刷工や夜仕事の連中に結構人気になり、酒場のおかみには、お礼を言われる事となる。
そしてイルは働いているから、教会に一定の金額を払う。借金を返しながら払える、それほど高くはない額を。
そう決まって、イルとリーヴは、晴れ晴れとした顔で、係に連れられて教会へ行った。
もっと早く、ギフトの御方様のお助けに縋れば良かった、教会に行けば良かった、とイルはリーヴを撫でながら、しみじみとした。
竜樹は、テレビやラジオで、もっと片親のヘルプもやってるよ、とCMを流すべきだな、と心のメモに書き、即日、テレビで実行した。
「私たち、このままでは、国に帰れないわよ。」
「ギフトに、ピシャリとやられてしまったわね•••。」
ソファに座り、イライラと爪を弄る、姉エクレ王女。
妹シエル王女は、はふ、と息つき。
「何だか、あのギフトの地味男、うちの侍女長と同じ匂いがするわ•••。私たちのお願いも、揺さぶりも、何もかもをサラッとかわして、耳が痛い事ばっかりズバズバ言ってくる感じ。何だか通用しない感じ•••。」
「言えてるわ。」
半目で姉妹王女に、「それで?言い訳は結構です。本当は、どんな失敗をなさったのです?」と淡々と言ってくる侍女長が、2人の頭の中に浮かんだ。
「侍女長でなくとも、お説教はできるよ。」
ノックもなしに、す、と現れた男性に、姉妹王女はビクッとした。
「「お、お兄様•••何故ここに!?」」
ふー、と息を吐き、乱れた髪を掻き上げて、ソファにドカッと座ったのは。
フードゥル国の王太子で、姉妹王女の兄、カルネ・フードゥル。
半目で、侍女にお茶を頼むと、腕を組んで目を瞑った。
「飛びトカゲで特急でやってきたんだ。疲れた。」
「ま、まあ、わざわざお兄様が?な、何故?」
姉妹が、嫌な予感をひしひしと感じていると。
「何故だって?お前たちのやった失態を、謝罪すべくやってきたに、決まっているだろう!フードゥルの騎士達が、恥ずかしい事になった、と悄然としていたよ。お前達のお目付け役の騎士と、テレビ電話で話したんだ。」
「「え」」
姉妹王女が、後ろを振り返って、護衛の騎士を丸い目で見る。
「私たち、テレビ電話なんて聞いてませんわよ!」
「告げ口したのね!お前たち!!」
騎士は、しれっとした顔で、すましている。
ギロ、とカルネ王太子は姉妹王女を睨みつける。
「黙れ。パシフィストの国は、友好国全てにテレビ電話を送ってきた。それは、国同士の連携と友好を深める為のもので、お前達に遊ばせるものじゃない。知らなくて当然だ!それに、この騎士達は、基本的に私の部下だ!お前達に逆らえない事もあろうが、指揮権は私にある!報告の義務もな!」
う、と黙り込む姉妹に、王太子は被せる。
「お前達、まだあの遊びをやっていたのか。自分達の良いように、小賢しい策で、周りの人間を翻弄する。あんなのは、『本物』には通用しない!真剣に、腹を見せ合って、魂をかけて、ギリギリの話し合いをする、ユーモアをもって、最後に手を握り合う、それができないような、遊びで得しようとやってるお前達を、この国にやるのではなかった!ギフトの御方様は、さぞかし嫌な思いをしたろうよ。」
ええー!?
姉妹は、何よそれは、と言いつつ、お茶まだかしら、なんて気を散らしている。
とんとん、とん。組んだ腕の先、人差し指を立てて叩くカルネ王太子は、本気で叱らないと、と腹に力を溜める。
「私はこちらのギフトの御方様は、大変温かく、誠実な方だと聞いている。
困っていれば、手を差し伸べるに否やはない方だと。だからこそ、慎重に、我儘で振り回す事なく、尊敬をもって会うべき方だと。実直に、教えを乞う事が、何故できない?」
「だって、あんな地味な男なんかに、頭なんて下げられないわよ•••!」
「私達は、それでも手に入れれば、我が国の助けになると•••!」
言い募る姉妹王女に、分かってない、とガクリ、首を下げるカルネ王太子。
地の底から出てくる声で。
「大分地味な男とバカにしていたようだが、あちらだってお前たちのような、道理を分かってない阿婆擦れなど、欲しくもないだろうよ。国の事と、民の命とを、どちらも大事にできるのが本当に本当の本物だ。お前たちは王女というガワはあるが、中身は紛い物だったな。外交官は、改めて送るが、それをする為にも謝罪はせねばならない。王の名代として、私が参った。お前たちは、すぐに帰って国の貴族にサッサと降嫁してもらう。あまり影響もない、ほどほどの貴族にな!異論は認めない!」
「えっ!?他の国の王族にでは、ないのですか!?」
「私たちは高貴な血、国を治める者の隣に立てますわ•••!」
「その血が近すぎて、というギフトの御方様の話も、お前たちは知らないようだ。それに、ハッ!お前たちごときが、国を動かせるものか!国にも貴族にも民にも、迷惑だ!」
「酷い!お兄様!」
「ギフトを私たちの容姿で奪ったって良いじゃない•••!」
「余計な事はするな。」
すっ、と立ち、手を騎士に差し伸べる、そこに騎士が剣を乗せる。
すらり、鞘から手のひらほど、刃を途中まで抜くと。
「斬る覚悟もなく、人を物のように扱うお前たちだ。人にやった事は、自分に返ってくると言う。お前たち、謝罪の場で一言も喋るな。喋ったら、私がこの手で、殺す。安心しろ、一息にやってやる。」
ひ•••!
兄カルネは、こうと決めたら本当にやる。やる時の目をしている。
「降嫁できるだけ幸いに思え。お前たちは、私たちの国にとって、恥晒しで邪魔なんだ。それが嫌なら幽閉だ。どちらにする?」
「•••こ、降嫁します。」
「•••降嫁します、お兄様。」
「良い子だ。よく言えました。」
ニッコリ、笑って、姉妹がリーヴにしたような褒め方をしたカルネ王太子は、剣を戻し、騎士に返し、さらり、さらりと片手で姉妹王女の頭を撫でた。
「今後も、私に、お前たちの首を斬らせないよう、良い子にするのだぞ。」
サーッ、と青ざめたのは、今度は姉妹王女達になったのだ。
貴賓室にて、蜂蜜色のシエル王女が、手鏡で自分の眉間を見ながら、うわっと怒り嘆いている。
「王族の肌に、こんな跡をつけたのだから、ひねって肉にしてやるべきよ!」
ダン、ダン!と足踏みする。お世話をする為についてきた、フードゥルの侍女達が、化粧粉で何とかなりますよ、とハラハラと宥めようとするが、全く効果はなかった。
「あの鳥をひねるのは、難しいわ。何しろ、神から賜った鳥だそうだから。」
姉の緑の黒髪エクレ王女が、ふー、とため息つきつつ、妹のシエル王女に応える。
「えーそれって本当なの?言ってるだけじゃないの?」
「それが、本当らしいわよ。卵を沢山産むんですって。フードゥルに欲しいわ。」
その折衝もしたい所だが、この姉妹への竜樹からの評価は、多分かなり底を這っている。寮への突撃で失敗した事もあるし、その後、街の子供を使ってやった印象上げ作戦も、失敗したのだ。
親にお金を払って買い取り、寮に紛れ込ませて、竜樹に可愛くとりいって、自分達に有益な情報をこちらに流したり竜樹に吹き込んだり。•••と、したかったのだが。
「子供って、使えないわ•••!!何で言う通りにしないのよ!?」
「ほんと、子供、全然私たちの言う事、聞いてないわね•••。それに子供の扱いは、悔しいけど、あのギフトに勝てないわ•••。」
4日前の事である。
「本当に、ギフトの御方様に可愛がっていただけるんですか•••?」
父親のイルは、自分に似ている色白で8歳の、痩せがちな、ピンクベージュの髪、琥珀の目のくりくりした娘。見るからに幼気な、可愛いリーヴを放しがたく抱きしめて、高貴な出らしいご婦人達に、恐る恐る問うた。
ここはエクレ王女とシエル王女の、パシフィストでの隠れ家、御付きの者に用意させた街中の借家である。
ゆったりとソファに座り、寛ぐシエル王女が、微笑んで。
「本当よ。ちょっとツテがあるので、特別にお前の娘を召してやるわ。縁を融通してやるのだから、分かっているわね?」
エクレ王女も、ソファに隣合って座り、指をさして。
「ちゃんと可愛がられて、気に入られるのよ。そして私達に、ギフトの、いえギフトの方の事を、何でも良いから教えてちょうだい。」
私達、ギフトの方について、沢山知りたいの。
「それに、私達の事も、優しくて素敵だ、助けてくれた、って正直にギフトに、ギフトの方に言うのよ。そうすれば、お前の些細な借金は、私達が払ってやるわ。」
イルは、新聞の印刷工だ。亡くなった妻の闘病にかかった費用を、少しだけ借金していた。借金は返せる額だが、父子家庭で、働きに出ている間の、娘のリーヴが心配だった。印刷は夜間に行われるので、寝ているリーヴが、一人きりなのが心配で。
そして昼間は、自分が寝ていて、リーヴの相手をしてやれない。無理に起きると、印刷機で事故を起こしそうで、しかも沢山眠るタチのイルは、中々リーヴに合わせて起きられなかった。
ご近所付き合いは妻に任せていたので、無口で朴訥なイルは、誰にリーヴを頼んだらいいかも分からない。
2人きりで、頼れる人もいない。
夕方、酒場で2人で食事を摂ると、父娘は別れ別れ。2人とも1日一食だし、家でほとんどの時間、リーヴは、大人しくしている。
生活が、どんどん荒れていく。
リーヴも片付けなど、家の事をしようと、頑張っているが、まだ上手くできない。
ギフトの御方様ならば、と、イルが同僚からの心配で教えてもらった、教会のお母さんシェルターに行こうとした時に、教会で話しかけられた係?の人に、半ば無理やり連れられて来たのが、ここである。
何かやばいんじゃないの。
イルもそれは分かっている。
ギフトの御方様のする助けなら、教会で事たりそうだし、こんな高貴そうな方に会わなくても良さそうだし、今からでも帰って良いですか、と言いたい。
が、ドアの前には、厳つい騎士が陣取り、帰してくれなさそうである。
「•••やっぱり、良く考えたいので、一旦帰りま」
「そうはいくか。話を聞いてしまったのだから、お前に選択肢はない。」
す、とエクレ王女が手を上げれば、騎士がスラリと刃を抜いて、リーヴとイルに突きつけた。
「卑しい者の命など、大した価値はないが、なくなるとなれば本人は惜しかろう?なに、本当にギフトには頼んでやる。とにかく娘、お前はギフトにとり入れ。女は可愛がられてこそだ。哀れなその姿で、惨めっぽくお願いすれば、あの地味な男はイチコロだろう。」
ふふ、ふふふ。
「そうですわね、エクレ姉様。娘、私達に、優しく連れてきてもらった、と言うのよ。最初は上手くできなくても、寮にさえ潜り込めば、お前を心配しているから、と言って私達も訪れやすいわ。それだけでも、まあ、ヨシとするわよ。」
騎士がリーヴの腕を取って、ぐい、と姉妹王女の方へ連れて。イルから離させる。
「お父さん!」
「リーヴ!!」
「お願いです、娘を返して下さい!」
「くどい!こやつを外に捨ててこい!この事を人に言えば、娘の命はないと思え!」
「厄介な子を連れて行ってやると言うのだから、有り難く任せなさい!」
そう言って結局、借金も補填せずに、イルは隠れ家から放り出された。
縛られて馬車に乗せられ口を抑えられ、犯罪者のように街外れまで連れていかれ、捨てられた。
イルは、自分はどうなっても、娘、リーヴに何かあっては、と、不審な人物に見入られた自分が、心悔しく燃え上がるようだった。見窄らしく萎れていたから、つけいられたんだ。
どうしたら。
どうしたら良い?
教会に行ったら、またあの連中に捕まるかも。諦めるなんて出来ない。
イルは仕事場の同僚と上司に頼る事に決めた。
「リーヴ。お前は賢い子ね。昨日1日で、勉強した事、ちゃんと分かっているわね?」
エクレ王女が、優しげな声でリーヴの顔を覗き込む。
その脇から、シエル王女も。
「言ってご覧なさい。あなたはどうしてここに来たのだっけ?」
「•••エクレ殿下と、シエル殿下が、街にお忍びで、いらしたときに、わたしを拾ってくださいました。」
ニコリと笑う王女達。
「ええ、ええ、それで?」
「わたしは、お父さんとお母さんが死んだから、行くところがないのです。どうかギフトの御方様、何でもいたしますから、ここにおいてください。」
「良くできました。」
「ええ、お勉強の甲斐があったわ。」
磨き上げて食事も摂らせて(あまり食べなかったが)、見た目に何とも可愛らしい服を着させて、出来上がりを見る。哀れさを誘うボロい服と、いかにも養いたくなる可愛い服と、どっちにしようか悩んで、少女とはいえ、相手は男だしと、可愛い服にした。リーヴは、うるりとした瞳も小さな唇も、その筋の者が見れば欲しくなるような、ちょっと危なげな魅力のある子供だったのだ。
もしかしたら醜聞を起こさせて強請るのも良いわね、と姉妹王女は皮算用。
じゃあ、寮に連れて行きましょう。
「上手くやれば、父親の借金は返してやるわよ。」
「上手く出来なかったら、父親の命はないわよ。」
分かったわね?
沈んだ諦めた瞳のリーヴは、コクン、と頷いて、消えかけた声で、はい、と言った。
「竜樹様•••!私達、可哀想な子供を見つけてしまって!!」
「貴方様ならこの子を頼めると、連れて参りました!どうかこの寮に置いてやっていただけませんか?」
寮で王子達や子供達と、ぴっしり四列に並べたトランプで神経衰弱をしていた竜樹は、内心(やっと来たか•••)と思った。
オーブにはお話して、姉妹王女をとりあえず通すようにしたので、シエル王女はその辺をうろついてジロリと睨んで?いるオーブに、ひええ、とヒキながらも寮に入ってきた。靴は、怒られるから脱いだ。
「はいはい。まずは、お話聞いてみましょうねー。お嬢ちゃん、お名前は?」
「リーヴです。エクレ殿下と、シエル殿下が、街にお忍びで、いらしたときに、わたしを拾ってくださいました。お父さんとお母さんが死んだから、行くところがないのです。どうかギフトの御方様、何でもいたしますから、ここにおいてください。」
覚えた事を一気に言って、ふー、とリーヴは息を吐く。
竜樹は目線を合わせてやり、なでなで、背中を撫でてやる。
「そーなんだー。お父さんのお名前は?」
「イルです。」
「お仕事、何やってるの?」
「しんぶんの、いんさつしてます。」
ん?
姉妹王女達は、あれ?と話の流れがおかしくなってきたのに気づいた。が、口も挟めず、笑顔が固まった。
「新聞の印刷、夜なんじゃない?リーヴはお母さんと寝て、お家で待ってるの?」
「お母さんは、病気でしんだの。リーヴは一人で、お父さんをまってる。」
そうなの。えらいねー。さびしいねー。辛かったねー。
竜樹が、ゆっくり背中を撫で続けてやると。
うる、うる、リーヴの瞳は潤んでくる。
「おと、お父さん、リーヴに、ごめんねって言うの。昼間も、起きたいけど、おしごと大変で、起きれなくてごめん、って。おなかすくけど、よるごはんは、好きなもの、おみせで食べられるの。お父さんが、お仕事してるからよ。リーヴは、良い子だから、待てるのよ。」
「うん、うん、良い子だ。そんな良い子は、大丈夫にしてやらなくちゃね。ギフトの人に任せなさい。お父さんはお家にいるのかな?」
「たぶん•••あっ!」
どうしたの?
「お父さん、しんだって言わないと、ここに住まわせてもらわないと、お父さん、ころされちゃう!!!」
サーッと顔を青くさせるリーヴに。
キロリ、としょぼしょぼ目が、姉妹王女を見て、すぐにリーヴに目線を戻した。
姉妹王女の顔は、笑顔で固まったままだ。
リーヴに、ギュッとハグしてやり。
(お父さん、今日ここにいるよ。リーヴを待ってる。もうちょっと待っててね。殺されないからね。)
ヒソヒソと言ってやると。
瞳ゆらゆら、ポロリ。リーヴの頬を、涙がコロコロ溢れ落ちた。震える小さい身体を抱きあげて、とんとんしてやる。
顔が竜樹のシャツの胸に埋れて、じわり、じわりと、熱く涙が染みていく。
「エクレ殿下。シエル殿下。」
「「ひゃ、ひゃい!!」」
竜樹が、ニコニコしたまま、リーヴを抱き抱えて立ち上がる。
「お父さんを探していたリーヴちゃんを、連れて来ていただいて、ありがとうございました。こちらでお父さんは探してみますね。」
「え?ええ、そうですか•••。」
「ホホホ、•••良かったわね、リーヴ。」
「ええ。ですので、今日はこれでお帰り下さい。俺も、もっと良くリーヴちゃんに話を聞いてみるので。」
「「•••ホホ、ホホホ。」」
引き攣った顔で笑う姉妹王女に、竜樹は、ふー、と、ため息をついた。
「それとね。•••何で普通に、お願いして来れないんですかね?この事で困ってるから助けて下さい、とか、こういう事が知りたいです、とか、色々あるんでしょ、国の事って。」
「「え?」」
何を言い出した!?と、姉妹王女は口を、揃って、え、の形に開いた。
「仲良くしたいです、でも良いけど、何か普通に真正面からやって来れないのって、後ろ暗いまずい事でもあるんですか?そんなに自信がないんですか?人付き合いに。」
「「え•••。」」
プレイヤードが、自信ない、の言葉に、ぴくり、と身じろぐ。
「ワイルドウルフのお国の王様は、遠慮しながらだけど、親として真摯にアルディ殿下の身体の事を相談して下さいましたよ。忙しいけど、できる事はできるって言うし、できない事もいっぱいあるから、普通に聞いて欲しいんですけど。」
竜樹は、よいしょ、とリーヴを抱え直して。
「まあ、これから思い直して普通に接してこられても、ふーん、って思いますけど、フードゥルの国に何か思う所がある訳じゃないから、普通に国を通して、要望があったれば言ってみたら良いんじゃないですかね?王様と王妃様が、対応して下さるでしょう。」
今後は、何か裏の手を使って、俺を使って、いい目みよう、とか、やめて下さいね。もしやったら俺、金輪際、フードゥルには協力しない。
ビシリ。言われて、姉妹王女は、立ちすくむ。
「では、お帰り下さい。」
お帰りは、あちらです。
手で促されて、姉妹王女は、動けなかった。
代わりに、フードゥルの護衛騎士達が、しょんぼりと目線を下げて、竜樹に礼をした。
竜樹は構いもせず、リーヴを、タカラに、連れて行ってあげて、と渡した。リーヴは、タカラに渡されて、イヤイヤ、と竜樹の首っ玉に齧り付き、身を捩ったが、(お父さんがいる部屋に、タカラが連れて行ってくれるからね、大丈夫だよ。)と竜樹が言えば、目をこれでもかと見開き、コクリ、頷いた。
竜樹の所に、新聞の印刷所から王宮、王宮から寮へと連絡が来たのは、リーヴが攫われた日の夜、さあ寝ようか、といった時間だった。
新聞の印刷所の所長に伴われて、リーヴの父、イルが、やつれた姿に瞳を燃え上がらせて、やってきた。
2人の話を、マルサもふむふむと聞いて。
「あの姉妹なら、すぐに子供を竜樹の所へ連れてやって来るだろ。雑な計画だなぁ。どこにいるか、捜査もちゃんとするが、竜樹はここで待っていて、子供を傷つけないように確保して、対応してくれよ。」
イルはソワソワと指を握り、握り開いて握り。
「今頃どんな辛い思いをしているか•••ギフトの御方様、どうか、どうかリーヴを助けて下さい!」
頭をこれでもかと下げた。
「もちろんです!イルさん、それに、これからの生活の事も、ちゃんとしましょうね。まずはリーヴちゃんを助けましょう。」
話し合い、イルは寮に泊まって、姉妹王女を待つ事にして。
結果、まんまと姉妹は竜樹に縁を切られたのだった。
「本当に、本当に、ありがとうございます!お母さんシェルターにも、入れて下さって•••。これで安心してリーヴと暮らせます!」
イルが仕事の間、寝ているリーヴは教会で、大人が見ていてくれる。そうして、昼間イルが寝ている時も、教会が勉強やお手伝い、他の子供達のやっている仕事などさせつつ、リーヴの面倒をみる。夕方、父娘で食事をとって、今日一日の報告や、連絡、ふれあいをする。酒場に頼んで、イルは弁当を作ってもらう事にし、イルもリーヴも、1日一食からは脱する事ができ。酒場の夜の弁当は、印刷工や夜仕事の連中に結構人気になり、酒場のおかみには、お礼を言われる事となる。
そしてイルは働いているから、教会に一定の金額を払う。借金を返しながら払える、それほど高くはない額を。
そう決まって、イルとリーヴは、晴れ晴れとした顔で、係に連れられて教会へ行った。
もっと早く、ギフトの御方様のお助けに縋れば良かった、教会に行けば良かった、とイルはリーヴを撫でながら、しみじみとした。
竜樹は、テレビやラジオで、もっと片親のヘルプもやってるよ、とCMを流すべきだな、と心のメモに書き、即日、テレビで実行した。
「私たち、このままでは、国に帰れないわよ。」
「ギフトに、ピシャリとやられてしまったわね•••。」
ソファに座り、イライラと爪を弄る、姉エクレ王女。
妹シエル王女は、はふ、と息つき。
「何だか、あのギフトの地味男、うちの侍女長と同じ匂いがするわ•••。私たちのお願いも、揺さぶりも、何もかもをサラッとかわして、耳が痛い事ばっかりズバズバ言ってくる感じ。何だか通用しない感じ•••。」
「言えてるわ。」
半目で姉妹王女に、「それで?言い訳は結構です。本当は、どんな失敗をなさったのです?」と淡々と言ってくる侍女長が、2人の頭の中に浮かんだ。
「侍女長でなくとも、お説教はできるよ。」
ノックもなしに、す、と現れた男性に、姉妹王女はビクッとした。
「「お、お兄様•••何故ここに!?」」
ふー、と息を吐き、乱れた髪を掻き上げて、ソファにドカッと座ったのは。
フードゥル国の王太子で、姉妹王女の兄、カルネ・フードゥル。
半目で、侍女にお茶を頼むと、腕を組んで目を瞑った。
「飛びトカゲで特急でやってきたんだ。疲れた。」
「ま、まあ、わざわざお兄様が?な、何故?」
姉妹が、嫌な予感をひしひしと感じていると。
「何故だって?お前たちのやった失態を、謝罪すべくやってきたに、決まっているだろう!フードゥルの騎士達が、恥ずかしい事になった、と悄然としていたよ。お前達のお目付け役の騎士と、テレビ電話で話したんだ。」
「「え」」
姉妹王女が、後ろを振り返って、護衛の騎士を丸い目で見る。
「私たち、テレビ電話なんて聞いてませんわよ!」
「告げ口したのね!お前たち!!」
騎士は、しれっとした顔で、すましている。
ギロ、とカルネ王太子は姉妹王女を睨みつける。
「黙れ。パシフィストの国は、友好国全てにテレビ電話を送ってきた。それは、国同士の連携と友好を深める為のもので、お前達に遊ばせるものじゃない。知らなくて当然だ!それに、この騎士達は、基本的に私の部下だ!お前達に逆らえない事もあろうが、指揮権は私にある!報告の義務もな!」
う、と黙り込む姉妹に、王太子は被せる。
「お前達、まだあの遊びをやっていたのか。自分達の良いように、小賢しい策で、周りの人間を翻弄する。あんなのは、『本物』には通用しない!真剣に、腹を見せ合って、魂をかけて、ギリギリの話し合いをする、ユーモアをもって、最後に手を握り合う、それができないような、遊びで得しようとやってるお前達を、この国にやるのではなかった!ギフトの御方様は、さぞかし嫌な思いをしたろうよ。」
ええー!?
姉妹は、何よそれは、と言いつつ、お茶まだかしら、なんて気を散らしている。
とんとん、とん。組んだ腕の先、人差し指を立てて叩くカルネ王太子は、本気で叱らないと、と腹に力を溜める。
「私はこちらのギフトの御方様は、大変温かく、誠実な方だと聞いている。
困っていれば、手を差し伸べるに否やはない方だと。だからこそ、慎重に、我儘で振り回す事なく、尊敬をもって会うべき方だと。実直に、教えを乞う事が、何故できない?」
「だって、あんな地味な男なんかに、頭なんて下げられないわよ•••!」
「私達は、それでも手に入れれば、我が国の助けになると•••!」
言い募る姉妹王女に、分かってない、とガクリ、首を下げるカルネ王太子。
地の底から出てくる声で。
「大分地味な男とバカにしていたようだが、あちらだってお前たちのような、道理を分かってない阿婆擦れなど、欲しくもないだろうよ。国の事と、民の命とを、どちらも大事にできるのが本当に本当の本物だ。お前たちは王女というガワはあるが、中身は紛い物だったな。外交官は、改めて送るが、それをする為にも謝罪はせねばならない。王の名代として、私が参った。お前たちは、すぐに帰って国の貴族にサッサと降嫁してもらう。あまり影響もない、ほどほどの貴族にな!異論は認めない!」
「えっ!?他の国の王族にでは、ないのですか!?」
「私たちは高貴な血、国を治める者の隣に立てますわ•••!」
「その血が近すぎて、というギフトの御方様の話も、お前たちは知らないようだ。それに、ハッ!お前たちごときが、国を動かせるものか!国にも貴族にも民にも、迷惑だ!」
「酷い!お兄様!」
「ギフトを私たちの容姿で奪ったって良いじゃない•••!」
「余計な事はするな。」
すっ、と立ち、手を騎士に差し伸べる、そこに騎士が剣を乗せる。
すらり、鞘から手のひらほど、刃を途中まで抜くと。
「斬る覚悟もなく、人を物のように扱うお前たちだ。人にやった事は、自分に返ってくると言う。お前たち、謝罪の場で一言も喋るな。喋ったら、私がこの手で、殺す。安心しろ、一息にやってやる。」
ひ•••!
兄カルネは、こうと決めたら本当にやる。やる時の目をしている。
「降嫁できるだけ幸いに思え。お前たちは、私たちの国にとって、恥晒しで邪魔なんだ。それが嫌なら幽閉だ。どちらにする?」
「•••こ、降嫁します。」
「•••降嫁します、お兄様。」
「良い子だ。よく言えました。」
ニッコリ、笑って、姉妹がリーヴにしたような褒め方をしたカルネ王太子は、剣を戻し、騎士に返し、さらり、さらりと片手で姉妹王女の頭を撫でた。
「今後も、私に、お前たちの首を斬らせないよう、良い子にするのだぞ。」
サーッ、と青ざめたのは、今度は姉妹王女達になったのだ。
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