王子様を放送します

竹 美津

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本編

金貨を1枚

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「え、クマちゃん、捨ててないの•••?」

フェリスィテは、目をまん丸に見開いて、そのせいで溜まっていた涙を、またポロリと頬にこぼした。

「ええ、捨てたりしないわ。母様にとっても、大事なクマちゃんなの。フェリは、あのクマちゃんがいれば、泣いてもご機嫌になったわね。ちっちゃい手にギュッと握って、あむあむしてたわ。ねんねの時はいつも一緒だった。思い出があって、捨てられないのよ。」
父様が捨てておいてと言って渡してきたから、母様が内緒で洗って干して、繕って、お部屋に飾っておいたのよ。

「私のクマちゃん•••!」
「帰ったら、フェリに返してあげるわ。ぬいぐるみが好きだって、剣のお稽古はできるわよ。」

これにはお父さんが眉を下げて難色を示す。
「う~ん、だが、剣を志すにあたって、甘い思いは邪魔になるだろう。それを捨てて我慢して、精進するのも修行になると思うし•••。」
ムムッと睨むお母さんに、遠慮しながらだが。
うん、ストイックなそれも、そういう方法も確かにあるだろう。だけど、だけど。

「本当に、がまんするのがいいことなの?」

エフォールは、首を傾げて、売り物のピンクのクマちゃんを握って言った。

「私、私は、がまんばっかりだったの。身体は動かないし、ぜんそくで咳は出るし、調子がいい時の方が少なかった。ひ、1人でトイレにも、い、行けなかったし。がまんばっかりだった。すごく嫌だった。でも、仕方なかったから、がまんしてた。お勉強も、したよ。でも、何だか、あなぼこが身体にあいてて、何をやっても、全部そこから落ちて行っちゃうみたいな気がしてた。」

コリエが、リオン夫人が、労わる眼差しでエフォールを見守る。

「アルディ殿下もそうだったみたい。がまんして、がんばっても、うまくいかなくて。でも、ちりょうができて、色んながまん、そんなにしなくていいよ、ってなったら。友だちができて、遊んだり、好きな編み物しながらがんばればいいよ、ってなったら、あなぼこが、だんだん、なくなってきたの。そうしたら、何をしても楽しいの。ちゃんと、やったことが、お腹のなかにたまる感じがする。がんばるの、辛くない。」
だから、がまんって、本当にいい事かなあって思ってる。

「フェリスィテ君は、あなぼこないかもだけど、ぬいぐるみを大事にしながら、剣のおけいこしたら、ムカムカしないんじゃない?その方が、みんなと仲良くできて、良くないかなあ。」

うう、とお父さんは口篭った。
竜樹は、エフォールに1票入れたい。
どうするのがいいか、なんて、人によって違うけれど。切り捨てるのとは違うやり方で、やっていけるよ。

「そうだよね、エフォール君。それに、甘くて優しい、柔らかいものを捨てて、剣の道に進むのが修行だとしたら、フェリスィテ君のお父さんは、まだ子供の、柔らかい心のフェリスィテ君や、優しいお母さんも、切り捨てた方が剣には良い事になっちゃう。ストイックって、究極そういう事でしょう。」
不器用な人は、そうする人もいるかも。
でも、世界は、切り捨てた小さな優しい甘い事も、確かに存在して成り立っているから。
「何の為に剣をやるのかな。一つには、そういう、小さくて甘くて優しいものを守るためじゃないのかな、って俺は思います。だから、剣の道と反対に思えるぬいぐるみが、案外フェリスィテ君にも、いいんじゃないかな。大事なものが沢山ある人の方が、戦う時に力を貰えるでしょう。」

そう、フェリスィテ君の剣とぬいぐるみのこれは、男のロマンの切って捨てる剣豪を育てるって事じゃないんだよ。
もっと色々、不純物を含んだ、その中で、うまく成長して暮らしていくって事なんだ。

ガクリ、とお父さんは首を折って、はふーとため息をついた。
「•••確かに、確かに、私だってフェリスィテと妻を捨てて剣の道を目指せ、とは言われたくない。それがあるから頑張れるし、家に帰るとホッとする。だが、まあ、私も父や騎士団で、甘い考えは捨てろと鉄拳制裁受けながら育ってきたクチだから、どうしてもーーー。」
くしゃくしゃ、とフェリスィテの頭を撫でて。
「大事なものを守りながら戦う方が難しいんだ。でも、フェリは、そっちの方がいいのか。フェリは、ぬいぐるみと一緒がいいか?」

フェリスィテは、指を唇に当ててちょっと考えて、おずおずと口にする。
「ぬいぐるみ、一緒でも、父様みたいに強くなれる•••?」

さっ、と視線がお父さんに集まる。
腕組みをしたお父さんは、うーむ、と目を瞑って考えている。
「父様は違うやり方でしかやってこなかったから、分からない。だが、フェリがやってみたいなら、父様は、応援してやる。ちゃんと剣のお稽古するんだぞ。」
ふわぁ!とフェリスィテの顔が綻ぶ。
「はい!」

「良かったね、フェリスィテ君。」
「ありがとう!お店の君!」
「私、エフォールだよ。良かったら友だちになってね。」
「うん。」

よかったね~!
なかよしだね~!
お客さんの女の子達も、キャキャッと笑って、じゃあ、お店見させてね、と編んだアクセサリーを見比べ始めた。
フェリスィテは、結局エフォールの作ったピンクのクマちゃんをお母さんに買ってもらって、嬉しげに頬擦りしている。大人達は竜樹も交えて、子供を交流させるために、名乗りあって失礼を詫びあって。
その内、男の人でも結構かわいいものが好き、っていう人いるんですよ。女の人でもサッパリしたものが好きだったり、という話になり。竜樹が男性の作ったドールハウスの動画を見せたら、エフォールとフェリスィテが食いついて、作りたい!となったり。

コリエはそれを、ニコニコしながら見ていた。

リオン夫人がフェリスィテの両親と話を終えて、コリエにニッコリ笑いかける。
「先程は、エフォールに応援してくださって、ありがとうございます。一度、お会いしたかったですわ。私はパンセ伯爵家のリオンと申します。確か、コリエさんとおっしゃる?」
「え、わ、私の名前を•••?」
リオン夫人は耳にかかる金髪を、さらりとかきあげて、いたずらっぽい顔でエフォールに目をやる。
「ええ、存じ上げています。夫の定期的な報告書に協力していますもの。貴方は私共の家に、一つ大きな幸運を授けて下さった方だわ。いつかお礼が言いたかったの。」
エフォールの事を、幸運だと言い切った裏のないリオン夫人に、コリエはむずむず、と唇を引き結んでから。

「わ、私の方こそ、多大な御恩に預かり、どんなにお礼を言っても言い足りません。直接お目にかかり、初めてのご挨拶をさせて下さるなど、寛大なお心に感謝いたします。」
「まぁまぁ、そんな堅苦しいご挨拶は抜きにして。エフォール、先程、エフォールを応援して下さった方、コリエさんとおっしゃるの。何か記念に、お似合いのものを選んで差し上げたら?」

リオン夫人の促しで、エフォールは、はた、とコリエに瞳を向けて、じいっ、とその顔を見つめた。
コリエはドギマギ、うっすら頬を染めて、けれどエフォールの藁色の髪と飴色の瞳を眩しそうに見返して。

リオン夫人が、呼ぶ。
「エフォール?」

「•••はい、お母様。」

はた、はた、と瞬きをして、ニコリと笑んだエフォールは、続けて。
「さきほどは、お味方してくださって、ありがとうございます。うれしかったです。お店の編んだものの中から、何か、好きなのを一つ、どうかおもちください。」
「ま、まぁ、いけません!せっかく作ったものをいただくなんて。私、買わせていただきますわ!それだけの価値が、このぬいぐるみやアクセサリーには、ありますもの!」
あわわわ、と手を胸にあてて慌てるコリエに、ふふ、とエフォールは、はにかんだ。
「ありがとうございます!でしたら、お値引きいたしますね。どれがお好みですか?そのお髪に合う、白い花のコサージュとか?」

編んだアクセサリーの中でも、ちょっとボリュームのある白い花束のコサージュは、可憐でコリエによく似合いそうだ。
けれどもコリエは、ふるふると頭を振ると、残念そうに眉を下げて。
「白は、すぐ汚れてしまうから。せっかくのお品なのに、汚してしまったら、後悔しきれません。私のいる所では、編み物を洗って綺麗にはできませんし。それよりも、素敵なお色のーーー。」
この、クマちゃんが。

コリエが手で差し示したクマちゃんは。
藁色の、エフォールの分身シリーズのクマちゃんで。最初に作ったものより、手足が太く、またそれも可愛い。

「このクマちゃん、とても可愛らしくて。せっかくおすすめして下さったのに、ごめんなさい。でも、こちら、買わせていただいても?」

「ーーーそれで、ほんとに、良いですか?」

エフォールが確かめても、コリエの答えは決まっていた。

「はい!私は、このクマちゃんが良いのです!」

「ーーー金貨1枚になります。」
あれ、とリオン夫人が値札をチラッと見る。そこには、銀貨1枚、と書いてあるのだが。
コリエは喜んで、いそいそと金貨を1枚払う。そうしてお暇を告げようとした時。

エフォールが、机に両手を張って、ゆっくりと、ゆっくりと、立ち上がり始めた。手に力が入り、まだ足だけでは立っていられないが、それでも、立ち上がると。

「やっと、支えがあれば、立てるようになりました。これから、支えがなくても立てるように、歩けるように、なります!」

コリエは驚き、ゆらゆら、と瞳を揺らす。パチン、と瞬きして、ゆるゆると唇を笑みの形につくると、興奮したのを隠せないまま、上擦った声で。
「すてき。•••素晴らしいです。これから、エフォール様は、自分の足でお歩きになり、好きな事をやって、逞しくお育ちになるのね。そうなのね。そう、そうーーー。」

瞳は揺れて揺れて、けれども涙を流さず。
「ーーー今日はすてきな日です。ありがとうございます、エフォール様。」
「いいえ。クマちゃん、大事にしてください。」

ええ、ええ、きっと。
リオン様、エフォール様、ありがとうございます。

目礼をして、クマちゃんを抱えて、コリエは夢見る瞳でフラフラと帰って行く。

エフォールは見送り、また車椅子に座り込むと、ふすーっ、と息を吐いて手のひらの金貨を眺めて。
「お母様、この金貨、記念に取っておいてもいい?」
「もちろんよ。あなたの金貨だわ。」

私、邪魔だからお母様とお父様のところに貰われた訳じゃ、ないんだね。

リオン夫人はエフォールの頭を、なで、なで、撫でる。
「コリエさんは、親御さんの借金のせいで売られたと聞いているわ。あなたは、売られる前に大好きだった人と仲良くしてできた、大事な子供よ。」
「そうなんだ。」

エフォール君は、貰い子だって事を知っていたんだなあ。
竜樹は黙ってそこでコリエが見えなくなるまで見送っていた。
リオン夫人と、エフォールのお店の前で。
セリュー、ロンも、ラフィネと一緒に見送りながら、エフォールに。
「かあちゃんふたり?いいなあ。」
「ねー。」
と無邪気に羨ましがっていた。
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