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本編
おぼうし、かぶる
しおりを挟む新聞とパンを売る時の制服に、何か物足りないな、と思い、竜樹は、子供服の雑誌をしゅたたとスマホで見ていた。
帽子を被った子供モデルの写真に、そういや帽子か、と調べてみたら、新聞売りの少年が被ったという、キャスケット帽がヒットした。
うん、かわいい。イメージに合う。
「みんな、この帽子合わせたらどうかな?」
「おぼうし、かぶるの?」
「大人は、背が高いから、子供でもこの帽子被れば、いい目印になると思う!」
「帽子まで、くれるのかよ。代金は、大丈夫なのか?」
ジェムはかつかつの生活を送っていただけあって、経済観念が発達している。
「ある程度、かけるところにお金をかけるのも、商売だよ、ジェム。それに、代金は、オーダーメイドじゃなくて、セミオーダーにして、ある程度定型作ってもらうから、お値段ほどほどにしてもらう予定だよ。ね、フィルさん。」
デザイナーのフィルさん。毛先がくるんとした、えんじ色の長髪に瞳で、襟元だけがひらりとしたシャツにふわっとしたタイ、襟なしの上着。華やかだがスタイルはシェイプして、華美過ぎないのがいかにもデザイナーだ。座っている竜樹の後ろに立ち、デザインなどをメモしていたが、はい、とこっくり頷いて。
「洗い替えや、お子様ですと、成長に従って大きくもなりますから、思ったより枚数は必要でしょうね。ある程度の抑えた値段で、丈夫に、汚れが落ちやすく、夏は涼しく、冬温かく、が良いと思います。」
うんうん、と竜樹も頷く。
オランネージュは、スマホを覗き込んで、端に映っていた、猫耳がついた帽子に「ネコちゃん•••!」と反応していた。
そんなキラキラした目をしても、猫耳帽子はダメだよ、オランネージュよ。
可愛いすぎちゃうだろ!真面目な感じが必要です、と竜樹は言ったが、「私のだけ、私のだけでいいから!ネコちゃん帽子被って、最初の日だけお手伝い、したい!」と両手を組んでお願いしてきた。
「最初の日だけお手伝い、何だかジェム達に悪くない?」とネクターが、伺うように言う。
「いや逆に普段手伝う方が、おかしいから。王子様達は、式典とか、記念とか、そういう時にやるもんじゃない?」アガットが、首を傾げてツッコミした。
「わかった。分かりました。王子達のだけ猫耳にする。見分けがついた方が、護衛が楽になるから。これでどうだ、オランネージュ。」
「やったー!」
拳を突き上げての、大喜びである。
「それで、テレビで放送だな。新聞の宣伝にもなるし。王子達は、新聞とパンの宣伝のために、協力することー。」
「はーい!」
「わかったよー!」
「うん、うん、がんばる!」
竜樹の言葉に、フィルがニコニコして、デザイン案の横に、王子殿下達の分だけ、猫耳で、と注釈を入れて、グルグルと丸をした。
がたたん!
交流室の入り口ドアに、ぶつかりながら、ロシェが入ってきた。
「竜樹!オーブが、オーブが!」
ロシェの両手の上。
ピーンと脚を突っ張って、棒のようにオーブが固まっていた。
「オーブ!」
「おーぶ!?」
「えっ、まさか!」
ミランが、カメラで撮影しながら、なんて事だ•••と恐れ慄く。
ロシェは、うるうるうるっ、と涙を滲ませて、竜樹を見上げる。
「オーブ、外に出ていたから、連れてこようと思ったら、こんなで•••。オーブ、オーブ、死んじゃった!」
大事にしてたのに、可愛がってたのに!
ロシェは、オーブが好きだった。あったかくて、鼓動が速くて、抱きしめるとお日様の匂いがした。
家族といえば、同じ境遇の子供達の中で、理由もなくただ愛していい存在。そして、懐いてくる可愛いめんどり。
ロシェは一番に可愛がっていたかもしれない。みんなが、当番回ってくるのを、楽しみにはしていたが、朝起きられなくて遅くなった時など、自主的に気にかけていて、早くオーブの世話してあげて、と起こしに行ったり。当番じゃなくても、お水を頻繁に取り替えてあげたり。
そんなロシェが見つけた、オーブの固まった体。
うえ、うええ、ぐすっ、と子供達がオーブを囲んで泣き出す。大事に育ててたのに、なんで。
ぐすぐす泣きながら、竜樹に縋りついて、ロシェは、振り絞って、言った。
「こんな、つらい気持ち、知りたくなかった!そんなら、育てなかったら、よかった!ニリヤ王子が、育てるなんていうか、ら!ニリヤ王子が、悪い!!」
うわわわわん!
オーブを抱きしめて、大泣きして。
えっ と、急に矛先が向いて、ガーンとショックを受けて、オーブの事でウルっとしていたニリヤが、竜樹を見上げた。
大丈夫、大丈夫。
ポンポンとニリヤの頭を引き寄せて撫でてやり、竜樹は、「どれどれ。オーブ、見せてごらん?」ロシェを促した。
グシュグシュ泣いて、抱きしめていたオーブを、ロシェは差し出す。
受け取って、心臓の所に指をあてる。
トクトクトクトク。
「うん。 生きてるよ。」
「えっ」
「おーい、オーブ。起きな、ちちち。」
つんつん、つん。
ん? ぱち。
目を開けたオーブは、ゆっくりと固まった体を解いて、まるっと丸まった。
ココ、コココ?
どうしたの?って感じに、首を傾げた。
「寝てただけだな。ロシェ、大丈夫だろ?」
「うっ•••。」
目を見張ってオーブを見たロシェは、ポロリ、涙をこぼして。
「も、もうっ!」
「うん。」
「もう、もう、もう~~~っ!!!」
ポカポカ竜樹を殴った。
「何で、そんなで、ヒック、寝る!まぎらわしい!オーブ、もう!だめ!」
「うんうん。」
「ニリヤは、悪くなかったろ?」
オーブをニリヤに預けて、背中をポンポンしてやって。ロシェに聞けば。
「う、うん。」
悪く~、なかった!
うぐううう、と唸り、バツが悪いのか、しぶしぶ認めた。
「ハハハ、八つ当たりだ。」
「やつあたりだの?」
うるりとした目のまま、ニリヤが聞くと、「八つ当たり、だ!」と、ポカポカしながら応えた。
「ロシェ。あんまり辛かったから、八つ当たりしちゃったんだよな。それだけオーブを大事に思ってる、って事だ。」
オーブは鳥だけど、神様がくれた鳥だから、どのくらい生きるかはわかんない。でも、もしロシェが大人になる前に寿命がきて、死んじゃっても、育てたのが悪い事だった、には、ならないんだよ。
「オーブに会えて、一緒にいられて、嬉しかった事は、なくならないよ。」
生き物は死んでしまうから、飼わない。
そんな風に、竜樹は友達の家の人に言われた事がある。子猫を3匹も拾って、友達みんなで、家で飼えないか聞き回っている時だった。
今ならば、世話のことや、可愛がっている動物が死んでしまった時の辛さが嫌だから、とか、他の理由もあったと、分からなくもない。
でも、死んじゃうから飼わない、は、なんか違う、と子供の竜樹は当時、不満に思った。
だって、そんなこと言い始めたら、自分達だって、いつかは死んでしまう。
何もかも、死んでしまうからと、一緒にいないでいたら、じゃあ死ぬまでの間は、何なのだ。無かったことになるのか。
そんな事ないだろう、と思うのだ。
「オーブと出会えて、良かったって、俺は思うな。」
ニリヤを撫でながら。
ロシェは、竜樹に縋りついたまま、うん。とだけ返事をした。
「オーブを、これからも大事にしてやってな?ロシェ。みんな。それから、ニリヤ、オーブを連れてきてくれて、ありがとうな。」
「うん。大事に、する。」
「うん。」
子供達は、みんな、何だよ何だよ、とか、オーブ、もう!あんな格好で寝て!とか言っていたが、次第に、うふ、ふふふ、と笑いあって。オーブを撫でまわって、家の中に作った巣箱へ入れてやった。
オーブは、ココ、コココ!と鳴いて、みんなにすりすりしていった。
その後も、オーブは時々、ピーンと脚を伸ばして固まって寝る事があったが、その時は、そうっと心臓の鼓動を確かめて、子供達はオーブを巣箱に寝かせてやった。
またか、オーブったら。
とブーブー言いながら。
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