諏訪見町のわんこたち、時々ねこ

竹 美津

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わんこやにゃんこ達のお話:本編

おりこうなクルル

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私達のパートナーである犬達は、純粋な人と比べて、決して知能が劣る訳ではありません。

喋り方がたどたどしい、幼く聞こえる単語の連なりでしか言葉を発する事ができない、だから劣っている、とおっしゃる方もいるでしょう。
ですが、それは偏見です。

まず彼等は、言葉の代わりに情報の5割程度を、耳と尻尾、それから表情や声色、匂いなどで伝え合います。人でも行っていますが、彼等はそれでおおよそ充分なのです。口にするのは、その上くどくどしい、と彼等には思えます。
もし伝わらない事が多い、とあなたが思うなら、それはあなたの、受信アンテナの形が、ちょっとばかり犬達より大雑把にできていて、繊細な音の違いを聞き取れない。そういう事なのです。

そして、有耳有尾の者達でも、きちんとした学習を早期に始める事によって、全く人と変わらない言語能力を有する事ができるのです。
もちろん他の能力においても然りです。

それなのに、人口の約30%が何らかのアニマルの恩恵を受けている今現在であっても、従属的な見方でしか彼等と付き合っていけない人が沢山います。
彼等はあなたのアイピローやお気に入りのクッションでは、ありません。
その上、何でも言うことをきく奴隷や召し使いなどでも、ありません。
それを私は改善したいのです。

そう、私の身を以って、できることなら示しましょう。


******


クルルはおりこうにしている。していなければならない。

講演の最後はクルの番だ。難しめの言葉で喋る。ほんとうは簡単なことでも。
それが、「犬達の未来を救うの」だって、初音教授が言うからだ。

なるべく「威厳」をもって。「好感度」の高い、清潔な笑顔で。且つ、「媚びを感じさせない」ように。

その度合いはどのくらいかなあ、というのを、クルは、最初に初音教授の部屋で練習をした時から、一回も忘れた事はない。ベッドの上で、もうちょっと口の端っこあげて、そうそう、ああ、だめだめ、それじゃあ嬉しい笑顔すぎるわよ!あははは! って言った教授の笑い声、そうして丁度良かった時の、誉めてくれる、そう、言葉が、言葉がもう、クルには聞こえている。

「はじめまして、私はクルルです。初音教授の学習カリキュラムで、皆さんともっと分かり合えるよう、きちんとした言葉を学習してきました。••••••私のおしゃべりは、どうでしょう、聞きづらくはないですか?」

一息に喋る。おおおお、と声があがるのも、いつもの事だ。これはクルが考えた。最初は紙に書いて、覚えて、喋る。いつも少し、内容を変える。でないと、「ただ記憶を繰り返すスピーカー」なんだろう、と悪評叩かれてしまうから、だ。

大体喋ることが終わると、質問コーナーがあって、その時は初音教授が人を選ぶ。あんまり変な事を言う人だったら、初音教授がクルを助けてくれるけれど、なるべくそれはしないって、教授とクルルとの2人で決めていた。
クルが何とかするのが、クルの力を皆に見せる、事になるからだ。

「••••••教授は、その、クルルさんと一緒に暮らしているんですよね?お子さんも体外受精でできたとか•••。その•••、教授は68歳と聞いていますけれど、年齢の事もありますし、おっしゃってる論とご自分の家庭生活は、合ってないんじゃないですか。それからお二人のお子さんの成績なんかについても、お聞きしたいんですが。」

クルは考える。難しい言葉は、簡単な言葉に直して考えなさい。その内考えなくても、かんたんな方の意味が難しい言葉にくっついてくる。
全てはその繰り返しなの。わかる?

『歳とってるおばあさんの初音教授が、若いクルルと暮らしてるのは、なんかえろい』
『お前らの子供はバカなのかどうか』

初音教授はえろいかも。でも、こういうとこでそういうこと言っちゃ、おりこうじゃない。
それにクルだって時々えろいし。
みんなだって発情期じゃなくたって、撫でられたりぎゅうっと抱いたり、抱かれたりしたいんじゃないかなあ、と思う。

クルと初音教授の子供はバカじゃない。かわいい。
ちょっと拗ねていて、家から出ていった。大学生をやってるんだっていう。
クルは寂しい。
頬っぺたを舐めたら、好きなんだけどでも、もう子供じゃありません、って顔をした。払ったら悪いかな、っていうふうに、心の尻尾が二回位、揺れている。舐め返すのはやめて、口を噤んで、我慢する、あの目。あれはとてもかわいい。

「••••••私も教授も、お互いのできる範囲で、家族同志助け合うし、楽しく暮らしていますよ。お考えのような、一方的な関係ではありません。それから。」

この質問が終わったら、初音教授はきっと泣く。悔しくって。
言葉、言葉はきもちいいもの。時々それが鋭く痛むもの。
ふるふると振るう尻尾があるなら、元気ない時の伏せた耳があったなら、皆、教授と八千代みたいにならないのに。
八千代には、便利な犬耳も、素敵な尻尾も、付いてなかったのだ。

「うちの子供は、とってもいいこです。某大学で、なかなか真面目に、勉強しているようですよ。」

お手本の微笑み。クルの笑顔で締めくくる。

ああ、教授、泣かないで。

クルは笑いながら、もう後ろの早い呼吸と怒りの温度が伝わって辛かった。尻尾を、耳を、動かさないようにするのがとても辛くて、辛くて、この間遊んだ事やなんかを一生懸命考えて微笑んだ。
これがおしごと、でしょう、八千代。

ねえ八千代。
クルは知ってる。

まざりはじめてしまったら、もう純粋なふたつにわけることはできない。
コーヒーとミルクみたいにだ。
だから、二人の痛い気持ちも、この先、みんなが味わう痛みでしょう。
そんなの、今年は寒いよね、ってくらいのことじゃないかな。

ねえ、クルはおりこうでしょう。

難しい言葉で言わなくても、わかるんだ。

家にいるとき、そっぽむいてても。
二人の心の尻尾が、ほんとは揺れてるんだって。

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