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二章

■9.吸血鬼と人魚の家庭訪問

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私は緊張しながら、住所が送られてきた一軒家のチャイムを押す。
少し間をおいてから、インターフォンから聞き覚えのあるノアの声がした。

「すぐいくから、待ってて」
「ああ」

思ったより明るい声に安心する。
それと同時に……私の横にいるセス先生への申しわけなさが増す。

「セス先生…その…無理をいってしまって…」
「そうだね。僕は医師ではないから、診られるわけではないけれど、それでも構わないと承知のうえでの願いだからね」
「はい。いて頂けるだけで頼もしいです。でも…すみません。仕事を抜けてまで………」
「いや、いいよ。最終的に決めたのは僕だ。……それに対価は貰うつもりだし」
「はい」
「なら僕にとっても条件だ」

そういって笑ってくれたセス先生には、感謝しかない。

「ふふ」

対価だなんていったけれど、なんの事はない。五月の連休中、教員側の監督として参加するセス先生の仕事をいくつか手伝う、それだけだ。
今回の事がなくとも手伝うつもりだったそれを対価というのは、セス先生なりに、気にしなくていいという気遣いなのだろう。本当に…ありがたい。


家にいくのが放課後になった時点で…改めてノアに了承を得てから、セス先生にもきて貰えないか相談する事にした。

ノアの話では身内…兄が体調不良で寝ていて、他の家族が家におらず、寂しいと。兄を見舞ってくれるだけで心強いからとにかくきて欲しいという事だった。しかし、いく以上……出来る限り力になりたい。
私自身役立てる気がしないあたり…その…不甲斐ない限りなのだけれど…。

とにかく力を求め、身近で助けになってくれそうなセス先生に声をかけた。
そうしてセス先生は、先程の可愛らしい条件だけで、引き受けてくれ今に至る。


「お待たせトワさん!あ、えっと保健室の先生もどうも」
「どうも。養護教諭のセス・ソエットです」
「あーうん、きてくれてありがとうございます。で……その」
「うん?」
「俺と兄さんって、色々似てなかったりするんだけど、その辺は気にしないで」
「ああ、うん?」

そんな事をいうなんて、似ていないきょうだいというので、何かいわれたり…コンプレックスがあったりするのだろうか?どちらにせよ…踏み込むつもりはないけれど…。 


「病院へは…いきたくないんですよね?」
「いやーなんていうか、そこら辺ちょっと厳しくて」
「……特殊な宗教でも入っているんですか?きみの家は…」
「ん、んーあーーそんなところ?」
「はぁ…まぁ…いいですよ。興味ありませんし…。それにきみにも対価を支払って貰いますから」
「あ、五月の連休の話ですよね」
「そうですよ」
「了解です!俺、参加出来る事決まったんで、がんがん手伝います」
「面倒でやりたくもない退屈な仕事を片付ける労働力の提供には感謝します。ただ…がんがんはやめてください。暑苦しい」
「はいはいー。…あー…セス先生って冷たい人とか陰険っていわれます?」
「それを面と向かっていってくるような、生徒はいないですが…。人間って…そういうところも鈍いんですかね」
「そおかも」
「ふ……ははっ」

フェルドとの時をもう一度見ているようだ。
ゲームではないとはいえ、やはりヒロインノアと、私たちは相性がいいのだろうか?
初対面とは思えぬほど、軽快に交わされる二人の会話を聞きながら、私たちは案内される目的の場所へと足を進める。
セス先生の時間が限られている事は伝えてあるので、ノアの兄だという、リンさんの部屋へ急ぐ。



医師ではないといっていたけれど、セス先生の動きは診察をする医師にしか見えなかった。
リンさんの喉の奥を見たり、触診…心音など一通りの確認を終えたセス先生は、眠ったままだった体をまたベッドの中に戻した。

「休眠状態に入っていますね。これなら寝ているだけで問題ないでしょう」
「本当に?」
「…嘘を吐く必要がどこにあるんですか?」
「あ、いや……ごめんなさい。疑ったとかじゃなくて…」
「…まぁ種族違いの似ていないきょうだいですから、心配になる気持ちはわかります」
「あーーその……わかりーーます?」

邪魔にならないよう後ろに控えていた私は、こっそりとリンさんの寝顔を盗み見る。
確かに…顔立ちは、似ていない。

種族それがわからないのは…幼い子どもか、人間くらいでしょう」
「あーーそーーなんだ。やっぱり」
「ちなみに…僕から種族それをきみに告げたり、彼の状態を詳しく話す事はしないですよ」
「へ?なんで?」
未発達体を育てる施設学園とは、環境が違う…。三次性徴を終えた個体大人は、種族を口にしない人も多いんです。彼からきみへ明かしているか不明な以上、僕からそれらを言葉にする事はありえません」
「へーー。そういうもんなんだ」
「………はぁ。僕も身内に人間がいるので、ある程度理解しているつもりですが……本当にわからないとは厄介ですね」
「えーーあーー。でも…仕方なくない?」
「えぇ、だから不快でも説明してあげたんですよ」
「あぁそっか。ありがとうございます」
「はぁ………」

「………!」

長年培った空気K読めないの、私は必死に空気を読んだ。
なるほど…似ていないきょうだいというのは顔立ちの事ではなく、種族の違いという事だろう。
セス先生は、彼の種族がわかっているようだが……私には……その…さっぱりだった。
これも…いずれ…わかるようになるのだろうか?それにしても…私は本当に役立たずだな。
セス先生がきてくださってよかった。


二人の影からまたそうっとリンさんの様子を伺う。
この世界のノアには兄が…いる……。
ゲームとの違いを感じつつ…すぐ思い直す。いや…ゲームでもいたのかも・・・・・しれない。
私はあのゲームを部分的にしかプレイしていなかったから、知らない事もある。

そういえば、花…いや花さんと似ている犬もパッケージのイラストにいた。あれはいわゆるマスコット的な意味合いの犬だったのだろうか?
結局答えはわからない。わからないままだ。ゲームの正解内容はもう知り得ない。
けれどそれでいい…。ここは選択肢が決まっているゲームではなく、私が生きる現実なのだから。
前世過去に思い馳せてしまう事は零ではないけれど…同一視はしない。してはいけない。



その後、起きた時にたんぱく質があった方がいいというアドバイスを残し、セス先生は学園へと戻る事になった。
ノアはその見送り兼買い出しに出掛けてしまった為、…私は寝ているリンさんの横で留守番をしている。

「?」

いや…何故?私が買い出しにいってもいいのでは?
慣れない土地といっても、それくらい調べればどうとでも……疑問はあったが、ノアはとめる間もなくいってしまった。
他人様の家に残され…落ち着かず…もぞもぞと…何度も床に座り直す。
手持無沙汰ではあったけれど…誰かの家で何をする事も出来ないまま、進みがやけに遅く感じる壁の時計をずっと見ていた。


「…ん……」
「!」

あれほど、静かに寝ていたリンさんに動きがあった。
目覚めるのだろうか、ああ…でも目覚めたら部屋にいきなり知らない人がいるというのは…どうなのだろう。…あああああ…ノア早く帰ってきて欲しい。

どうしていいかわからずとりあえず立ちあがり、リンさんの元へ近づいた私は勢いよく動いた何かに体をひっぱられた。
どす…と体が何かにぶつかる。

「…けっほ………っ」

かかった衝撃に驚き、次にさっきの何かが…リンさんである事に思い至る。

「リンさん?…あの?目が覚めたのでしょうか。……あ、私は不審者ではなく、ノアさんと同じ学園の」
「……っ…っ」
「わひゃぁ!?」

呼びかけに反応はあった。けれどその反応は私にとって……つらいものだった。

「ん…ふ……………や………リ……ふふ…あっ…」
「……っ………っ」

ふんふんと、まるで犬のように…体を嗅がれている。
髪に…頬に…花さんのようなその仕草は……くすぐったがりな私にとって身をよじるような拷問だ。

「あはっ…ひゃ………ちょっ……ふ……っふふふっ……んっ」

体をうまく動かせず、リンさんの腕を振りほどく事も…体の上から逃れる事も中々出来ない。
病人と思しき人の上で、こんな……な…何をしているのだろう、私は…????

「…リ……リンさっ…あの……あっははは…ちょ……や……そこ……ふぅっ……」
「……っ…………」
「…ぁ……っ…リンさ…んっ!!」
「…………?」

何度目かの呼びかけで、リンさんの動きがようやくとまる。
そして、ばちりと…間近にある黒い瞳と…視線が合った。

「リ…ンさん?」
「………ワン!!」
「え?」

その…ワンをいったあと……リンさんはさっきまでの動きが嘘のようにぱたりと寝てしまった。
買い出しから戻ったノアに…一度目が覚めた事は伝えたが………、嗅がれた事はいえなかった。
……私は…あんなに嗅がれるほど…臭いのだろうか……。
帰り次第体を洗う事を誓い、ノアと入れ替わるよう家を出た。
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