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一章
■1.吸血鬼の生徒会長
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妹と仲がよかった。
そんな妹が年頃になって、乙女ゲームというものにはまった。
人気作であるらしいそれは、主人公のパラメーター…才能の育成が必要で、それらを上げる為に必要なミニゲームがふんだんに盛り込まれており、そういった事が苦手な妹はたびたび私へと助けを求めてきた。
女性が数々の男性と恋をする…。
男性たちから甘いささやきを……画面越しとはいえ、同じ男性である私が受けるような状況に、面映ゆくはなったものの、物語を読むようなものだと思えば、プレイする事に問題はなかった。
「お兄ちゃーーーーん!お兄ちゃぁあああーーん!」
妹の声が徐々に近づき、私の元へとやってくる。
その元気な様子に嬉しくなり、くすりと笑いながら、体を起こす。
「……またかい?」
「ん~~~まただよぅ…。お兄ちゃんに途中までやって貰ったのに…またこのルートにいっちゃった」
「ああ…」
そうして、妹が私へと差し出した携帯ゲーム機の画面に映し出される絵は、見覚えのあるものだった。
私も何度この画面を見ただろうか。
画面の右上に出ているマークも、彼の話へと進んだ事を告げている。
「も~~~なんでかなぁ~~そんなに一気にパラメーター下がるとか思わないし~~ぎりぎりいけるかと思ったら、お兄ちゃんから引き継いでから、どーーーんだよ!どーーーん!!!」
妹の元気に振り回された腕が、そのどーーんを表現する為に大きく下に動く。
「あーーーもう~~~オートセーブ機能がやり直しを許さないって~どうなのそれ!?ユーーザーに優しくないよぉ!」
妹は引き続き不満をこぼし、その度に画面の中の彼も振り回されるという、…少し気の毒な扱いを受けているように見えたが、別に画面の中の彼を妹が嫌っているわけではない。
ただ、妹は彼との恋をすでに終え、他の人との恋を楽しみたかった。それだけだ。
そうして私がその画面に見覚えがあるのも、妹がまた彼の元へ進んでしまったのも、ひとえに彼の存在が救済だからに他ならない。
そう、救済だ。
彼の話…ルートは一定の育成期間終了後に、主人公の能力が目標値に達成しなかった場合に進む事になる。
もちろん、そのルートでも恋は出来る。
そう…今…画面でこちらに微笑んでいる相手、このゲームのメインヒーローでもある彼……生徒会長トワ・ルトエとの恋を。
私、トワ・ルトエは、この…様々な種族が通う学園の、生徒会長を務めている。
そうして何の因果か、前世の記憶というものを持って生まれた。
前世の私は日本という、こことは違う国…いや違う世界で暮らす普通の人間だった。
そう…人間だ。今の私とは…違う…ただの人間…。
今世の私……トワ・ルトエは吸血鬼である。
しかし吸血鬼として生まれたものの、他種族を襲い血液を啜るような事はなく、サプリのような凝固血液を定期的に摂取する他は、食事も基本的な生活も前世と変わらず、日光もにんにくも、十字架も苦手にはならなかった。
学園での毎日は忙しく、充実した生活を送れていると自負している。
……ただ充実している一方で、悩みがないわけではない。
その悩みは、私が持つ前世の記憶にまつわるもので、…その…この学園での生活…いやこの世界を、乙女ゲームというもので体験した記憶があるというものだ。
何を馬鹿な、と何度も思ったが、まだいった事のない学園施設に見覚えがあったり、過去回想としてゲーム内で語られたものと、同じような事がおこったりなどをいくつか重ねていけば…、否定するのは難しかった。
つまり私は前世でゲームとして接した世界に、生まれ落ちてきたのだ…と。
前世、ゲームの中で語られていた時と同様、この世界は多種多様な種族が暮らしているものの、文明や文化、学園生活などは前世の日本と酷似している。
不思議ではあったが、この点については…正直とてもありがたかった。前世の生活を知っていて、かけ離れた環境に耐えられる自信がなかったからだ。
そうして自分がこの世界を知っていて、これから始まる物語に登場するキャラクターの一人に生まれたからといって、私がこれまで何か特別な行動をおこしたのかといえば、そんな事はない。
生まれ…育ち…学び…、大きな事件もなく、生を楽しんでいる。
それに私は前世の妹との約束を果たす為に、今度こそ生を、全うしたい。
それを果たす為には、世界が違っていようとも問題はなかった。
しかしそうして今を生きる私を遮るように、悩みは大きくなり、そして…ついに今日を迎えてしまった。
今世が、ゲームの世界だとするなら……。
いや前世の世界でゲームとして語られていたものと同じだとするなら……、果たして登場キャラクターは…どういう流れを歩むのだろうか?
「…………」
私は、目の奥の鈍痛を少しでも誤魔化そうと…一度足をとめ、視界を閉ざす。
今日…この日…学園の入学式がある。
…ゲームの主人公であるヒロインの女性が入学してくる日だ。
この世界は今世の私にとって、もちろんゲームなどではない。
それは、ヒロインである彼女にとっても…だ。
彼女はゲームのように、何周も好きな相手と色々な恋を楽しめるわけではない。
繰り返す事はなく、時間は…一つ。
と、いう事は…。
…その…ひょっとして…もしや……最も攻略しやすい…私と恋をする事になるのだろうか?
そうして、私は彼女に恋をしてしまうのだろうか?
過去の歴史がすでに決まっているように……?
「………」
いや違う。あれはあくまで前世のゲームの中での話にすぎない…。
そう……。そのはず…で。
だというのに……。
彼女との出会いをきっかけに、自分が変わってしまうのではないか…。
私という異物は消え、ゲームのトワ・ルトエ…いや本来の…正しい彼になるかもしれない。
…考えすぎだ。何度そう思っても胸にたまっていく焦燥は消えない。
少しでも憂いを振り払おうと、私は再び足を動かす。
そうやって辿り着いた先は、物語の幕開けとなる入学式の会場…。
「………っ」
扉を開き……まだ人気のない会場へと私は進む。
そんな妹が年頃になって、乙女ゲームというものにはまった。
人気作であるらしいそれは、主人公のパラメーター…才能の育成が必要で、それらを上げる為に必要なミニゲームがふんだんに盛り込まれており、そういった事が苦手な妹はたびたび私へと助けを求めてきた。
女性が数々の男性と恋をする…。
男性たちから甘いささやきを……画面越しとはいえ、同じ男性である私が受けるような状況に、面映ゆくはなったものの、物語を読むようなものだと思えば、プレイする事に問題はなかった。
「お兄ちゃーーーーん!お兄ちゃぁあああーーん!」
妹の声が徐々に近づき、私の元へとやってくる。
その元気な様子に嬉しくなり、くすりと笑いながら、体を起こす。
「……またかい?」
「ん~~~まただよぅ…。お兄ちゃんに途中までやって貰ったのに…またこのルートにいっちゃった」
「ああ…」
そうして、妹が私へと差し出した携帯ゲーム機の画面に映し出される絵は、見覚えのあるものだった。
私も何度この画面を見ただろうか。
画面の右上に出ているマークも、彼の話へと進んだ事を告げている。
「も~~~なんでかなぁ~~そんなに一気にパラメーター下がるとか思わないし~~ぎりぎりいけるかと思ったら、お兄ちゃんから引き継いでから、どーーーんだよ!どーーーん!!!」
妹の元気に振り回された腕が、そのどーーんを表現する為に大きく下に動く。
「あーーーもう~~~オートセーブ機能がやり直しを許さないって~どうなのそれ!?ユーーザーに優しくないよぉ!」
妹は引き続き不満をこぼし、その度に画面の中の彼も振り回されるという、…少し気の毒な扱いを受けているように見えたが、別に画面の中の彼を妹が嫌っているわけではない。
ただ、妹は彼との恋をすでに終え、他の人との恋を楽しみたかった。それだけだ。
そうして私がその画面に見覚えがあるのも、妹がまた彼の元へ進んでしまったのも、ひとえに彼の存在が救済だからに他ならない。
そう、救済だ。
彼の話…ルートは一定の育成期間終了後に、主人公の能力が目標値に達成しなかった場合に進む事になる。
もちろん、そのルートでも恋は出来る。
そう…今…画面でこちらに微笑んでいる相手、このゲームのメインヒーローでもある彼……生徒会長トワ・ルトエとの恋を。
私、トワ・ルトエは、この…様々な種族が通う学園の、生徒会長を務めている。
そうして何の因果か、前世の記憶というものを持って生まれた。
前世の私は日本という、こことは違う国…いや違う世界で暮らす普通の人間だった。
そう…人間だ。今の私とは…違う…ただの人間…。
今世の私……トワ・ルトエは吸血鬼である。
しかし吸血鬼として生まれたものの、他種族を襲い血液を啜るような事はなく、サプリのような凝固血液を定期的に摂取する他は、食事も基本的な生活も前世と変わらず、日光もにんにくも、十字架も苦手にはならなかった。
学園での毎日は忙しく、充実した生活を送れていると自負している。
……ただ充実している一方で、悩みがないわけではない。
その悩みは、私が持つ前世の記憶にまつわるもので、…その…この学園での生活…いやこの世界を、乙女ゲームというもので体験した記憶があるというものだ。
何を馬鹿な、と何度も思ったが、まだいった事のない学園施設に見覚えがあったり、過去回想としてゲーム内で語られたものと、同じような事がおこったりなどをいくつか重ねていけば…、否定するのは難しかった。
つまり私は前世でゲームとして接した世界に、生まれ落ちてきたのだ…と。
前世、ゲームの中で語られていた時と同様、この世界は多種多様な種族が暮らしているものの、文明や文化、学園生活などは前世の日本と酷似している。
不思議ではあったが、この点については…正直とてもありがたかった。前世の生活を知っていて、かけ離れた環境に耐えられる自信がなかったからだ。
そうして自分がこの世界を知っていて、これから始まる物語に登場するキャラクターの一人に生まれたからといって、私がこれまで何か特別な行動をおこしたのかといえば、そんな事はない。
生まれ…育ち…学び…、大きな事件もなく、生を楽しんでいる。
それに私は前世の妹との約束を果たす為に、今度こそ生を、全うしたい。
それを果たす為には、世界が違っていようとも問題はなかった。
しかしそうして今を生きる私を遮るように、悩みは大きくなり、そして…ついに今日を迎えてしまった。
今世が、ゲームの世界だとするなら……。
いや前世の世界でゲームとして語られていたものと同じだとするなら……、果たして登場キャラクターは…どういう流れを歩むのだろうか?
「…………」
私は、目の奥の鈍痛を少しでも誤魔化そうと…一度足をとめ、視界を閉ざす。
今日…この日…学園の入学式がある。
…ゲームの主人公であるヒロインの女性が入学してくる日だ。
この世界は今世の私にとって、もちろんゲームなどではない。
それは、ヒロインである彼女にとっても…だ。
彼女はゲームのように、何周も好きな相手と色々な恋を楽しめるわけではない。
繰り返す事はなく、時間は…一つ。
と、いう事は…。
…その…ひょっとして…もしや……最も攻略しやすい…私と恋をする事になるのだろうか?
そうして、私は彼女に恋をしてしまうのだろうか?
過去の歴史がすでに決まっているように……?
「………」
いや違う。あれはあくまで前世のゲームの中での話にすぎない…。
そう……。そのはず…で。
だというのに……。
彼女との出会いをきっかけに、自分が変わってしまうのではないか…。
私という異物は消え、ゲームのトワ・ルトエ…いや本来の…正しい彼になるかもしれない。
…考えすぎだ。何度そう思っても胸にたまっていく焦燥は消えない。
少しでも憂いを振り払おうと、私は再び足を動かす。
そうやって辿り着いた先は、物語の幕開けとなる入学式の会場…。
「………っ」
扉を開き……まだ人気のない会場へと私は進む。
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