ここは蠱毒の壺の中

三章

3.調査と深夜の攻防戦

「ちょっ。待ってよワンコロ～」
「…あ？」
「こっちはワンコロみたいに夜目利かないってのー。もうちょっと速度落として」
「……………」
「うわ、素で忘れてたな。ワンコロ」
「あぁ」
「ぐ…素直だな」

「……それでどう見る？」
「えーーえーーー…切り替えはっや」
「……」
「は～～ま、そーね。クロチャンの件といい。結界を利用して、何かしら仕込んでるっぽいね」
「お前でも、それ以上わからないのか…」

おれはそう言われて、むっとする。
こちとらその辺は担当外だぞ！！でもやっぱり悔しかったから、紫煙を吸い込むように深く深く息をした。……力が体に巡るのがわかる。
「………」
…あーー…昂っちゃうなあ。

「おい、あまり…」
酩酊めいていしているようなおれを見て、ワンコロが声を掛けてくる。
「ん、大丈夫大丈夫。あーーークロチャン抱きて～～」
「…どこが大丈夫なんだ」
「言うだけで抱きにいってない所？」
「…は？」
「我慢出来てるだけ、冷静って事じゃん」

「……はぁ…それで？何かわかったか」
「ん…そうね～。なんかごっちゃごちゃに弄っちゃったせいで…ぶっちゃけこれ相手の意図とも違う方向に動いちゃってんじゃないの？」
「厄介だな」
「厄介だねえ」
「……」
「残りにまだ…いる・・可能性は？」
「新しく手に入れた名簿は、お前も見ただろう」
「あの狂信者リスト？見たけどさ」
「なら…もういない」
「…ん～～」
「リストに、残りの生徒の名前はなかった」
「ま、三人死んじゃったのは可哀そうだし。残りを疑いたくないのもわかるけどさ～」
「…………単に死んだんじゃない。よりによって生徒同士で事を起こさせた…」
「ああ。ワンコロ的には、そっちも尾を引いてるのか」
「………」
「気にしいだね～」
「……」
「この世界の人間の沸点が低いのは知ってんでしょ。何せ元・が元・だし」
「…」

「別にそれが悪いってんじゃないでしょ。それにおれは一いちと二にと六ろくの行動は正解だと思うよ？命狙われたらやり返すべきだよ」
「………お前はこっちに馴染み過ぎだ」
「だってもうこっち側だもん。ワンコロが変なんだよ」
「………」
「は～～抗あらがうねえ～～」
「うるせぇ」

「じゃあさ、あの子の事は？恨んでる？」
「………別に…。お前は？」
「え？おれも別に。そもそもおれは自分の意志できたようなもんだし」
「…そうか」
「なんかワンコロとの付き合い長いのに…こんな話すんの初めてだね」
「あぁ」

「ま、これから同じお嫁さんを持つわけだし、交流ももっと必要かなあ」
「気色わりぃ…」
「…おれはしてもいいよ？ワンコロの事は昔から好きだったしね」
「気っ色わりぃ……」
「あははっ…あ～～話が長くなっちゃった。もういいよね？帰ろうよ。クロチャンに会いたーーーい」
「…………………………あぁ」
「うわ、むっつり」

「あ？」
「クロチャンに会いたいって言葉で、何思い浮かべたの？」
「………」
「え？何言葉に出来ないようなエロ方面！？」
「……馬鹿か。…………寝顔だ」
「あはっ寝顔か。思ったより健全だった」
「……………」
お、その顔はただの寝顔じゃなかったのかな？ま、いいや。からかうのはこれ位にしてあげる。
だって早く本物みたいもんね。





「あ～～～ただいまー」
「おい、静かにしろ」
無事ついたエントランスで馬鹿が深夜にもかかわらず、声を上げた。
「え？もう皆みんな寝てるだろうし。大丈夫でしょ」
寝ているからこそ…静かにすべきじゃないのか…。

導くように並ぶ非常灯を辿り、自室へと近づく。
「あっれ？」
夜目が利かないと言っていた馬鹿も、変化に気づいたようだ。
「外れているな」
あいつの部屋に掛けていた鍵が外されていた。

一見すると何もないように見える。だがよく見てみれば、ばきばきに押し潰され小さな塊にされた鍵が床に落ちている。
「凄いねえ、ワンコロの鍵…外すなんて。誰だろ？」
「………」
確かに、これは部屋の中のあいつには出来ない。

先程、無神経な声を上げたとは思えないような繊細さで、音もなく部屋の扉を開けた馬鹿は、中を覗いて戻る。
「ううん？中身は呑気に…すやすや可愛らし～く寝てました」
「…そうか」
鍵が開いても自分から戻ってきたのか。どうしてだかその事が嬉しい。
「うわ…ワンコロ」
「なんだ」
「顔、悪そうな感じで笑ってる。やめなよそういうのクロチャンに見せないでね」
「………そ、うか」
いや、お前に言われたくもないが…。

「ま、んじゃさ。とりあえずお宝は無事だったみたいだし？今日はもう寝ようか～さっすがにおれも眠いよ」
ふあああと大きなあくびをして、馬鹿が自室として使っている部屋に入ろうとする。

「そうだな」
「って…ちょっちょっと待てえええい！？」
「なんだ」
「いや、なんだじゃないよね？どこ入るんだワンコロよ。きみの部屋はその隣じゃないかな？？？」
「…こいつの部屋だが」
「んんんん～…えーといやさ。なんで？」

「鍵が壊れている」
「…んんんん～？で？」
「安全の為、こいつの部屋で寝る」
「…いや大丈夫じゃない。ていうかやめよ？やめてあげよ？」
「？」
「おれが言うのもなんだけど、クロチャンにも一人の時間は必要だよ？しかももう寝てるしさ」
「別に起こすつもりはない」
「…でもベッドで一緒に寝る気だよね」
「防犯上その方がいいだろう」
「……真面目の皮をかぶった変態がいるよ」
「あぁ？」

なにが変態だ馬鹿。起こすつもりはねぇ。ただ横で寝るだけだ…。鍵が壊れた以上、その方が安全だろうが。
そうだ…ただ横で寝るだけですむはずだ………。
「あ、駄目だ。こいつ。いい、わかった。おれもクロチャンの部屋にいく。そして阻止する」
「いらねぇ」
「防犯上ならおれもいたほうがいいじゃん」
「一人いりゃ十分だ」
「やっぱ…駄目だ…こいつ」
「は？」
「もういい決めた。ほら行くよ～今夜はただ！眠るぞ～～～」
「あ、おい」
そう言って馬鹿は早々に部屋に入ってしまう。仕方がない。こうなったあいつはどうにも出来ない。
仕方がない…ので、狭いベッドに三人で寝た。





「…ぇえ？」
体が動かない。別に金縛りとか筋肉痛とかそういう訳じゃなくて。ベッドの左右に先生達がいて動けない。
え？え？どういう事？なんで？
はっと体を確認してみたが、服も着ていたし、特にそういう…そういう系の事があった様子はない。
「え、と」
身じろいでみれば、左側にいた兄先生がとろんと目を開けた。凄く眠そうだ。

「あ～～～～クロチャンおはよう…」
「おはよう？」
なんでいるのか聞きたかったが、彼はすぐにむにゃむにゃと…、おれ頑張ったよ悪戯しようとするワンコロを抑えてクロチャンの安眠を守ったから…と言ってまた寝てしまった。

え？どういう事？？

「…夢の話かな？」