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三章
2.ワンワンワン
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扉の向こうに現れた九と共に、非常灯だけの薄暗い廊下をゆっくり進む。
「九…」
周りの静けさに合わせるよう、自然潜めた声が出る。
「ん、何」
それは俺の腕をひっぱる少年も同じようで、やっぱり同じように声は小さい。
「どこ行くの?」
「オレの、部屋」
九の部屋?なんだ…少し拍子抜けだ。流石に外に出たら先生に凄く怒られそうだし、何より最弱としては妖怪も怖い。だから行先によっては…と緊張していたのだけど、九の部屋ならまったく問題ないだろう。
所詮、同じ建物内の移動だ。足音をたてないようゆっくり歩いても、時間を掛けず目的地へと到着出来た。
「入って」
前と同じように、生活感のない部屋に足を踏み入れる。椅子がないからと言われ九と二人、隣り合わせでベッドに腰かける。
その後九はただ前を向いて、静かにしていた。彼から声を掛けてくれるのを待とうと、俺も九に倣い口を閉ざす。
コチコチと壁の時計から秒針の音だけが聞こえる。
そういえば九はどうやって俺の部屋の鍵を開けたんだろう?兄先生みたいなマスターキーじゃないだろうし…そもそもあれは南京錠だしなぁ?などと考えていたら、横から九の声がする。
「そろそろ」
「?」
何がだろう…と思い見てみれば、そわそわと落ち着かなそうに九の体が揺れていた。
ぶるりと体を震わせ九の輪郭がぶれる。
「な…」
あっという間に体積は減り、少し小さくなった九は邪魔になった服を器用にどけた。
「え……?」
目の前にいる九はハッハッハと舌を動かし、こちらを見ている。
「九…?」
起きた現象が信じられなくて、名前を呼べば。ァオンと犬の声がした。
「……ぇええ?」
戸惑う俺に、九はベロリと舌を這わせる。
「わっくすぐった」
顔を舐められ、こそばゆさに笑えば、気をよくした彼は顔中を舐め始める。
「ちょ、ちょ…わ…ぷ!?ふ…ははっやめ…」
「クゥ…オン!」
逃れようと背を逸らせば、追いかけられベッドに沈められた。そうして今度は俺の上に乗り、またベロベロと顔を舐めまわされる。
「も……九くすぐった…」
散々舐めて気が済んだのか、暫くして彼は退いてくれた。
「えーっと九なんだよね?」
「うん」
「シャベッタ!?」
あ、え?喋れるのか。今まで何も言ってくれなかったから、てっきり喋れないのかと…。
「?…喋るよ」
「そ、そうなんだ」
「クロは、変な事言うね?」
あぁ…また異世界の常識というやつかぁ…。
「なんで犬に?」
「狼」
「あ、え?」
真っ黒だし、俺のイメージしていた狼より可愛らしかったので、てっきり犬かと。
「おお、かみっ」
九としては、大きな違いがあるらしく、犬と言われた時に、獣の顔なのに眉間にしわが寄るのが見えた。
「…えーと、なんで狼の姿に?」
「オレの祖は、狼」
「??」
また異世界の常識というやつかなぁ…。
「ごめん、九。俺ほらここにきた時に…忘れちゃって」
本当は知らないんだけど…。彼らには事故のせいで、この世界の常識を失ってしまった残念な迷子と思われているので、それに乗っかる。
「そ、う」
九はどこから話せばいいのか迷うように、空を見つめてから口を開いた。
「子ど…幼………大人になる前の、オレ、みたいなのは」
兄先生にからかわれたのが尾を引いているのか、子どもとか幼いという言い方を頑なに避けたな。
「夜になると、祖…大元の、妖怪に近い姿に、なる奴がいる」
「………」
うん…色々と。うん?
「妖怪?」
「?」
俺が疑問を持った部分が理解出来ないんだろう。問いかけにも何故それを訊かれるのかわからないようで、?と疑問が狼の…九の顔に浮かんでいる。
「いや、いいよ。それで」
この部分は…あとで先生達に訊いてみよう。
「この姿を…」
「うん」
「見られたら、殺さなきゃ、いけない」
「ぇええ…」
突然の殺害予告。
「親…とか、そういうのは、見ても、いい」
「うん」
「あとは、同じ、一族も」
「うん?」
…ひょっとして、始め食堂で聞いた消灯後に異性の部屋に行かないっていうのは…これが関係していたのかな?そうなると異性所か、そもそも夜…子どもの部屋に行くような事自体ありえないというのが、この世界の常識?
そ、そうかも。そうするとあの時向けられていた、何言ってんだこいつ?の視線が説明つく。
一応禁止もされているけど、そんな事をする奴はいないって話だったのか。あぁああなるほど。
「それと」
「あ、うん」
「将来、番う予定の、相手は、大丈夫」
「うん?」
………うん?番う??
「クロ」
「はい?」
「殺されたく、ないよね」
「そ…」
…りゃ突然殺されたくはないけど?
「なら、オレと、番いに、なろう」
「そ…」
…れは?どういう?え?ぇぇえ?
すりと、狼なのに…猫のようなしなやかさで、九は俺にすり寄った。
「ふ…」
獣特有の体温と、毛皮が気持ちいい。狼になんて触った事がないから、興味がある。そうっと頭に手を置けば、クゥと甘えるような声がした。そのまま毛並みに沿って撫でる。
「……ゎううう」
「……」
最高か。気持ちよさそうに眇められた瞳は可愛くて、つい絆されそうになる。番い…かぁ。
いやいや、絆されている場合じゃない。
「いやあの、九」
「断るの?」
答えを聞くのを拒むように、ぐあと口を大きく開かれ、首元に牙が寄せられた。
「……ぇえ」
もう、殺されるの?
ただ、九からは、先生達から感じた事もある怖さ…殺気みたいなものは感じられない。そのせいか甘えの延長線上にいるようで、恐怖はない。
案の定本気ではなかったようで、すぐ口を離した九は懇願するようにこちらを見ている。
それでも受ける事は出来ないと、心があっさりと決断を出す。
「ごめんな九」
「………わかった」
それで殺されるのかといえば、そんな事はなく、しおしおとしてしまった犬…じゃない狼に別れを告げて、俺は部屋に戻る。
「あ、鍵…」
外からの掛ける鍵を内側から出来るはずもなく、まぁいいかと南京錠の事は頭の隅に追いやり、寝る事にした。
「九…」
周りの静けさに合わせるよう、自然潜めた声が出る。
「ん、何」
それは俺の腕をひっぱる少年も同じようで、やっぱり同じように声は小さい。
「どこ行くの?」
「オレの、部屋」
九の部屋?なんだ…少し拍子抜けだ。流石に外に出たら先生に凄く怒られそうだし、何より最弱としては妖怪も怖い。だから行先によっては…と緊張していたのだけど、九の部屋ならまったく問題ないだろう。
所詮、同じ建物内の移動だ。足音をたてないようゆっくり歩いても、時間を掛けず目的地へと到着出来た。
「入って」
前と同じように、生活感のない部屋に足を踏み入れる。椅子がないからと言われ九と二人、隣り合わせでベッドに腰かける。
その後九はただ前を向いて、静かにしていた。彼から声を掛けてくれるのを待とうと、俺も九に倣い口を閉ざす。
コチコチと壁の時計から秒針の音だけが聞こえる。
そういえば九はどうやって俺の部屋の鍵を開けたんだろう?兄先生みたいなマスターキーじゃないだろうし…そもそもあれは南京錠だしなぁ?などと考えていたら、横から九の声がする。
「そろそろ」
「?」
何がだろう…と思い見てみれば、そわそわと落ち着かなそうに九の体が揺れていた。
ぶるりと体を震わせ九の輪郭がぶれる。
「な…」
あっという間に体積は減り、少し小さくなった九は邪魔になった服を器用にどけた。
「え……?」
目の前にいる九はハッハッハと舌を動かし、こちらを見ている。
「九…?」
起きた現象が信じられなくて、名前を呼べば。ァオンと犬の声がした。
「……ぇええ?」
戸惑う俺に、九はベロリと舌を這わせる。
「わっくすぐった」
顔を舐められ、こそばゆさに笑えば、気をよくした彼は顔中を舐め始める。
「ちょ、ちょ…わ…ぷ!?ふ…ははっやめ…」
「クゥ…オン!」
逃れようと背を逸らせば、追いかけられベッドに沈められた。そうして今度は俺の上に乗り、またベロベロと顔を舐めまわされる。
「も……九くすぐった…」
散々舐めて気が済んだのか、暫くして彼は退いてくれた。
「えーっと九なんだよね?」
「うん」
「シャベッタ!?」
あ、え?喋れるのか。今まで何も言ってくれなかったから、てっきり喋れないのかと…。
「?…喋るよ」
「そ、そうなんだ」
「クロは、変な事言うね?」
あぁ…また異世界の常識というやつかぁ…。
「なんで犬に?」
「狼」
「あ、え?」
真っ黒だし、俺のイメージしていた狼より可愛らしかったので、てっきり犬かと。
「おお、かみっ」
九としては、大きな違いがあるらしく、犬と言われた時に、獣の顔なのに眉間にしわが寄るのが見えた。
「…えーと、なんで狼の姿に?」
「オレの祖は、狼」
「??」
また異世界の常識というやつかなぁ…。
「ごめん、九。俺ほらここにきた時に…忘れちゃって」
本当は知らないんだけど…。彼らには事故のせいで、この世界の常識を失ってしまった残念な迷子と思われているので、それに乗っかる。
「そ、う」
九はどこから話せばいいのか迷うように、空を見つめてから口を開いた。
「子ど…幼………大人になる前の、オレ、みたいなのは」
兄先生にからかわれたのが尾を引いているのか、子どもとか幼いという言い方を頑なに避けたな。
「夜になると、祖…大元の、妖怪に近い姿に、なる奴がいる」
「………」
うん…色々と。うん?
「妖怪?」
「?」
俺が疑問を持った部分が理解出来ないんだろう。問いかけにも何故それを訊かれるのかわからないようで、?と疑問が狼の…九の顔に浮かんでいる。
「いや、いいよ。それで」
この部分は…あとで先生達に訊いてみよう。
「この姿を…」
「うん」
「見られたら、殺さなきゃ、いけない」
「ぇええ…」
突然の殺害予告。
「親…とか、そういうのは、見ても、いい」
「うん」
「あとは、同じ、一族も」
「うん?」
…ひょっとして、始め食堂で聞いた消灯後に異性の部屋に行かないっていうのは…これが関係していたのかな?そうなると異性所か、そもそも夜…子どもの部屋に行くような事自体ありえないというのが、この世界の常識?
そ、そうかも。そうするとあの時向けられていた、何言ってんだこいつ?の視線が説明つく。
一応禁止もされているけど、そんな事をする奴はいないって話だったのか。あぁああなるほど。
「それと」
「あ、うん」
「将来、番う予定の、相手は、大丈夫」
「うん?」
………うん?番う??
「クロ」
「はい?」
「殺されたく、ないよね」
「そ…」
…りゃ突然殺されたくはないけど?
「なら、オレと、番いに、なろう」
「そ…」
…れは?どういう?え?ぇぇえ?
すりと、狼なのに…猫のようなしなやかさで、九は俺にすり寄った。
「ふ…」
獣特有の体温と、毛皮が気持ちいい。狼になんて触った事がないから、興味がある。そうっと頭に手を置けば、クゥと甘えるような声がした。そのまま毛並みに沿って撫でる。
「……ゎううう」
「……」
最高か。気持ちよさそうに眇められた瞳は可愛くて、つい絆されそうになる。番い…かぁ。
いやいや、絆されている場合じゃない。
「いやあの、九」
「断るの?」
答えを聞くのを拒むように、ぐあと口を大きく開かれ、首元に牙が寄せられた。
「……ぇえ」
もう、殺されるの?
ただ、九からは、先生達から感じた事もある怖さ…殺気みたいなものは感じられない。そのせいか甘えの延長線上にいるようで、恐怖はない。
案の定本気ではなかったようで、すぐ口を離した九は懇願するようにこちらを見ている。
それでも受ける事は出来ないと、心があっさりと決断を出す。
「ごめんな九」
「………わかった」
それで殺されるのかといえば、そんな事はなく、しおしおとしてしまった犬…じゃない狼に別れを告げて、俺は部屋に戻る。
「あ、鍵…」
外からの掛ける鍵を内側から出来るはずもなく、まぁいいかと南京錠の事は頭の隅に追いやり、寝る事にした。
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