青い扉と銀の鈴 - 世間知らずのお嬢様と魔王討伐の生き残りと魔王の息子とが出逢った頃の物語

仁羽織

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セケンシラズとショタとオジサンとが会話して噛みあわないのは偶然?

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 「あいつらの母親は、三人目を産んだ時に逝っちまった。俺がこんな仕事から離れられないばっかりに無理させたんだろうな。結婚するときに、子供をちゃんと大人になるまで育て上げたいって言ってたんだよ。それなのに、そうさせてやれなかった…。」

 なんとなくお父様のことを思い出した。うちの父は母をとても気遣っていて、少しでも具合が悪いとすぐに休ませて家事をしはじめる。仕事で問題を抱えている時も、私が学校でイジメにあっていたことを相談した時も、最優先は母だった。そんな父を見て、母はいつも幸せそうに過ごしていた。

 「その一番上の小僧がな、ある時から逆にイジメられる側に回っちまっていたんだ。けれど俺は仕事を最優先してろくに家にも帰れなかったし。全部に気づいたのは、あいつが書置きを残して学校の屋上から飛び降りちまったあとのことだった。」

 思いもよらない話に胸が詰まる。そんな、あってはならないできごとが降りかかって、どんな思いだったろう…。

 「それから、俺は下の二人の子を育てていく自信をなくした。逃げたと言ってもいい。そうしてそのことを認めたくなくて、こうやって仕事に没頭して、残る子供らを守らなきゃとそれだけで、今までやってきたんだ…。」

 思わず涙がこぼれた。夫婦としてその片翼を失って、父として子を失って。おそらく私になんか想像もできない絶望感だろう。それでも子はまだいる。絶望に呑まれるわけにはいかない。そうしてこの人は生きてきたんだ、どれくらいの時を…。

 そのとき、馬車の中からお子様が顔を出して言った。

 「お二人とも、砂漠の夜はとても冷えます。これからテントを張りますので、できればお手伝いいただけないでしょうか?」

 涙を拭きながら私はうなづいた。馬車の上のオジサンも、無言のまま降りてきてテントづくりを始めた。



 思いもよらない深さをもって、人はその人生を生きている。そう教えてくれたのは、教育係のヨホ・マジノだった。昔は学校で教鞭をとっていたらしい。70歳に近い高齢なくせに、背筋がすっと伸びた、カッコいいお婆さんだ。自分のことをわたくしと呼び、いつもロングのスカートで足首まで隠している。いつだったかそんな彼女が、自身の半生を話してくれたことがあった。

 ヨホの幼い頃は世界中が戦乱のさなかにあって、人々はだからお互いを当たり前のように思いやっていたそうだ。ときおりひどく自分勝手で我儘な人が問題を起こしたらしい。誰かの分の食料を盗んだり、誰かに罪をなすりつけたり。けれどそんな罪を重ねた人であっても、捕まって罪をつぐなって反省さえすれば、その人ばかりが悪いんじゃなく、同じ立場なら自分も同じようにふるまったろうって、大人たちはそう言って強くは責めなかったらしい。時代が変わって個々の人が昔よりも裕福になって、世の中が便利になってきたら、思いやりが薄れてきたねとヨホ・マジノは言った。昔だったら、まわりのみんなに我儘なことをするなと、そう言って責められてたことも今は多くの人がそうするね、と。

 私は、思いやりってものをどの程度理解しているんだろう?

 砂漠の遊牧民が持ち運んで使うような大型のテントを三つ、私たちはお子様の指示で急いで組み上げた。結構な労働だったけれど、力仕事のほとんどをオジサンがこなしてくれた。私とお子様は二人で、布を張ったり、絨毯を中に敷いたり。そうして辺りがすっかり暗くなるころそれは完成した。

 「いったいどうやってこんなに沢山の荷物をもってこれたの?」

 私がそうお子様に聞くと、彼は気まずそうにこう答えた。

 「お二人が手にした道具は、僕にも使うことができます。けれど残念なことに、僕が心から願わないとどれも叶わないように制約がされているんです。」

 「そっか。じゃあ、私たちを元の場所へ帰すのはできないってわけね。」

 「ごめんなさい、その通りです。」

 「いいわよ、しかたないじゃない。あなたにはあなたの望みがあって、帰りたくないんでしょう。」

 「けど、できるならお二人には元通りの生活をしてほしいと願ってます。ただ…。」

 「ただ?なあに?」

 「このまま帰ると、父に叱られてしまいますので…。それが怖くて…。」

 「心から願えないのはそういうわけね。ならなおさら、仕方ないじゃない。」


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