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白衣の姫と黒装の民と魔王の息子とが追われて逃げる偶然

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 「むしの、みは、とりによう、にてる!」

 ゴガン、ドギャン、ズガン、ドコンと、轟音ごうおんの鳴り響く洞窟内に男の絶叫ぜっきょう合間あいまを縫うように響いていく。音の隙を突くように響きながらも、そうと聞こえるのだから、果たして本当はなんと言っていたんだろうか?
 そんなことを考えながら私は洞窟どうくつを外へと向かって駆けていた。道のりはゆるやかな上り坂。足場はそれほど悪くない。洞窟とは言えいわゆる観光名所かんこうめいしょでもあるため、地元の役人たちが手を尽くして整備したんだろう。

 「ういろう!」

 また声が鳴り響いた。声の主はすぐ後ろを全力で走っているはずだが、私たちの乗った馬車ほどは早く走れないのだろう。洞窟の奥でばったりと出逢ったときには、頭の先から足元に至るまで完全に黒の装束に身を包んだ彼を、馬車の御者台ぎょしゃだいにいた御者は「ニンジャ!」と狂喜して喜び、ともに来ていた従兄いとこのジケイも「ハラキリ!!」と言って走り寄っていった。私はそういうものにとんと疎いうといものだからつい出遅れてしまったのだが、今思うとあの時に一緒になって走り寄らなくてよかったなと思うばかりである。

 「とり!にる、むし!やきたて、いい!」

 洞窟内を数百メートルほど奥へいくと地底湖が見られる。ここはそれが有名な場所で、従兄のジケイがどうしてもと言うものだから、御者ぎょしゃに言いつけて馬車を用意させやってきた。このところ暑さがひどすぎるものだから、洞窟なら少しは涼しいかな?なんて思ったのだけれども、やっぱり少し寒すぎる。防寒用の上着は置いてきてしまったし、できれば温かいお茶なども欲しかったりするのだけれど、どうしたって手綱を引きながらじゃお茶だって飲めはしない。できれば御者に手綱をかわってもらいたいのだけど、おそらくとうの昔にあの黒いのに切りすてられてしまったであろう。従兄はともかく、御者は長年仕えてくれていたのでとても惜しい気持ちだ。。

 従兄のジケイはいつもこういったトラブルを引き寄せる。なのでどうにも一族の中では鼻つまみ者のようだ。私はそんなふうには思ったことはなかったのだけど、こうした不慮の事態ふりょのじたいで…となるとほんの少しだけホッとする気持ちは否定できない。そもそも二年前だって、高山たかやまに竜の子を見にいこうと誘いだされて行ったら、死火山のはずの山は噴火ふんかするわ、子供の親ドラゴンが出てきて焼かれかけるわ、しまいには子を持ち帰ってきてしまうものだから街にまで親がきて大騒ぎの大災害を引き起こしたなんてことも、こうなるといい思い出だとも言える。

 「…あんたさ、耳悪いの?」

 突然はっきりとそう声が聞こえてびっくりした。するとその拍子ひょうし手綱たづなが手から離れてしまい、目の前が真っ白になった。

 「ダメだろう!運転中に手綱を離したら!免許もってんのか?!初心者か!!?」

 びっくりして声のする方を見ると案の定黒装束くろしょうぞくの男がそこにいた。揺れる馬車の御者台ぎょしゃだいのへりに、奇妙な足先の割れた靴じかタビをつま先立てて、その手には手綱が握られている。もう一方の手は、馬車の柱をぎゅっとつかんでいた。

 「うるさいねえ、この洞窟は。ほとんどあんたのせいだよ。こんな音が響くところで馬車を全力疾走ぜんりょくしっそうなんてさせて、一緒に来てた人たちを置き去りにして。なにそれ?姥捨てうばすて?…なわけないよね。爺やおとしより旦那だんな捨てて保険金でももらって子供と二人で仲良く暮らします的ななんか?」

 どうどうと言いながら男は手綱を強く引いた。馬が次第に走る速度を落としていく。それに合わせてさっきまで鳴り響いていた音も、だんだんと静かになっていくようだった。

 それにしても、と思った。この男、何をどう勘違いしたのか私のことを、あのトラブル体質の従兄と夫婦だと思い込んだらしい。それくらいの勘違いならまあ、上面しか見れない昨今の男どもにありがちなモノとして流すのもやぶさかじゃあない。けれどその後、なんて言った?子供と二人で?だとぅ?!?

 「はい、どうどう。」
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