赤い剣と銀の鈴 - たそかれの世界に暮らす聖霊の皇子は広い外の世界に憧れて眠る。

仁羽織

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精霊探し 水の精霊編

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 「この子は、海に戻ってそこの生き物たちの安全を守りたいそうよ。なんでも二千年くらいここに閉じ込められていたんだって。弟子みたいな子たちがいるから大丈夫だと思うけど、自分がいないせいで海が汚れたりしてないかって、とっても気にしてるわ。」

 そう言えば、海で何度か釣りをしてて、ビニール袋だとか小さなゴミが僕の竿にはよくかかってた。なるほど、精霊らしくそこを気にしてるのか。

 「いいですが、仮に海に戻ったときにそこが汚れ切っていたらどうするのか聞いてみてください。」

 「いいわよ。ちょっと待ってね。」

 そうして再び、ちょっとぐったりしている白兎(ミカエラ)を踏みつけると、レイミリアさんは目の前に浮かぶ水の精霊と二言三言、話をはじめた。その間に僕はジョジロウさんに小さく声をかけておいた。安全対策のつもりで…。


 「ねえ、ミラク。どうしよう、この子怒りだしちゃった。」

 やっぱり、そうくるんだ。これは困ったなぁ…。

 精霊というものは基本的に純粋だ。もしもの話であろうと自分の守るべき住処が今や人類によって汚く汚染されていると知れば、最悪の場合人類を相手に争いだす可能性がある。その辺のことを知る意味で、仮の話をレイミリアさんにしてもらったんだけど、ひょっとしてって話す内容程度のことで怒りだしちゃうんだ。これは、戻らせたらいけないかな…。

 すでに目の前にまで、水の精霊が振り回す巨大な触手が見えている。レイミリアさんは白兎(ミカエラ)を抱えて部屋の隅まで離れていた。素早いなあ…。ジョジロウさんがあらかじめ出していた青扉を構える。僕は急いでレイミリアさんのところまで行って、白兎(ミカエラ)に向かって叫んだ。

 「あの精霊、そのぬいぐるみの中に入れられますか?」

 すると白兎(ミカエラ)は、少しだけ考えてこう答えた。

 「むろん、大丈夫だ。」

 だったらよし、何とかなる。僕は大声をあげる。

 「ジョジロウさん!今です!」

 青い扉の力なのだろうか、水の精霊を取り囲む空間が揺らいでいくのが見える。そこだけを別の空間として、青扉で隔離したんだろう。光の屈折率が変化するらしく、外から見ると隔離された空間はぼんやりと揺らいで見える。けど、次の瞬間、その揺らぎが波打つように動き出した。ジョジロウさんが大きな声で言う。

 「坊ちゃん!こいつ空間に干渉してきやがる!あんまり長く持ちそうにねえ!」
 
 目の前の揺らぎがピタッととまり、何か所か穴が開いたみたいになる。そこからするするっと水色の触手が出てきた。

 「ミカエラ、お願いします。」

 「…おう。後のことは任せたぞ。」

 そう言うと白兎(ミカエラ)は、足元の床を蹴って目の前に伸びてきている触手の上に飛び上がった。クルクルと回りながらストンと。その触手からものすごい速さで根元に向かって走っていく。そうして、空間の穴に頭から突っ込んだ。けどその穴は白兎(ミカエラ)の頭よりもわずかに小さい。ぶつかった衝撃で驚いたことにそのあたりの空間が揺れている。ぐわんぐわんと揺れて、そうしている間に白兎(ミカエラ)が無理矢理にその穴の中へともぐりこんでいった。

 ほんのわずかに、時が流れる。時間にして数秒だろうか、もしかしたらもっと短かったかもしれない。

 目の前の空間に、ピシッと音が鳴る。そうして音が、またピシッと鳴った。やがてその音が連続して聞こえてくるようになり、ピシッピシッピシッピシッピシッピシッピシッ!と鞭で叩くような音が激しく響く。その音が突然シーーーーーーーーーーーーっとなった。まるで長い絹を鋭利な刃物で切り裂き続けているかのような音だ。そしてついにその響きが、ピタッととまった。

 「ジョ、ジョジロウさん、青扉の解除をお願いします。」

 僕は動揺を抑えつつそうジョジロウさんに声をかけると、ジョジロウさんは我に返ったように頭を振って、両手を合わせた。青い扉を出す仕草だ。

 「ミラちゃん、大丈夫なのかな…?」

 耳を抑えてかがんでいたレイミリアさんの不安げな声が聞こえる。僕だって心配だ。もっと簡単にするするっと入るものだと思ってたから。ミカエラがあの触手に触れたらまるで丸呑みするみたいにチュルチュルっとぬいぐるみの中に引き込まれていくって、考えてたから…。

 僕がそんなことを考えている間に、目の前の空間がパッと解除されて、そうしてそこには何もなかった。

 「え…どういうこと?ミラちゃん…。」

 レイミリアさんのつぶやきに、僕はあたりをきょろきょろと見回す。僕は一生懸命に白兎(ミカエラ)の姿を探した。レイミリアさんも部屋を見回している。ジョジロウさんは両手を閉じ、僕の傍に来てこう言った。

 「固定した空間の中には何もなかった。時間はいじってねえ。なのに何一つ残ってないってのはどういうことなんだ?」

 その時、レイミリアさんの悲鳴が部屋中に響く。僕とジョジロウさんは声の方を振り向いた。

 そこには、雲のような白い塊が浮かんでいる。どう見ても雲だ。水蒸気が集まって太陽光をさえぎって目に映る真っ白い雲。その雲から、さっきまでの水色の触手がレイミリアさんの首に巻き付いている。

 「レイミリアさん!」

 僕は反射的にレイミリアさんに駆け寄り、その首に巻き付いた水色の触手を力いっぱいに握ろうとした。その瞬間に触手はビシャっと音を立てて四方へと散る。

 「これ…水?」

 触手の正体に気がつき、そうして自分の迂闊さにも気がつく。近寄りすぎた…。

 「坊ちゃん!」

 ジョジロウさんの声がそう聞こえて次に、僕は水中にいた。ザブンと音もしたような気もする…。

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