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賢人マーリン・ネ・ベルゼ・マルアハ

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 「驚かそうと思って機会を待っていたんでしょう。気配まで消して…。」

 まるでレイミリアさんみたいだ、という言葉はとりあえず呑み込んでおく。少なくともレイミリアさんなら、気配を消すなんて芸当はできっこないだろうし、そもそもコッソリおどかすなんてこと、思いつくはずもない。

 「そうそう、ミラクーロ様。私は今日からマーリンですのでお間違えなさいませんように。」

 そう言うヨホの表情は、完全にいたずらっ子のそれだった。たぶんだけど、レイミリアさんをこの姿で油断させて、目の前で散々だらしないところを見て、一番効果的な時に自分はヨホだとばらす気だろう。そのレイミリアさんの驚く顔を思い浮かべて、今からもう楽しんでいる気がする…。

 銀鈴で組み立てた、船の現在地を測定する台は、とりあえずデッキの操舵席近くに置くことにした。ベントスにそうお願いして風で上手に移動してもらう。ヨホ、もといマーリンさんがその間に朝の食事を用意してくれていた。

 船室に設けられたキッチンは、小さいながらも多機能だ。レイミリアさんが銀鈴で出した船なので、そういうところは充実している。マーリンさんも感心していた。

 「すごいですね。オーブンにレンジまでついてます。本格的なお料理もできそうですわ。」

 そうなのかもしれないが、この半年、ジョジロウさんのつくる魚のお刺身以外、船上で食べた覚えがない。

 「使えもしないのに、なんで出したんだろう…。」

 つくづくレイミリアさんの考えがわからない。僕はマーリンさんの手際をながめながら、深くため息をついてしまった。

◇◇◇

 それからしばらくして、湖岸にジョジロウさんがやってきた。今日は奥さんと子供三人が見送りに来ているみたいだった。

 「ベントス、すまないけど皆さんを船に連れてきてあげてくれないか?」

 僕がそうお願いすると、ベントスは楽しそうに跳ねて、ジョジロウさん一家を迎えに湖岸まで飛んで行った。遠目で見てたらジョジロウさんの子供たちとじゃれあってる。…いつの間に仲良くなってたんだ?

 ベントスがみんなを連れて船の上に戻ってくると、ジョジロウさんの子供たちは珍しそうにあちこちを見て回りだした。その後を尻尾をピンと立ててベントスがついて回っている。案内係みたいなことをしているみたいだ。奥さんが更にその後を笑顔でついて歩いていた。

 ジョジロウさんは船につくと、マーリンさんのことを僕に聞いてきた。どうやら湖岸からすでに気がついていたらしい。

 「どちらさん?親戚のお姉さん?」

 その声を聞き、ジョジロウさんの奥さんが子供たちを制しながらマーリンさんをちらっと見る。そうしたらかなり驚いた顔をして、固まっていた。

 「この方は、今日から一緒に航海についてきていただくことになった、マーリンさんです。」

 奥さんの様子が気になるものの、僕はジョジロウさんにそう紹介をした。マーリンさんは一歩ジョジロウさんの方へ出て、軽く会釈すると自己紹介をはじめた。

 「どうぞよろしくお願いします。マーリン・ネ・ベルゼ・マルアハと申します。」

 ジョジロウさんは、その名前を聞いた途端に驚きで顔が青ざめていった。奥さんが傍にきて、ジョジロウさんの背を支える。そんな両親の様子を敏感に察知して、子供たちが船の各場所から戻ってきた。ベントスも戻り、僕の肩にのる。

 「あ、あなたが、いや、そんな…。」

 ジョジロウさんの驚きが止まらない。奥さんはそんなジョジロウさんをデッキに膝から座らせ、その隣に自分も同じように座り両手をついて頭を下げた。頭はデッキについている。子供たちは口々に「お母さんどうしたの?」と聞いている。

 「どういうことですか?マーリンさん、ジョジロウさん?それに奥さんまで?」

 するとジョジロウさんの奥さんが、床に額をこすりつけたまま僕の問いに答えた。

 「この方は、私達の生まれたところで、一番偉い方なのです。」

 それを聞いて僕も驚いた。マーリンさん、こっちでも驚かせて楽しもうとしてたんだ。

 結局のところ、ジョジロウさんと奥さんが一番に驚いていたのは、マーリンさんが一番偉い人だというだけでなく、ジョジロウさんは奥さんと二人でそこを黙って出てきていて、一族の掟だとかなんとかで自分たちを連れ戻しに現れたのかと思って怯えていた、ということだった。正直、僕にはよくわからない。

 「おほほ、そそっかしい。ジョジロウもヒカリも相変わらずですね。」

 マーリンさんはそう言って、二人の前に同じように座って笑った。けれどその後に、二人には見えないように小さくガッツポーズをしてたのを僕は見てしまった。…だんだんとこの人がどんな人なのかわかってきたような気もする。

 「そもそも、里抜けに対する仕置きはずいぶんと昔に廃止させてあるはずです。ヒカリのご両親の反対を押し切って、駆け落ちしたことについては、立場上いろいろと言いたい言葉もありますが。けれどこうして元気に暮らしていると知って私は安心しました。お子さんたちも元気で、何よりです。」

 マーリンさんがそう言うと、ジョジロウさんの奥さん、ヒカリさんがマーリンさんに抱きついて泣いていた。

◇◇◇

 それから、ジョジロウさんを見送りに来たご家族を交えて朝食となった。キャビンだと少し手狭なのでデッキの後ろ側に席を用意する。ジョジロウさんが、僕が出すテーブルや椅子をいつも以上に一生懸命に並べていく。ヒカリさんはベントスと一緒になって、子供たちの面倒を見るので忙しそうだった。

 「できましたよ。料理をはこんでください。」

 キャビンの中から、マーリンさんがそう声をかけると、ジョジロウさんの子供たちが楽しそうに駆け出す。キッチンまで飛び込んでいって、マーリンさんにまとわりつきながら、どれを運べばいいのかとたずねだしている。その様子を眺めるマーリンさんの目がとても優しい。

 ジョジロウさんの奥さん、ヒカリさんと並ぶと、年恰好は姉妹みたいだ。…とはいえそれが本当の姿ではないを僕は知っているからなんとも複雑な気分なのだけれど。そうして子供たちの手伝いとベントスのおかげで、朝食はワラワラと準備が済んで、皆で席に着いた。

 「では、いただきましょう。」

 マーリンさんの言葉で、朝食がはじまった。

 テーブルの上に並ぶ料理は、どれも手際よく作られた素敵なものばかりだった。青物野菜のサラダ、根菜のサラダ、トマトスライスとチーズの薄切り、温かいクリームスープ、茶色のミソ・スープ、白いパン、それに炊き立てのお米。小皿に分けられて、いろいろと見たこともない料理も並んでいた。

 「いろいろと食材がありましたので、楽しく作らせていただきました。」

 僕らがじーっと料理をながめていると、マーリンさんがそう言って笑った。するとその声がきっかけになったのか、ジョジロウさんの子供たちがまずお米に手を伸ばした。

 「ごはんのおかず、納豆なんかも欲しかったんですが、そこまではさすがになかったですね。」

 マーリンさんのその一言が終わるか終わらないかのうちに、ジョジロウさんが目の前でパッと消えて、そしてパッと現れる。その手には藁で包まれたものすごい匂いのするものがのっていた。

 「マルアハ様、こちらに…。」

 するとマーリンさんは、ジョジロウさんをジーっと見て、それからジョジロウさんの奥さんに向かってこう言った。

 「ヒカリ、この子、いつからこんなに気遣いのできる子に育ったんだい?」

 そう言われて、ジョジロウさんの奥さんは嬉しそうに返事をした。

 「ジョジロウさんは、口数は少ないけど、いつも気を使ってくれてます。」

 返ってきた返事に、マーリンさんは嬉しそうに僕を見て言った。

 「あなたのおかげです、ミラクーロ様。前はこんなふうではなくて、とても頭の固い一途なだけの大馬鹿者でした。」

 僕はビックリして、手に持ったパンを落としてしまった。見るとジョジロウさんも、手にした料理を落としそうになりながら、口を開けて驚いている。

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