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大海原の小さな船

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 「なんかここって太平洋じゃないみたいな気がするんだけど…。」

 あれからまた何日間かの探索が空振りで終わり、僕らは魚をお土産に家に帰るばかりだった。そうしたら今日になって、レイミリアさんが海の上でそう言いだす。それで僕らは、今いる場所を確認する作業に入ることにした。

 「夜を待って星を見ればいい。星座の位置から今いる場所がわかるって、昔聞いたことがある。」

 と、ジョジロウさん。

 「そもそも、居場所を確認するための道具とかって必要でしょ。なんで用意してないのよミラク。」

 そう言ったのは、レイミリアさん。

 「そんなことをいまさら言われたって、僕だってはじめて海を見るんですし、わかるわけないじゃないですか。」

 僕はそう言い訳しながら、どうしたらいいか考えてた。

 「夜は、僕らにはまだ不慣れなのでやめておきましょう。こんなに不安定な揺れの中で、あたりが真っ暗になったら、何が起こるか想像もできません。」

 ジョジロウさんの意見にはそう答える。最初の頃に実際に一度だけ夜を体験した。とにかく船が大きく揺れて、波の音がやけに大きく聞こえて、どこからか遠吠えみたいな甲高い声も聞こえてきた。あれはもう二度と体験したくない。恐怖だ。

 「それからレイミリアさんの意見ですが、その居場所を確認するための道具ってどんなものかわかりますか?わかれば今から一旦アイオリアに戻って、用意してからもう一度っていうのはどうでしょうか?」

 僕がそう言うと、どういうわけか自分の意見を肯定されたはずなのに反論をしてきた。

 「けどさ、それだと手間じゃない。それだったら今日はこのままこの辺を探索して、夜になって帰ってから用意とかすればいいじゃない。」

 いったいこの人は何を考えているんだろう。思考するプロセス自体が僕とは違うのかもしれない。あるいは思考してないんじゃないだろうか?

 「それなら、俺だけ残って場所を特定しとこうか?太陽の動きで東西南北はわかってるんだ。あとは星さえ見えれば何とかなる。」

 ジョジロウさんが頑張って話を前に進めようとしてくれる。なのに、レイミリアさんはまた反論する。

 「オジサン一人にするとまたなんか隠れてこそこそしそうでしょ。天井とかいつの間に改造してたのよ。あんなのをいっぱい作られたら嫌だから却下。」

 この人の考え方は、たぶんその時の気分と、対する相手への感情からかもしれない。そうわかるとなんとなくだけど対策も見えてくる。

 「とりあえず食事にしましょう。それで食べてから、続きを話すというのはどうでしょうか?」

 まだ少しお昼には早い気がする。けど、このまま埒があかなくなるよりは良い。美味しい食事のあとだとレイミリアさんは人が変わったように協調性を発揮してくれる。それに期待だ。

 「了解。そしたら俺、魚釣ってくるわ。ミラクも釣るか?」

 「はい!お手伝いします。」

 「じゃあ私、その間休んでるね。奥のベッド使うから刺身できたら声かけてね。」

 なぜそうなる?つくづく、残念だなって思わざるをえない。けどそんな僕の心情を察したのか、ジョジロウさんが竿を投げてよこして、とっととデッキに出ようぜと手招きをしてくれていた。

 デッキの後ろの方に行き、ジョジロウさんと並んで竿を振った。糸の先につけた疑似餌が海に向かって飛んでいく。あいかわらず海の上で見る空は綺麗だなって思う。

 「大変だよな、お坊ちゃん。銀鈴がなきゃ、あんな世間知らずとうの昔にポイ、だろ?」

 「あはは、そんなこと…。」

 答えに言い淀んでしまった。正直、そんな本音がないとは言い切れない。

 「けどなぁ、あんなお嬢ちゃんでもいいとこあるんだぜ。」

 ジョジロウさんはそう言いながら、早くも一匹目を釣りあげていた。

 「昔な、俺がまだアイオリアに暮らしてなかった頃だけど、いつだったか街にドラゴンが降りてきたことがあったろ?」

 そう言って二投目を投げる。ジョジロウさんが投げたとたんに魚が食いついて、竿をあげる。もう二匹目。

 「あれな、実はお嬢ちゃんが原因だったんだ。」

 釣りの腕に驚いていた僕は、ジョジロウさんの話に更に驚いた。レイミリアさんが原因てどういうことだろう?

 「あの日たまたま俺もアイオリアに来てて、世話になってるグランスマイルのおっさんと話をしてたんだ。あのお嬢ちゃんの父ちゃんな。」

 そう言って三匹目を釣りあげると、ジョジロウさんは少し竿を置いて話をつづけた。

 「聞けば娘と息子が、家の者を連れてドラゴンを見に行ったって言うんだ。グランスマイルのおっさんは笑って話してたけど、俺はなんか嫌な予感がしてな、それでおっさんとの話が終わってから急いでその山へ行ったんだ。」

 そう話しているときに、僕の竿にアタリがきた。僕は前にジョジロウさんに教えてもらったように、アタリを合わせてグイっと竿をあげた。するとものすごい引きが腕に伝わってくる。今回はうまく合わせられたみたいだ。

 「おお!大物っぽいな。がんばれよ!ミラクーロ!」

 ジョジロウさんにそう応援されて、僕は精一杯頑張る。釣りあげられたらはじめての釣果だ!そう思ったら力が入る。するとジョジロウさんが僕の後ろに立って、肩に手を力強くのせて言う。

 「しっかりかかってる。だからあんまり力をいれんな。そうそう、魚の動きにあわせて、そう!竿を魚が動こうとしてる先に降るんだ。そう!うまい!よし!」

 すごく楽しい。魚との駆け引き、力強い支え、背中越しの応援。

 「ほら!ミラクーロ!集中!集中!…そう!それだ!うまい!」

 ジョジロウさんが一緒になって夢中になるものだから、いつしか僕も他のことをすっかり忘れて夢中になっていく。そうしてどれくらい頑張ったろう、ついに初の釣果をあげることができた。

 「こいつはでけぇ。魚拓、とっとくか?」

 「なんですかそれ?」

 「魚拓ってのは、この魚に墨ぬって上から紙で写し取るもんだ。簡単だし、洗えば魚は食えるからな。食っちまったあとの骨つないで骨格標本て手もあっけど、どっちがいい?」

 嬉しすぎて『両方っ!』て言ってしまった。そしたらジョジロウさん、ニカッと笑って「おう、まかしとけ!」だって。僕はさらに嬉しくなって、そのままデッキに寝転んで空をみあげた。

 停船しているクルーザーの上を、どこから吹いてきたのか風がサーっと撫でていく。その風も気持ちいいのだが、空を見ると不思議な雲が見えた。それが気になって、魚拓の用意をしていたジョジロウさんに声をかけてみた。

 「ジョジロウさん、あの雲は何ですか?」

 「ん?どれだ?」

 その雲は、細く長くまっすぐに青い空を横切っている。まだ先に延びていくようで、そのかわり後の方がかすれかけていた。

 「ああ、あれは飛行機雲だ。人間が作った空飛ぶ乗り物さ。ものすごい高さを飛んでて、ああしてまわりの気温が低いと、ああやって軌跡が残ってくんだ。」

 そう言いながらジョジロウさんは、僕が釣った魚の上にそーっと白い大きな紙をのせていく。

 「すごいですね、人って。ついに空まで飛ぶようになったんですね。」

 なんだかとても羨ましかった。理由は、よくわからない。

 「そう言えばさっき、話が途中じゃなかったですか?」

 「ああ、ありゃもういいや。またお嬢ちゃんにイラついたら、続きを話してやるよ。」

 そうジョジロウさんが言ったので、なんであの話をはじめたか合点がいった。僕はそんなにイラついた顔をしてたんだ…。

 昔、父上に教えられた覚えがある。負の感情を吐き出さずにいっぱい溜め込んでしまうと、判断がおかしくなるって。集団で何かをしようとしているときに判断を間違うと沢山のトラブルが生まれてしまう。そのトラブルは結果的に目標を見失わさせてしまう一番の原因となる。言葉でしか理解していなかったから、いざそうなると自分では気がつけないものなんだなって、思った。そしてそれに気づいて気を使ってくれたジョジロウさんに、自然と感謝の気持ちがわいてくる。

 「ありがとうございます。」

 そう素直に言えた。ジョジロウさんはまたニカッと笑って、親指を立てた拳を僕に向けて、上にあげる。空を横切る飛行機雲が、さっきよりさらに先へと伸びているのが見えた。


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