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誰そ彼と われをな問ひそ 夜長月の

第15話 地底湖の幽霊III

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 あれからも何度か、地底湖のアイリ様のもとへと通った。その理由の一つには、ケイサンの調べている件についてアイリ様がもっと情報を持っていそうだという打算的な目的があるのだが、僕はそれよりも「カムイ=アイリの悲劇」で起きたことに同情してしまい、アイリ様の慰労を兼ねて付き合っている。
 そのまんま「慰める会」と、ケイサンは垂れ幕まで用意していた。湖畔に舞台まで設置してしまっている。あそこで誰が何をするっていうんだ?建築の材料は全てケイサンの巣で余っていた資材。そこまでするのかって思いはあったが、当のアイリ様がその気遣いを汲んで何も言わないので僕も黙っていることにした。

 「アイリ様いける口ですね。そしたら今度はこっち、シウレ川で採れた川魚の塩焼き。どうですか?」
 毎度のことなので、バーベキューのためのコンロもケイサンの巣にあったレンガを運んで作成済となっている。…立ち入り禁止になっている場所にこんなのを作ってもいいのか?
 アイリ様は実体のない命素体なのだそうだ。実体がないのにどうしてこうパクパクと飲み食いできるのか僕にはよくわからない。けれどケイサンはそんなことどうでも良いらしく、二人して毎回ものすごい量のお酒とおつまみを平らげていく。
 「カムイの馬鹿たれ。そもそもあ奴があと少し皆に説明をしていさえすれば、その後に汚名を着なくともよかったはずなのです。それをあの馬鹿は毎回毎回毎回毎回なーんども何度も何度も何度も口を酸っぱくして言っても、まるで変わらない。本当に大馬鹿という奴です。」
 「ですね、その男は馬鹿なんですね。」
 「それにです、あのバカムイの奴、なんで私の大切な者たちばかりを連れ出して、なぜ私を置いていったのですか。それだから馬鹿だと言われるのです。二千年たってもです。」
 「アイリ様をおいていってしまうなんてとことん馬鹿なんですね。」
 「その通りです。ケイサン、飲め飲めです!」
 こうなるともう僕の出る幕はない。なんか二人して肩組んで歌までうたいだしている。
 「それにです、バカムイが封じた『滅び』がふたたび復活するなんて、どの面下げての決死行だというんです。そこまでやったなら最後までちゃんと、封じるなり滅するなり責任持ってやってこいというものです。」
 「ですよねですよね。して、アイリ様。その『滅び』とやらが復活した穴ってのはどの辺りにあるんですかね?」
 酔ってもケイサンは計算高いみたいだ。アイリ様から出た言葉にのっかっていよいよ聞きたいことの核心に挑んでいく。
 「この『黄昏の世界』の外側にある世界につながっている穴です。その場所がどこかは、…教えられません。」
 アイリ様もさすがだ。いくら酔っていてもなかなかその答えまでは容易には教えてくれない。これまでも何度か繰り返した二人のせめぎあいがはじまっていく。

 「お願いしますよ、おばあ様ぁ。可愛い孫のためだと思ってぇ。」
 「甘えた声を出しても答えはNoです。」
 「そこをなんとか。次はもっといい酒を持ってきますんで。」
 「酒で釣れると思っての懇願であれば、あなたは根本から間違えているということです。」
 「では次は、幻と言われている外界のマグロという魚を生で食す特別な料理をお持ちしますので。」
 「飲食で釣ろうとは…情けないのです。」
 …毎回この繰り返しでちょっとずつ情報を引き出せているのだから、ケイサンの努力も無駄ではないと思う。アイリ様も割と素直にポロっと話すときがある。
 「であれば、市井を護る私の顔に免じて、教えてください。行方不明者がもう三十人近くに増えてるんです。早急に手を打たないと国そのものに影響が出てくる可能性だってある。」
 ケイサンがそう言うと、アイリ様は少しだけ考え込むような様子を見せた。そしてしばらくおいて、こう答えた。
 「その場所を聞けば、あなたたちはそこを通ろうとするのでしょう。それならば何としても教えるわけにはいきません。あそこに入って戻ってこれたモリトはいないのです。そんな場所に我が子孫を送りだせるほど豪気ではありません。」
 こうなるとアイリ様はもう引かない。打つ手がなくなってケイサンが黙り込んでしまった。

 僕は持ってきた緑の書を開いて、そこに『滅び』の呪いを探してみることにした。それがどういうものかわかれば対策が立てられるかもしれない。けれどそこに書かれている内容に、これまでにアイリさんから聞いた内容を覆せるものは何一つなかった。
 ふと視線に気がついてそちらを見ると、アイリ様が僕の手にある緑の書をじっと見つめているのに気がつく。

 「しょうがない。王に相談しにいくとするか。」
 ケイサンはそう言うと、一人立ち上がって洞窟の出口へと歩きはじめる。アイリ様はまだお酒の入ったグラスを傾けている。僕は仕方なくアイリ様にお詫びをしようと進みでた。
 「よい。それよりもルミネ、ちとその方に頼みたいことがあります。」
 お詫びを遮り頼み事があるというアイリ様。その表情はどこか寂し気な感じだ。
 「その書を、できれば、触れさせてはくれませんか?」
 「はい…。いいですけど、おじい様から引き継いだずいぶん古い書ですよ。」
 軽く笑いながら、気づかぬふりをして僕はアイリ様にそれを手渡す。アイリ様はその書を両手で抱きしめ、顔を寄せていた。愛おしそうに本を眺めるアイリ様。いろいろな想いがあるだろう、この書は、アイリ様の本当の旦那さんがカムイ王の手により変化した姿なのだから…。
 そのアイリ様の仕草に、僕は黙って見ないふりをするしかなかった。


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