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誰そ彼と われをな問ひそ 夜長月の
第4話 エイシャの伝承
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気がつくと夜が明けていた。私は一晩中この場所で祈り続けていたらしい。膝が少し痛むのを覚えた。立ち上がろうとすると、うまく体に力が入らない。仕方がないのでこの場所で少し休むことにする。
エイシャの伝承は、バンデイランテス達から聞いた。あの人と同じ探検隊の斥候役だった人だ。名前は、聞いたはずだけど思い出せない。現地のイントネーションがあまりよく聞き取れなかったせいもある。
彼の話では、エイシャへの扉はごくまれにしか開かないという。しかしそこへ行って帰ってきた人は、エイシャでかつての英雄たちを見たと言ったそうだ。そこは千年を生きる人々が暮らしていて、多くの技術が存在するらしい。
エイシャへの道を開く鍵。それは一途な願いと神様の気まぐれ、らしい。一途な願いは用意済だから、あとは神様の気まぐれが起こることを願うしかない。どうやったらそれを起こせるのか、という問いへの答えは、思い出しただけでも頭にくる。何がその身を捧げよだ、スケベ。毎回この話の最後にそう言って私をじっと見る。それなのにあの人は、それに気がつきもしない。
そして肝心の場所は、街から西の『ジャングルの奥地へ。一晩かかって進んで疲れ切って座り込んだところ。見上げる空に月が出ていたら神は気まぐれをおこしているかもしれない。星が流れていったなら、神はそこにもういない。もう一晩、西へ走れ。』という。
とりあえず言われた通りに、西に走ってここまで来れた。来た方が東だとすると、西へもっと向かうには、すぐそこに見える大きな河を渡らなければいけない。川沿いには確か大きなワニという生き物がいるって聞いた。馬もひと噛みで飲み込んでしまうという生き物だ。河の中にはもっとタチの悪い、肉食の魚が沢山いるそうで、どうしたらいいか思いつかない。
はぁ、おなかすいたなあ。そんなことを思った。憤りも悲しみもどうやら空腹には勝てないみたいだ。それともとうに私はおかしくなっているのか。すぐ隣で、笑いかけてくるミリアの姿が見える。ミリアは優しく笑って、私をじっと見ていた。
「お母さんね、ごめんね。あなたを守ってあげられなかった。」
そう言葉にしたら、涙が沢山あふれてきた。
「しょうがないよ。そんなのを悔やんでもしかたないわよ。」
ミリアが笑ってそう答えた。
「それよりも、お母さん。お父さんに会いたい?」
ミリアの問いに、私は少し考えて答える。
「うん。会って、ひとこと文句を言ってあげたい。お父さんが来たいって言うから、一緒にはるばる新大陸までやってきたのに、どういうことよ?って。」
「お母さんにそんなこと言われると、お父さんまた拗ねちゃうよ。」
「それであれこれ許してきちゃったから、あなたがそんな目にあったのよ。それはもう許せない。そこは絶対に二度と同じことさせたら駄目。」
「あーあ、お父さん、かわいそう。」
ミリアの笑い声が、とても心地よく私の耳に響き渡った。あはははは、と顔じゅうをくしゃくしゃにして笑う。目の前で、幻でもいいから、そんなミリアが見れてよかった。
「お母さんも、すぐにいくね。ミリア、もうちょっとだけ待っていてね。」
「うん。けど、もう少しまっててって。昨日の夜はうまく開けなかったんだって。だからそこで夜になるまで、動かないで待てって言ってる。」
幻覚のミリアが不思議なことを言いはじめた。私はいよいよ自分の頭がおかしくなったのかなと思い、話を合わせることにした。
「いいわよ。待つだけならいくらでも、待つわ。」
そう言ってミリアを見る。私の娘は笑顔でそこに立っていた。
「大丈夫、お母さん。あとね、着いたら今度は東に向かってとにかく歩いてって。ミカエラが迎えを出すって。少し遠いからお母さんからも近づいてほしいって。」
大天使ミカエル様か、そう言えば何度か聖書の話もしたなぁ。
そんなことを思いながら、私は体を横たえて夜まで眠ることにした。このままここでワニに襲われても、ミリアに会うのがそのぶん早くなるだけだ。
ゆっくりと眠りに落ちていく中で、私はどこか遠くから聞こえる波の音に、意識を任せてゆく。波は静かにザザーンと、砂浜に駆け上がりすぐさま走り去っていく。故郷のリスボン、あそこで聞いた波とちがう。もっと弱く、もっと悲し気で、もっと優しい…。
エイシャの伝承は、バンデイランテス達から聞いた。あの人と同じ探検隊の斥候役だった人だ。名前は、聞いたはずだけど思い出せない。現地のイントネーションがあまりよく聞き取れなかったせいもある。
彼の話では、エイシャへの扉はごくまれにしか開かないという。しかしそこへ行って帰ってきた人は、エイシャでかつての英雄たちを見たと言ったそうだ。そこは千年を生きる人々が暮らしていて、多くの技術が存在するらしい。
エイシャへの道を開く鍵。それは一途な願いと神様の気まぐれ、らしい。一途な願いは用意済だから、あとは神様の気まぐれが起こることを願うしかない。どうやったらそれを起こせるのか、という問いへの答えは、思い出しただけでも頭にくる。何がその身を捧げよだ、スケベ。毎回この話の最後にそう言って私をじっと見る。それなのにあの人は、それに気がつきもしない。
そして肝心の場所は、街から西の『ジャングルの奥地へ。一晩かかって進んで疲れ切って座り込んだところ。見上げる空に月が出ていたら神は気まぐれをおこしているかもしれない。星が流れていったなら、神はそこにもういない。もう一晩、西へ走れ。』という。
とりあえず言われた通りに、西に走ってここまで来れた。来た方が東だとすると、西へもっと向かうには、すぐそこに見える大きな河を渡らなければいけない。川沿いには確か大きなワニという生き物がいるって聞いた。馬もひと噛みで飲み込んでしまうという生き物だ。河の中にはもっとタチの悪い、肉食の魚が沢山いるそうで、どうしたらいいか思いつかない。
はぁ、おなかすいたなあ。そんなことを思った。憤りも悲しみもどうやら空腹には勝てないみたいだ。それともとうに私はおかしくなっているのか。すぐ隣で、笑いかけてくるミリアの姿が見える。ミリアは優しく笑って、私をじっと見ていた。
「お母さんね、ごめんね。あなたを守ってあげられなかった。」
そう言葉にしたら、涙が沢山あふれてきた。
「しょうがないよ。そんなのを悔やんでもしかたないわよ。」
ミリアが笑ってそう答えた。
「それよりも、お母さん。お父さんに会いたい?」
ミリアの問いに、私は少し考えて答える。
「うん。会って、ひとこと文句を言ってあげたい。お父さんが来たいって言うから、一緒にはるばる新大陸までやってきたのに、どういうことよ?って。」
「お母さんにそんなこと言われると、お父さんまた拗ねちゃうよ。」
「それであれこれ許してきちゃったから、あなたがそんな目にあったのよ。それはもう許せない。そこは絶対に二度と同じことさせたら駄目。」
「あーあ、お父さん、かわいそう。」
ミリアの笑い声が、とても心地よく私の耳に響き渡った。あはははは、と顔じゅうをくしゃくしゃにして笑う。目の前で、幻でもいいから、そんなミリアが見れてよかった。
「お母さんも、すぐにいくね。ミリア、もうちょっとだけ待っていてね。」
「うん。けど、もう少しまっててって。昨日の夜はうまく開けなかったんだって。だからそこで夜になるまで、動かないで待てって言ってる。」
幻覚のミリアが不思議なことを言いはじめた。私はいよいよ自分の頭がおかしくなったのかなと思い、話を合わせることにした。
「いいわよ。待つだけならいくらでも、待つわ。」
そう言ってミリアを見る。私の娘は笑顔でそこに立っていた。
「大丈夫、お母さん。あとね、着いたら今度は東に向かってとにかく歩いてって。ミカエラが迎えを出すって。少し遠いからお母さんからも近づいてほしいって。」
大天使ミカエル様か、そう言えば何度か聖書の話もしたなぁ。
そんなことを思いながら、私は体を横たえて夜まで眠ることにした。このままここでワニに襲われても、ミリアに会うのがそのぶん早くなるだけだ。
ゆっくりと眠りに落ちていく中で、私はどこか遠くから聞こえる波の音に、意識を任せてゆく。波は静かにザザーンと、砂浜に駆け上がりすぐさま走り去っていく。故郷のリスボン、あそこで聞いた波とちがう。もっと弱く、もっと悲し気で、もっと優しい…。
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