黄昏史篇 アイオリア [ 1676 Common Era. Mystery. ] - 白い鍵と緑の書

仁羽織

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誰そ彼と われをな問ひそ 夜長月の

第3話 ルミネと家族

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 いろいろと考えていたら、居間についた。見るとテーブルに皿を並べているヨホ・マノジの姿が見える。僕は緑の書をおじい様の日記と重ねるように左手に持ち、ヨホに空いた右手を挙げて挨拶をした。
 「おはよう、ヨホ。母様は台所かな?」
 「おはようございます、ルミネ様。奥様はつい今しがたミルクを忘れたと言って城下まで走って行かれました。」
 普段と相変わらずのことなのだが、母はだいたいいつも思い付きで城下へと飛び出していく人だ。この家から近いところに住む城下の人々は、普段から見知った者ばかりなので何の心配もない。
 「しかしこの国の王妃として果たしてそれでいいのだろうか。」とおじい様はいつも心配していた。おろおろと家中を歩き回り、帰ってこないな、どこかで事故にでもあったか、それともかどわかされて、とブツブツ言って歩く。そんなに心配をしても、母には面と向かってそうと言わない。そのくせ後になって僕にぼそりと本音を漏らす。そんなおじい様の様子は普段の厳格さとの差がひどく、僕にはとても面白かった。

 「相変わらずだね母さんは。ヨホ、僕は何をしたらいい?」
 ヨホにそう聞きながら、僕は手に持った二冊の書籍を居間の入り口にある本棚に立てかけて置いた。それから腕まくりをしてキッチンへと向かう。
 「そうですね、とりあえずパスタを茹ではじめていただけるとよろしいかと。パスタソースをつくると言ってその途中で走っていかれましたので、数分で戻られるかと思いますから。」
 「わかった。ミルクが入るってことはホワイトソース系のソースかな。だったらリングイネでも大丈夫そうだね。」
 「そうですね。それなら奥様が他のことに気をとられて戻りが遅くなっても、茹で時間がたっぷりですので大丈夫でしょう。」
 ヨホはそう言いながら、手際のよい動きでテーブルの上に五人分の食事セットを置いていっていた。僕はその数を不思議に思ってヨホにたずねた。
 「誰かくるの?」
 「はい。ハバキ家の方々がお二方いらっしゃるそうです。」
 そう言うと微笑んで、ヨホはつづけた。
 「いつもながらよくご覧になられてますね。旦那様も奥様もそういうところは疎いのに。まるで大旦那様にそっくりですね、ルミネ様は。」
 微笑むとヨホは普段と違いとても可愛い。人としては長命で、侍従達の噂では五百年近く生きていると聞く。けれどこうして微笑んでいる姿は城下に暮らす二十代の娘のようにも見える。普段の気を張って背筋を伸ばしているときは、三十代にも四十代にも見えるのだが、僕とこうして二人でいるときは、少しはリラックスをしてくれているのだろうか。
 「噂に名高い大賢者様にお褒めいただき光栄です。」
 僕は冗談めかしてポーズをつけながらそう答えた。ヨホはオホホっと笑って、部屋を出て行こうとし、行きながら僕に、
 「パスタは四人分でいいそうです。奥様は本日からまた、だそうですので。」
 と言って廊下へと出て行く。僕は「また母さん、ダイエットか。しばらくは会話ができなさそうだな…。」とつぶやきながら、台所へと向かうことにした。

 キッチンに入りあたりを見回すと、鍋に入れっぱなしの炒めおわったパスタソースの材料を発見。すぐ隣にその素材を切ったまな板、まな板の上に銀のナイフ、その横にトングが放置されている。
 僕は早速大鍋を出して調理台の上にのせた。火を使うコンロは、地下ガスを引いてある最新式の調理器具だ。これもおじい様の発案で作られ、父上の指揮で城下にもだいぶ普及している。大鍋に水を張ろうとすると水道の出が少し悪いようだ。この水道は地下から汲み上げた水を一旦貯え、ろ過と浄化を行い、各建物へと送り出している。水を汲み上げるポンプを自動化するためにハバキの技術を使っていてその技術を伝えたのは僕の父上だ。

 ハバキの一族は、昔を遡れば今も人々の間で知られるアトランティスの文明を導いた一族だ。そのため技術は大変優れたものが多い。ただその技術の多くが、もともとは異民族を殺傷するためのものであったらしく、父上はそれを恥じてあまり自慢しようとはしない。もともとが何であれ、こうして人々の役に立っているのだからもう少し胸を張ってもいいんじゃないかと僕はひそかに思っている。
 そこへいくとおじい様は、いつも自分の手柄を自慢げに話して聞かせてくれる人だった。僕はそんなおじい様の話が大好きだった。だからだろうか、父上にはもう少しでいいから胸を張って堂々として欲しいと考えている。
 そんなことを考えながら湯が沸くのを待っていると母が居間に飛び込んできた。意外にもずいぶんと早く帰ってきた。これは珍しい…。


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