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銀の鈴の章
第2話 三人が硬直する理由 2
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開いた扉の中から、レイミリアと黒装束の男の間に小さな顔が現れた。
その顔は美しく均整がとれ、目鼻立ちもしっかりとしたヨーロッパ系のノーブルな顔立ちだ。
「誰よ、あんた…。」
レイミリアは目を点にして、男の子の顔を見る。その手元の手綱があやふやに揺れていく。それを見て、黒装束の男が黙って横から手を伸ばし、手綱を引き受けた。
「僕は、ミラクーロと言います。あの、後ろから追いかけてくるアレの子供です…。」
申し訳なさそうにそう言った男の子の顔を眺めて、レイミリアの表情がますます怪しくなる。目尻が下がり、口元が緩み、その唇がわなわなと震えだしている。
「あの、ごめんなさい。お父さんが僕を連れてきて、この奥の湖で何かしようとしていたんです。僕、それが怖くて、逃げてきちゃったんです…。」
そう男の子は言うが、ではいつの間に馬車へと潜り込んだのだろう。馬車にはレイミリアとジケイと御者のロイしか乗って来てはいない。そして今、御者台で手綱を引く黒装束の男に会ってからは、レイミリアしか乗っていなかったはず。しかもここまで馬車は全速力で駆けてきた…。子供が乗りこめるタイミングなどどこにもないはずだ。
「家族旅行か何かなのか、こんな場所で…?」
この状況がよくわからず、自分でも頓珍漢だと思いながら、男は聞いてみることにした。
「いいえ、ここへ来たのは僕と父だけです。母は今頃、家で編み物でもしている時間です。なので家族旅行というわけでは…。」
ミラクーロと名乗った子供は、その端正な顔を男に向けて申し訳なさそうにそう答えた。その答えは男をますます混乱させていく。
「えっと、その中に、まだ誰かいるよな?大勢いる、気配がするんだが…。」
「え?いいえ。この中は僕だけですよ。さっきオジサンが飛び乗った時に僕も一緒に入り込んだんですから。」
ミラクーロの答えは男を驚愕させた。と同時に、そんなはずはないという考えも浮かぶ。
――里では索敵能力でも一番と名高かったのだ。その俺が気配を読み間違えるはずなんてない…。しかも俺と一緒に飛び乗っただと?馬鹿な、こんな小僧が俺に追いついて馬車に飛び乗ったというのか。なぜ気づかれずにそんなことができる?
そうして男は考えた。これは何かの罠か仕掛けにはまり込んでしまったのではないか、と…。
迷宮と呼ばれる場所では、さまざまな罠や仕掛けが施されていることが多い。男が数年前に行ったヒマラヤ山中の迷宮では、仲間同士を敵に勘違いする精神錯乱性のガスが発生していた。その前に行ったアマゾンの大森林では、敵対した魔信奉者を、気心知れた人に見間違えさせる罠があった。
これもそういった仕掛けではないだろうか…。そう男は訝しみ、前方に目を向ける。
精神錯乱性の仕掛けは、程度が弱い物であれば体のどこかを傷つけることで簡単に解くことができる。そう考えて男は手綱を強く握り、綱の間に指を挟みこんでみることにする。しかし暫くしても、指に手綱が食い込むばかりで何も変化は現れない。
「まあいい。それよりもいったい何が来るっていうんだ?俺には…。」
男はそう言いかけて、やめた。
男の目が、すぐ隣に座る男の子の背後に、怪しい動きをするレイミリアの姿を捉える。その様子に驚いて右手に苦無を構えた。
レイミリアは今にも飛びかからんばかりのランランとした目で、ミラクーロの後ろ髪をクンクンと嗅いでいる。その目はトロンと怪しく目尻が下がり、鼻の下も限界まで伸びている。両の手を頭の横に広げるように開き、指先は獲物を狙う猫科の生き物のように折れ曲がっていた。
憑き物か?
黒装束の男はそう判断して、苦無の柄に仕込んだ麻酔針を口に含む。するとそれに気がつきミラクーロが後ろを振り向いた。とたんにレイミリアとミラクーロの目が合う…。
その状態でしばらく、三人の動きが止まった。
馬車はその間もものすごい勢いで走り続けている。馬車を引く四頭の馬たちは、ロイとレイミリアに褒めてもらいたくて仕方ないのだ。頑張ればいつも褒めてくれる。そうして美味しい褒美を満足いくまで食べさせてもらえる。
そうして走る四頭のうち、御者台に近い方の二頭、名前をパセリとセロリと言う、の二頭が、御者台の様子に気がついた。馬の視界はほぼ背後まで及ぶ。並んで右側を走るセロリのその視界の左後方に様子がおかしくなったレイミリアが見えた。ほぼ同時に左側を走るパセリにもそれが見える。
二頭はブルルゥルンっと、前を走るエシャロットとキャロットに嘶きで「お嬢ちゃんがおかしいぞっ!」と知らせた。すると前を走るキャロットから、ブルンと短い返事があった。「小さい男の子の気配だ。たぶんいつものやつだ、気にせず駆けろ。」皆のリーダーでもあるキャロットの返事は他の三頭に等しく伝わった。そうして四頭はまた集中して駆け出す。「洞窟の外まで急げ、そのままどこかの民家まで急げ」が最後にレイミリアから手綱ごしに受け取った意思だからだ。
その顔は美しく均整がとれ、目鼻立ちもしっかりとしたヨーロッパ系のノーブルな顔立ちだ。
「誰よ、あんた…。」
レイミリアは目を点にして、男の子の顔を見る。その手元の手綱があやふやに揺れていく。それを見て、黒装束の男が黙って横から手を伸ばし、手綱を引き受けた。
「僕は、ミラクーロと言います。あの、後ろから追いかけてくるアレの子供です…。」
申し訳なさそうにそう言った男の子の顔を眺めて、レイミリアの表情がますます怪しくなる。目尻が下がり、口元が緩み、その唇がわなわなと震えだしている。
「あの、ごめんなさい。お父さんが僕を連れてきて、この奥の湖で何かしようとしていたんです。僕、それが怖くて、逃げてきちゃったんです…。」
そう男の子は言うが、ではいつの間に馬車へと潜り込んだのだろう。馬車にはレイミリアとジケイと御者のロイしか乗って来てはいない。そして今、御者台で手綱を引く黒装束の男に会ってからは、レイミリアしか乗っていなかったはず。しかもここまで馬車は全速力で駆けてきた…。子供が乗りこめるタイミングなどどこにもないはずだ。
「家族旅行か何かなのか、こんな場所で…?」
この状況がよくわからず、自分でも頓珍漢だと思いながら、男は聞いてみることにした。
「いいえ、ここへ来たのは僕と父だけです。母は今頃、家で編み物でもしている時間です。なので家族旅行というわけでは…。」
ミラクーロと名乗った子供は、その端正な顔を男に向けて申し訳なさそうにそう答えた。その答えは男をますます混乱させていく。
「えっと、その中に、まだ誰かいるよな?大勢いる、気配がするんだが…。」
「え?いいえ。この中は僕だけですよ。さっきオジサンが飛び乗った時に僕も一緒に入り込んだんですから。」
ミラクーロの答えは男を驚愕させた。と同時に、そんなはずはないという考えも浮かぶ。
――里では索敵能力でも一番と名高かったのだ。その俺が気配を読み間違えるはずなんてない…。しかも俺と一緒に飛び乗っただと?馬鹿な、こんな小僧が俺に追いついて馬車に飛び乗ったというのか。なぜ気づかれずにそんなことができる?
そうして男は考えた。これは何かの罠か仕掛けにはまり込んでしまったのではないか、と…。
迷宮と呼ばれる場所では、さまざまな罠や仕掛けが施されていることが多い。男が数年前に行ったヒマラヤ山中の迷宮では、仲間同士を敵に勘違いする精神錯乱性のガスが発生していた。その前に行ったアマゾンの大森林では、敵対した魔信奉者を、気心知れた人に見間違えさせる罠があった。
これもそういった仕掛けではないだろうか…。そう男は訝しみ、前方に目を向ける。
精神錯乱性の仕掛けは、程度が弱い物であれば体のどこかを傷つけることで簡単に解くことができる。そう考えて男は手綱を強く握り、綱の間に指を挟みこんでみることにする。しかし暫くしても、指に手綱が食い込むばかりで何も変化は現れない。
「まあいい。それよりもいったい何が来るっていうんだ?俺には…。」
男はそう言いかけて、やめた。
男の目が、すぐ隣に座る男の子の背後に、怪しい動きをするレイミリアの姿を捉える。その様子に驚いて右手に苦無を構えた。
レイミリアは今にも飛びかからんばかりのランランとした目で、ミラクーロの後ろ髪をクンクンと嗅いでいる。その目はトロンと怪しく目尻が下がり、鼻の下も限界まで伸びている。両の手を頭の横に広げるように開き、指先は獲物を狙う猫科の生き物のように折れ曲がっていた。
憑き物か?
黒装束の男はそう判断して、苦無の柄に仕込んだ麻酔針を口に含む。するとそれに気がつきミラクーロが後ろを振り向いた。とたんにレイミリアとミラクーロの目が合う…。
その状態でしばらく、三人の動きが止まった。
馬車はその間もものすごい勢いで走り続けている。馬車を引く四頭の馬たちは、ロイとレイミリアに褒めてもらいたくて仕方ないのだ。頑張ればいつも褒めてくれる。そうして美味しい褒美を満足いくまで食べさせてもらえる。
そうして走る四頭のうち、御者台に近い方の二頭、名前をパセリとセロリと言う、の二頭が、御者台の様子に気がついた。馬の視界はほぼ背後まで及ぶ。並んで右側を走るセロリのその視界の左後方に様子がおかしくなったレイミリアが見えた。ほぼ同時に左側を走るパセリにもそれが見える。
二頭はブルルゥルンっと、前を走るエシャロットとキャロットに嘶きで「お嬢ちゃんがおかしいぞっ!」と知らせた。すると前を走るキャロットから、ブルンと短い返事があった。「小さい男の子の気配だ。たぶんいつものやつだ、気にせず駆けろ。」皆のリーダーでもあるキャロットの返事は他の三頭に等しく伝わった。そうして四頭はまた集中して駆け出す。「洞窟の外まで急げ、そのままどこかの民家まで急げ」が最後にレイミリアから手綱ごしに受け取った意思だからだ。
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