上 下
2 / 18
銀の鈴の章

第1話 洞窟を駆ける馬車 2

しおりを挟む
 レイミリアは自身の間の悪さを自覚している。これまでも何かをはじめようと決意すれば、そのタイミングでいつも横やりが入ってきた。
 ダイエットをしようと決意したその日の夕飯が、いつも決まって大好物のシチューであったり、好きになった男の子に告白をしようと思い立つと、そのタイミングで相手に彼女がいることに気がついたり。長いこと不登校でいた間も何度か学校へ行こうとした。けれどいつも何かの問題に巻き込まれてその日には行けなくなる。
 意志が弱いと言われてしまえばそうなのだが、そのタイミングの悪さもどうしようもない。
 今回もそれじゃないだろうか?とレイミリアは思った。かなり強引に、そう考えようとする。
 無論、怖さの転嫁だ。追いつかれたと認めたくないが故のその考えをレイミリアも、頭の片隅で自覚はしている。追いつかれたんじゃない、これはいつもの間の悪さだ。そう自身に繰り返すように暗示をかけていく。
 「ちょっとおいあんた。」
 しかも不思議なことに声は耳のすぐ後ろから聞こえてくる。なのでレイミリアはその声を、洞窟内に響く騒音が偶然にそうと聞こえる、そういう間の悪い幻聴だろう、と切り捨てることにした。

 そうと切り捨てるには理由もある。レイミリアの乗る馬車は、特別な仕様で作られた一点ものの馬車だ。前方を馬四頭で引くその馬車自体の形状は、横から見ると綺麗な流線型を描いている。御者を長年務めてきたロイがその経験を活かしてデザインした、当代随一の名車。そう自慢して譲らない特別仕様のものなのだ。
 御者台は馬車の前方に備えてある。つまりそこにレイミリアは座っている。そしてレイミリアの背後には扉で仕切られた馬車の本体がある。馬車の内側へ開かれるその扉が開いた様子もない。どんな騒音の中でも、扉が開けばチリンチリンと備え付けられた鈴の音が聞こえるはずなのだ。
 それに加えて自分が座る御者席とその扉の間にはほんのわずかの隙間もない。その間に入り込むことは幼子でも無理だ。子犬だって入らない。何故ならこの御者台は車体にピッタリと取り付けられているのだから。
 頭の中で無理矢理にそう理屈をつけて、湧きあがる不安を抑え込こもうとするレイミリアの耳に、またも男の声が聞こえた。
 「おい、あんた。ちょっとスピードを落としてくれよ。」
 背筋がゾクリとする。まるで耳元に口をつけて囁かれるような響きだったからだ。
 幻聴はしかし渋めのなかなかいい声にも聞こえる。こんなイケボだったら命まではとられないかな、などと都合のいい考えも浮かびながら、しかしレイミリアはいっぱいに手綱をたわませ、そうしてそれを強くふった。
 手綱からの指示で、愛馬達はここぞとばかりに一生懸命に駆けつづける。ガラングワンドコンバギャン、ガラングワンドコンバギャンと繰り返し鳴り響く車輪と蹄の音が、今や最大限に大きくなっていく。

 レイミリアの考えた通り、やはり幻聴だったのだろうか…。それきりで背後からの声は聞こえなくなっていった。
 ひょっとすると本当に幻聴だったのかもしれない。極限状態の恐怖の中で、音が響きすぎる洞窟という場所。そこを疾走する馬車がいれば、幻覚や幻聴程度は日常茶飯なことなのかもしれない。レイミリアはそう考えることにして馬達を急かす。
 そうして暫く、馬車は駆け続けていく。

――洞窟の出口まであとどれくらいだろう。まったく、猫じゃないんだから、逃げる相手を追ってこないでよね。

 相も変わらず、背中に感じられる恐怖。それは今や尊大な威厳さえも押し付けるように感じとらせてくる。
 しかし馬車のスピードをあげたからか、その恐怖は少しづつ遠ざかりはじめているようにも感じる。
 そこでレイミリアは少しだけ気を落ち着けるために、ふーっと大きく息を吐く。緊張からくる首と肩のコリを散らすために首も回す。そうして馬を駆りながら、こうなった経緯を思い返してみることにした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

黄昏史篇 アイオリア [ 1676 Common Era. Mystery. ] - 白い鍵と緑の書

仁羽織
ファンタジー
 『千年を生きる人々が治める国、エイシャ。その国は『たそかれの世界』と呼ばれ、遥か遠い場所にあるという。そうしてたそかれの世界には、現世で亡くなった人々が暮らす、幽玄の世に繋がる湖がある。』  そんな伝説話を頼りに、失った家族を探し求めて『たそかれの世界』へと入り込んでくるミゼリト・ハッサン。彼女はその国で、陽気で優しい一人の若者に会う。彼の名前はルミネ・アイオリア。聞けばアイオリアの王族だと言う。  警戒しつつ、事情を話し、ルミネに協力を求めるミゼリト。快くそれに協力し、何の疑いも持たないルミネ。  二人は出会い、すれ違い、そして旅に出る…。  カクヨムにて最新版を連載中! - - [ アルファポリス投稿 ] 『銀の鈴』シリーズ ☆『青い扉と銀の鈴』 ☆『赤い剣と銀の鈴』 ☆ ご意見・ご感想、お待ちしております。

麒麟

ginsui
ファンタジー
大那物語より。 琵琶弾き羽白と神官との出会い。麒麟と少女の魂の行方。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...