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Side: イリーナ

10>> 結婚式当日 

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 結婚式が滞りなく終わり、ナシュド家で行われた披露宴も中程という頃にコザックは疲れたと言って先に退席した。
 イリーナはなんとなくそうなるのではないかと思っていたので驚きもしなかったが、これに怒ったのはコザックの母エルザだった。
 実はまだエルザはコザックの不貞を直接的には聞いてはいなかった。ナシュド家とロデハン家との間に取り決めた秘密の約束をエルザに教えると、不貞を嫌うエルザの態度からコザックが勘付くかもしれないと思われたからだ。だからエルザは普通に新婦に対する態度が悪いとコザックに腹を立てていた。この後更に彼女の頭の血管は怒りで切れそうになるのだが、今はまだ礼儀のなっていない息子に不満を漏らす母の顔で怒っていた。
 
 新郎が居なくなった事で、ただ飲みたいだけの人たちを置いて宴は早めに切り上げられた。参加者たちはイリーナとコザックの関係に疑問を持つ事もなく、初々しい2人の態度──に見える──に緊張しているんだな分かるよなんて笑ったりもした。

 これから3年間、殆ど会う事が出来なくなるかもしれなくて、イリーナは周りにバレない様にディオルドの背中を見つめた。ディオルドとは父経由で手紙のやり取りが出来る事になっている。それでもやはり寂しくて……昨日の唇の温かさを思い出してしまってはイリーナは人知れず顔を赤くした。
 既にコザックの唇など虫に刺された扱いだった。


 後ろ髪を引かれながらも帰って行った父とディオルドやその他の客を最後まで見送ったイリーナはしゅうとめとなったエルザに「後は任せなさい」と言われたのでお言葉に甘えてナシュド家の別邸にある自室へと入った。
 披露宴用の豪華なドレスを脱ぎ、湯浴みをゆっくりとした後、本来なら寝間着を着るところだったが、まだ寝る気が起きなかったイリーナは普段着へと着替えた。
 疲れているであろう侍女たちをまた着替えの時に呼ぶからと下がらせ、自室で一人になる。
 これからの事を考えると少しだけ溜め息が出そうになるが、忙しくもなるだろうとも考えて、イリーナは自分の執務机へと座った。
 今急いでしなければいけない仕事はないが、なんとなく机に向かう。
 体も頭も疲れているはずなのに眠気は起きない。
 なんとなく時間を潰すかの様にペンを走らせていたイリーナの耳にバンッという扉の音が響いてイリーナの体がビクリと揺れた。

「イリーナ!
 俺がお前を抱く事は無い!!」

 突然部屋に入ってきて騒ぐコザックにイリーナは驚きよりも呆れの方が大き過ぎて直ぐに反応が出来なかった。披露宴から今までコザックが何をしていたのか……まぁ知りたくもないが、新妻を放っておいてどこに行ったかと思えば戻ってきて言う言葉がこれとは、この男の頭はどうなっているのかと心底呆れてしまう。
 あまりの馬鹿さ加減にイリーナはもう淑女の顔すら出来なかった。

「夜にいきなり人の部屋に来て何を言い出すかと思えば……

 当然です。
 気持ちの悪い事を言わないでくださいませ」

 そこまで言ったらもう口が止まらなくなった。

「貴方との婚姻は政略以外の何物でもございません。
 3年後に白い結婚を理由に離婚する事も決まっております。
 これは両家の現当主、わたくしたちのお父様たちが正式に書面にて契約を交わしておりますわ。

 ……まさか結婚式の中で誓いのキスをしたから本当にわたくしが貴方に心から誓いを立てたとでも思ったのですか?
 自分は嘘の誓いを立てたのに?

 事前にお父上から話を聞いて居られないのですか?
 この婚姻の事を何も理解しておられないのですか?

 わたくしと貴方の部屋を右の端と左の端にして一番離したというのに、こんな時間にわざわざそんな事を言う為に来られるなんて驚きを通り越して呆れますわ。

 なんです? わたくしが貴方に惚れるとでも……まさか、惚れていたとでも思ったのですか?

 どこまで単純な思考をお持ちなんでしょうか……羨ましいですわ……

 ほんと、安心して下さいませ。

 わたくしが貴方様を恋しく思う事も愛する事もございません。

 これは政略結婚です。
 妻としての表向きのお仕事はいたしますがそれ以外をわたくしに求めないで下さい。

 さぁ、理解されましたら2度とこちらの部屋には来ないで下さいませ」

 途中、コザックが口を開こうとしたがイリーナはそれを聞く事はなく話し続け、イリーナの為にロデハン家から派遣されていた騎士の名を呼びコザックを部屋から連れ出してもらった。

 まさか部屋に来るとは思わなかった。

 が無い事にコザックは今の今までおかしいと考えなかったのだろうか?
 イリーナはその事にも呆れて溜め息を吐いた。

 あまりの事につい頭に血が昇ってしまった。いままで少しずつ貯まっていた不満が一気に口から出てしまった気がする……。
 ちょっと……かなり言い過ぎてしまった様な気がしてイリーナは少しだけ申し訳ない気持ちになった……
 だが、どう考えてもコザックの方が駄目な事をしているので、一度くらい不満をぶつけても良いわよね……と考え直してフンスと鼻を鳴らした。

 コザックはきっとイリーナがしおらしく寝室でコザックを待っていると思っていたのだろう。お前を抱かないと言えばイリーナが泣いてすがると思ったのだろう。他に女を作って婚約を解消もせずに何食わぬ顔で結婚し3年後の白い結婚を目論む男だ。そんな考えでもないと初夜にの居る寝室には来ないだろう。
 長年の婚約者の本性がこんなにも醜悪だったのかとイリーナは少し悲しくなった。コザックにそこまで嫌われてしまった理由に見当もつかない。
 これからの3年間、大変だろうなぁ……と、イリーナは水差しの水を飲みながらそう思った……



 次の日会った、しゅうととなったナシュド侯爵にコザックに事前に知らせていなかったのかとイリーナが聞くと、ナシュド侯爵は手紙で知らせたのにコザックがそれを見なかったのだと言ったので、あぁコザックは本当に駄目になってしまったのだなぁとイリーナは少しだけ寂しくなった。



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