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Side: イリーナ
9>> 結婚前夜
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明日は遂にイリーナがナシュド家に嫁入りするという日の前日。
ディオルドは結婚式に参列する為にロデハン家の客室に泊まっていた。明日はイリーナ側の参列者として参加する為だ。
そんなディオルドが泊まっている客室の扉が、もう日も回ろうとしている時間に鳴らされた。
「ディオルド様」
聞こえてきたのは公爵家の騎士の声だった。ロデハン家の中で警護を付けるのはおかしいかもしれないが、万が一問題が起きた時、むしろロデハン家には落ち度が無い事を示す為にもディオルドが泊まる客室の廊下に公爵家の騎士が立っていた。
その騎士がこんな夜中に声を掛けてきた事にディオルドは警戒する。何か問題が起きたのだろう。
「どうした?」
扉に近付きディオルドがその外に居る騎士に答える。
「お休みのところ申し訳ありません。
イリーナ様がディオルド様に会いたいと」
「な?! イリーナ?!?」
騎士の言葉を最後まで待てずにディオルドは扉を開けた。そこには夜着用の厚手のガウンを着て、下を向いたまま立っているイリーナが居た。
当然彼女の侍女もその後ろに立っては居るが、明日嫁入りするという女性が来ていい場所ではなかった。
ディオルドは慌てたが、そのままイリーナを廊下に立たせている訳にもいかず、一先ずイリーナを部屋に入れた。しかし二人だけになる訳にはいかないので扉を半分ほど開けたままで自分の騎士とイリーナの侍女に扉の前に立ってもらった。
ディオルドは扉の側に立ったままでイリーナに問いかける。
「どうしたんだ……こんな夜中に……」
「………ディオルド様……」
返事をしたイリーナの声は震えていた。胸の前で組んでいる両手の指先は少し皮膚に食い込んでいて、イリーナの手に力が入っているのが分かる。
「……イリーナ?」
優しく、優しく彼女の名前呼ぶ。
ディオルドに何かを求めているからここに来たのだろう。不安で眠れないのならイリーナが眠れるまでロデハン家の談話室まで移動してそこの大きなソファに寝そべりながら話をしてもいいとディオルドは考えていた。そんなディオルドにイリーナは少しだけ近付いた。
「……イリーナ?」
戸惑うディオルドにイリーナは下を向いていた顔を向ける。
そのイリーナの表情はとても悲しげな、とてもツラそうで、瞳は潤み揺れていた。
「……ディオルド様……どうか……どうかわたくしの我が侭を聞いてくださいませ……どうか……どうか……」
震える唇でそう言うと、涙が溢れそうになったイリーナが慌てて下を向いた。
「……イリーナ……言ってごらん?」
「……わたくし……コザック様の妻になる覚悟は出来ております。お飾りの妻に、自分でなると決めたのです」
「そうだね……」
「でも明日……式では必ず誓いの口付けを皆様の前で行わなければいけません……したふりではなく、ちゃんと夫婦になる事を参列者の方に見てもらわなければならないと言われましたの……唇を合わせなければいけないと…………」
「…………」
「妻の役をやると決めたのはわたくしです。だから……分かってはいるのです……ただ唇を合わせるだけだと……一瞬の事だと、理解している筈なんです……でも……でもどうしても考えてしまって……っ、わたくしの何かを、わたくしのここに初めて触れるのがコザック様なのだと思うとわたくしどうしても体が震えてしまって……っ、、
こ、こんな事いけない事だと分かってはいるのですがっ、、許される事ではないって分かっているのですがっっ、……わたくし、この唇が触れるのは、最初に触れるのはあの方じゃなくてディオルド様がいいと、……っ、思ってしまっ」
イリーナはそれ以上喋る事は出来なかった。
涙をポロポロと流しながら自分の心と葛藤するイリーナは酷く儚く見えた。ルールだからと突き放す事は簡単だがそのルールを守って誰かの心を傷付けるのならディオルドはルールを破る事を選択する。責任は自分が取る。
ディオルドは泣きながら喋るイリーナの唇を自分の唇で塞いだ。
その瞬間体を硬直させたイリーナから一度唇を離すと
「……誰かに何かを言われたら、私に奪われたのだと言いなさい」
と、イリーナの目を見て囁き、今度は彼女の体全てを包み込む様に抱きしめるともう一度優しいキスを落とした。
「……! …………」
目を見開いて驚いていたイリーナは二度目の口付けで安堵した様に目を閉じ、自分を包み込んでくれるディオルドの体を抱き返した。
ずっと冷たくなっていたイリーナの体が温かく溶かされていく。
「…………ディオルド様……」
唇が離れるとイリーナは自然とディオルドの名を呼んでいた。抱きしめられたまま、ディオルドの肩へと頭を預けたイリーナはその温かさに目を閉じる。
こんなに安心出来たのは久しぶりだった…………
「…………」
「………………おや?」
少しの時間立ったままイリーナを抱きしめていたディオルドが体の重さを感じてイリーナの顔を覗き込むとなんとイリーナは寝息を立てていた。
「……随分緊張していたのだな……」
眠るイリーナを労る様に抱き上げたディオルドは小さな声で直ぐ側の扉の外に居る侍女と騎士に声を掛け、驚く二人を引き連れてイリーナを彼女の寝室へと運んだ。
次の日、自室のベッドで目を覚ましたイリーナが真っ赤な顔で悶えたのは言うまでもない。
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明日は遂にイリーナがナシュド家に嫁入りするという日の前日。
ディオルドは結婚式に参列する為にロデハン家の客室に泊まっていた。明日はイリーナ側の参列者として参加する為だ。
そんなディオルドが泊まっている客室の扉が、もう日も回ろうとしている時間に鳴らされた。
「ディオルド様」
聞こえてきたのは公爵家の騎士の声だった。ロデハン家の中で警護を付けるのはおかしいかもしれないが、万が一問題が起きた時、むしろロデハン家には落ち度が無い事を示す為にもディオルドが泊まる客室の廊下に公爵家の騎士が立っていた。
その騎士がこんな夜中に声を掛けてきた事にディオルドは警戒する。何か問題が起きたのだろう。
「どうした?」
扉に近付きディオルドがその外に居る騎士に答える。
「お休みのところ申し訳ありません。
イリーナ様がディオルド様に会いたいと」
「な?! イリーナ?!?」
騎士の言葉を最後まで待てずにディオルドは扉を開けた。そこには夜着用の厚手のガウンを着て、下を向いたまま立っているイリーナが居た。
当然彼女の侍女もその後ろに立っては居るが、明日嫁入りするという女性が来ていい場所ではなかった。
ディオルドは慌てたが、そのままイリーナを廊下に立たせている訳にもいかず、一先ずイリーナを部屋に入れた。しかし二人だけになる訳にはいかないので扉を半分ほど開けたままで自分の騎士とイリーナの侍女に扉の前に立ってもらった。
ディオルドは扉の側に立ったままでイリーナに問いかける。
「どうしたんだ……こんな夜中に……」
「………ディオルド様……」
返事をしたイリーナの声は震えていた。胸の前で組んでいる両手の指先は少し皮膚に食い込んでいて、イリーナの手に力が入っているのが分かる。
「……イリーナ?」
優しく、優しく彼女の名前呼ぶ。
ディオルドに何かを求めているからここに来たのだろう。不安で眠れないのならイリーナが眠れるまでロデハン家の談話室まで移動してそこの大きなソファに寝そべりながら話をしてもいいとディオルドは考えていた。そんなディオルドにイリーナは少しだけ近付いた。
「……イリーナ?」
戸惑うディオルドにイリーナは下を向いていた顔を向ける。
そのイリーナの表情はとても悲しげな、とてもツラそうで、瞳は潤み揺れていた。
「……ディオルド様……どうか……どうかわたくしの我が侭を聞いてくださいませ……どうか……どうか……」
震える唇でそう言うと、涙が溢れそうになったイリーナが慌てて下を向いた。
「……イリーナ……言ってごらん?」
「……わたくし……コザック様の妻になる覚悟は出来ております。お飾りの妻に、自分でなると決めたのです」
「そうだね……」
「でも明日……式では必ず誓いの口付けを皆様の前で行わなければいけません……したふりではなく、ちゃんと夫婦になる事を参列者の方に見てもらわなければならないと言われましたの……唇を合わせなければいけないと…………」
「…………」
「妻の役をやると決めたのはわたくしです。だから……分かってはいるのです……ただ唇を合わせるだけだと……一瞬の事だと、理解している筈なんです……でも……でもどうしても考えてしまって……っ、わたくしの何かを、わたくしのここに初めて触れるのがコザック様なのだと思うとわたくしどうしても体が震えてしまって……っ、、
こ、こんな事いけない事だと分かってはいるのですがっ、、許される事ではないって分かっているのですがっっ、……わたくし、この唇が触れるのは、最初に触れるのはあの方じゃなくてディオルド様がいいと、……っ、思ってしまっ」
イリーナはそれ以上喋る事は出来なかった。
涙をポロポロと流しながら自分の心と葛藤するイリーナは酷く儚く見えた。ルールだからと突き放す事は簡単だがそのルールを守って誰かの心を傷付けるのならディオルドはルールを破る事を選択する。責任は自分が取る。
ディオルドは泣きながら喋るイリーナの唇を自分の唇で塞いだ。
その瞬間体を硬直させたイリーナから一度唇を離すと
「……誰かに何かを言われたら、私に奪われたのだと言いなさい」
と、イリーナの目を見て囁き、今度は彼女の体全てを包み込む様に抱きしめるともう一度優しいキスを落とした。
「……! …………」
目を見開いて驚いていたイリーナは二度目の口付けで安堵した様に目を閉じ、自分を包み込んでくれるディオルドの体を抱き返した。
ずっと冷たくなっていたイリーナの体が温かく溶かされていく。
「…………ディオルド様……」
唇が離れるとイリーナは自然とディオルドの名を呼んでいた。抱きしめられたまま、ディオルドの肩へと頭を預けたイリーナはその温かさに目を閉じる。
こんなに安心出来たのは久しぶりだった…………
「…………」
「………………おや?」
少しの時間立ったままイリーナを抱きしめていたディオルドが体の重さを感じてイリーナの顔を覗き込むとなんとイリーナは寝息を立てていた。
「……随分緊張していたのだな……」
眠るイリーナを労る様に抱き上げたディオルドは小さな声で直ぐ側の扉の外に居る侍女と騎士に声を掛け、驚く二人を引き連れてイリーナを彼女の寝室へと運んだ。
次の日、自室のベッドで目を覚ましたイリーナが真っ赤な顔で悶えたのは言うまでもない。
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