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14>>コザックは認めない

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「…………リルナ」

 空き家になっていたリルナの実家の小さなリビングでコザックは呆然と立ち尽くしていた。
 家の鍵は開いていて、家の中は慌てて引っ越したと分かる程に大型の家具を全て残して小物だけが無くなっている状態だった。

「……まさか……イリーナに脅されたのか……、愛する俺から離れる様に……イリーナに……
 そうだ……そうでなければリルナが、愛し合っている俺から離れる筈が」

「少し宜しいでしょうか?」

 最愛が居なくなった現実を受け止めきれなくて、よろめいて残っていたテーブルに手を付き項垂れていたコザックに侍従が空気を読まずに声をかけた。

「……なんだ……」

 イリーナへの恨みを押し殺して返事をしたコザックが侍従を見る。そんなコザックの目に映る侍従の顔はとても主人の現状を理解しているとは思えない、不思議そうな表情をしていた。

「コザック様はリルナさんと愛し合っていると言われ続けて居られますが、ちゃんとリルナさんと話し合われていたのですか?」

「は……? そんなの……」

「まさか体を重ねていれば“愛し合っている”などとは言われませんよね?」

「……っ!」

 答えようとした言葉をそのまま返されてコザックは息を呑んだ。
 愛しているから抱くのだから愛しているから抱かれているんだろう。それを侍従は間違っているかの様に口にする。コザックは眉根を寄せて不満を顔に表した。

「……愛し愛される崇高すうこうな行為だ。愛を確かめ合うのにそれ以上の行為はないだろう。言葉など……心が繋がっていれば少ない会話でも伝わるものだ」

 コザックは最後には鼻で笑って侍従を見た。
 侍従も結婚している。自分と妻の関係とコザックとリルナの関係を同じ様に考えてるのかもしれないが、コザックとリルナは親から決められた関係や職場で知り合った様な狭い世界で選ぶしかなかった様な相手では無く、広い世界で偶然出会い惹かれ合い手を取り合い愛し合った“運命の関係”だ。手頃なところで満足している奴に自分たちの関係を同じ様に扱われるのはしゃくに障った。だが、手軽なところで妥協した結果、言葉で確認し合わなければ理解し合えないような『愛』しかないのだと思うとコザックには哀れに思えた。

「俺とリルナはこの3年間会う度に愛し合ったんだ。リルナは俺に抱かれるのが嬉しくて毎回泣いていたよ。お前の妻も旦那に抱かれる幸せに“嬉し涙”を流しているか? あの涙が宝石になれば、お前にどれだけ俺が愛されているか見せてやれたのになぁ……」

 リルナの愛に酔いしれるコザックが侍従を馬鹿にしたように笑うが当の侍従はそんなコザックを横に、不意に玄関口に立っていた護衛に話を振った。

「君も結婚していたよな? 君の妻も君に抱かれている時に泣くのか?」

「え? 俺ですか? ……さ、最初の頃は……俺も下手だったので何度か泣かせてしまいましたが……彼女の話を聞きながら試行錯誤したので、……今は泣かせてません」

「だよな……
 私も閨事ねやごとで妻を泣かせる事はありません……。
 コザック様、リルナさんは本当に嬉しくて泣いてたのですか?」

「っと、当然だ!?」

 侍従の言葉にカッとコザックの顔は赤くなった。

「しかし、メイドが言っていましたよ? リルナさんはコザック様が帰った後に一人で泣いていたと。腕に手の痣が残っていた時もあったと。
 コザック様の愛は愛する女性を痣が残る程に押さえつけなければいけない程、相手の女性に抵抗されるものなのですか?」 

「抵抗などされていない! リルナは……っ!?」

 コザックの頭に不意にリルナが我が侭を言い出した頃の記憶が思い浮かんだ。
 『もう無理』『ごめんなさい』『私が馬鹿だったの』などと言ってリルナは泣いていた。
 そんなリルナをコザックは外に出れない不満と親に会えない寂しさで弱っているだけだと考え、コザックを拒絶する態度を取るリルナを何とか宥めようと手に力を入れてリルナを抱き締めた。駄々をこねるリルナを大人しくさせる為に少々押さえつける様な形にはなったが、そんな、痕が残る程に押さえつけたつもりは無い。もし痕が残ってしまったのなら、それはが悪い。コザックは決して暴力なんかは振るっていない。決して。

「い、一時期リルナが不安定になった事はあったが、男女関係にはよくある話だろ……。ちょっとしたすれ違いなんてよくある話だ。その時ちょっとリルナを慰める為に力が入ってしまったかもしれないが……、俺が意図してリルナを押さえつけた事なんて無いし、リルナが泣いていた原因が俺だとリルナが言った訳ではないだろう! 俺が帰ってしまって寂しがっていただけかもしれないじゃないかっ!」

「……事実はリルナさんしか分からないのでここで話し合う事では無いですね……
 ですが、彼女の腕に痣があった事だけは覚えていてあげて下さい」

「俺が次に会った時にはそんなものなかった。
 直ぐに消える痣など大した事じゃないじゃないか」

 自分の最愛の女性を自分が傷付けたかもしれないという話をしているのにそんな風に切り捨てるコザックに侍従も護衛も眉間に皺を寄せた。

「コザック様……」

 我慢出来ずに護衛がコザックを呼ぶ。コザックは自分こそが不愉快にさせられたのだと全面に顔に出して護衛を見る。

「……なんだ」

「……男と女ではどうあがいても力の差があります……
 男が軽く握った手でも女性には振り払えない事があるのです……
 強い女性も当然居ますが、殆どの女性が力で男に抗う事が出来ません……
 どうかその事を覚えておいて下さい……」

「はぁ? それは今しなきゃいけない話か?
 そんな事、お前に言われなくても分かっているさ!」

「「…………」」

「そんな事より今はリルナの事だ!
 直ぐに邸に戻る! 父上に話をしてリルナを探し出さなければ!」

 そう言って歩き出したコザックの後を侍従と護衛が追う。
 だが二人共口を開く気にならずに諦めた様に溜め息を吐いた。

 きっと誰が何を言ってもコザックの耳には届かないのだろう。リルナ本人から直接言われればもしかしたら理解するかもしれないが、その機会がコザックに与えられる事はない。

 コザックの背中を見ながら、この背を見るのももう終わるのだな、と侍従は思った。



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