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2>>本来なら初夜
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別邸の中、コザックはニヤつく顔を引き締める事もせずに廊下を歩く。
目指すはイリーナが待つ寝室だ。
今日は『初夜』。
ナイトドレスを着て期待しながら夫を待つ新妻イリーナに現実を教えてやる。
俺の愛が貰えないと知って泣き騒ぐイリーナを突き放して笑ってやる。
コザックは沸き立つ嗜虐心に興奮する自分を抑えて真顔を作り、イリーナの部屋の扉の前に立った。
ひと呼吸吐くとノックもせずに扉を開き大股で部屋の中に入り、イリーナの顔を見て声を張った。
「イリーナ!
俺がお前を抱く事は無い!!」
新婚初夜に夫からこんな事を言われて取り乱さない女はいないだろう。
コザックは鼻の穴を膨らませて自信満々にイリーナを見下ろした。
しかし目の前のイリーナは白けた顔をして心底呆れきった目でコザックを見ていた。
絶対に馬鹿みたいな透けたナイトドレスを着てベッドに座って自分の夫となった男を期待しながら今か今かと待っていると思っていた筈のイリーナの着ていた服は普段と変わらないしっかりとした生地の普段着用のドレスだった。
その事に気付いたコザックの口からは自然と「あれ?」という小さな声が漏れた。
イリーナは盛大に溜息を吐いて執務机から立ち上がった。
「夜にいきなり人の部屋に来て何を言い出すかと思えば……
当然です。
気持ちの悪い事を言わないでくださいませ」
目を座らせてはっきりと告げたイリーナの言葉にコザックは一瞬何を言われたのか分からなかった。
唖然とするコザックを気にする事なくイリーナは続ける。
「貴方との婚姻は政略以外の何物でもございません。
3年後に白い結婚を理由に離婚する事も決まっております。
これは両家の現当主、わたくしたちのお父様たちが正式に書面にて契約を交わしておりますわ。
……まさか結婚式の中で誓いのキスをしたから本当にわたくしが貴方に心から誓いを立てたとでも思ったのですか?
自分は嘘の誓いを立てたのに?
事前にお父上から話を聞いて居られないのですか?
この婚姻の事を何も理解しておられないのですか?」
「え?は??」
「わたくしと貴方の部屋を右の端と左の端にして一番離したというのに、こんな時間にわざわざそんな事を言う為に来られるなんて驚きを通り越して呆れますわ。
なんです?わたくしが貴方に惚れるとでも……まさか、惚れていたとでも思ったのですか?
どこまで単純な思考をお持ちなんでしょうか……羨ましいですわ……」
「なん?!そっ?!?」
「ほんと、安心して下さいませ。
わたくしが貴方様を恋しく思う事も愛する事もございません。
これは政略結婚です。
妻としての表向きのお仕事はいたしますがそれ以外をわたくしに求めないで下さい。
さぁ、理解されましたら2度とこちらの部屋には来ないで下さいませ。
ジン、旦那様を部屋までお送りして」
パンパンとイリーナが手を叩いて人を呼ぶと騎士の一人が部屋に入って来てイリーナに頭を下げた。この男がジンなのだろう。コザックはこんな騎士がナシュド侯爵家の騎士隊の中にいただろうか?と思った。
予想だにしていなかった事態にコザックは混乱してイリーナに言い返す言葉すら思い浮かばずそんなどうでもいい事を脳が考えてしまう。
そんなコザックを置き去りにして会話は進む。
「申し訳ありません、イリーナ様。
まさかこの時間に訪問者が来るとは思いもせず、席を外しておりました。一生の不覚であります。
今後2度と奥様の部屋の前を無人にしないように人員を配置致します」
「えぇ、お願いね」
「では旦那様。お部屋にお送り致しましょう」
ジンの鋭い視線に見つめられてコザックは更に言葉を発せられなくなった。じっとりと背中に汗が浮かぶのが分かる。自然と飲み込んだ唾と共に「あ、あぁ……」と小さな声で返事をしてしまったコザックは自分の後ろにピッタリと付いたジンに背中を押されるようにイリーナの部屋から出ていった。
言いたい事はたくさんあった筈なのに何も言えない。
「なんだあの騎士は!! あれが仕える者への態度か!!」
コザックがそう怒りを顕に出来たのは自分の部屋に戻ってジンが自分の側を離れてからだった。
お飾りに過ぎない妻が自分を見下した目で見てきた事が何よりも腹立たしかったが、イリーナが言った『お父上から話を聞いて居られないのですか?』という言葉が引っ掛かる。
コザックは怒りで眠れない夜を過ごすと朝一で本邸の父の元を訪ねた。
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別邸の中、コザックはニヤつく顔を引き締める事もせずに廊下を歩く。
目指すはイリーナが待つ寝室だ。
今日は『初夜』。
ナイトドレスを着て期待しながら夫を待つ新妻イリーナに現実を教えてやる。
俺の愛が貰えないと知って泣き騒ぐイリーナを突き放して笑ってやる。
コザックは沸き立つ嗜虐心に興奮する自分を抑えて真顔を作り、イリーナの部屋の扉の前に立った。
ひと呼吸吐くとノックもせずに扉を開き大股で部屋の中に入り、イリーナの顔を見て声を張った。
「イリーナ!
俺がお前を抱く事は無い!!」
新婚初夜に夫からこんな事を言われて取り乱さない女はいないだろう。
コザックは鼻の穴を膨らませて自信満々にイリーナを見下ろした。
しかし目の前のイリーナは白けた顔をして心底呆れきった目でコザックを見ていた。
絶対に馬鹿みたいな透けたナイトドレスを着てベッドに座って自分の夫となった男を期待しながら今か今かと待っていると思っていた筈のイリーナの着ていた服は普段と変わらないしっかりとした生地の普段着用のドレスだった。
その事に気付いたコザックの口からは自然と「あれ?」という小さな声が漏れた。
イリーナは盛大に溜息を吐いて執務机から立ち上がった。
「夜にいきなり人の部屋に来て何を言い出すかと思えば……
当然です。
気持ちの悪い事を言わないでくださいませ」
目を座らせてはっきりと告げたイリーナの言葉にコザックは一瞬何を言われたのか分からなかった。
唖然とするコザックを気にする事なくイリーナは続ける。
「貴方との婚姻は政略以外の何物でもございません。
3年後に白い結婚を理由に離婚する事も決まっております。
これは両家の現当主、わたくしたちのお父様たちが正式に書面にて契約を交わしておりますわ。
……まさか結婚式の中で誓いのキスをしたから本当にわたくしが貴方に心から誓いを立てたとでも思ったのですか?
自分は嘘の誓いを立てたのに?
事前にお父上から話を聞いて居られないのですか?
この婚姻の事を何も理解しておられないのですか?」
「え?は??」
「わたくしと貴方の部屋を右の端と左の端にして一番離したというのに、こんな時間にわざわざそんな事を言う為に来られるなんて驚きを通り越して呆れますわ。
なんです?わたくしが貴方に惚れるとでも……まさか、惚れていたとでも思ったのですか?
どこまで単純な思考をお持ちなんでしょうか……羨ましいですわ……」
「なん?!そっ?!?」
「ほんと、安心して下さいませ。
わたくしが貴方様を恋しく思う事も愛する事もございません。
これは政略結婚です。
妻としての表向きのお仕事はいたしますがそれ以外をわたくしに求めないで下さい。
さぁ、理解されましたら2度とこちらの部屋には来ないで下さいませ。
ジン、旦那様を部屋までお送りして」
パンパンとイリーナが手を叩いて人を呼ぶと騎士の一人が部屋に入って来てイリーナに頭を下げた。この男がジンなのだろう。コザックはこんな騎士がナシュド侯爵家の騎士隊の中にいただろうか?と思った。
予想だにしていなかった事態にコザックは混乱してイリーナに言い返す言葉すら思い浮かばずそんなどうでもいい事を脳が考えてしまう。
そんなコザックを置き去りにして会話は進む。
「申し訳ありません、イリーナ様。
まさかこの時間に訪問者が来るとは思いもせず、席を外しておりました。一生の不覚であります。
今後2度と奥様の部屋の前を無人にしないように人員を配置致します」
「えぇ、お願いね」
「では旦那様。お部屋にお送り致しましょう」
ジンの鋭い視線に見つめられてコザックは更に言葉を発せられなくなった。じっとりと背中に汗が浮かぶのが分かる。自然と飲み込んだ唾と共に「あ、あぁ……」と小さな声で返事をしてしまったコザックは自分の後ろにピッタリと付いたジンに背中を押されるようにイリーナの部屋から出ていった。
言いたい事はたくさんあった筈なのに何も言えない。
「なんだあの騎士は!! あれが仕える者への態度か!!」
コザックがそう怒りを顕に出来たのは自分の部屋に戻ってジンが自分の側を離れてからだった。
お飾りに過ぎない妻が自分を見下した目で見てきた事が何よりも腹立たしかったが、イリーナが言った『お父上から話を聞いて居られないのですか?』という言葉が引っ掛かる。
コザックは怒りで眠れない夜を過ごすと朝一で本邸の父の元を訪ねた。
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