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 悪魔が言っていた『有用な奴隷』の意味が気にはなりましたが、……きっと知って気持ちの良いものではないだろうと想像ができたので、わたくしは考えるのを止めました。

 別邸の一室で、失神した母とおかしくなってしまった父とただ立ち尽くすわたくしが残されました。
 少しの間、頭が固まってしまったかのように動けなかったわたくしは、軽く頭を振って気持ちを切り替えると、別邸の外に待機してもらっていた使用人たちを呼びました。

 母を別邸にある母の部屋のベッドへ。
 父を本邸に運んでもらい医師を呼んで貰いました。
 両親が運ばれていく間に部屋を改めて見回したわたくしは、部屋の中から“悪魔を呼び出した禁書”が無くなっていることに気付きました。
 そのことにホッとする気持ちと、盗み出したことがばれて侯爵家がとがめられないかということが気になりました。

「ベアトリーチェ様」

「はい?」

 不意に後ろから掛けられた声に、私は一瞬理解できずに変な返事をしてしまいました。
 そのことにわたくしに声をかけてきた侍女の方も不思議そうな顔をしてわたくしを見てきます。

「? ベアトリーチェ様? どうかされましたか?」

 そう問われて、改めてわたくしは自分が『ベアトリーチェになった』のだと自覚しました。

「……ごめんなさい。すこしぼうっとしてしまったわ」

「……一体……何があったのですか?
 旦那様や奥様に一体何が……」

「……わたくしも、分からないの。
 一緒に居たはずなのに……一体何があったのかしら……」

 困ったような顔をしてみせれば、侍女はわたくしを心配げに見つめてきてはサッとわたくしを外にうながすように手を差し出して頭を少し下げました。

「お二人があんな風になってしまわれて、ベアトリーチェ様もお体に何があるか分かりません。本邸にお戻りになられ、医師に見てもらいましょう。
 ……ここはどうも、空気が宜しくはありませんし……」

 そう言って少しだけ眉間にシワを寄せて部屋を見渡す侍女にわたくしも同意しました。

「そうね……ここは好きじゃないわ……」

 歩き出したわたくしの後ろを侍女が付いて来ます。父の姿を見ている侍女です。今後この家を指揮するのが誰か、もう分かっているのでしょう。

「……お茶が飲みたいわ」

 別邸を出たところで自然とそんな言葉が口から漏れてしまっていました。今までならそれはただの独り言でしかありませんでした。
 でも今は……

「直ぐに用意させましょう。
 ベアトリーチェ様のお好きな甘さ控えめの焼き菓子もお付けして」

 そんな言葉が後ろから返ってきます。
 です。

「……ありがとう」

 侍女にそう伝えながら、のだと、わたくしはじわりじわりと実感していくのでした。
 
 
 
 
 
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