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5>>> 楽しみ一転困惑悪役令嬢 

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 未知の生物を目の前にしているかのような表情をして止まるルーニーにはお構いなしに、ミシディアはワクワクが止められないと云わんばかりに嬉しそうに身をくねらせる。

「その方はいつわたくしの下に来て下さるのかしら? わたくしいつでも迎え撃てるように準備してますのよ?
 わたくしは“悪役令嬢”!
 物語の悪役と言えば『部下達の一番後ろで余裕をかましてふんぞり返って座っているボス』ですものね!!
 この世界の雰囲気からイメージは『ヨーロッパマフィアのボス』かしら?! 『悪代官』ではちょっとイメージが違いますものね! フフ、わたくし葉巻もお酒も嗜みませんけれど、令嬢らしくお茶を優雅に飲みながらヒーローを待ちたいと思いますわ!
 そして必ずや、華々しく美しい最後を遂げてみせましょう!!
 『悪役』の名に恥じぬように!!!」

 舞台の上にいる女優のように両手を上に広げてドレスの裾をひるがえして回ると心底楽しいんだと云わんばかりの顔でミシディアは微笑んだ。
 そして思い出したかのようにルーニーを見てその目を覗き込む。

「そうですわ。ちゃんとその『ヒーロー』のお名前を知っておきたいのですけれど、教えてくださる?」

 ニッコリ、と、本当に無邪気に、心から楽しんでいるかのようにミシディアに微笑まれて、ルーニーは息が止まった。

 そして理解した。
 に最悪なお願いをしてしまったのだと……

「あ……、あ、あぁ……あ……」

 そう理解してしまった途端に、ルーニーの口からは意味もなく声が漏れた。
 体の震えが止まらない。
 目の前の“美しく優しい笑顔の女”が怖くて仕方がない。
 得体の知れない物に自分の体が支配されてしまったような気持ち悪さが押し寄せる。 
 見開いた目に見える物が暗くなる。
 息がまともに吸えない。
 そんなルーニーに。

「ねぇ?
 ヒーローのお名前を教えてくださる?」

 道を聞くような気軽さで目の前の女は聞いてくる。

「もしかして、変身ヒーローなのかしら? それでは変身前のお名前をお聞きする事はできませんねぇ」

 困ったわぁ……
 夕飯の卵を切らしていたかのような呟きがルーニーの恐怖心をじわじわと広げていく。


 こんな女に

 自分、頼んだのだ

 悪役令嬢をしてくれと

 自分ルーニーが、頼んだのだ

 その所為で自分は凌辱りょうじょくされ、足を奪われ、心まで壊される程に体も心も何もかもを滅茶苦茶にされた……

 全ては、
 自・分・が・頼・ん・だ・所・為・で…………


 そのことにルーニーの心が瓦解がかいする。

「あ、あぁあぁああああああっ!!!」

 ルーニーの口から喉が裂けるような声が漏れる。
 それはどんどんと大きくなって絶叫となった。

「あぁああああああアアァアアアアっ!! いやああああああっ!!!!」

「きゃあ!?」

 あまりの叫び声にミシディアは自分の耳を塞いで後退あとずさった。

「いやぁああああっ!! ヤあぁああああああああっ!!!!」

 ルーニーはただただ自分の頭を両手で抑えて大きくかぶりを振り続けて絶叫した。大粒の涙が溢れ、シーツを濡らしていく。

「まぁっ!? どうしたの?!?」

 ミシディアはただ戸惑うことしか出来なかった。
 そんな病室の扉が開いた。

「大丈夫ですかお嬢様?!」

 それはルーニーの看護師ではなく、ミシディアの侍女だった。
 侍女は慌てて病室内へと入ってくるとミシディアの側に寄り添った。そんな侍女にミシディアは困っている表情を隠すこと無く見せてどうしましょうと言った。

「わたくしは何もないのだけれど、突然叫び出されてしまって……

 これじゃあ、お話は無理そうねぇ……」 

 五月蝿いのと予定が狂ってしまったことに対してミシディアは眉尻を下げて困り顔で溜め息を吐く。
 そんなミシディアに侍女も眉間にシワを寄せてルーニーを見た。

の名前は聞き出せましたか?」

 侍女はそう言いながらルーニーから視線を離してミシディアを見た。
 ミシディアは顔を左右に小さく振った。

「それが教えては下さいませんでしたの。やっぱりそういう“ズル”はダメなのね」

 はぁ……、と溜め息を吐きながら言われた言葉に、侍女も残念そうな顔をした。
 部屋ではまだルーニーが泣き叫んでいるのに二人はもう気にしては居なかった。

 ミシディアが本当に残念そうな顔をしてルーニーを見ると、直ぐにその視線を離して病室を出る為に歩き出した。
 その後ろを侍女が付いていく。
 そしてミシディアに声を掛けた。

「では引き続き万全の警戒をし続けます」

 ミシディアは侍女を振り返らずに返事をした。

「お願いね」

 ルーニーの絶叫を聞きながらミシディアはただただ困ったように溜め息を吐いた。
 折角“ストーリーの確認”をしに来たのに当の本人がおかしくなってしまっていて話ができなかった。こんな風になるなら最初にちゃんと話を聞いておくんだったとミシディアは後悔した。
 ルーニーが言いたいことだけ言って去って行ってしまったから、その勢いに釣られてミシディアも暴走してしまった。自分がルーニーに対して事を起こせば勝手に“ストーリーが進む”のだと思ったのだ。まさかあれから何も反応が無いとは思わなかった。

 ダメだわぁ……こんなことじゃ、“貴族令嬢”失格ね……

 ミシディアは落ち込んだ。
 侯爵家の娘として、物事の先を読んで動けなければいけないのに、それができなかった『自分に』落ち込んだ。ルーニーのことはミシディアには後悔することではなかったので、そのことでは心はもう動かなかった。
 既にルーニーはミシディアにとっては『人』になっていた。


 ミシディアと侍女が歩く廊下に誰かが飛び出してくることも、ミシディアたちを呼び止める者も居ない。
 この治療院の中にいる人や警備員など全ての人が今は眠らされている。だからルーニーがどれだけ叫んでも誰も助けには来ない。
 令嬢、権力など使えるものなど使ってミシディアは動いていた。それが『ルーニーの求めること』だと思っているからだ。

 ルーニーの叫び声を聞いていたミシディア側の人間たちは『何がしたかったんだ、ルーニーあの女は』と全員が首を傾げていた。
 
 
 
 
        
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