上 下
34 / 40

34>> エルカダ侯爵家 

しおりを挟む
-




 エルカダ侯爵家はアリーチェが残した噂を消し去ることができずに社交界ではある意味有名になった。

 だが、だからといって醜聞で侯爵家がなくなる訳では無い。
 アリーチェが残していったものは
『あくまでも憶測』
『長女の想像』
『確証もない噂』
でしかない。
 そして、残った家族全員がそれらを否定しているという事も皆の耳には届いていた。

『長女は侯爵の子ではない。
 ……と、長女が言っていた』

 と言う話を聞いて、「長女は侯爵の子供じゃないんだ!!」とそのまま信じる貴族はそうそう居ない……
 そんな事をすれば自分の浅はかさを周りに晒すことになり、逆に自分の方が陰で笑われるかもしれないからだ。

 エルカダ侯爵家の姉妹を実際に見たことがある者たちは、長女は父親に似ていたし、次女だって、髪や目の色は母親似だから一見父親には似ていないと思いそうだけれど、鼻の形なんかは父親に似ているから血の繋がりは感じられる、と話した。

 だが、実際に長女は養子に出て居なくなり、母親は人前に一切出てこなくなり、次女は姉の婚約者だった男と婚約している。
 そんな家のことを噂好きの社交界が放っておくのは無理だった。ほとんどの者は『信じてはいないが面白話として』人に話し、一部の者は『噂を信じて』人に話した。

 そして噂は尾ビレに腹ビレも付けて人の口を渡っていく。
 そんな中で噂は更に最悪なものへと進化した。

「え? 妹の方が種違い?
 道理で父親に似てない訳だ」

 最初はそんな聞き間違いだった。
 しかしその言葉は、何故かアリーチェが言った言葉よりも皆の納得を得て、広まってしまった。

 髪の色も瞳の色も父親似の姉より、
 髪の色も瞳の色も母親似の妹の方が、
 あやしいのではないか……?

 噂はそんな噂へと変わってしまった。

 実際には、ルナリアを見た者は「なんだ。似てるじゃん」と言って、ロッチェンとルナリアの親子関係を認めた。
 だが噂をする全員が侯爵家の人間をじかに見られる訳では無い。面白おかしく噂されるそれは、アリーチェも想像していなかった程に広まった。

 高位貴族の醜聞ということもあって、国も放置できなくなったが、この国にはまだ血縁関係を確認できる技術は無かったので『絶対的な否定要素』を用意する事は不可能だった。
 その為、遂にロッチェンとルナリアは王城に呼び出される事となった──当然サバサも呼ばれたが、人前に出せる状態ではなかった──。万が一があってはいけないからだ。
 しかし実際自分の目で二人を見た王家の関係者たちは、むしろ二人を親子じゃないと言う方が無理じゃないか、と結論を出した。
 王家が認めたのだからやはり噂は所詮噂だったと皆に通達がされ、エルカダ侯爵家はお咎めを受けることはなかったが、世間を騒がせたとして厳重注意された。

 しかしそれで普段通りの日常が戻ってくる訳では無い。 

 やはり皆は面白おかしくエルカダ侯爵家の事を噂したし、ルナリアは社交界で常に好奇の目で見られ、後ろ指を指されて陰で笑われた。

 しかしルナリアは自分から望んで姉の婚約者を選んでその地位を奪ったのだから、そんな風に笑われることも甘んじて受け入れなければいけない。
 噂の発生源はアリーチェだが、そう言われても仕方のない立場に自分を立たせたのは紛れもない“自分ルナリア”だったのだとルナリアはもう理解している。
 そもそも自分が姉の婚約者を好きにならなければ良かったのだから……、全てはそこから変わってしまったのだから……、だからこの現状は『ルナリア自分の所為』なのだと、ルナリアは受け入れた。

 それでも……泣き言を言いたくはなる。誰かに話を聞いてもらって、少しでも心を軽くしたいと思うのは仕方のないことだ。だけど……、それを今まで聞いてくれていた母はもうまともに話もできないし、ルナリア自身ももう母に頼りたいなんて思える状態でもなかった。父はあれから心労で一気に老け込み……髪が薄くなってしまった……
 
 ある日、心労がたたってルナリアは倒れた。
 過労だと診断されて数日寝込むことになったが、それもルナリアは自分が今まで甘やかされてきたツケだと思った。
 訳もなく涙が出たが、今のルナリアには愚痴をぶち撒けられる相手を想像することもできなかった。

 あんなに大好きだったグリドにも……姉から奪いたいほど恋したはずのグリドにも、何故か前ほどの熱い気持ちは湧き上がってはこなかった……

 ルナリアは、自分が頑張らなきゃいけないのだと、これは自分が招いた結果なのだから逃げちゃ駄目なんだと、唇を噛み締めた。











 ─────────
【次回→→→Title『グリド』】
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

入学初日の婚約破棄! ~画策してたより早く破棄できたのであの人と甘い学園生活送ります~

紗綺
恋愛
入学式の前に校内を散策していたら不貞行為を目撃した。 性に奔放というか性欲旺盛で色々な店に出入りしていたのは知っていましたが、学園内でそのような行為に及ぶなんて――。  すばらしいです、婚約は破棄ということでよろしいですね? 婚約破棄を画策してはいましたが、こんなに早く済むなんて嬉しいです。 待っていてくれたあの人と学園生活楽しみます!  ◆婚約破棄編 5話  ◆学園生活編 16話  ◆番外編 6話  完結しました! 見てくださった皆様本当にありがとうございます!

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

【完結】聖女と結婚するのに婚約者の姉が邪魔!?姉は精霊の愛し子ですよ?

つくも茄子
ファンタジー
聖女と恋に落ちた王太子が姉を捨てた。 正式な婚約者である姉が邪魔になった模様。 姉を邪魔者扱いするのは王太子だけではない。 王家を始め、王国中が姉を排除し始めた。 ふざけんな!!!   姉は、ただの公爵令嬢じゃない! 「精霊の愛し子」だ! 国を繁栄させる存在だ! 怒り狂っているのは精霊達も同じ。 特に王太子! お前は姉と「約束」してるだろ! 何を勝手に反故してる! 「約束」という名の「契約」を破っておいてタダで済むとでも? 他サイトにも公開中

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

言い訳は結構ですよ? 全て見ていましたから。

紗綺
恋愛
私の婚約者は別の女性を好いている。 学園内のこととはいえ、複数の男性を侍らす女性の取り巻きになるなんて名が泣いているわよ? 婚約は破棄します。これは両家でもう決まったことですから。 邪魔な婚約者をサクッと婚約破棄して、かねてから用意していた相手と婚約を結びます。 新しい婚約者は私にとって理想の相手。 私の邪魔をしないという点が素晴らしい。 でもべた惚れしてたとか聞いてないわ。 都合の良い相手でいいなんて……、おかしな人ね。 ◆本編 5話  ◆番外編 2話  番外編1話はちょっと暗めのお話です。 入学初日の婚約破棄~の原型はこんな感じでした。 もったいないのでこちらも投稿してしまいます。 また少し違う男装(?)令嬢を楽しんでもらえたら嬉しいです。

水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?

ラララキヲ
ファンタジー
 わたくしは出来損ない。  誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。  それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。  水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。  そんなわたくしでも期待されている事がある。  それは『子を生むこと』。  血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……  政略結婚で決められた婚約者。  そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。  婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……  しかし……──  そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。  前世の記憶、前世の知識……  わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……  水魔法しか使えない出来損ない……  でも水は使える……  水……水分……液体…………  あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?  そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──   【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】 【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】 【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

処理中です...