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26>> 父親 

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 ムルダは諦めたように頭を振る。

「は~……ロッチェン卿。
 ここは一旦互いの頭を冷やした方がいい。
 アリーチェは私が引き取ろう。もう荷物もまとめていた様だしな。
 ここに置いておいてもこじれるだけだ」

 ムルダの提案にロッチェンは疲れたように項垂れた。それを拒否するだけの気力はもう残ってはいなかった。

「そう……ですな……
 アリーチェは、もう後悔もしないのだな……?」

 苦し紛れにそう聞いてきた父親にアリーチェは到底父親に向ける眼差しではない視線を返した。

「そんな気持ちが残っているならもっと言葉を選びましたわ」

「そうだな……」

 アリーチェの言葉にロッチェンは長女を説得する事を諦めた。

 アリーチェが口にした言葉は全てアリーチェ自身も理解して使っていた言葉だろう。相手を傷付ける為だけに選ばれたあれらの言葉を思い出せば、アリーチェがこの家に残る気がさらさらない事が分かる。

 そして、『自分は不義の子である』と取れる発言。
 サバサを単純に傷付けるだけでなく、侯爵家の醜聞にも関わる事をアリーチェは人目のあるところでわざと大声で叫んでみせた。その言葉の真偽など関係ない。『そんな可能性がある』というだけで問題なのだ。
 この話を噂好きの貴族たちが放っておく訳がない。火消ししたところで一度付いた火種はどこかでずっとくすぶり続ける事だろう。
 それをアリーチェは狙ってやったのだ。母親をおとしいれる為だけに……
 これはもう後から謝罪したところでわだかまりしか残らない。そんな言葉をアリーチェはわざと使ったのだ。

 修復不可能な亀裂を、アリーチェは自らの言葉で作った。
 そして、それをさせたのはロッチェンとサバサ自分たちなのだと、ロッチェンは理解している。それほどまでに、親である自分たちがアリーチェを追い詰めたのだと。
 今更、『家族の話は家族だけで解決する』とは言えない……
 アリーチェがこちらを既に敵視しているのだ。何を言ったところで警戒されてその心には届かないだろう。

 妻の言葉をただ鵜呑みにして、ほとんど言い返して来ずに全てを受け入れるアリーチェの事を、単純に『家の為を考えてくれる優しい素直な子』なのだと思い込んでいた。今日のアリーチェを見てそれが全て自分の都合の良い幻想なのだと気付かされた。

 アリーチェは自分が当主となり誰の指図も受けない立場になることを楽しみにしていたのだろう。大人しく従っていたのも、遠くない未来に確実に自分がこのエルカダ侯爵家の全権を握れる立場になると理解していたからだ。それはアリーチェの『自由』という目標になっていたのかもしれない。
 だとしたら……それを奪った上に人生をかけて『妹に忠誠を尽くせ』とされたとなれば、怒りを覚えて当然だろうと……今更ながらロッチェンは気付いた。
 ……だが今更、気付いたところで既に親への不信感しか持っていないアリーチェとどう向き合って話し合えばいいのか、どうやれば親に失望してしまった娘を説得できるのか、ロッチェンにはもう分からなかった……

 自分には無理だと悟ったロッチェンは自ら発言する気力もなく、ただムルダの提案を受け入れる形で簡単に今後の事を決めるしかなかった……




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