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 クレアは義母マーサと瘴気の出た村に来ていた。

 どうせ祈るのだ。
 ならば『必要とされている』場所でをしても、何も違いはないのではないかと、司祭を説得したのだ。義母マーサが。

 母は強し、とどこの言葉だっただろうか。心配して司祭と同調していた義父ジンもまとめて義母マーサが納得させた。
 心配なのは分かるがクレアの気持ちを1番に考えるべきだと。ここで『自分の主張を拒絶された』という記憶を与えてはいけないと、義母マーサは言った。
 結果はどうあれ、まず『行動する』ことがクレアの今後に影響するはずだと、義母マーサは強く訴えたのだ。

 瘴気は怖い。危ない物である。が、瘴気自体が直接的に攻撃してくる訳ではない。先輩聖女も直ぐに駆け付けると分かっているのなら尚更、『少しだけクレアが一人で頑張ってみても』いいのではないかと義母マーサは言った。
 それがクレアの成長に繋がるのではないか、と。

 義父ジンはそれでもまだ早いのではないかと言っていたが、最後はクレア自身のお願いに渋々首を縦に振った。『自分の為ではなく、人の為にできることがしたい』と震える身体で訴える娘を悲しませてまで駄目だと言うのは、ジン自身もおかしいと頭では理解していたからだ。だけどやっぱり……、心配なものは心配で。できれば危ないところになど行かないで欲しいと思っていた。
 ……そう思い過ぎて態度に出し過ぎた所為か、義父ジンはお留守番となった。
 義母マーサから「誰かがクレアにおかえりを言って上げなきゃいけないでしょ」と言われた。心配しかしていない貴方を一緒に行かせることも心配だとも言われてしまった。

 不安な顔で、それでも頑張って笑顔を作って見送った義父ジンに初めて手を降って、クレアは義母マーサと共に瘴気が出た村へと来たのだ。









 瘴気は既に土地の一部を枯らしていた。森の一部分が不自然な色をしていて遠目からでも異変が分かった。

「……あぁっ!」

 村の男性がそれを見てなげいた。泣くのを我慢しているのか唇が震えていた。
「すまない爺さん、すまない……俺がもっとちゃんとしてたら………っ」
 彼は悔しげに呟いていた。司祭から、『瘴気はどこに出るのか誰にも分からず、そこに理由はない』と言われたのにも関わらず、彼は『自分に問題があって瘴気が出た』と思っていた。もっと清く正しく生きていれば……と。そんなことは『関係がない』のに、人は『自分を責めてしまう』のだ。彼も、先祖代々受け継いできた森を、自分の代で瘴気に枯らされてしまったことを自分の所為だと考えてしまっていた。

 そんな人たちを間近に見て、クレアも心が締め付けられていた。
『自分にはどうすることもできないことはある』
とクレアは知っている。何もしていなくても嫌なことが自分に襲いかかってくることがある。何も言っていないのに責められることがある。クレアはそれらがただ過ぎ去るのを待っていることしかできなかったが、“考えることを知っている人たち”が、それらを全て受け止めてしまった後に……最後に出てくる『答え』はなんだろうか? クレアにはまだそれはわからなかったが、良くない……とても良くない結果になる気がした。
 自分を責めないで欲しい……
 これ以上悲しまないで欲しい……
 そう思ってもクレアには彼らにとって『良い言葉』を伝えることはできそうになかった。もう『気休め』という言葉も意味も知っている。そんな言葉を言われても気持ちは晴れないと知っている。
 だから少しでも……少しでも『自分』にできることを……
 クレアにできることをしたい、と……
 クレアは強く思うのだった。

「クレア、大丈夫?」

 クレアに寄り添い手を握ってくれていた義母マーサがクレアと目を合わせて聞いてきた。
 それにクレアはしっかりと目を合わせて頷く。

 やりたいと思うばかりで本当に自分にできるかなんか分からないけれど、クレア自分が聖女なら、やらなきゃいけないんだと、クレアはギュッと手を握った。

「……クレア」

 義母マーサにまた名前を呼ばれた。
 目を合わせた義母マーサは心配気な……それでいて優しい微笑みを浮かべていた。

「ねぇ、クレア。
 貴女は聖女よ。それは間違いない。
 でもね、それにとらわれてはいけないわ」

「え?」

 いけない、と言われてクレアは驚いた。そんなクレアに義母マーサは困ったように眉尻を下げて笑った。

「瘴気は聖女にしか消すことができない。それは事実よ。
 でもね。だからってね。瘴気の所為で誰かが泣いていても、それを聖女が背負う必要はないの。
 聖女は『癒やす人』よ。癒やすのが遅くなったことで失望して怒る人もいるかもしれないけれど、でもそれで、怒りの理由が『聖女の所為』になったりはしないの」

「…………」

「自分にできることを全力ですることはとても良いことよ。それで誰かが笑顏になるのならやった方がいいでしょう。
 でもだからって、『やらなければ駄目なんだ』、なんて思っちゃいけないの。そんな『責任』を、貴女が感じる必要はないのよ」

「責任……」

 真剣に言われた言葉にクレアは戸惑う。責任という言葉はもう知っている。そんな風に考えていた訳ではないが、クレアはと思っていた。『聖女』だと、『君は聖女だよ』と言われたから……だから…………

「クレア。
 私は貴女が好きよ。貴女が、生きていてくれていることが嬉しいの。
 クレアは聖女だけど、聖女である前にクレアは“”なの。貴女という“一人の命”なの。
 だから貴女は、“貴女の為に生きていい”の。聖女だからとか、誰かに言われたからとかに縛られないで」

「縛られる……」

「ねぇ、クレア。
 貴女が瘴気をどうにかしたいのは、貴女が聖女だから? それとも、“クレア”だから?」

 その言葉にクレアは少しだけ目を開いた。考えてもいなかったことだった。
 だってクレアは『聖女』だから。
 『聖女』がやらなきゃいけないことは、『クレア』もしなきゃいけないと思ったから。

「クレアは、聖女じゃなかったら、ここに来たいとは思わなかった?」

「……っ?!」

 その義母マーサの言葉はクレアにとっては衝撃だった。
 そして瞬間的に『違うっ!』と思った。
 聖女、じゃない。
 聖女、クレアはあの人たちが気になった。
 何もできなくても、、何かをしたいと思った。

「わたし…………っ」

 驚いた顔をして、クレアは義母マーサを見返した。自分の両手を胸元に置き、何かに気づいたように浅い息を吐いた。

「……私……聖女じゃなくても何かしたい…………
 私は……として、、したい……っ!!」

 心からの想いを、クレアは口にした。
 言葉にしてみると、想いは明確な形となってクレアの中に現れた。
 聖女だからじゃない。誰かに言われたからじゃない。そうしろと教えられたからじゃない。
 クレアは、自分クレアの考えで、そうしたいと思った。

 強くなった想いがクレアの中から溢れ出る。
 温かく柔らかい光がクレアの意思とは関係なくクレアの胸から広がって、風のように流れた。

「……クレア……」

 義母マーサの目からは自然に涙が流れた。周りにいた人たちは唖然としてクレアを見ていた。ワンは興奮してクレアたちの周りを走っていた。

「……私……助けたい…………」

 ──みんなが私を助けてくれたように……──

 クレアは自然と祈りの姿勢をとって目を閉じた。
 想いが……ちからが湧き水のように体の奥から溢れてくる。
 初めて手を握ってもらった感触や、初めて優しく抱き締めてもらえた感覚、優しい言葉をかけてもらえた時の気持ちに、愛されていると実感できた時の感情、誰かから与えられるあたたかさ…………
 ただ“生きていた”だけの時間よりも短いのに、今のクレアを形作っている全ての思い出が、クレアの心を温める。
 クレアに笑顔をくれた人たちの笑顔がたくさん、本当にたくさんクレアの中にあった。

「……私……私はみんながスキ…………」

 心のままに呟いた言葉を乗せて、クレアの聖女の祈りが輝きを増して広がった。貰った“あたたかさ”を誰かに分けて、今度はクレアが誰かの手をあたためられるように。教えてもらった“幸せ”を、今度はクレアが誰かにあげられるように。
 クレアの想いを乗せて、光が、広がっていった…………



 温かな光が辺りを包み込み、瘴気は消えた。
 後から来た先輩聖女が涙を流して喜んだのは言うまでもない。
       
       
       
       
         
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