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 クレアの家の側に建っている教会には度々聖女が立ち寄る。聖女は国の色んな場所に散らばり、祈りを捧げる。その移動時の拠点となる教会の一つがクレアの家の側にある教会だった。クレアの住む家“が”、教会の側にあると言った方が正しい。
 教会に来た聖女たちはクレアのことを考えてあまりクレアに積極的に関わることはしてこなかった。まずクレアの精神の安定を考えられてのことだった。
 しかしこの頃はクレアも養父母に懐き、家を『拠り所』として認識できていて、側にムロフン(犬)も常に一緒に居て安心感を得ている様なのでそろそろ大丈夫ではないかという話となり、聖女の一人がクレアに会いに来た。

「久しぶりね! 私のこと、分かるかしら?」

 クレアたちの家に来た女性が自分を見つけるなり笑顔で近づいて来てそう言ったのでクレアは困った。
 咄嗟に、『もうしわけありません』と言おうとしたクレアの口を、女性が自分の指を当てて止めた。

「いいのよ。気にしないで!
 私の名前はノエル。
 仲良くしてね、クレア!」

 そう言って笑ったノエルの笑顔はお日様みたいだとクレアは思った。
 久しぶり、と言われたと言うことは前に合ったということ。そういう時の挨拶の言葉だと教わった。だからこの『ノエル』という女性とは前にどこかで出会っているのだろうとクレアにも分かったが、でも考えてもクレアには思い出せなかった。
 そんなクレアにノエルは何も気にしていないという表情でうららかに笑った。

 ノエルは明るい女性だった。
 声を聴いているだけで嬉しくなるような人だった。

 そんなノエルと、クレアは互いを知る為に話をした。と、言っても喋っていたのは殆どがノエルで、クレアに自分という人を知ってもらう為に話をしていたようなものだった。笑顔のノエルと、そんなノエルを気にしていないワンに、クレアの体の緊張は少しずつ溶けていった。
 その日はクレアと話をしてノエルは教会へと帰ったが、次の日はクレアが義母マーサに連れられて教会へと顔を出した。
 クレアの『祈り』の練習をする為だった。

 クレアがいつから聖女としての活動ができるかはまだ分からなかったが、『聖女のちからの使い方』はそろそろ覚えても大丈夫ではないかと思われたからだ。
 教会の祭壇の前でノエルと向かい合う形で膝立ちになったクレアは、言われるままに胸の前で両手のひらを組んで祈りの姿勢をとって目を閉じた。そのクレアの手をノエルが両手で包んだ。

「ゆっくりと、私を感じて……」

 そう言われてクレアはノエルの手の体温を意識した。感じて、と言われてもクレアには何も分からなかったが、目を閉じてノエルの手を意識していると、ゆっくりと……ゆっくりと何かがノエルの手からクレアの中に染み込んでくることに気付いた。
 そんなクレアが分かるのか、ノエルが静かな声でささやく。

「……クレアは誰の笑顔を思い出すかしら?」

 そう言われてクレアは自然と義母マーサ義父ジンの顔を思い出した。

「クレアの中に、自分とは違う人が浮かぶなら。
 その人たちの“笑顔”を考えて。
 それだけでいいの。
 愛する人たちの幸せを願うだけで、聖女はちからを使えるのよ」

「…………」

 なら理解できなかっただろう言葉が今のクレアには理解できる。義母マーサ義父ジンに言葉をたくさん教えてもらったから。絵本をたくさん読んでもらって、たくさん話をしてもらったから。
 今はノエルが言っている“言葉の意味”が理解できる。
 クレアは言われるままにを考えた。笑っていてくれたらクレアも嬉しい人たちのことを考えた。
 それだけで、クレアの胸の中が何故か温かくなる。ワンのもふもふの体毛に包まれた時のような気持ちになる。
 ほわほわとした気持ちになったクレアに、重なった手からノエルのちからが流れてきて、クレアのその気持ちと混ざるようにクレアを満たした。
 身体の奥から温かさが湧き出てくる。
 胸の中から流れるようにあふれてくる。
 
 ──クレア──

 そう呼ばれるのが好きだった。
 ……好きになった。

 そう思わせてくれた人たちの声がクレアの中でクレアを呼ぶ。
 そしてクレアの気持ちは“嬉しさ”で満たされた。
 満たされた気持ちが柔らかな波となって流れていく。遠くまで飛んでいく。
 それがノエルのちからと混ざり合って発現した“クレアの聖女のちから”だった。まだクレア自身には分からなかったが、確かにクレアの“聖女の癒やし”は発動した。

「…………」

 クレアはまだ目を開けたくなくて閉じていた。
 先に目を開けたノエルがそんなクレアを見て微笑む。

「……貴女の中に“愛”が見つかって良かったわ」

 そう言ったノエルの目元には涙が浮かんでいた。




 ◇




 ノエルが教会に居る間、クレアは少しだけ教会へ行ってノエルと一緒に祈った。
 まだ一人ではちからを使うことはできなかったが、他の聖女の補佐があればちからが使えることが分かっただけでも十分だと皆が喜んだ。

 家の手伝いに教会での祈りの練習、そして義父ジンが帰って来ればワンの散歩と、徐々にクレアが1日の中でするべきことが増えてきていたが、クレアの基本は今はまだ『勉強』だった。
 ちゃんとした勉強をさせてもらえていなかったクレアは、耳から入ってくることだけしか知らなかった。だからまず文字を覚え、書き方を覚えて、最低限の計算を覚えようと言われていた。クレアも『知ること』を楽しんでいた。知れば知るほどに『気付き』が増える。なんでもなかったこと、なんとも思わなかったことが気になることに変わる。それはとても……とても“楽しい”ことだった。


 クレアが家のダイニングの机で文字の書き方の練習をしていると、外から義母マーサに呼ばれた。

「クレア、ちょっと来てくれる? 挨拶をして欲しいの」

 そう義母マーサに呼ばれてクレアは立ち上がった。足元で横になっていたワンも当然付いてくる。
 外に出ると、朝市で時々見かける女性が居た。その横に少し小さい男の人が立っていた。
 自分の横に来たクレアに義母マーサが説明する。

「クレア。この方は、今日からお庭作りを教えてくれるヴィッキーよ。そしてこちらがその息子さんのタットくん」

 名前を言われたヴィッキーが人好きするような笑顔でクレアに笑い掛けた。

「クレアちゃん。ヴィッキーよ、よろしくね!
 そしてこれがウチの息子! クレアちゃんより2個下だから、こき使っていいからね!」

 そう言ってヴィッキーは隣に立っていたタットの肩をバシンと叩いて笑った。そのことにクレアは目を丸くして驚いたが、タットは肩を叩かれたことは一切気にせず、別のことに驚いた。

「え?! この子、俺より年上なの?! 年下かと思った?!」

 息子のその言葉にヴィッキーは焦った顔をして息子の頭を上から抑えた。そしてクレアに向けて困ったように笑った。
 タットは純粋に思ったことを言っただけだった。知り合いの同い年の女子よりも細く背の低いクレアはタットの目からは年下に見えたのだ。

「こらアンタ! なに言うのよ!
 ごめんね~クレアちゃん! この子のことは無視してくれていいから!」

「なんだよ母ちゃん!? 俺変なこと言ったか?!」

「いらないこと言うんじゃないよ!」

 目の前でバタバタと始まったやり取りにクレアはただただ驚く。だが当のヴィッキーやタットが全然嫌そうにしていないので、クレアはただよくわからなくて目をパチパチとまだたいた。
 そんなクレアに義母マーサは眉尻を下げた笑顔で説明した。

「仲が良い人たちは時々こんな風にしたりするのよ。お互い傷付けあっている訳じゃないの。そこは安心してね」

 その言葉にヴィッキーも困ったように眉尻を下げて笑った。

「ゴメンね~! ウチはいつもこうだから! ウチの息子もクレアちゃんみたいに大人しかったら良かったのに!」

「うるせー! 母ちゃんに言われたかないわ!」

「もー! アンタはっ!!」

「フフフ、ホント仲が良いんですね」

 義母マーサが言ったその言葉にタットが、
「違うし!」
と唇を尖らせて否定した。横を向いたタットのその横顔をクレアはまだ驚いた顔で見ていた。
 タットはクレアの周りに初めて現れた、『子供』の『素直じゃない』『男子』だった。


 ヴィッキーとタットはクレアの住む家の庭に花壇を作る為に来てくれていた。
 義母マーサがクレアが好きになるかもしれないと思って考えたことだった。
 ヴィッキーはただの農家の夫人だったが、この辺境地では珍しく庭に花壇を作っている人だった。

「花壇仲間ができて嬉しいわ~! ほら、ここって田舎だからどこにでも花なんて咲くでしょ? それなのにわざわざ庭で花を育てるなんて無意味だーってよく言われたのよ! 自然に咲かない花だってたくさんあるのにねえ!」

 そう言ってヴィッキーは笑った。
 タットはその手伝いに呼ばれていたのだ。
 クレアが家の中で勉強をしている間に、家の庭ではヴィッキーと義母マーサとタットの3人で花壇作りが始まった。
 今までとは違う景色が窓の外にでき始める。
 クレアは窓から見える庭に、ヴィッキーやタットが居る不思議に、勉強をする手を止めて何度も窓の外を見ていた。
 義母マーサ義父ジン以外の“誰か”が、“家”にいることが不思議だった。

 そんなクレアと外にいるタットはよく目が合った。
 ジッと窓の外を見ているクレアに対して、タットはチラチラチラチラとクレアを気にしている様だった。

 その日の帰り際。二人を見送る為に外に出ていたクレアにタットが改めて話しかけた。
 少しだけ気まずそうに、それでもタットはクレアに小さく頭を下げた。

「……年下みたいなんて言ってゴメン。気にしてなかったらいいんだけど……、でも言っておきたかったから。
 じゃ……、また明日な」

 それだけ言ってタットはクレアに手を降って笑った。優しい笑顔だった。

 それだけのことが、何故かクレアの記憶に残った……
      
       
       
       
             
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