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22>> エーの新しい世界 

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〔※この話は全て作者のノリで書かれているものです。そして作者は専門家でもカウンセラーでもないことをご理解して頂いた上でお楽しみ下さいませ😅〕
  ──────────














 エーはどうしたらいいのか分からなかった。
 ずっと『居た場所』から連れ出されたらたくさんの人が居て、知らない人たちばかりが周りに居て、初めてのことばかりが目や耳から入ってくる。

 連れて行かれた部屋で『座っていい椅子』と『排泄場所』が知ってる感じの物だったので、エーは内心無自覚に安心していた。

 無理矢理着せられていた『動きにくい服』を脱がされ、薄い、動きやすい服を着せられた。
 椅子に座らされたエーに「この水は飲んでいいのよ」「これも食べていいのよ」「眠たかったらここで寝ていいのよ」などと色々言われたが、エーはよくわからずに返事もしなかった。

 少ししてエーだけを部屋に残して皆居なくなった。ただじっとして動かないエーを心配して、一人の方が落ち着くかもしれないという配慮からだった。

「ゆっくりしてね」

 そう言われたけれど、エーにはその意味は分からなかった。
 誰も居なくなってやっとエーはトイレ排泄場所に行けた。
 素早く出るものを専用の場所に出す。
 ちゃんと決まった場所に出さないと怒られるとエーは覚えているからだ。
 そして戻った部屋で、最初は座らされた椅子に座ったエーだったが、疲れた身体がエーを眠りに誘った。
 目を開けていることができなくなったエーは椅子から立ち上がると部屋を見渡した。そして扉から一番離れた壁に椅子を運ぶと、その椅子を壁に付けて置き、その下に頭が入るように潜り込んで床に寝た。
 壁際の椅子の下、顔を壁側に向けて、胎児のような姿勢になってエーは寝た。

 顔を壁側に向けるのは、蹴られても顔面は守れるからだ。
 
 エーの様子を見に来た聖女の一人がそんなエーの姿を見つけて驚いた声を上げるまで、エーは少しの睡眠を取った。
 聖女の声に目を覚ましたエーは直ぐ様立ち上がって聖女に向かって頭を下げた。

「もうしわけありません」

 エーの言葉に聖女ルディは青褪める。
 ルディは驚いただけだ。エーを責めた訳じゃない。
 だけどエーは謝罪する。頭を下げる。
 それがエー彼女処世術しょせいじゅつなのだと分かってルディの目頭は熱くなった。
 直ぐにエーの側に寄り、エーと視線を合わせる為に床に膝を突いた。そして優しくエーの両手を取ってエーと目を合わせる。

「こちらこそごめんなさい。驚かせてしまったわね。
 眠たかったのよね。気付かなくてごめんなさいね。こちらにいらっしゃい。床で寝るより柔らかいわ」

 そう言ってルディはエーの手を引いてソファーの側まで来ると、何をすればいいのか分からないエーの身体に柔らかく手を添えてソファーに横になるように誘導した。エーの身体は緊張の為に少しだけ硬くなっていたが抵抗することはなかった。
 ……抵抗すれば怒られると思っているからだ。ルディはそれが分かり心が苦しくなる。そして絶対に変な男をこの子に近付けさせないぞと心に誓った。

 ソファーの上に仰向けに身体を横たえたエーはどうすればいいのか分からずにずっとルディを見ていた。
 そんなエーの目元にルディは優しく手を添えて、エーの目元を暗くした。

「ここで寝ていいのよ。
 今日は疲れたわよね……色々あって……
 大丈夫よ……って言っても、……分からないのかもしれないのよね……
 貴女が少しでも安らげますように……」

 ルディはもう片方の手でエーの手を取ると、目を閉じて聖女の力を使った。

 この子に少しの安らぎを……
 この子に少しの癒やしを…………

 温かい光がエーを包み、ルディの手の下でまだ開いたままだったエーのまぶたを自然と下げさせた。
 少しして、エーから微かな寝息が聞こえた。ルディはエーの目元に当てていた手を離して両手でエーの手を握る。

「おやすみなさい。私たちの新しい
 貴女が良い夢を観れるように私たちも頑張るからね……」

 眠るエーに優しく囁きかけたルディは、ずっとエーの側に寄り添った。




 ◇




 大聖堂に隣接していた建物内で保護されたエーは、それから数日はそこに居た。

 普段は国中に散らばっている聖女が、今はこの一箇所に集まっていたのも理由だった。
 聖女たちは本来ならば色々やることがあるのだが、誰もがエーを放ってはおけないとほぼ全員がエーの側にいた。
 だが今までエーがどんな生活をしていたのか誰にも想像ができないし、誰かが居るとエーはほとんど自分から動こうとはしなかったので、これではいけないとエーが一人で居る時間も作られた。
 エーにバレないようにこっそりとエーの様子をうかがい、安全を確認する。その間に聖女たちは仕事をするのだが、みんなエーが気になって気になって仕方がなかった。側に居たところで何もできないとはわかっていても、だ。

 部屋に一人になったエーは、何もしない。
 部屋の中に水もお茶もお菓子も絵本も玩具も勉強の本もノートもペンもベッドもあっても、エーは基本壁に背を預けてしゃがみこんでいる。時々寝ている様だったが姿勢はほとんど変わらなかった。エーが動くのはトイレに行く時だけだ。そこはしっかりとられているようだった。きっと掃除が面倒だったから、だろう……

 お風呂にエーを入れた人が見たのは、エーの身体のいたところにできた胼胝べんち(たこ)だった。ずっと何年も変わらない姿勢でいた事の証拠だった。
 エーはこの場所に来て初めてベッドの上で寝ることになったが、寝方が分からず最初の数日は寝ていない様だった。だから昼間に床の上で寝る。聖女たちがエーと一緒に寝ようとしても、エーは『人が一緒にいることに緊張して』眠らないので、ベッドでの寝方を教えることもできなかった。
 まずエーが緊張しない環境作りをしなければならないと皆が気付いた。
 
 既にエーに関して色んな話し合いがされていたが、エーが想像以上に『人の生活を知らない』ことが分かり、話し合いは難航した。
 最初は誰もここまでとは思わなかった。
 あの家族から引き離し、安全な場所に置いて、身綺麗にしてお腹いっぱい食べさせて、温かな部屋で柔らかいベッドで好きなだけ寝て次の日には綺麗な花に囲まれた庭で日向ぼっこでもすればエーはそのうち笑ってくれるだろうと皆が思っていた。
 だけどエーは駄目だった。
 部屋の中ではただ一箇所に座り続け、ご飯は少量しか食べられず、ベッドではただ横になるだけで、花を見せてもただ“見る”だけ。甘いお菓子と甘いジュースはどうやら好きな様で視界に入ると目で追って、自分が食べて良いと知ると少し嬉しそうにするが、それを自分から自己主張することは絶対にない。
 喋る言葉は「はい」「わかりました」「もうしわけありません」。
 身体の傷や痣やたこはポーションで治せたが、聖女の癒やしでも心を正常に戻すことはできなかった。
 そもそもエー自体が『正常な状態』を知らないから。


 聖女が側に居ればその内どうにかなるだろうという甘い考えは早々に打ち切られた。
       
       
        
       
             
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