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 まだ11歳の彼は教会預かりとして一生教会の敷地内で生活することに決まった。

 オルドランは何も知らないどころか、自分に姉がもう一人居ることすら知らなかった。大聖堂で保護された時の彼はただ混乱と困惑の中に居た。侯爵家のとして育てられたオルドランは取り乱すことはしなかったが、騎士たちに何処かへ連れて行かれる父親たちや自分を見る周りの視線の変化にその小さな体を震えさせていた。

 ビャクロー侯爵邸に彼の実母である“ビャクロー侯爵家当主の愛人”がいることは周知の事実だったので、大聖堂からオルドランは邸へと返され、実母と共に邸で謹慎と言う名の軟禁をされることになった。その時点でビャクロー侯爵家の終わりを皆が肌で感じていたので、そのことに誰も反対はしなかった。邸にやって来た騎士たちに話を聞いた“ビャクロー侯爵家当主の愛人オルドランの実母”ことネアアス子爵家の次女オデットですら、青褪めながらも大人しく受け入れた。

 今回の騒動を大聖堂内で見ていたネアアス子爵夫妻は直ぐに行動を起こした。
 王家に掛け合い、娘はこちらに帰して下さいと頭を下げたのだ。オデットは好きでビャクロー侯爵家当主ランドルの愛人になった訳では無い。ランドルに金で買われたも同然だった。しかしオデットの両親だって娘を売りたくて売った訳では無い。小さいながらも領地を持っていた子爵家には、守るものが多かったのだ……
 オデットはちゃんと納得してビャクロー侯爵家当主の愛人となった。そしてオルドランを産んだ。だが産んだだけでオルドランはビャクロー侯爵夫妻の養子子供として登録されている。オデットの立場は“雇われ乳母”でしかなかった。だからオデットの両親はやっと我が子を取り戻せると必死になった。
 調べずともオデットがエーの虐待に加担していないことは分かった。そもそもビャクロー侯爵家でのオデットの立場はエーの次に悪かったと言っても過言ではない。夫人のカリーナから蛇蝎だかつごとく嫌われており、娘たちも母にならって父親を誘惑した娼婦のような女であるオデットを軽蔑していた。ランドルはオデットを性奴隷のように扱い、そんな扱いでも次の子が生まれなかったことから、何かしらの薬は飲まされていたのだろうと思われている。カリーナが“二人目”を許す訳がないからだ。そんな邸の中で、オデットは常に周りに怯えるように生活し、部屋から殆どの出ることもせず、出る時は極力オルドランの側に居た。
 そんな彼女を家族の下に帰し、自由にしてあげることに誰も反対はしなかった。

 だがオルドランはそうはいかない。
 間違いなくビャクロー侯爵家の直系の血を引くオルドランをオデットと一緒にネアアス子爵家に行かせる訳にはいかなかった。『侯爵家の血』を持って、後から騒ぎになっては困るからだ。オルドランが何もしなくても、オルドランの子供が、自分には高位貴族の血が流れていると知って何かしでかしても困る。しかもオデットが子爵家に帰るということはオルドランの身分も子爵家に属するということだ。他の貴族が都合よく使おうとするかもしれない為、オルドランはオデットとの縁を完全に切らせる必要があった。
 殺しもしないし酷い目にも遭わない。
 ただ一生を静かに俗世から隔絶された場所で神に祈りを捧げながら生きるだけだ。次期侯爵家当主として育てられたオルドランにはつまらない人生かもしれないが、それが彼の為だとオルドランの処遇が決まった。

 その話を聞かされたオデットは、反論もせずにただ静かに聞いていた。彼女の表情からは感情は読み取れず、悲しんでいるのか、望んで産んだ訳では無い子供から解放されることに喜んでいるのか、対応した者たちには分からなかった。

 そしてオデットとオルドランが一緒に居られる最後の日。

 派遣された騎士隊がビャクロー侯爵邸で目にしたものは、
 血塗れのオルドランをかかえてひざまずく血に染まったオデットの姿だった。

「この子の子種を作る部分を切り取りました。そして直ぐに傷口を焼いて、下級ポーションを掛けてあります。
 この子にはもう子孫を残す機能はありません。
 ですから、どうか……
 どうかわたくしからこの子を取り上げないで下さいませ……

 この子と二人、平民として王都から離れた場所で静かに暮らします。この子にも絶対に近付かないように、過去を話さないように言い聞かせます。
 わたくし……いえ、私とこの子、二人、身寄りの無い平民として、ただこの国の為に生きると誓います……

 ですからどうか……
 どうか……っ、お願いで御座いますから……、私からこの子を取り上げないで下さいませ……っ
 どうか……どうか………
 どうか……お願いで御座います…………」

 血塗れの子供を抱いて泣くオデットに騎士たちはどう声を掛けていいのか分からなかった。

 どうかお願いです。
 私から子供を取り上げないで……

 そう静かに泣く母親に、周りは混乱した。
 一瞬オルドランが死んでいるのではと緊張が走ったが、オルドランはただ眠らされているだけのようだった。眠らさた後に『』を切り取られたのだろうと思われた。
 そんなオルドランをオデットは強い力で抱き締め、女性騎士たちでも二人を引き離すことはできなかった。

 ビャクロー侯爵邸の前で娘が出てくるのを待っていたネアアス子爵夫妻が直ぐに呼ばれ、オデットを説得しようとしたがオデットは首を縦には振らなかった。

 オデットの母親が優しく娘に伝える。

「……はまだ、貴女を待っていてくれているのよ?」

 その言葉にオデットの目から涙があふれる。
 だがオデットはオルドランを手放そうとはせず、更に深く抱き締めると、困ったような優しい笑みを母親に向けた。

「私もあの人がまだ好きよ。
 でもダメなの。
 だって私、この子の母親だもの」

 そう言ってオルドランの額に口付けた。

 その姿に両親はもう何も言えなかった。
 オルドランを手放せばオデットには自由が戻って来る。彼女を愛し、彼女への愛を誓って独り身を貫いている元婚約者がきっとオデットを幸せにしてくれるだろう。しかしオルドランは……
 オルドランは教会に入ればもう二度と自由には生きられない。衣食住は約束され、肉体的苦痛にさいなまれることはないだろうが、一生を決められたルールの中で変わらない毎日を送ることになる。
 オデットはそれが分かっていたからこんな暴挙に出たのだ。

 息子に自由を……
 
 両親よりも、愛する人よりも、望まない妊娠で産んだ子供を選んだオデットに、誰もが何も言えなくなった。




 ◇




 元々被害者なオデットをこれ以上苦しめることはないと、オデットの願いは聞き入れられた。

 オルドランはオデットと共に平民として、ネアアス子爵家の領地の端で生きることを許された。
 自由と言っても二人がネアアス子爵領を出ることは禁止される。だが両親が陰ながら援助することは許された。
 もうこれ以上、ネアアス子爵家の人たち彼らに悲しい思いをさせる必要はないと王太子が判断したからだった。

 オルドランが目を覚ました時、下半身に痛みはあったが、大好きな産みの母親に抱かれて、初めて見る人たちだが自分をとても優しい目で見てくる人たちに見守られていて、なんだか幸せな気持ちになった。
 だからその後に色々言われたことも、あまり重く考えずに受け入れられた。
 平民のルールを覚えるのは大変だろうなと思ったし、自分に姉がもう一人居て、その人が聖女だったとちゃんと順を追って聞かされた時は驚いたが、オルドランにはちゃんと受け入れることができた。元々二人の姉たちとは挨拶すらまともにさせてもらえなかったので、今更姉が増えてもオルドランにとってはあまり変わらなかったというのもあった。カリーナ侯爵夫人が自分の母親ではないことも、カリーナ本人から言われて知っていたので、オルドランはむしろ自分に自由を与えてくれたオデット母親に感謝しかなかった。

 侯爵家の嫡男として育てられていたオルドランは突然平民として生きることになり、自分の子供を持つこともできなくなったが、むしろしがらみから解放されたような晴れ晴れしさで、全てを受け入れた。
 最上級ポーションを使えば身体は戻るだろうが、平民には一生かけて稼いでも買える物ではないし、オルドランにはポーション製作所の被験者になる資格もないだろう。回復の希望がないことが、逆にオルドランの気持ちを楽にした。
 オルドランを縛るものは……もう何も無いのだ……と…………

 これでやっと『何者でもない一人の“人”』として生きていける……と…………


 きっとエーあの姉に会えることはないのだろうけど、
 貴女も幸せになって下さい……
と、オルドランはエーを思って、無限に広がる空に祈った…………



















 
(※※※次からはエーの救済回となります) 


(※書けたらオルドランの話も書きたいなぁと思ってます)
(※誤字修正しました!ご指摘有難う御座いました!)
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