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19>>カリーナの終わり・2 (ざまぁ)

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 王都より少し離れた森の中。
 壁に囲まれた古風な屋敷がひっそりと立っていた。

 そこにアシュフォードはやって来ていた。
 侍従が屋敷の呼び鈴を鳴らすと、少しして屋敷の扉が開き、中から美しい女性が現れた。

「ようこそ。王太子殿下」

 微笑んだ女性は女神を思わせる程に美しく。膝の当たりまで伸びる長い髪がふわりふわりと揺れるさまは幻想的でもあった。

 侍従を始め、連れてきた使用人たちが現れた女性に目を奪われる中、アシュフォードは外向きの微笑みを浮かべて挨拶を返す。

「時間を頂き感謝する。
 親愛なる魔女、ラージェル」

 そう言って紳士の礼をしたアシュフォードに、ラージェルと呼ばれた美女は妖艶に笑い返した。




 ◇




 部屋に通されたアシュフォードは、椅子に座って出されたお茶を飲んでいた。透き通っているのに甘く濃厚な飲み物に、見た目は完全にクッキーだが食べると舌の上で溶けて味だけが広がるお菓子。どれも目にすることもない品だった。
 一通りそれらを頂いたアシュフォードは自分の前で優雅にワインを飲んでいるラージェルに向き合った。

「先日渡したはどうだ?」

「ずーっと欲しかったんだもの。勿論とても気に入っているわ」

 ニコニコ顔でそう答えたラージェルは優雅に立ち上がると天井から垂れ下がっていた一本のロープを引いた。
 カタカタカタと少しの音を立てて天井から大きな鳥籠が降りてくる。
 その中には全裸のカリーナが怯えた表情で座り込んでいた。
 カリーナはアシュフォードの姿を見つけると両目を目一杯に広げて直ぐにアシュフォード側の檻に這い寄り檻を掴みながらアシュフォードに手を伸ばした。目からは大粒の涙が流れ、口は何かを言うように開いたり閉じたりしている。
 だがアシュフォードには何も聞こえない。

 そんなカリーナを見てアシュフォードは気づいたかのように小首を傾げた。

「……少し、若くなったか?」

 その言葉にラージェルがニンマリと笑った。

「気付いた? やっぱり若い肉体の方がいいからね。籠に肉体維持の魔術も組み込まれているのよ。
 人間の身体は二十代前半が最高よ♡」

 そう言ってラージェルは自分の髪を手でサラリとかし、アシュフォードに自慢するように見せた。

「素晴らしいでしょう? この艶。
 今まではお金で若い子から“血”を買ってたんだけど、これからは何も気にせず使えるんだから助かるわ」

「……王家の女性たちが使ってる物とは違うんだよな?」

 少し心配になったアシュフォードは聞いた。その言葉にラージェルはクスクスと可愛らしく笑う。

「貴族様に下ろしてる化粧品はちゃんと植物由来よ。流石に人体を材料にしてる品はイメージが悪いからね。特に貴方の奥様なんかは気持ち悪くて使いたくないって言ってるし」

「そうか……」

 少しホッとしたアシュフォードだった。

「金額が高くなるってのもあるのよね。を素材に使った化粧品関係は殆ど魔女仲間が使ってるだけよ。
 それよりやっぱり人気があるのが子宮よね~」

 ラージェルの言葉にただアシュフォードに手を伸ばしていただけのカリーナが咄嗟に怯えて自分の下腹部を両手で押さえた。そしてガタガタと体を震えさせると一気に青褪めてラージェルから離れるように檻の反対側まで下がるとその檻に縋るようにうずくまった。頭を振り、泣き叫んでいるようだがアシュフォードにその声は聞こえない。

「その見た目から一度見たら絶対に忘れないとまで言われていた娼館の“心は女の男主人”が高身長美女に生まれ変わったのが、既に他国にまで知られてるらしくってね。
 昨日も遠方からのお客が来たところよ」

「……そんなに“女になりたい男”は居るのか?」

「世界的に見ればね。生まれた時から性別に違和感のある人とか、成長してから異性になりたくなるとか、色々よ。
 安くもないのにお金を貯めてくるんだから並大抵の気持ちじゃないわよ。
 まぁ、男性が来たら要らなくなった男性器を置いて行ってくれるんだから有り難いわよね。今なら女性三名直ぐ様男性に生まれ変わらせることができるわ」

 そう言って右手の指を三本立てて良い表情をしたラージェルに、アシュフォードはなんとも言えない表情で笑い返した。

「人の役に立っているのだな」

「もっちろん。鉱山労働や娼館勤務なんかより断然『誰かの為に』なってるわ」

「そうか……

 ところで。今日ここに来ることを知った女性たちから『モフルを買ってきて』と言われたのだが、あるか?」

「モフルね。あるに決まってるじゃない。女性に大人気だもの。欠かせないわ~」

「ところで……、モフルとは何だ?」

「モフルわね~──」

 日常会話を始めたアシュフォードとラージェルの後ろで、カリーナの入っている鳥籠はカタカタと音を立てて天井に戻って行った。

 天井に戻ったと言ってもそこは魔術で作り出された特別なだった。カリーナの目には鳥籠の中の床や天井や自分の体は見えるのにそれ以外は真っ黒で何も見えない。音も聞こえない。そんな空間でカリーナは食事も排泄も睡眠も、生きる上で必要な活動を一切必要とせずに生きていた。
 時々光の中に出されるが、その時がカリーナには地獄だった。

 鳥籠が明るい部屋に出される時、直ぐにラージェルが鳥籠の中に入ってくる。
 その時カリーナの身体は見えない紐に手足を引っ張られるように両腕を左右に引っ張られ、両足を股が開くように斜め下に引っ張られる。壁に貼り付けられたかのように動けなくなるカリーナに、ラージェルは表情も変えずに大きなナイフを振り下ろす。
 痛み止めも何も無い、焼け付くような強烈な痛みがカリーナを襲うが叫ぶように大口を開けたカリーナの口から絶叫が響くことはない。身体が勝手に刃物から逃れるようにビクビクと動くがラージェルは気にしない。
 カリーナのへその下から肉だけを切るようにナイフを下へと下ろして行き、切れた最初の部分にナイフを持つ手とは逆の手をカリーナの身体の中に差し入れて引っ張り出す。
 血と共にズルリと出てきた臓器はカリーナの子宮だった。
 それを桶の中に入れてラージェルは出て行く。鳥籠の中で出た液体、涙や血等は魔術でそれぞれの瓶に自動的に貯められる為、流れ出て直ぐに消える。カリーナの目から大量に流れる涙も顎から落ちた瞬間に無くなる。これらもまた『素材』になるのだ。

 ラージェルが鳥籠から出て行くとカリーナの身体は自由になる。しかし下腹部を切り裂かれたカリーナはその場に崩れ落ちるように倒れ、死ぬほどの痛みに悶え苦しんだ。こんな目にあってもカリーナは死ぬことはない。鳥籠に人体回復の魔術が組み込まれている為、時間と共にカリーナの傷は修復されて、子宮も元に戻る。
 しかし傷がある内は痛みがある為にカリーナは痛みに泣き、苦しむ。
 声が出ない訳では無い。声が『他者に聞こえない』ようになっているだけだ。

「ヒッ……、ひっ……っ! ……い、痛ぁ…………、もぅイやぁ……も…………っ……」

 ハッハッと、息をするだけでも傷口に響き、激痛がカリーナを襲う。脂汗が出て目が回るもカリーナは気絶すらできない。無自覚に溢れる言葉はカリーナにも理解出来ない。
 嫌嫌嫌イヤ嫌嫌嫌いや、と頭の中にはそればかりが浮かぶ。二人の娘のことや夫のことを考える余裕などカリーナには全くなかった。




 ◇




 魔女ラージェルはカリーナの子宮を使って『男性が女性になる薬』を作る。
 性別を変えるのだ。その性別にしか存在しない『性器』を材料にするしか今の技術では方法が無かった。材料が手に入らない魔女が人以外の生物の子宮を使って薬を作ったこともあるが、どうしても数年で元の性別に戻ってしまう。やはり同じ生物の肉でなければいけないのだと分かり、それからは性別を変えたい人たちが『自分とは逆の性別に変えたいもう一人』を見つけて、二人で魔女の下まで来ることが普通となった。しかしそんな簡単に『自分とは逆の性別になりたい人』が見つかったりしない。しかも薬の材料は新鮮で無ければならない。死体からでは使い物にならない。いつからか『性別を変える薬』は幻の薬となっていた。
 だが今、魔女の手の中にカリーナがいる。『何をしても許される人体』だ。何故なら『カリーナ自身が他者に対して好き勝手していた』から。カリーナ自分がしていたのだからカリーナ自分に返ってきても仕方がないだろう、という考えの下、カリーナの人権は奪われた。それが『罰』。

 悪い子は罰しても良い。

 それを理由にカリーナは実の娘エーを虐待していたのだから、『カリーナ悪い親を罰する』ことは、カリーナのルールにのっとっても、間違ってはいないのだ。
 だから誰もカリーナに同情しない。

「子を持つ親なら、自分の発言に責任を持て」

 ラージェルに渡される前にアシュフォードに言われた言葉を、カリーナが理解しているかは分からない。

 カリーナは未だに自分の不幸を嘆くばかりで、エーへの謝罪の言葉や反省する姿を見せていない。悲劇のヒロイン振るがそんな姿に騙される者はここには居ない。
 高過ぎるプライドの所為か、嘘でも『自分が間違っていた』と認めたくないようだった。

「罪悪感なくて助かるわ~」

 それがカリーナに対するラージェルの感想だった。

 人体を使った薬はとても貴重で効果が高い。しかし奴隷に人権などなかった時代に作られた薬のレシピは人権が気にされだした頃から禁薬のようになっていた。
 魔女たちが「痛みを消すから」「ちゃんと対価を払うから」「またから」と訴えても駄目だった。そういう話ではない。人間を素材にするなと怒られたのだ。しかしそうすると今度は闇取引が横行した。欲しい物は欲しいという“人の欲”は止められないからだ。在ると分かっている時は特に……
 ただでさえ世界的に数の少ない魔女や魔術士たちが裏社会と関係を深めることを危惧した権力者たちは逃げ道を用意せざるを得なかった。
 それが『罪人』だった。
 だが全ての罪人が使える訳では無い。罪にも色々あり、後悔し悔い改めようとする者を目の前にすると流石の魔女たちも自分の罪悪感に手が動かなくなった。
 そんな中でカリーナは逸材だった。自分がやったことを未だに反省しない。未だに末娘エーが悪いと思っている。魔女ラージェルだってただの人間だ。切り刻むなら後ろめたさを覚えない相手が良い。その点カリーナなら苦しんでる姿を見てもいい気味だとすら思ってしまう。それは自分が子供を持てないことへの逆恨みかもしれないと思いながらも、ラージェルはカリーナに苦しみという罰を与えた。

 カリーナの目は『目の色を変える』薬の材料に、カリーナの心臓は『心臓を強くする』薬の材料に、カリーナの血は『保湿力を上げる為』の材料に、カリーナの涙は『惚れ薬』の材料に、カリーナの腸は『虚弱体質を治す』薬の材料 に、カリーナの骨は『強い骨を作る』薬の素材に、カリーナの子宮は『男性を女性に変える』薬の材料に…………──

 臓器を取られてもカリーナの身体は直ぐに再生する。鳥籠に組み込まれた魔術がカリーナの若さを保ち、健康を保ち、寿命を伸ばすからだ。カリーナが囚われる鳥籠が、カリーナを不老不死にしていた。
 だから永遠にカリーナは死ない。この鳥籠の中では。出たらちりとなって消えるだけだ。

 ラージェルは今年385歳だ。500歳になっていないからまだ若手のピチピチだと本人は言っている。長生きの魔女や魔術士には1000歳を超えている者も居る。ラージェルも当然そのくらい生きる気だ。
 もしラージェルに何か遭ったとしても、ラージェルはきちんと自分の後を後輩魔女に頼んでいるので、ラージェルが居なくなってもカリーナはその後輩魔女に所持されることだろう。人体の素材は今後更に貴重になるからだ。

 カリーナがこの地獄から抜け出したいと思うなら、魔女の罪悪感を刺激して「もう終わりにして上げる」と思わせることだが、自分が悪いことをしたとは本当に思っていないカリーナには、難しいかもしれない……














(※高身長美女に生まれ変わった『娼館の心は女の男主人』は長女の持ち主になったマリエルです)
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