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15>>シャルルとサマンサの終わりの始まり

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 大聖堂から王城へ連れてこられた長女シャルルと次女サマンサは、両親から引き離されて二人で同じ部屋へと入れられていた。
 王城の豪華な応接室は侯爵令嬢の二人でも入ったことのない場所で、こんなことでなければ二人はワクワクしながら部屋の中を見て回ったことだろう。
 しかし今の二人は現状を殆ど理解できずに、親や信頼する使用人たちから引き離された不安で怯えきっていた。

 部屋のソファーに二人で寄り添って座り、シャルルとサマンサは手を取り合って震えていた。
 部屋の壁際に立ってる騎士やメイドたちはそんな二人をただじっと見つめる。その目のどれにも温かさなどなかった。
 既に王城内に大聖堂で起こったことが通達されている。

『新しい聖女が現れたが、彼女は家族に虐げられていた』

 最後にエーが語った後に土下座した言葉も全て共有されていて、シャルルやサマンサに同情する人も居なかった。


「ねぇお姉様……
 わたくしたちどうなるの?」

 怯えて震える唇でサマンサは姉に聞く。しかしそんなことを聞かれてもシャルルにだって分からなかった。

「……大丈夫よ……
 だってわたくしたちは侯爵家の者なのよ? 何をされるって言うのよ。
 きっと今、お父様がどうにかしてくれてるはずよ」

 そう言って黙ってしまったシャルルにサマンサは堪らず喋りかける。沈黙が怖かった。だって知らない騎士やメイドたちが自分を恐ろしい目で見てくるから……

「……ねぇ……
 が聖女なんて……、冗談よね?」

「…………」

「……ありえないよね? だってはゴミみたいなモノなんだし、……をどうしようとわたくしたち家族の自由でしょ?」

「……黙りなさいよ」

「…………でも、が花を咲かせるなんておかしいわ。だってはわたくしたち家族を苦しめる害虫みたいなものなのに……
 そうよ…… は害虫であって、花を咲かせるようなものじゃないわ……
 わたくしたちみたいな“華”に取り付く気持ちの悪い虫よ…… なのになんで……」

「黙りなさいよっ」

「だってお姉様……っ!」

 部屋の中に王家の使用人たちがいるのにブツブツと『自分たちに都合が悪くなりそうなこと』ばかりを言いそうなサマンサにシャルルは怒った。しかしそんな姉にサマンサはただただ不安に満ちた悲しい顔ですがった。サマンサはまだ現状を理解できては居なかったが、シャルルはまだ少しだけ自分たちの現状を理解できていた。
 どれだけ自分たちの立場が悪くなっているかということを……

「いいから黙りなさい……っ、を……のことはもう言わないで……っ!」

 エーアレのことを『あの子』なんて妹扱いしたくないが、一般的に『“人”を物扱いしてはいけない』ということを理解しているシャルルは、第三者から『エーアレを物扱いしている自分たち』がどう見られるかを考えて言葉を選んだ。
 だがサマンサは直ぐにそのことには気付かない。エーアレのことを『あの子』なんて言い出した姉に一瞬変なものを見たかのような視線を向けた。

「まぁお姉様! どうしてですの?!
 だっては!?」
「黙って!!」

 サマンサが『アレ』と言う度に部屋に居る騎士たちからの視線が厳しくなっていることに気付いたシャルルがサマンサを強くたしなめる。それにビクリと体を揺らして驚いたサマンサは渋々口を閉じた。だが目は恨めしそうに姉を見ていた。サマンサはここに来てまだ、現状を理解していなかった。




 ◇




 お茶も茶請けの菓子も出されず、ただ待たされた応接室の扉が開いた。
 そこから現れた王太子であるアシュフォードに、シャルルとサマンサは血の気の失せていた顔に少しだけ血の色を浮かべて慌ててソファーから立ち上がった。
 姉であるシャルルが先にカーテシーをしてアシュフォードに頭を下げる。続いてサマンサがカーテシーをした。二人は侯爵家の令嬢らしく、完璧な所作だった。

「座ってくれ」

「「……はい」」

 アシュフォードは二人が座っていた三人掛けソファーの向かい側に座った。アシュフォードの座ったソファーの後ろにアシュフォードの専属執事が音もなく立ち、シャルルやサマンサのソファーの周りには少しの音を立てて女性騎士たちが立った。
 その物々しさにシャルルとサマンサは怯えて再び二人で手を取り合って寄り添った。
 サマンサの震える手をシャルルがギュッと握る。
 そんな二人を見て、アシュフォードは静かに口を開いた。

「……君たちに聞きたいことは一つだ。

 嬢をどう思う?」

 その質問に二人は戸惑う。
 姉としてシャルルがアシュフォードに聞き返した。

「あの……、とは……、誰のことですか?」

 その言葉に部屋に居た全員が驚き息を呑んだ。

「え? え??」

 シャルルが戸惑い、サマンサが使用人たちの不躾な態度にイラッとした。

「なんですの?!」

 サマンサは周りの女騎士や壁際のメイドたちを叱るように声を上げる。アシュフォードの前だというのに。そのことにアシュフォード付きの執事の眉が少し動いた。
 アシュフォードも少しだけ眉間にシワを寄せた。

「“エリス”では伝わらないのか……
 では、“エー”嬢と呼べば分かるかな?」

 そう言われてシャルルは口を閉じ、サマンサは露骨に嫌そうな顔をした。

の話などしたくありません! 花が咲いたのだって何かの間違いですわ!! が花を咲かせるはずがありえませんもの!! アシュフォード殿下だって聞きましたでしょ?! 母の話を!! わたくしたちはの所為でとても悲しい目に遭ってきたのですよ!!」

 怒りを隠しもせずに話すサマンサをアシュフォードはじっと見つめる。そのことに内心はサマンサは嬉しく思っていた。『王太子殿下に見初められたらどうしましょう!』なんて全く場違いな妄想が頭に浮かぶ。
 しかしそんなサマンサの言葉を遮るようにシャルルが声を出した。

「止めなさい! サマンサ、黙って!」
「えっ?!」

 姉に強く睨まれてサマンサは戸惑う。しかし握り合っていた手を力いっぱいに握り返された痛みもあってサマンサは喋ることを止めた。そんなサマンサから直ぐ様視線を離してシャルルはアシュフォードに頭を下げた。

「申し訳ありません、殿下。この子は今、混乱しているのです。
 ……わたくしも、両親と離れて心淋しく思っております……」

 しおらしく……、か弱い令嬢の顔でシャルルはつらそうに眉間に眉を寄せた。
 そんな姉を見て、サマンサは不満げに頬を膨らませはしたが、口を閉じた。
 そんな二人をアシュフォードはじっと見る。

「二人の混乱はよく分かる。何が起こっているかも分からないだろう。
 だから今は少しだけ話を聞きたい。

 エー嬢が最後に言った言葉はなんだ?」

 その質問にシャルルは息を呑み、サマンサは嫌そうに顔をしかめた。


 ──『”おねぇさま、モウシワケありません。
 (お姉様、申し訳ありません)
 わたしがうまれたせいでカゾクをこわしてしまってモウシワケありません。 
 (私が生まれた所為で家族を壊してしまって申し訳ありません)
 ウツクしくソウメイなおねぇさまのオテンとなってしまってモウシワケありません。
 (美しく聡明なお姉様の汚点となってしまって申し訳ありません)
 ゴミでウジでカスでヘドロでガイチュウイカでキモチワルイいもうとでモウシワケありません。
 (ゴミで蛆でカスで屁泥で害虫以下で気持ち悪い妹で申し訳ありません)
 まちがってうまれてキテしまってモウシワケありません。
 (間違って生まれてきてしまって申し訳ありません)
 イキていてモウシワケありません“
 (生きていて申し訳ありません)』──


 シャルルとサマンサはエーの言葉を思い出して奥歯を噛んだ。腹の底からは怒りが湧き上がる。ここにエーが居て周りに誰も居なければ、エーを蹴りまくっていたのに。外に出せない怒りにシャルルは憎しみが顔に出そうになるのを必死に抑えた。だがサマンサは侯爵家の令嬢だというのに感情のコントロールが未だにできずに怒りで顔を歪めた。
 それをじっとアシュフォードに見られているとも理解せずにシャルルとサマンサはどう喋ろうかと考える。
 そしてシャルルが口を開いた。
 困ったように笑いながら。

「わたくしたちも分からないのですわ。アレ……あの子が何故あんなことを言ったのか……
 わたくしたちはあの子とは滅多に会わせてはもらえませんでしたもの……」

 そのシャルルにサマンサが強く頷きながら続ける。

「そうです! そうなんですアシュフォード様!
 それにわたくしたちがを口にする筈がございませんわ!! あんな……口にすることすらできないような言葉を……
 わたくしたちが言わせる訳がありませんわ!!」

「えぇ、そうです。自分たちのですもの…… むしろ何故あの子があんなことを言ったのか、理解ができませんわ。あんな…………」

 そう言ってシャルルは気分が悪そうに下を向いて手で口を覆った。そんな姉を労るようにサマンサが頭を寄せて、アシュフォードに涙を溜めた悲しみの目を向けた。

「わたくしたちがあんな言葉を使うと思われるのですか? あんな……
 はきっとわたくしやお姉様に嫉妬しているのですわ……
 自分がお母様に愛されていないからって、実の姉をおとしめるなんてなんて酷い子なの……」

 そう言ってサマンサも下を向き両手で顔を覆って体を震わせ始めた。今部屋に人が入ってきたらアシュフォードが二人の令嬢を泣かせたように見えるだろう。
 だが部屋の中で二人に同情する人はいない。
 サマンサはまだ気づいていない。自分が妹のことを『アレ』としか呼んていないことに。シャルルは忘れている。大聖堂で自分たちの姿を色んな人に見られていたことを。

「“可愛い妹”……?」

 アシュフォードが興味深そうに聞き返した。
 その声に涙を溜めた目で顔を上げたシャルルは、サマンサと繋いでいた手を離して胸の前で手を組んでアシュフォードに体を向けた。少しだけ上体を折ることでアシュフォードを上目遣いで見つめる。
 自分の外見に自信のあるシャルルは、自分の顔や体型や身分が“王太子妃”にも負けていないと密かに思っていた。
 両手を祈りを捧げるように組んで両脇を締めれば、自然とシャルルの胸は盛り上がる。
 クスンッと小さく鼻を鳴らしてシャルルは小鳥のように震えてアシュフォードと向き合った。

「えぇ……、えぇ、あの子はわたくしたちの可愛い可愛い妹ですわ」

 瞳を潤ませて訴えるシャルルにサマンサも儚げに寄り添って目を閉じた。

「…………」

 そんな二人を見つめて、アシュフォードはシャルルと視線を合わせて口元に小さな笑みを浮かべた。

「……っ!! あ……、アシュフォード様……」

 その瞬間シャルルは頬をピンクに染めて唇を震わせた。アシュフォードの名前を呼んで口元に笑みを浮かべたシャルルは完全に自分たちの現状を理解していなかった。

「その言葉が嘘偽りでなければいいな」

「え?」

 冷たいアシュフォードの声にシャルルは一瞬混乱した。サマンサも驚いて目を開く。
 アシュフォードは口元に小さく笑みをたたえたままで冷たい言葉を発する。

「今の言葉が本当かどうかは貴女たちの使用人に聞けばいいだけだ。知っているとは思うが、契約魔法を使っていても犯罪が関係している場合は王家の権限により契約を解除できる。
 貴女たちの言うように、貴女たちがを“可愛い妹”として扱っていたのなら、貴女たちは無事に家に返されるだろう」

「な? 何を……?」
「え? え?」

 戸惑う二人はアシュフォードが何を言い出したのか分からない。だが良い話ではないことは理解できた。
 止まっていた体の震えが戻って来る。
 そんなシャルルとサマンサを見ながらソファーから立ち上がったアシュフォードが心底冷たい目を見せた。

「だが、エー嬢への虐待に貴女たちが加担していると分かった時は、
 貴女方も罪に問われると理解するように」

 そう言ってアシュフォードは部屋を出て行った。

「え? 罪……?」
「何を、言ってるの……???」

 残された二人は女性騎士に囲まれたままで動けない。
 言われた言葉が理解できないのに、体は恐怖に染まって、腰が抜けたかのようにソファーから立ち上がれなくなった。
 そんな二人を女性騎士たちは無理やり立たせて貴族牢へと連れて行った。
 別々の部屋へと入れられたシャルルとサマンサは混乱と恐怖で泣き喚き、出して出してと訴えた。

 しかし二人が侯爵家へと帰されることはない。

 ビャクロー侯爵家の使用人たちだけではなく、歴代のエーの乳母たち──貧困層の女性たち──にも話を聞かれて、シャルルとサマンサがエーに何をしていたかがバレた。
 二人は当然『母親にやれといわれた』と訴えたが、乳母たちが二人は喜々としてエーを虐めていたと話していたことから、二人の嘘が通ることはなかった。
 それに、二人が言葉通りエーを“可愛い妹”と心の底から思っていたのなら、彼女たちの友人は彼女たちの口から“可愛い妹”のことを一度ぐらい聞いていた筈だった。だが彼女たちの友人たちは誰一人として“彼女たちの妹”の存在を知らなかった。あの日初めて知って驚いたと友人たち全員が話していた。その時点でシャルルとサマンサ彼女たちエーのことを『友人に存在を教えたいとは思わない存在』だと思っていたことが分かる。

 シャルルやサマンサがただエーの存在を無視し、虐げるにしても『言葉でエーを虐める程度』であったのならば、二人への罰は修道院へ入れるようなものになったかもしれない。しかし、シャルルもサマンサも自分の意志でエーを物理的に痛めつけていた。
 そのことから、その悪質性が何よりも問題しされ、二人の罰を重くした。

 、ビャクロー侯爵家の令嬢二人は『身分を剥奪され、どこかの邸の下働きに出された』こととなった──二人の婚約話はこの発表がされる前に王家の権限で白紙にされている──。
 その生ぬるい罰に一部の国民からは不満が上がったが「新しい聖女の心の平穏の為に」と教会から言われれば、大きく騒ぐことなく受け入れていった。

『新しい聖女様には姉はいない』

 自然とそんな風に人々は言うようになり、徐々にシャルルとサマンサは人々から忘れられていった。


 彼女たちの悲鳴が、エーに届くことはない。
         
      
         
                  
            
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