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13>>ランドルの終わり・1

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 大聖堂から王城の一室に押し込められたランドルは落ち着いて座っていることもできずに無意味に部屋の中を歩き回っていた。

「何故こうなった……っ!?
 何が起こっているんだっ!?!」

 ブツブツと呟き、苛立ちを抑えられずに頭を掻いた。

はなんだ?!
 末娘あれが聖女だなんて聞いていないっ?!!」

 向けるところのない怒りにその場で足を踏み鳴らす。
 ダンダンと力任せに足を下ろすが王城の床に敷かれた上質な絨毯がその音を吸収して大した音は出なかった。

「どうなる!? 私はどうなる?!
 娘をどうしようと父親の勝手ではないか?!
 そもそも育てたのはカリーナだ!?
 っ!? そうだ……っ!!
 末娘アレをあんな風に育てたのはカリーナじゃないか!!
 私は関係がない!!
 そうだ! こうなってしまえば私も被害者ではないか!!!」

 解決の糸口を見つけたとばかりに顔に喜色を浮かべたランドルは部屋の扉が開いたことに気付かなかった。

「それは随分と楽観的な解釈だな」

「っ!?」

 護衛を連れて部屋に入ってきたアシュフォードにランドルは目を見開いて息を呑む。この国の次期国王である王太子は既に王の威厳を放ってそこに居た。

「で、殿下……」

「ランドル・ビャクロー侯爵。
 貴方はもしやエー嬢のことを、『親が子を虐待した』の『親子間の問題』だと思っているのかもしれないが、それは違うと先に言っておこう」

 人生で一度も人から向けられたことのない冷めきった視線で見つめられてランドルはその場で数歩後ずさった。
 そんなランドルを気にすることなくアシュフォードは話を続ける。
 ゆっくり席に座って……などという雰囲気ではなかった。部屋に満ちる自分に向けられる不穏な気配に、ランドルの内心は言いようのない焦りに支配されていた。

「そもそも国民は全て“王の我が子”だ。全ての子供は特に大切なだ。
 神が守っているからではない。“未来の宝”として、大切に守り育てなければならないこの国のいしずえだ。
 その『子供』を不当に扱っただけでも罰を与える理由になることを、貴方は理解していなかったのか?」

 鋭い目で見つめられてランドルは言葉に詰まる。『我が子をどうしようと貴方には関係がないじゃないか』『自分の子供だ』『私の所有物だ』、一瞬で色んな反論が頭を駆け巡るが、それらをランドルは口にはできなかった。
 『未来の宝』とに言われてしまえば、臣下しんかの一人であるランドルには簡単に否定の言葉を挙げられなかった。
 それでも何か言わなければと口を開いたランドルより先にアシュフォードが口を開く。

「特に女性は“国民を増やす”為の国の要だ。貴方だって男だけでは人は増えないことを知っているだろう?」

「……ぐっ! そ、それは……っ」

 嘲笑すらない単純にランドルを馬鹿にした言葉にランドルは怒りで一瞬顔を赤くした。そんなランドルにただただ冷たい視線を向けたまま、アシュフォードは話を続ける。

「まぁ、『では男児であれば許されるのか』という話ではないがな。
 『子は守るべきもの』であるのに貴方はそれを放棄した。

 そして貴方が見放した子供はこの国では何よりも大切にしなければならない『聖女』だった。
 それが何よりも問題だ」

「し、しかし殿下っ!
 私は知らなかったのです!?
 自分の子供が聖女などと……っ! いや、自分の子供が妻や娘たちから何をされていたかなど!?
 知っていれば勿論止めていましたとも!! えぇそうですよ! 子供を虐待するなど親のすることではありません!?
 私は知らなかったのです!!!
 家のことは全て妻に任せていました?! 子供たちのことも妻に任せておけば間違いないと思っていたのです!!
 まさか妻が三女を虐待していたなどと考えるはずもありません!? 娘たちは良き姉であると思うじゃないですか?!
 父親である私が仕事にかまけている間にこんなことになっているなどと……誰が想像できるでしょうか…………っ」

 悲痛に訴え、最後にはヨロヨロと体をふらつかせたランドルはしかめた顔を隠すように手で覆うと下を向いた。鼻を啜るように肩を揺らせる姿は言葉通り『今まさに真実を知って傷付いた男』の姿だった。
 だがアシュフォードはそんなランドルに変わらず冷ややかな視線を向ける。

「知らなかったで済まされると思っているのか?
 貴族のが?」

「っ!!!」

 その一言でランドルの逃げ道は全て塞がれた。

「貴方が平民の父親ならば私は今の話に耳を傾けたかもしれないな。または貴方が、『使用人すら雇えない』ほどに困窮した貴族の当主であれば、まだ同情の余地もあったかもしれない。
 
 だが貴方は誰だ?
 侯爵家の当主だろう?

 いくら夫人が邸を取りまとめ、使用人の管理をしていると言っても、その『全ての管理責任を有している』のが当主だろう?

 まさか、侯爵家の当主ともあろう者が、家令や執事にすら邸の現状を話してももらえない程に『存在感の無いお飾り』であったとでも言うのか?」

「……っ!!」

 とても『そうです!』などとは言えないほどに侮辱された言い方をされてランドルの顔は更に赤くなる。悔しげに奥歯を噛み締めてアシュフォードを睨むランドルは、アシュフォードの言葉を肯定してしまっていることに気づかない。

「知っているよ。
 貴方が、『お金に困っていた子爵家に無理を通して、婚約者が居た令嬢を愛人にした』事を。
 ビャクロー侯爵家がお金に困っているなどと聞いたこともない。
 ランドル貴方の性格を少なからず知っている身としては……

 父親貴方に何の責任もない、などとは決して思えないのだよ」

「そ、そんな……っ、しかし…………っ!」

 ランドルはどうにか逃げ道を探した。どうにかアシュフォードを言い負かさなければ駄目だと頭の中で警鐘が鳴り響く。
 しかし、アシュフォードが幼い頃から出会っていたランドルには分が悪かった。ランドルがアシュフォードの性格を少なからず知っているのと同時に、アシュフォードにもランドルの性格は知られている。自分が『妻の尻に敷かれる性格』ではないことを自覚しているだけに、全てをカリーナの所為にすることが難しくなっていたのだ。

 知らないといくら言っても『お前の性格で知らない訳がないだろ』と言われてしまえば反論できない。プライドが高く、侯爵家の人間として常に胸を張り頭を高くしてきたことがこんなところで自分の足を引っばるとは思わなかった。『自分は無能で弱い男なので妻には逆らえなかったのです~』と泣いて床に頭を擦り付けられればいくらでもカリーナに罪を擦り付けられるのに……頭では分かっていてもそれを実行することはランドルのプライドが許さなかった。

「ですが……っ、ですがっ!!
 本当に私は知らなかったのです!!
 妻が三女に何をしていたかなど!!
 三女あれとは全くと言っていいほど会ったことがなくっ!? 既に二人の娘が居りますから……っ、三人目にはどうしても意識が向かなくて……っ!!
 で、殿下にはまだ分かっては頂けないかと思いますがっ!! 子供が多いとどうしても親の目が離れてしまうのですよ!?! 仕事も忙しくっ! 当主として家族に使う時間は限られていますのでっ!! 三人目の娘ともなると尚更会う機会も限られていまして……っ!!」

 苦しい言い訳をまくし立ててランドルはどうにか罪から逃れようとする。喋っているランドル自身も無理があると思っていても、もうこれしか言いようがなかった。

 『自分は仕事で忙しかった。家のことは妻に任せていた』
 だから三女のことなど

 ランドルにはそれが正当な理由だと思えた。
 働いている父親たちなら理解してくれるだろうと思った。
 しかしランドルがどれだけそれを訴えても、部屋にいる騎士たちや侍従やアシュフォードが連れてきていた側近たちの視線がランドルに同情を滲ませることはなかった。
 むしろどんどん冷たくなる自分に向けられる視線に、ランドルは意味が分からなかった。
 
 アシュフォードが呆れたように溜め息を吐く。
 その音にランドルは息を呑み口を閉じた。

「ランドル・ビャクロー。
 貴方の言い訳は貧困層の父親のようだな」

「なっ……?!」

「いや、貧困層の父親の方がまだ“人”として貴方よりも上かもしれない。
 『お金が無い』『時間が無い』それは貴族よりも平民たちの方が苦労していることだろう。子供が居ても面倒を見れるのは親だけの人たちもいるだろう。だが、その全ての親がお金や時間を理由に『子供を放置する』ことはきっと無いはずだ。“14年間も娘のことを気にかけたことがない”? 14年もの間一度も? 私に子供が生まれたら貴方の言い分も少しは理解できるようになるのだろうか?
 しかし国王でも子供たちの為に時間を作って会いに行くのだぞ? その国王よりも貴方は忙しかったと言うのか? 人を雇える身分だというのに必要な人材は雇わずに?

 貴方の言葉は、ただ時間と金の使い方を知らない無能自慢をされているようだな」

 ハァ、っと最後は溜め息混じりに言われてカッとランドルは顔を赤くした。怒りで無意識に握っていた拳に力が入る。

「何という言い草……っ!?
 殿下といえども流石に失礼ではないですかっ!?」

 怒りを見せたランドルはその瞬間、アシュフォードの後ろに控えていた騎士たちにより取り押さえされた。

「っ?!? な、何を!!?」

「貴方にも親の情が少しでもあるだろうと期待した私が馬鹿だったようだ。
 元々ここに連れてきた時点でビャクロー侯爵家あなた方に釈明の余地はないのだよ。
 ただ貴方に三女彼女への愛情が少しでもあるのなら、与える罰もにしようと思っていただけだ。
 …………その必要もなさそうで少し安心した」

 アシュフォードの言葉にランドルの顔は瞬時に血の気が下がる。ランドルとしては予想打にしていなかった言葉を言われたのだ。
 与える罰?! 何故?!?
 ランドルは全身から嫌な汗が噴き出した。

「な、何を言っておられるのですかっ、殿下!?!」

「私はとても腹を立てているのだよ。ランドル・ビャクロー。
 が聖女だったからではない。
 まだ小さな彼女を、あんな風に育てたことに、私は腹が立って仕方がないのだよ」

「ですから殿下! それはっ! 妻がっ!!!」

「もういい。連れて行け」

「殿下っ!!!!」

 ランドルはそのまま貴族牢に連れて行かれた。
 子供を虐待して育てたことと、その子供が聖女だったことはもう既に国中だけでなく他国にも知られている。
 子供の虐待だけならば、まだお家存続はあり得たかもしれないが、その子が聖女であったことが国民からの怒りを買った。聖女は全ての人の子であり姉であり妹である。『知らない子供が虐待されていた』と思う感情と『自分の家族が虐待されていた』と思う感情とでは、人々の怒りの感情には差が出るのだ。そして、『自分の家族が酷い目に合わされた』と思った時、人はとても怒りを覚える。そこに血の繋がりは関係がない。『自分にとって大切な存在』と思っている『聖女』が害されたのだ。国民の怒りは計り知れなかった。その為にビャクロー侯爵家をそのまま存続させることなどできるはずもなかった。

 父親のランドル。母親のカリーナ。長女のシャルル。次女のサマンサ。そしてビャクロー侯爵家に仕えていた使用人たち。その全ての人々が裁かれた。
 その証拠にビャクロー侯爵家は無くなり、ビャクロー侯爵家の関係者は表舞台から居なくなった。そのことを知った国民は高位貴族であってもちゃんと裁かれるのだということに安堵して、その後は“新しい聖女”の心の平穏を祈った。

 『悪いことをすれば、高位貴族でも裁かれる』
 国民たちに知らされた、貴族たちは次は我が身と成らぬように……と身を引き締めて口を閉ざした。
     
     
     
     
       
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