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10>> その言葉は
しおりを挟むアシュフォードは少し考えてから膝を折ってエーの隣に膝を突き、エーと視線を合わせた。
14歳にしてはとても小さいエーは膝立ちになったアシュフォードの視線とあまり変わらない。エーが少しだけ見下ろす様な状態で二人は向き合った。
表情の変わらないエーにアシュフォードは優しく微笑む。14歳くらいの年頃の女子であればそれだけで頬をピンクに染めて恥ずかしがったりするのだが、エーには一切そういった心情の変化は見られず、ただ命令を待つ召使いのようにジッとアシュフォードを見ていた。
「エー。何か言いたいことはあるか?
ビャクロー夫人……、君の“お母様”や”家族“に対して、何か、“言うことは”あるかい?」
エーがどんな単語を覚えているのか分からないのでアシュフォードは“家族が使いそうな言葉”を選んでエーに話しかける。
エーはアシュフォードをジッと見たまま、
「言うこと……」
と、呟いた。
それを聞いたアシュフォードはエーの手を引いて演壇の前へと連れて行った。そこは聖堂内から一番見やすく声が通りやすい場所だった。
そこでアシュフォードはもう一度エーに伝える。
「エー。お母様や家族に言いたいことがあるなら言いなさい」
「…………」
アシュフォードに促されてエーは今は離れた場所にいる“家族”に視線を向けた。
エーの家族は“母親”と“姉たち”だった。
エーは“父親”の顔を知らなかったし“父親という存在がある”ということすらも知らなかった。
娘と視線が合わないことにランドルは気付き戸惑う。そしてその戸惑いの気持ちを共有できるかと自分の妻と娘たちに視線を向けるが、その妻や娘たちは戸惑いだけではない焦りと恐怖を感じているような表情を浮かべていてランドルは驚いた。
何だ? と思うランドルの前でカリーナが騎士を押しのけるように前に進み、エーへと必死に手を伸ばしていた。
「エーっ! 止めなさい! わたくしの言葉を聞きなさいっ!!」
微動だにしない騎士を押しのけることもできずにカリーナは無意味に藻掻く。折角綺麗にセットされていた髪は今はもう解れて無様だった。
その母親の姿にサマンサとシャルルも思うことがあったのか二人で寄り添いながら青褪めた表情でエーに声を掛けた。
「エー! お母様の言うことを聞きなさい!!」
「エー! アンタ! 分かってんでしょうね?!」
周りの視線などお構いなしに姉妹は叫んだ。
だが演壇上のエーはその姉たちの言葉にも反応しない。先程アシュフォードに『私の言葉を聞いて』と言われたのでそれを忠実に守っているのだ。それは“人”としての感覚ではなく“強者に従う獣”のような本能からくる感覚だった。
だからエーは口を開く。
“お母様”や“家族”に向けて『言えと教わっていた言葉』を。
「“おかあさま。
おかあさまをフコウにするためにうまれてきたわたしをどうぞバッシテください。
おかあさまのカナシミはわたしのせいです。
おかあさまをクルしめているのはわたしです。
おかあさまはなにひとつワルくありません。
わたしがワルイのです。わたしはアクマのコです。わたしがゲンインなのです。
おかあさまゴメンナサイ。
おかあさまのためにどうぞわたしをバッシテください”」
その言葉に聖堂内にいる全員の息が一瞬止まった。エーの言った言葉はカリーナがただ自分の気持ちを落ち着かせて自己憐憫に浸る為だけにエーに言わせていた言葉だった。
一瞬静まり返った聖堂内にカリーナの「止めなさい!!」という絶叫が響いたが、その声よりも皆の耳には小さなエーの声の方が響いた。
そしてまたエーが口を開く。
「”おねぇさま、モウシワケありません。
わたしがうまれたせいでカゾクをこわしてしまってモウシワケありません。
ウツクしくソウメイなおねぇさまのオテンとなってしまってモウシワケありません。
ゴミでウジでカスでヘドロでガイチュウイカでキモチワルイいもうとでモウシワケありません。
まちがってうまれてキテしまってモウシワケありません。
イキていてモウシワケありません“」
それはシャルルとサマンサがエーに言わせていた言葉だった。母親が末娘に言わせていた言葉を真似してサマンサが思いついてシャルルが台詞を考えた言葉だった。二人はエーにこれを言わせてつまらない優越感に浸って自分たちの自尊心を満たしていたのだ。『エー』が悪いのだから『していい』のだと『自分たちにはその権利がある』のだと、シャルルもサマンサも本気で思っていた。
しかしシャルルもサマンサもエーに言わせたその言葉が『自分たち以外の人』に知られてはいけないということもちゃんと知っていた。第三者にこのことが知られると『自分たちの印象が悪くなる』とちゃんと理解していたのだ。
だから今、シャルルとサマンサは地獄に落とされたような気持ちだった。『妹』に『裏切られた』気持ちで、怯えた表情の下では二人共沸騰しかけのお湯のような怒りを感じていた。
母や姉たちの気持ちなど気づけるはずもないエーが、言い終わると静かに床に膝を付いて頭を床板に押し当てた。それは祈りの姿勢というよりも最大限の謝罪の時にする姿勢だった。
その姿勢のままにエーは、
「もうしわけありません」
「うまれてキテもうしわけありません」
と繰り返した。
それを見せられた一部の者たちはあまりの気持ちの悪さに吐き気を催して口を手で押さえた。一部の者はもう泣いていた。途中で耳を塞ぐ者も居た。
聖堂内では演壇上の発言者の声が全員に聞こえるようにエーの居る位置に術式が組み込まれていた。その為にエーの小さな声で聖堂内に居る全ての人の耳に届いたのだ。
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