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4>> 大聖堂
しおりを挟む聖女選定の儀。
年に一度ということもあって、儀式を行う大聖堂の周りはお祭り騒ぎだった。
屋台に大道芸、着飾った人々に酒を飲んで踊る人々。今年は聖女が見つかるかもしれないとみんなが期待した。
馬車の中で下を向いているエーには外の騒ぎだけが聞こえてくる。騒がしいその音を、エーはただ不思議に思っていた。エーはまだ一度も『たくさんの人』を見たことがなかった。
馬車が大聖堂に着き、エーも馬車を降りる。両脇を姉たちに囲まれて、エーは下を向いたままで建物の中に入った。エーには自分のドレスのスカート部分と足元の地面しか見えない。
頭の上で姉たちの声がする。
「キャァ! シャル姉様、あそこを見て! 王太子様だわ! 素敵!!」
「はしゃがないでよ、恥ずかしい。王族の皆様も御出でなのだから失礼のないようにしなきゃ」
「そうね、ごめんなさいお姉様! ほらあんたも! 大人しくしときなさいよ!」
そう言ってサマンサは誰にもバレないように、エーの腕の皮を抓った。
「はい。もうし」
「喋るんじゃないわよグズ! ここでは一言も喋っちゃ駄目よ! いいわね!」
エーの足を踏んでエーが喋るのを止めさせたシャルルが、小声でエーを叱った。グリグリと足を踏むが、全員が長いドレスを身に着けているので周りにそれがバレる事はない。
エーは首を振るだけで返事をして足の痛みに耐えた。
「ほら、みんな、席に付きなさい。
エー。こちらに」
カリーナが子供たちに指示をして、エーを自分の側に呼んだ。
選定の儀を行う少女たちは大聖堂の奥、儀式の為に用意された演壇の前の席に集められる為に、カリーナたちはエーから離れなければならなかった。
カリーナは事前に教会に連絡して、病弱で人見知りで臆病な娘が心配だから側にずっと居たいとお願いしたのだが、認められないと言われてしまったのだ。カリーナはエーを一人にしたくはなかったが、教会の指示には従うしかないので苛立ちを抑えてエーに命令するしかなかった。
「エー。絶対に喋っては駄目よ。何を聞かれても喋っては駄目。顔を上げては駄目。この手の爪がなくなったら嫌でしょう? だから絶対に喋らないで、顔を上げないで。
名前を呼ばれたら椅子から立ち上がって前の人の後に続いて、台座にある物に触るの。そしたらすぐに席に戻って大人しくしていなさい。
何を言われても無視しなさい。
絶対に喋っては駄目よ。顔を上げては駄目よ。これは命令です。絶対に守りなさい。
エー。分かったわね」
静かに耳元で囁かれる声に、エーは首を動かして返事をした。
そして前の席まで連れて行かれると、その席に座った。
カリーナは儀式が始まる直前までエーの側を離れなかった。誰かに何かを言われても「この子が寂しがるので」と言って優しい母親の顔で対応していた。
◇
儀式には国王の代理として王太子が参列しており、その横には王太子妃、更に第二王子と王女が、聖女候補となる14歳の少女たちを見ながら微笑んでいた。
他国の来賓も来ており、長年続いているロウフォーデン王国の聖女選定の儀が始まるのを今か今かと楽しみにしている。
そんな中で満14歳である少女たちがずらりと並んで座っていた。その少女が座る列の最後尾に座らされたエーは、ずっと母親に首の後ろを押さえつけられていた。押さえつけている手はエーの髪で隠れている為、周りからは緊張で下を向いて震えている娘に母親が優しく寄り添っている様に見えた。ビャクロー侯爵家を知る者たちは「あれは誰だ?」「あの家に14歳の娘がいたのか?」と小声で話していたが、カリーナは全てを無視して『娘を労る母親』を演じた。
そして係の者が着席を促しに来るまでカリーナは粘ったが、周りからの訝しげな視線を受けて渋々エーから離れて自分の席へと戻って行った。
◇
聖堂内に荘厳な音楽が鳴り響き、人々は皆、口を閉じて儀式の開始を見守った。
当代の聖女たちが登場するとその美しい立ち姿に、会場内には人々の息が漏れる音が聞こえた。聖女は皆が皆美女という訳ではない。顔だけ見れば並の女性も当然居るが、外見ではなく中身から漏れ出る美しさが人々の詠嘆を誘った。
聖女がそれぞれの席に着くと、ゆっくりと大司教が現れ、演壇の中程に置かれた台座の側に立つと厳かな動きで両手を広げ、口を開いた。
「女神が我らに血を与え、神はこの地を我らに託した。
しかし、大地は無限の可能性を湛え、その一つが瘴気と成りて我らを蝕む。
その試練も我らの為に。
惰性での生を良しとせず、成長を促す神の御意思だ。その意思に寄り添い、女神は我らに慈悲を与えた。
それが聖女だ。
我らに与えられし素晴らしき華。
手折ることを許されぬ華を今また一輪、この国に与えられん事を我らは望む。
今年は良き華に巡り会えんことを!
さぁ、蕾たちよ。
名を呼ばれし者から順にこの華に触れ、己が可能性を試しなさい……」
大司教が台座の上にある『クリスタルでできた小さな花樹』を恭しく手で示した。
その花樹には大きな花の蕾がいくつかついていた。少女がその蕾に触れ、花が開くことでその少女が聖女かどうかが分かるのだ。開いた花はとても美しく輝き、しかし少女が手を離すとすぐに閉じてしまう為、人々はその花が開くところを是非目に焼き付けようと、花が開く時を楽しみにしているのだ。
まぁ、聖女が触れば開くので、この花樹は時々資金集めのパフォーマンスに使われて聖女選定の儀以外の場所でも開いていたりはするのだが……、開く瞬間の美しさはやはり『初めての聖女』が触る時が一番美しく、そしてこの大聖堂の中で厳かな音楽と共に王侯貴族が見守る中、当代の聖女全員が揃っているというこの特別な時間を共有するという意味では、やはりこの聖女選定の儀という日は特別であった。
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