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3>> 三女のエー 

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 エーの乳母は毎年変わった。
 ランドルが侍従に指示して、毎年お金に困っている平民の女性見つけてこさせてそれを雇い、別邸に住み込みで住まわせてエーの面倒を見させた。
 一年契約で大金──と言っても平民からすると、であって、侯爵家からするとはした金だったが──を手に入れられるその仕事に、貧民街の女たちは飛びついた。邸内で見聞きした事を一生誰にも喋らないと契約魔法で契約し、エーの食事の世話から身の回りの世話、そして最低限の教育──生活の仕方や謝罪の仕方、口の聞き方や立ち方など──をした。

 ビャクロー侯爵家の人間がエーを居ないものとして扱ってくれたなら、まだ乳母たちも動きようがあったのだが、カリーナやその娘たちは暇を持て余しては別邸にやって来て、エーを玩具やストレスの捌け口にした。
 カリーナたちは乳母たちをさげすみ馬鹿にしたが一定の距離を保っていた。それは単純に小汚い下賤な平民女に近づきたくなかっただけなのかもしれないが、そのお陰で乳母たちは物理的な被害を受けずに済んだ。
 しかしエーはそうではなかった。
 カリーナはエーを憎んで鞭で叩いた。その鞭はしつけ用に作られた物で、痛みを与え酷い音を立てたが決して傷を残すことはなかった。だからカリーナは安心してエーを鞭で叩いた。
 長女のシャルルは勉強が大変だとエーの髪を引っ張ってエーを引きずり倒した。次女のサマンサはドレスが気に入らなかったとエーを罵って足で何度も蹴った。

 平民の、貧民街出身の乳母たちにはどうすることもできなかった。逆らえば自分の身や、更には自分の家族や知り合いたちの身にも危険が及ぶかもしれないからだ。貧民街から来た平民など、侯爵家に掛かれば簡単に生きてきた形跡さえも消し去ることができると、乳母たちは怯えて、幼子を守れない罪悪感にさいなまれながらもエーから距離を取った。

 エーは読み書きを教えてはもらえなかったが、自分に向けられる言葉の数々から言葉を覚えていった。乳母を見て、覚えられる事は自然と覚えた。
 食事は乳母が作る野菜スープと黒パンだけだった。乳母は本邸の使用人食堂から食事を貰えたが、エーは絶対に乳母が作った、本邸から渡される前日の野菜くずから作られるスープと、硬い黒パンだけしか与えられなかった。それだけを食べてエーは育った。だからエーの体はガリガリで、まともに成長が出来ずにその見た目は実年齢よりも幼かった。
 甘い物は食べたことはない。お菓子の存在は知っているが、姉が見せびらかせに来て見せてくるお菓子の見た目と姉たちが『あまい』と言っていた感想でしかお菓子というものを知らなかった。『あまい』とはなんだろうとエーは思っていたし、食べたことがない物を「うらやましいでしょう?」と言われても、言っている言葉の意味さえ分からなかったので、エーは何も思わなかった。あれが『おかし』と言うものなのだなということだけは覚えた。
 当然飲み物の味は水しか知らない。乳を貰って育ったはずだが、そんな昔の記憶を覚えているほどエーは特殊な子供ではなかった。姉や乳母が色の付いた物を飲んでいるのを知っているが、エーにはそれが泥水に見えていて不思議だった。

 風呂は基本水だが、冬は凍死してはいけないと乳母たちが暖炉の火でこっそりお湯を用意してくれていた。どうせ夜に本邸の人間は別邸には来ない。寒い日には暖炉の薪を必ずくので、エーはそこから『温かい』を覚えた。『温かい暖炉』『温かいお湯』『温かいスーブ』『温かい布』。エーが知っている『温かいモノ』というのはそれだけだった。



 そんなエーが、初めて住んでいる場所から外に出られることになったのが14歳の聖女選定の儀だった。
 朝から無理矢理連れて行かれた本邸の部屋で、着たこともない綺麗なドレスを着せられて、エーはただただされるがままに事が終わるのを待った。

 初めて乗る馬車。
 閉じ込められた狭い部屋で、自分にいつも酷いことをする人たちに囲まれて座っていなければいけない。何故か揺れる。ガタガタと外から音がする。周りに居る人たちが喋っている声がうるさい。顔に塗られた何かが気持ち悪いし臭い。
 エーはただ下を向いたままで時が過ぎるのを待った。
 エーができる唯一のがそれだけだった。
      
     
      

           
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