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10>>[幕間] シンシア
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シンシアは実家に帰った。
ロメロとシンシアの婚姻は無かった事にされた。二人は『学生時代から付き合ってはいたが、色々あって婚姻までにはいかなかった』事にされた。
ギルディエル侯爵家は直系の血を引く養子が継ぐ事になり、居る筈の嫡男は何故か社交界から姿を消した。
嫡男の幼少期を知っている上位貴族の親世代の者たちは、ロメロの持病が再発した事を耳にしてギルディエル侯爵夫妻にお見舞いの手紙や気にかける手紙を送った。
それだけ、“ギルディエル侯爵家の嫡男が病弱”だった事は有名だったのだ。どれだけ夫妻が息子の為に奔走したのかも……
当然、シンシアの親であるダゼド伯爵も知っていた。
知っていたから、シンシアから幸せそうに「ロメロ様と一緒になるの♪」と言われた時に祝福など出来なかったのだ。
ロメロが『完治した』とは一度も聞いていない。
ギルディエル侯爵夫妻はずっと『婚約者のお陰でロメロは元気になった』としか言ってはいなかった。
そんな風に言われていた婚約者をロメロが切ったと聞いた。そのきっかけに自分の娘が関係していると知らされた。
ダゼド伯爵はギルディエル侯爵にただ頭を下げる事しか出来なかった。
ダゼド伯爵はそんな娘でも不幸にはしたくはなかったが当のシンシアはそんな父の気持ちも知ろうとはせずにただロメロの言葉だけを信じた。
「ロメロ様以外とは結婚しない!」
そう言って騒ぐ娘を侯爵夫妻への申し訳無さもあってロメロから引き離す事ができなかった。
──どうせ長くは持たないでしょう……ならせめて好きな女性と一緒に…………──
侯爵夫人の言葉にダゼド伯爵は娘を侯爵家へと委ねた。
そしてその娘がロメロにすら泣かされていると、娘付きで侯爵家へと行かせていた侍女から聞かされた時、もう潮時だろうとダゼド伯爵は侯爵家に手紙を出した。
愛する男の下へ嬉々として嫁に行ったはずの娘は、泣きはらした目で「ごめんなさい」と言って久しぶりに会った父親に頭を下げた。
幸せになるのと出て行った娘は、幸せそうには見えなかった。
シンシアの弟はそんな姉に「婚約者から男を奪った女が幸せになる訳ないでしょ」と呆れて言った。
書類上、表向きは『結婚はしていない』事になったシンシアだったが、学園での事やその後のロメロとの関係を友人に手紙で知らせていた事もあって、『シンシアが略奪女』である事は社交界の噂話の種となっていろんな人が知っていた。
そんな姉を持つ弟への風当たりも当然悪くなっていた。
シンシアが自分の幸せだけを追い求めた結果、自分だけでなく家族も不幸にしていたのだ。
姉弟仲は悪くはなかったはずなのに、出戻ったシンシアに対する弟の態度はとても姉へと向けるものではなかった。
それでも、それを叱る程シンシアは愚かでも……言い返す気力も無かった。
部屋に引きこもるシンシアにダゼド伯爵は3ヶ月くれた。
3ヶ月はゆっくりしなさいと。
気持ちの整理を付けなさいと。
そして3ヶ月後、シンシアには隣国への嫁入りが告げられた。
「あちらにはお前の事は大体伝えてある。だがお前の口からもちゃんと話しておきなさい」
「はい。分かりました」
「お互い訳有りだ。お前だけが下手に出ることもない。
あちらは前妻が不倫をして愛人の子供を孕んだ事での離婚だ。不貞をする人間には厳しいが、お前のロメロへの一途な愛が評価されて受け入れてもらえたのだ。決して相手を裏切る行為をするんじゃないぞ」
「はい。分かっております」
「相手は少し年上だが誠実で真面目な人だ。お前の好みとは違うだろが、お前の好みの相手は“お前を幸せにはしてくれない”と分かっただろう?
“引っ張ってくれる人”は、裏を返せば“後ろを省みない人”だ。
意見を聞いてくる人は、“優柔不断”なのではなく“相手の意見に耳を傾けてくれる人”だ。
お前の“好きな男のタイプ”では女を不幸にすると覚えておきなさい」
「……はい。覚えておきます」
「…………シンシア」
「はい。お父様」
「次は間違えてはいけないよ」
「…………はい……」
見たこともない男の下へ嫁ぐ事になって、ただ人形の様に全てを受け入れる娘を見てダゼド伯爵は溜め息を押し殺して目を閉じた。
今はまだシンシアは不幸の真っ只中だろうがきっとこの婚姻はシンシアの幸せに繋がるとダゼド伯爵は思っている。
もうシンシアにはこの国に居場所は無い。
嫁ぎ先も、好色な貴族から胸糞悪い話は聞かされたが、そんな所へ娘をやる気も無い。だからといって修道院へ入れる訳にもいかない。修道院は邪魔になった女を入れる場所ではないのだ。
最近では修道院へ入れる入所金を高く設定して、簡単に貴族の令嬢を修道院へ入れられなくしていると聞く。ダゼド伯爵を継ぐ次期ダゼド伯爵であるシンシアの弟は、そんな無駄金を使うくらいなら姉を娼館へ入れると言っている。そんな所へ大事な娘を送るくらいならばどこかへ侍女やメイドとして出した方がマシだと父は言ったが、弟はアレでは直ぐにクビになると笑われた。
弟はもう姉の面倒を見る気はないのだ。
きっと隣国から戻ってきたら本当にシンシアは娼館へと入れられるだろう。その時にはもうダゼド伯爵当主の実権は弟へと譲っているだろうから父親ではもうシンシアを守れない。
シンシアには自分の将来の為にも隣国の嫁ぎ先で上手くやってもらわなければならないのだ。
父の思いを理解しているのかしていないのかはわからないが、シンシアは人が変わったかの様に大人しくただ指示に従って隣国へと旅立って行った。
家を出る直前、父はシンシアへと声を掛けた。
「シンシア。
……ロメロの事を知らせた方がいいか?」
『最期を知りたいか』
言外でそう聞いた父に、シンシアは少しだけ瞳を揺らして小さく首を左右に振った。
「嫁ぎ先に失礼になるので……」
前の男の事で泣いている姿を見せては夫に悪いと、シンシアは父の申し出を断った。
「そうだな……」
一目惚れした男性をずっと追いかけていた少女はもうそこには居なかった。
“貴族の娘”として嫁いでいった娘の幸せをダゼド伯爵は願った。
◇ ◇ ◇
隣国の伯爵家に嫁いだシンシアはロメロの事を一切記憶の底へと封印して夫に尽くした。
夫となった男性はロメロとは正反対に控えめで気の小さい人だったが、心に傷を負った状態で嫁いできたシンシアを気遣って、優しくしてくれた。
社交界ではどこからか情報を得た夫人たちが面白おかしくシンシアを噂して馬鹿にしたが、表向きシンシアは“初婚”という事になっているので、シンシアはその態度を崩さなかった。
人の悪い笑みを浮かべた夫人が隣国の侯爵家の話をしてきたりもしたが、シンシアの心を揺さぶる事は出来なかった。
一度傷付き、物事を一方から見るのではないと知ったシンシアは強くなった。
自分を受け入れてくれた旦那様の為に、家の恥になってはいけないと心に決めていた。
問題も起きずに緩やかに過ぎていく時間の中で、シンシアは子供を二人授かり、母として生きた。
上の子が15歳になった頃、シンシアは病気になった。
近くにいた回復魔法士では治せず、医術では治せなかった場合逆に命の危険があると言われた。
家族が絶望する中、たまたま教会所属の回復魔法士たちが近くの領地に立ち寄る事を知って、藁にも縋る思いで頼った。
そこでシンシアは奇跡の様な回復を体験した。
シンシアは感激してその回復士の名前を聞いた。回復士の女性はとても優しく美しい顔で微笑んだ。
「アメリアと申します。
痛みが和らいだ様で、良う御座いました」
「あ、……あぁ……あ……」
名を聞いてシンシアは泣き崩れた。
家族や、目の前の回復士や周りの人々が驚いて騒いでいてもシンシアの涙は止まらなかった。
その涙がどんな感情からきているものなのかも分からず、シンシアはただただ泣いた……
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シンシアは実家に帰った。
ロメロとシンシアの婚姻は無かった事にされた。二人は『学生時代から付き合ってはいたが、色々あって婚姻までにはいかなかった』事にされた。
ギルディエル侯爵家は直系の血を引く養子が継ぐ事になり、居る筈の嫡男は何故か社交界から姿を消した。
嫡男の幼少期を知っている上位貴族の親世代の者たちは、ロメロの持病が再発した事を耳にしてギルディエル侯爵夫妻にお見舞いの手紙や気にかける手紙を送った。
それだけ、“ギルディエル侯爵家の嫡男が病弱”だった事は有名だったのだ。どれだけ夫妻が息子の為に奔走したのかも……
当然、シンシアの親であるダゼド伯爵も知っていた。
知っていたから、シンシアから幸せそうに「ロメロ様と一緒になるの♪」と言われた時に祝福など出来なかったのだ。
ロメロが『完治した』とは一度も聞いていない。
ギルディエル侯爵夫妻はずっと『婚約者のお陰でロメロは元気になった』としか言ってはいなかった。
そんな風に言われていた婚約者をロメロが切ったと聞いた。そのきっかけに自分の娘が関係していると知らされた。
ダゼド伯爵はギルディエル侯爵にただ頭を下げる事しか出来なかった。
ダゼド伯爵はそんな娘でも不幸にはしたくはなかったが当のシンシアはそんな父の気持ちも知ろうとはせずにただロメロの言葉だけを信じた。
「ロメロ様以外とは結婚しない!」
そう言って騒ぐ娘を侯爵夫妻への申し訳無さもあってロメロから引き離す事ができなかった。
──どうせ長くは持たないでしょう……ならせめて好きな女性と一緒に…………──
侯爵夫人の言葉にダゼド伯爵は娘を侯爵家へと委ねた。
そしてその娘がロメロにすら泣かされていると、娘付きで侯爵家へと行かせていた侍女から聞かされた時、もう潮時だろうとダゼド伯爵は侯爵家に手紙を出した。
愛する男の下へ嬉々として嫁に行ったはずの娘は、泣きはらした目で「ごめんなさい」と言って久しぶりに会った父親に頭を下げた。
幸せになるのと出て行った娘は、幸せそうには見えなかった。
シンシアの弟はそんな姉に「婚約者から男を奪った女が幸せになる訳ないでしょ」と呆れて言った。
書類上、表向きは『結婚はしていない』事になったシンシアだったが、学園での事やその後のロメロとの関係を友人に手紙で知らせていた事もあって、『シンシアが略奪女』である事は社交界の噂話の種となっていろんな人が知っていた。
そんな姉を持つ弟への風当たりも当然悪くなっていた。
シンシアが自分の幸せだけを追い求めた結果、自分だけでなく家族も不幸にしていたのだ。
姉弟仲は悪くはなかったはずなのに、出戻ったシンシアに対する弟の態度はとても姉へと向けるものではなかった。
それでも、それを叱る程シンシアは愚かでも……言い返す気力も無かった。
部屋に引きこもるシンシアにダゼド伯爵は3ヶ月くれた。
3ヶ月はゆっくりしなさいと。
気持ちの整理を付けなさいと。
そして3ヶ月後、シンシアには隣国への嫁入りが告げられた。
「あちらにはお前の事は大体伝えてある。だがお前の口からもちゃんと話しておきなさい」
「はい。分かりました」
「お互い訳有りだ。お前だけが下手に出ることもない。
あちらは前妻が不倫をして愛人の子供を孕んだ事での離婚だ。不貞をする人間には厳しいが、お前のロメロへの一途な愛が評価されて受け入れてもらえたのだ。決して相手を裏切る行為をするんじゃないぞ」
「はい。分かっております」
「相手は少し年上だが誠実で真面目な人だ。お前の好みとは違うだろが、お前の好みの相手は“お前を幸せにはしてくれない”と分かっただろう?
“引っ張ってくれる人”は、裏を返せば“後ろを省みない人”だ。
意見を聞いてくる人は、“優柔不断”なのではなく“相手の意見に耳を傾けてくれる人”だ。
お前の“好きな男のタイプ”では女を不幸にすると覚えておきなさい」
「……はい。覚えておきます」
「…………シンシア」
「はい。お父様」
「次は間違えてはいけないよ」
「…………はい……」
見たこともない男の下へ嫁ぐ事になって、ただ人形の様に全てを受け入れる娘を見てダゼド伯爵は溜め息を押し殺して目を閉じた。
今はまだシンシアは不幸の真っ只中だろうがきっとこの婚姻はシンシアの幸せに繋がるとダゼド伯爵は思っている。
もうシンシアにはこの国に居場所は無い。
嫁ぎ先も、好色な貴族から胸糞悪い話は聞かされたが、そんな所へ娘をやる気も無い。だからといって修道院へ入れる訳にもいかない。修道院は邪魔になった女を入れる場所ではないのだ。
最近では修道院へ入れる入所金を高く設定して、簡単に貴族の令嬢を修道院へ入れられなくしていると聞く。ダゼド伯爵を継ぐ次期ダゼド伯爵であるシンシアの弟は、そんな無駄金を使うくらいなら姉を娼館へ入れると言っている。そんな所へ大事な娘を送るくらいならばどこかへ侍女やメイドとして出した方がマシだと父は言ったが、弟はアレでは直ぐにクビになると笑われた。
弟はもう姉の面倒を見る気はないのだ。
きっと隣国から戻ってきたら本当にシンシアは娼館へと入れられるだろう。その時にはもうダゼド伯爵当主の実権は弟へと譲っているだろうから父親ではもうシンシアを守れない。
シンシアには自分の将来の為にも隣国の嫁ぎ先で上手くやってもらわなければならないのだ。
父の思いを理解しているのかしていないのかはわからないが、シンシアは人が変わったかの様に大人しくただ指示に従って隣国へと旅立って行った。
家を出る直前、父はシンシアへと声を掛けた。
「シンシア。
……ロメロの事を知らせた方がいいか?」
『最期を知りたいか』
言外でそう聞いた父に、シンシアは少しだけ瞳を揺らして小さく首を左右に振った。
「嫁ぎ先に失礼になるので……」
前の男の事で泣いている姿を見せては夫に悪いと、シンシアは父の申し出を断った。
「そうだな……」
一目惚れした男性をずっと追いかけていた少女はもうそこには居なかった。
“貴族の娘”として嫁いでいった娘の幸せをダゼド伯爵は願った。
◇ ◇ ◇
隣国の伯爵家に嫁いだシンシアはロメロの事を一切記憶の底へと封印して夫に尽くした。
夫となった男性はロメロとは正反対に控えめで気の小さい人だったが、心に傷を負った状態で嫁いできたシンシアを気遣って、優しくしてくれた。
社交界ではどこからか情報を得た夫人たちが面白おかしくシンシアを噂して馬鹿にしたが、表向きシンシアは“初婚”という事になっているので、シンシアはその態度を崩さなかった。
人の悪い笑みを浮かべた夫人が隣国の侯爵家の話をしてきたりもしたが、シンシアの心を揺さぶる事は出来なかった。
一度傷付き、物事を一方から見るのではないと知ったシンシアは強くなった。
自分を受け入れてくれた旦那様の為に、家の恥になってはいけないと心に決めていた。
問題も起きずに緩やかに過ぎていく時間の中で、シンシアは子供を二人授かり、母として生きた。
上の子が15歳になった頃、シンシアは病気になった。
近くにいた回復魔法士では治せず、医術では治せなかった場合逆に命の危険があると言われた。
家族が絶望する中、たまたま教会所属の回復魔法士たちが近くの領地に立ち寄る事を知って、藁にも縋る思いで頼った。
そこでシンシアは奇跡の様な回復を体験した。
シンシアは感激してその回復士の名前を聞いた。回復士の女性はとても優しく美しい顔で微笑んだ。
「アメリアと申します。
痛みが和らいだ様で、良う御座いました」
「あ、……あぁ……あ……」
名を聞いてシンシアは泣き崩れた。
家族や、目の前の回復士や周りの人々が驚いて騒いでいてもシンシアの涙は止まらなかった。
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